ぐだぐだなひとの日記帳(またはチラシの裏)

日々のぐだぐだな日記でございます。ときには真面目に?語ってます。

成果主義と年功序列

2016年10月29日 | 会社の常識非常識
日本の会社は昔は年功序列だったけど、成果主義への転換が見られる、けど、それも限界を迎えている、とか様々な話を聞きます。
が、私の知っている企業たちは「成果主義という名のもとの隠し年功序列企業」です。

目標を設定し、達成することにより、上司から評価を受け、昇給・出世する。
何となく理想的なように見えたのかもしれません。
でも、実際日本的企業の中に残る圧倒的年功序列感がそうそう消える訳もなく。
目標が達成できないならば、評価を下げる、とか目標以上のことを達成したので、高い評価を付ける、なんてことは実際には行われておらず。
「様式美」として設定された「目標」を「なにがなんでも達成させる」ことによって「予定通りの評価」を与える、というのが実際行われていることです。

なにがなんでも達成させることなんて出来る訳がない、ことは実はあんまりないです。
出世させたいターゲット(強化したい社員)には、そもそもそんな高い目標を設定させない。
過去の人間たちが達成してきた「無理のない」「実現可能な」目標を設定します。
本人の資質が足りなければ、他の使い捨ての社員たちを使って実現に追い込ませます。
実際使い捨ての社員たちはそれを自覚していますが、年功序列縦社会である企業の中で、使い捨てだとわかっていても、強化目的社員のために頑張ります。
かくて上司の指示・使い捨て社員の活躍により、ターゲットの社員の目的は「達成させられ」無事に目的の評価を受けます。

形骸的かつ無意味だなぁと思います。
こんなことの為に何度も全社員が面談を繰り返し、目標設定の文章を前に頭を悩ませ続け、でも、結局それは上司の望む形に書き換えられる。
そして上司の望む分配で「達成」させられる。
実際尽力した人間にスポットライトがあてられるわけではありません。
「年功序列」を粛々と行うための儀式としての「成果主義」ですね。

日和見として中間的な制度をとることは問題ないと思いますが、
現状は、年功序列より不公平感の大きい、無駄が多い評価制度と化してしまっている気がします。
一人でやっている会社なら兎も角、多くの社員がいる企業では人事制度をそう簡単には変えられないのでしょうが…。
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