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愛国心について(一部)

2016-12-13 12:39:19 | 日本
愛国心について

別のブログでほかの方と議論させて頂いたものの、一部がメールのクラウドから出てきました。

一部ですがここに転載します。

振り返ると私の主張は主観が多くて稚拙ですが、なんとか結論にたどり着こうと、悪戦苦闘していたのを思い出しました。
私の言ってることは・・・適当(汗)ですが、多少私がなにか変わることができたのであれば、いろいろ足りないなりに真面目に向き合って考えた結果、また、私と真剣に向き合って頂いて真面目に議論して下さった新緑の里さまのおかげです。
しかもいつも脱線しがちで根気よくお付き合いいただいて有難うございました。

愛国心について、また別記事で今の心境を簡単にまとめたいと思います。

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2015/3/5

fromかおり
to新緑の里さま

返信、ありがとうございます

ますます意見が一致していて、どこが違うのか。。と思うほどですが。。

<橋下市長が仰ったように、正に「ふわっとした民意」が今の日本を覆い尽くしているのだと思います。・・・柔軟でフレキシブルな考え方が出来る日本人の、本来長所である筈の部分が、今は完全に裏目に出てしまっている、そんな印象を受けます。>

おっしゃる通りだと、思います。
なんというか、まさに、フワっとした、マジョリティの民意こそこの先の日本の行く末を握ってると思います。
わたしは、もう、日本人の99パーセントの人が安倍さんに賛成で、戦争したがってるというのなら、ええーー!と思うものの、あきらめもつくんですよね。しかし、ほとんどがそうではないのに。。と思うのでますますあきらめきれないです。

<・・・・日本と欧米では歴史が余りに違い過ぎるが故、それが現在にまで影響を及ぼしていて、確固たる「民主主義国」である欧米と、「お任せ民主主義国」である日本となって今に至っている、そう思うのです。>

そうですね。だいたい、同意です。

しかし、新緑の里さまのほうが、おそらく私より歴史に詳しいと思われるので、余分だと思いますが、日本でも、農民は(生かさず殺さず)という言葉があるように、ぎりぎりまで搾り取られてきた(おそらく江戸時代のころかなと思います)事実もあり、また、天候により飢饉がおきれば、(一揆)などによる、いわゆる搾取された食糧を、返せ。という動きも多数あり、それほど農民が追いつめられていたこともあると思います。
明治以降では、板垣退助などの、自由民権運動もありました。

しかし、新緑の里さまのおっしゃるように、わたしは詳しくないですが、江戸時代のみならず、日本を(統治)するもの、あるいは、狭い領土でも殿様として統治するものは、常に、主君とは。。。と自らあるべき姿を幼いころから、勉強していたのかな、決して、資本主義のように、ただ一方的に集約された富をひたすらむさぼればいいという感じではなかったとも、思います。


しかし、なにが欧米と違うのかな?と思うと、ヨーロッパでは、街の外側に城塞が作られていて、でも、日本ではお城の周りに高い石垣が作られる。それは、日本ではお城の殿様が入れ替わっても、農民などを直接殺戮することはあまりなく、武士同士争っていた。。と聞いたことがあります。どこのだれが言ったのか忘れました。

つまり、今でも政治は、(殿様が入れ替わる)くらいの認識なのかなと。私は思います。

あと、やはり、日本は外側から領土を奪われることがほとんどなかったからではないでしょうか。
日本の歴史で海の外から攻めてきて上陸したのは、元寇と第二次世界大戦の終戦直前のアメリカ軍くらいしか思いつきません。。
陸続きだと、常に領土を奪われたり、また、ポーランドのように強い国にはさまれていると、何度となく侵攻され、国さえなくなってしまうこともあります。それは、わたしが東北や京都を奪われた例をあげたように、人の根底から苦しみを感じさせるような痛切な悲しみを伴うと想像します。

また、今でも民族の独立の運動やそれに伴う戦火もたえず、多くの子供などの犠牲も伴う。平和で恵まれた日本にいる私など、(なにが問題なの?なぜそこまでして独立するの?)と思うことも。
しかし、やはり、キューバなどがわかりやすい例ですが、占領されていることで、一方的に搾取される幅が大きく、自分たちで耕した食糧を常に奪われていて、都合のいいように奴隷のように、つかわれてるようなもの、、そこから逃れるには、自分たちが立ち上がり、多少の犠牲も覚悟で武力をもってしてでも、自分たちの土地を取り返さないといけない。。ということなのかなと思います。
なので、他国の国歌は軍歌のようであり、武力でもってしてでも、自分たちの土地を守ろう、自分たちを鼓舞して、闘おう。とする歌が多いのではと思いました。

