小父さんの呟きと無駄ばなし等など・・・。
閑話ノート
超高齢社会の功罪 (ダウンサイジング)
きょうの副題のダウンサイジングとは工業製品のことではない。国や地方自治体が進める社会基盤すなわちインフラ整備についてである。シーズンに入ると私はゴルフに出かける。長野県のゴルフ場は山や高原が多いので丘陵や山岳コースが一般的だ。アップダウンの少ない贅沢な林間コースを平地に造ることはコストのムダだからだ。それよりも人が住める貴重な土地を占領することは好ましくない。
市街地からその山のコースに向かうと、標高が高くなるにつれて集落や住宅軒数が少なくなる。時には峠道を越えることもあるが、路面を見ると下水道のマンホールが延々と続く。人里離れたところでも下水道が普及していることを目の当たりにする。下水道管の敷設総距離÷住宅軒数=一軒あたり敷設距離だが大変な長さに違いない。こんな山の中の集落や家の若者は大都市へ移ってしまい、高齢者だけが住んでいると思われる。なので下水管一人あたりの建設費はさらに高いものになる。社会資本の投下効率が低いことを示すものだが、行政はそのユニバーサルサービスを止めることはできない。これは高コストな社会基盤の見本である。
もう一つの事例を紹介する。私の住む街に大きい立派な公民館がある。バブルの絶頂期に自治住民が金を出し合い寄付を募り建設した。ところが近ごろ高齢化で公民館利用が減り宝の持ち腐れになっている。それどころか維持費だけが重くのしかかる。コンパクトな建屋にすればよかったと皆言っているがあとの祭りだ。
このように考えると、超高齢社会イコール人口減少社会であるから、人口減に連動させ全てのインフラを長いスパンで再整備する必要がある。簡単に言えばスクラップアンドビルドでありダウンサイジング化である。民主党のキャッチフレーズ、「コンクリートから人へ」と訴え、先の総選挙を制し政権に就いた。このフレーズは間違っていなかったが、本稿のような主旨に則りもっと踏み込めばよかったと思う。同じ国家予算を同じ額だけ人へばら撒いても能がない。今からでも遅くない。「超高齢社会とは何か」をお互い問うべきである。
「超高齢社会の功罪」編 <続く>
市街地からその山のコースに向かうと、標高が高くなるにつれて集落や住宅軒数が少なくなる。時には峠道を越えることもあるが、路面を見ると下水道のマンホールが延々と続く。人里離れたところでも下水道が普及していることを目の当たりにする。下水道管の敷設総距離÷住宅軒数=一軒あたり敷設距離だが大変な長さに違いない。こんな山の中の集落や家の若者は大都市へ移ってしまい、高齢者だけが住んでいると思われる。なので下水管一人あたりの建設費はさらに高いものになる。社会資本の投下効率が低いことを示すものだが、行政はそのユニバーサルサービスを止めることはできない。これは高コストな社会基盤の見本である。
もう一つの事例を紹介する。私の住む街に大きい立派な公民館がある。バブルの絶頂期に自治住民が金を出し合い寄付を募り建設した。ところが近ごろ高齢化で公民館利用が減り宝の持ち腐れになっている。それどころか維持費だけが重くのしかかる。コンパクトな建屋にすればよかったと皆言っているがあとの祭りだ。
このように考えると、超高齢社会イコール人口減少社会であるから、人口減に連動させ全てのインフラを長いスパンで再整備する必要がある。簡単に言えばスクラップアンドビルドでありダウンサイジング化である。民主党のキャッチフレーズ、「コンクリートから人へ」と訴え、先の総選挙を制し政権に就いた。このフレーズは間違っていなかったが、本稿のような主旨に則りもっと踏み込めばよかったと思う。同じ国家予算を同じ額だけ人へばら撒いても能がない。今からでも遅くない。「超高齢社会とは何か」をお互い問うべきである。
「超高齢社会の功罪」編 <続く>
議論のこと
久ぶりにきょうは仕事がなかったので、終日国会中継を見ていた。衆院予算委員会の質疑だ。いろいろやり取りを聞いていると面白い。質問の事前通告をしてあるから答弁は簡単だろうと思うが、これがなかなか難しい。きのうは市役所である市民協議会の定例会があり小生が事務局長なので司会進行役をする。
