無味乾燥な

つまらぬ話でございます

「偉い」とは何か

2017-03-20 21:19:58 | 思うこと
「功業は百歳の後に価値が定まる。」
「百年の後、百の博士は土と化し、千の教授も泥と変ずべし。余は吾文を以って百代の後に伝えんと欲する野心家なり。」
漱石の門下生に宛てた手紙にあるらしい。
"I must remain plain Michael Faraday to the last."との関係のあるやなしや、と『漱石、近代科学と出会う』に小山教授が書いておられる。
このファラデーは、1825年にベンゼンを発見している。
豊洲の報道に出てくるベンゼンである。

晴天の下、そぞろ歩いて、タバコを吸いたくなったので、喫煙できるところで、空を見上げてみたら、こんな切り取りになった。
今の世は、物事の捉え方が、皆同じでないといけないと思っている人が多いらしいが、切り出し方では、もっと面白いものになるのであり、少なくともそれに趣があると感じたほうが人間としては正しいのかも知れないと思う。負け犬の遠吠えでしかないと思われようが、別によいのである。己が死ぬ時に、あるいは記憶を失う時に、自分の人生は面白かったほうが多かったと思えれば、しあわせなのではなかろうか。今どきの、功業とは関係のない「偉い」は、即座に蹴落とすネタでしかないのであって、価値がない。
今の野心は単なる私利私欲の塊でしかないのであって、これも漱石の時代とはちがうように思う。
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