新緑の里さまのおっしゃる、種の保存。。のような愛国心とは、そういった略奪され続けた土地の国の人の心情に近いとも思います。


<民衆の「権利意識」というものは、抑圧下でこそ生まれ、育まれるものです。だから私は昔の欧州の民衆というのは、大変な「抑圧」を感じて生きてこられたのだろう、と想像します。それこそ何百年もの長きに渡って。だからこそ、「民主主義」が生まれた、のだと。歴史の皮肉ともいえるような現象ですが。>

なるほど。。
わたしは、戦後民主主義については、よく言われるように、(三権分立だとか、選挙権だとか、言論の自由だとか、知る権利だとか、あらゆるものが、敗戦後アメリカによって与えられたものだから、自分たちで勝ち取ったものではないので、どうしても守ろうと思えないのでは。。)というよく聞くような意見、それに賛成です。
片割月さまのブログで、憲法は、日本人も草案を考えていた。。決してすべてアメリカ人のみで作られたものでもないという本も紹介されていて、どうやって憲法ができたか、というところには、議論の余地があると思います。
しかし、どちらにしても、戦争に負けて、アメリカに占領されたことをきっかけとしているので、(棚ぼた民主主義)でもあります。。
自分たちで、血を流して(わたしは血を流すこと自体には反対です。そこに賛成してるとまさに極左といいわれる人たちの考えにつながっていくので。)手に入れたものではないので、そこにあるのが当然。。と思ってしまうと思います。


君が代について。
わたしは、そんなにもめるなら、変えてしまえばいいといったものの、君が代について詳しく知りませんでした。大変無責任ですね。すみません。。(汗)

しかし、調べてみた結果、もともと明治時代に、和歌をもとにつくられ、第二次世界大戦中は、教科書ではっきり、君=天皇として、教えられていたそうです。新緑の里さまはご存じだと思いますが。。
そして君が代と日の丸はセットで、日の丸をあげていき一番上につくときに、君が代が終わる。たしかに、そうですよね。。というもので、日本のみならず、占領された国々、中国韓国ほかアジアの国で、占領した外国人も歌うのを強制されていたようです。なので、中国韓国の人は、日の丸、君が代に反発するのだろう。と思います。

君=あなた。。と思って歌えばいいという説も、確かにありますね。知らなかったですが。。ほんとにすみません。。

しかし、、、それはちょっと苦しいのではないのか。と思います。
現に国家国旗法が制定されたときに、小渕内閣の政府答弁でも、君は天皇をさす、と答えています。
また、第二次世界大戦中、日本が天皇を象徴として侵略戦争をした。そして、そのときに、国内外でナショナリズムの高揚として、歌われていた歌。そして、歌の中には君。という言葉があり、それは天皇をさしている。
これらは、どうやっても、事実です。
動かしがたい事実なので、今になって、もともとの歌の意味に戻り、君=あなた。。とするなら、そういう文章を国家国旗法に入れないとだめですし、もしそういう文言をいれたとしても、中国と韓国、その他の国は納得するでしょうか。。あまりに、逃げ道的な感じもします。

なぜ他国の顔色をうかがって、国歌を歌わないといけないの。というならば、堂々と歌えるような別の歌にしたほうが早いのではと思います。

また、今回をきっかけに他国の国歌を調べました。
どの国の歌もナショナリズムにあふれている。。ので、日本だけではないとも思います。
しかし、そうして多くの国の愛国心を見ているとますます、愛国心は危険だと思います。

そして、同じ敗戦国のドイツでは、第二次世界大戦後、歌の歌詞がナショナリズムにあふれている、ので3番だけ歌うようにしたそうです。たしかに1番はナショナリズムにあふれていて、2番はちょっとよくわからない歌詞です。

また、イタリアでも日本と同じようにナショナリズムを高揚させる国歌を疑問視されていて、有名な音楽家でも、演奏を拒否したりしているそうです。つまりは、ムッソリーニの時代に戻りたくないからと。

そして、勝戦国であった、アメリカイギリスフランスの国歌は、軍歌ですね。戦後、勝ったことから、反省なく、そんな歌をいつまでも歌っているからいまだに武力による拡大主義なのではと思います。まず、日本が国歌をかえて、ほかの国も変えることを提案したらどうだろう。とも思います。。非現実的ですが。

そして、スイスの歌は士気があがらないから、もっと勇ましい歌にかえるべきだ、という意見もあり、歌詞をみましたが、たしかにナショナリズムというより、自然の美しさや神様をたたえています。

そして、画期的?と思ったのがスペインの国歌は歌詞がありません。
歌詞がないので、オーとか適当に、ハミングしてるそうです。
いいですね!
オリンピックは、平和の祭典のはず(表向きは)なので、東京オリンピックでは、歌詞を歌うのをやめることを提案したらどうでしょうか?

