源流をたどる旅 ~大海から上流へ~

流れのままに
心のままに。

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中学校で働くことについてお話をします

2007年10月31日 | お話させていただくこと
明日、中学校2年生の生徒たちに
お話をさせていただく機会をいただいた。

テーマは
「働くことの喜び、やりがい」

・・・

私なんかでお話できるかはなはだ不安だ。

お話をいただいた理由は、自分のやりたいことを
仕事にしているから、ということで、
クラスの先生が、本の執筆の話や
水うちわ復活の経緯について話してほしいということ。

先生に話を聞いていると、驚く事実が。
「今の中学生は、働くこと=稼ぐことと思っているんです」

本当かよっ!
と突っ込みたかったのですが、友人で中学生を相手に
仕事をしている子がいて、聞いてみたら、どうやら
そういう傾向はあるみたい。

「公認会計士になりたい」
という子供もいるほどらしい・・。

要は、おそらく親が、しっかり稼げる仕事につきなさい!
と稼ぎを優先に将来の方向性を持っていくという。

私は、今まで一度も「稼ぐ」ことに重点をおいてこなかった。
就職先を選ぶときも、一番給料が安いところに(結果的に)なった。
やりたいことを優先したから。


将来のこととか、正直きちんと考えたことはあまりなくて
何とかなるでしょ。と思い続けてきた(思い続けてもいる)。

何事も一生懸命、極めるという姿勢で覚悟を決めれば
何でもできる、と思い開き直っているというのもあるけど、
仕事って、一日の大半の時間を費やすものだから、
面白いって思えるものじゃないと絶対につまんない!と
考えている。

こういう考えが通じないのだろうか・・・。

中学2年生、、、、未知の領域。


明日は
「幸せに楽しく生きる」
ために私がやってきたこととかを
ひとつの事例としてお話できるくらいかなぁと思う。

何か探しなさいよ、とか、夢を持ちなさい、とかいえるほど
自分がしっかりと生きてきたわけじゃないから。

何を話そうか数日前からずっと決まらないまま・・・。

どうにかなるかな~
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水になった村【邦画】

2007年10月30日 | おすすめのもの
最近、久しぶりに心の深いところまで
突き刺さるような映画を見た。

大西暢夫監督の「水になった村」だ。


岐阜県の徳山村という、最近超巨大なダムの底に
沈んだとある集落でのおばあたちの暮らしぶりを
記録したフィルム。


思わず笑みがこぼれる。
しかしその次の瞬間、今の社会を省みずにはいられなくなる。

笑顔と涙。
両方をそそる映画。
でも郷愁では決してない。

奥底まで何かが沈んでいく気がした。
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岐阜県郡上市白鳥町石徹白でのお仕事

2007年10月30日 | 石徹白にて
今、携わっているいくつかのシゴトの中に、
地域の再生事業がある。

それは、少子高齢化が進む(高齢者率45%、小学生9名:2007年4月)
石徹白(いとしろ)地域で、この集落がこれからもずっと
続いていくためにはどうすればよいか、ということを考え、
実践するという内容だ。

