晴旅雨旅

爺の前に道は無し。爺の後にも道は消えかけて…枯れた中年爺の独り言

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年々賑やかになる「ハロウィン」だが、思い出すのは後輩の死

2016-10-31 04:14:26 | ランニング
「日本人留学生射殺事件」wikipedia

高校ラグビー部の後輩の服部君がアメリカの銃社会の犠牲になって、はや四半世紀が経とうとしている。実は私たちのラグビー部はその頃、練習中の事故でもう一人、亡くなっている。共に原因は違えど、肉親の方の悲しみは如何ばかりかと心痛する。今でも、ラグビー部の集まりがある時には、必ずと言って良いほど話題になり、気分も落ち込む。

ハロウィンで着飾っている、服部君と同年齢の若者があげる華々しい歓声に罪は無いのだが、やはりどうしてもアメリカの銃社会の現状が、その頃と変わっていないことに腹ただしい気持ちになる。

2003年3月、アメリカはイラクに侵攻した。日本では当時、これに抗議する市民によるデモや集会が自然発生的に全国に広がって行った。70年安保闘争を彷彿とさせる市民の政治参加でもあった。デモを見ていた群衆も、途中街頭から次々に加わり、どんどん大きくなっていくシーンもあちこちで見られた。
その集会で、服部君のお母さんが銃による愛息を亡くした悲しみを訴え、無意味なイラク戦争に日本が加担することを抗議していた。頭が下がる思いだった。私も妻や娘、そして沖縄出身の私の教え子とその母親などみんなで街頭に繰り出した。教え子は新聞社のインタビューを受け、しっかりと応じていた。

何年か前、脱原発ムーブメントでも同様の市民参加が盛り上がった。時折見せるこうした市民の怒りは、残念ながら日本ではなかなか次へと繋がらないかに見える。けれども、注意深く観察すると、その前後の変化に市民の民度は確実に進化していることが表れている。ゆっくりではあるが、着実に社会は歩んでいることに自信と希望を持つべきだろう。
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