以上個人的な意見です。。

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2015/3/5

from かおり
to 新緑の里さま

なんだか、まとまってないですね。すみません。

<日本語は「武器の言語」ではない。「歌の言語」であると言われると、何だか凄くよく分かるんですよね。そして「歌の言語」で議論は出来ないだろう、と。出来たとしても凄くやり憎い。>

なるほどー!
歌。。そうかもしれません。
日本語って、最後まで聞かないとわからない。
すごく、難しい言語だと思います。
語尾も、わたしも、使いますが、・・・・といえなくはない。とか、(どっちや!)という言い方も多いですし、・・・・であるとは限らない。とか、また、話しながら相手の顔色をみて、語尾をささっと変えてしまえばもともと言いたかったことを変えることもできますよね?(笑)

また、(以心伝心)(言わぬが花)(沈黙は金)のように、なんというか、肌で意思疎通をはかるようなところもありますし、自分の意見をゴリゴリ、ワーワーいわない方がお上品。だとされているとも思います。
あと、白黒はっきりさせないと。という気概も少ないのでは。これはなぜかわからないし、私見ですが。

<この点英語を始めとする欧州の言語は恐らく殆どが「武器の言語」でしょうし、議論の為の言語であると言えるのではないでしょうか?>

なるほどーー。。勉強になります。。
武器の言語。。そうかもしれません。。

<黙っていないで取り敢えず口に出して言ってみる、発言してみるという事はとても大切な事であると思います。正確な事しか言っちゃいけない、なんてことになると一般人は殆ど何も言えなくなってしまいますよね?
仰る通り、私たちは全員が「当事者」です。素人だろうがプロであろうが、その事実は変わりません。言いたい事は遠慮せずにどんどん言うべきだと思います。そういった事が民主主義を「成熟」させるのだと思いますから。>

同意です。
知らなくてよい、勉強しなくていい、と無知を肯定するものではありません。
しかし、会社の議論と違うのは、会社の議論の場合は、意見がある人だけ発言し、優秀な人だけで決めてくれて、沈黙をもって肯定。でもいいと思うのです。
でも、選挙だと確かな意見がある人や、優秀な人も、なんの意見も興味もなく、またあっても間違ってるような人でも、同じく一票しかないんですよね。なのでこそ、間違いもおきやすいと思います。

わたしは安倍さんのスピードと実行力をもってすれば、日本が戦後のシステムと全然違う国になってしまうのに、あと一年くらいだと思ってます。
安倍さんが安全保障の法案や、憲法改正を行いたいのは近い将来じゃなくて、今年中なんじゃないのか、彼の発信するスケジュールからするとそう読み取れます。
なので、あまりのんびり成熟してる時間もないのでは、とも思います。

<「成長戦略」もそうです。もうこの辺りで「脱・成長」へと舵を切り、成長ではなく成熟へと視点を変えるべきではないでしょうか?いつまでたっても「高度成長」の頃が忘れられず、あの頃よ、もう一度!という心境なのでしょうが、成長とは子供~若者に該当する話であり、日本はとっくにその年頃は過ぎてしまいました。今更もう一度「成長」なんて、これは土台無理な事なのです。そうではなく、これからどのように「成熟」していくのか、それを考える事こそ、最も大切な喫緊の課題であると、私は思うのですが・・>

同意です。
日本はそもそも高度経済成長期、そのあとのゆるやかな成長がすべて世界的にみれば化け物のようであり、奇跡的だとも思われてます。中東で敬意を集めていたのも、戦後の復興があまりにハイスピードだったからもあるそうです。
しかし、今日本がぶつかってる問題は先進国ならどこも同じようなものを抱えていて、つまり生活レベルがあがり、国の評価があがると、円があがり、(昔は1ドル=360円くらいでしたよね)労働力が相対的に高くなるので、新興国との間で価格競争がおきて、不利に陥る。それには、労働力を派遣社員などつかって単価の安いものにきりかえるなどして、格差をつくるしかないと。
石田衣良の、(坂の下の湖)というエッセイにも、もう、(坂の上の雲)を目指せる時代ではない。とあり、これからはどうやって、ゆるやかに下っていくかを考えるしかないと書いてあり、そう思います。
もう、これ以上の成長を望むのは、ほんとに無理だと思います。
発展途上の国が先進国においついていくとき、国が豊かになるのと同時に人々の暮らしも向上していきますが、もういきつくところまで成長しきったので、今後国のGDPと国民の暮らしは比例して向上していかないと私は考えてます。

経済が成長すれば、税収も増えて、財政赤字も解消するし、いい方向でいろいろ動いていくので、与党となる政治家はつい、成長に頼ってしまうのだと思います。

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