石徹白は私にとって、もはや特別な場所だ。

縄文時代から1300年も続くその集落では、
農業や林業が営まれ、自然豊かな土地で
人々が生活を重ねてきた。

少し前までは、都市型の経済に巻き込まれることなく
集落内で完結して必要最低限のものはまかなえていた。

しかし、ここ数十年で状況は一変。
今では民間企業が1つしかなく、金銭を稼ぐための
場所は集落内にスキー場くらいしかない。
そのスキー場も閉鎖の危機という。

お金を稼がないと生きていけない社会の中では
石徹白がどんなに豊かに暮らしていける土地だとしても
若者は都市に流出し、高齢者だけが取り残されていく。

これまで連綿と続いてきた営みが
この短い間で消滅してしまう可能性があるなんて
私には耐え難い。
今の時代を生きる者としての責任がじわりとこみ上げる。

そんな経緯から、石徹白での事業にかかわらせてもらっている。


何ができるかなんてわからない。
でも、守りたいと思うもの、
守るだけではなくて、創り、継いでいきたいと思うもの。
それが石徹白にあるように思う。

できる限りのことを。

役割を探していきたい。
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Blogはじめます。

2007年10月30日 | 思うこと
これまでいろんなことがありました。

毎日、何かを発見し喜び、
誰かに出会い語らい、
はたまた何か失敗をして反省する・・・。

そんな日々の繰り返しが
私にとってすごくすごく大切です。

これまで積み重ねてきたことを
礎に、これから築いていくもの、
その過程で思うこと、見てきたもの、
感じること・・・
これらを覚えておくためにも
書き記していきたいと思います。

※これまでのメディア掲載については、
露出日に合わせてアップがしてあります。
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LD研究会で勉強させていただきました

2007年10月20日 | お話させていただくこと
18日に開催されたローカルデザイン研究会。
およそ30名ほどのさまざまなバックグラウンドを
持つ人たちの前で、1時間半もお話をさせて
いただきました。
(とても恐縮で、冷や汗でした・・・)

いろんな経験をたくさんお持ちの方々、
地域活動に精通している方々に私がお話をしても
つまらないんじゃないか・・・と思って
何をお話するかすごく悩みました。

で、結局、結論としては、ありのままをそのまんま
話すしかない!ということ。

かっこよくしたりとか、一般論に落とし込んだりとか、
理路整然にとか、ちょっと私には無理だ・・・

だったら、これまで経験したありのままを
お話するくらいしかできん!と思い、
ある意味開き直ることができました。
(って、こんなんでよかったのですかね・・・)

ただ言えることとしては、すでにいろんなことを
学んでいらっしゃったり経験されていらっしゃる方たち
なので、「岐阜で活動するとある若者」を事例として
お伝えできればいいのかなと思いました。

というか、それ以上に何も伝えられない・・・と
思ったのです。


そこで、大学時代にカンボジアにフィールドワークに
いっていたことを原点にし、それ以降の私の人生の
変遷をお話させていただきました。

簡単にまとめると

カンボジアでフィールドワーク:伝統・文化の深さに惹かれる

自分にとっての「ルーツ」となる伝統って何だろう?

生まれ故郷である岐阜が気になるように

G-netTokyoが立ち上がり、東京で岐阜の仲間と活動開始

水うちわに出会う、水うちわのイベントなどを主催する

就職しても、水うちわの活動を続ける

本の執筆のお話をいただく

Uターンをして岐阜での就職先をご紹介いただく

働きながら執筆活動

出版

退職・独立

この流れの中で、私が感じたこと、そして
やってきたこと、ひとつひとつ取り出して
説明させていただきました。

ただのサンプルに過ぎませんが、
今、若者がUターンだったり
Iターンだったりする理由のようなものが
浮き出てくるんじゃないかなぁという
期待を込めてお話させていただいたのです。


参加者の方の反応は意外なもので
「岐阜の人って、熱い人が多いけど岐阜人気質ってあるの?」
とか、
「歴史的に岐阜は旦那衆がいて、風流人が文化を創造していたよね」
とか、岐阜の特性が気になる方が多かったようです。
正直、岐阜人はこんな人です、なんてまとめることが
できないので、まったくもってわかりませんが、
今回のプレゼンで、どうやら岐阜人をPRできたようです。


とまぁ、こんなかんじで、よかったか悪かったかは
不明なのですが、こういうお話をさせていただくということ
そしてそれに対して反応をいただくというのは
非常に貴重な経験となりました。
(お話するのはいつまでも苦手で仕方ないですが・・・)


また、いらっしゃった方が本当にさまざまでした。
大学関係者、学生、企業のCSR部の方、国家公務員の方、
マスコミの方、地域づくり雑誌をつくっている方・・・。
たくさんの出会いをいただくことができて
何よりも感謝です。

地域内で活動をしていると、こうした横のつながりを
なかなか自ら作り出すことができないのが難儀。
このような機会をいただくことができたことを
とても感謝しています。

またLD研究会のときには上京して参加したいと思います。
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