そこで議論や意見交換の場でいつも感じることだが、自己主張の強い人ほど他人の意見を聞かないことだ。人の意見を途中で遮り一方的にしゃべる。それも他者の意見の意味するところを解せず反論する。こうなれば議論はかみ合わない。議長や司会が的確に調整できれば本題に戻れるがヘボだと堂々巡りする。結局のところテーマや課題についての本質の部分のやり取りができないのだ。そこに主義主張が入りあるいは固有のイデオロギーが邪魔をする。もっと平たく言えば当事者の強い思い入れが小田原評定になる。
きょうの国会も質問者に対して的確にしかも簡潔に答えられない場面がたびたびあった。回りくどい周辺の事情の話しを一所懸命する。答弁者の頭の整理ができていない証拠である。官僚が作った答弁書だから自信がないのかも知れない。立て板に水の如くの答弁よりも、たどたどしくも気持ちと熱意が伝わらなければ訴える力は弱い。
暇つぶしによそ様のTwitterをときどき覗く。つぶやきだから多種多様でかみ合わず混線する。ブログも同じだ。テキスト主文とは関係のないあさってのコメントや議論に発展する。それぞれ自己主張のかたまりなのだ。まぁ私もその一人だから世話はない。
この国は平和である。(爆汗)
そこで議論や意見交換の場でいつも感じることだが、自己主張の強い人ほど他人の意見を聞かないことだ。人の意見を途中で遮り一方的にしゃべる。それも他者の意見の意味するところを解せず反論する。こうなれば議論はかみ合わない。議長や司会が的確に調整できれば本題に戻れるがヘボだと堂々巡りする。結局のところテーマや課題についての本質の部分のやり取りができないのだ。そこに主義主張が入りあるいは固有のイデオロギーが邪魔をする。もっと平たく言えば当事者の強い思い入れが小田原評定になる。
きょうの国会も質問者に対して的確にしかも簡潔に答えられない場面がたびたびあった。回りくどい周辺の事情の話しを一所懸命する。答弁者の頭の整理ができていない証拠である。官僚が作った答弁書だから自信がないのかも知れない。立て板に水の如くの答弁よりも、たどたどしくも気持ちと熱意が伝わらなければ訴える力は弱い。
暇つぶしによそ様のTwitterをときどき覗く。つぶやきだから多種多様でかみ合わず混線する。ブログも同じだ。テキスト主文とは関係のないあさってのコメントや議論に発展する。それぞれ自己主張のかたまりなのだ。まぁ私もその一人だから世話はない。
この国は平和である。(爆汗)
超高齢社会の功罪 (GDP低下)

人口減少問題について先日遠縁にあたる中小企業の若手経営者と意見交換した。その際、筆者は日本の人口減少は避けられないが、少なくともわれわれの住む市町村は人口増対策をすべきと主張した。出生・死亡による自然増減に一喜一憂するのでなく、転入・転出による社会増減に重きをおくべきだと述べた。他の市町村への転出を抑え逆に転入を促進させる人口増対策を進める。そのためには誰もが住みたい魅力ある都市や自治体にしなければならない。具体的には健全な都市間競争や自治体間競争によって「この指とまれ」、この地に人口集中させる政策を打ち出すのである。これらいくつかの案を提示したが、彼は苦笑するのみで異見を唱えた。
彼は「人口減イコールGDP低下の固定観念を払拭し、一人当たりGDPを押し上げ、所得増を図る」と主張する。付加価値生産性を上げると言っているのだが、ことは簡単でない。BRICsのような経済発展の著しい新興国ならいざ知らず、わが国は成熟社会である。ちなみに主要諸外国のGDPランキングを見てみよう。総務省統計局発行の国民経済計算や国の国内総生産順リスト (購買力平価)等、いろいろな統計資料があるが、一人当たりGDPで突出している先進国はない。総務省統計局のHPから統計表3-3、3-4によれば、オーストラリアは名目GDP=1,013,862/100万米ドル、一人当たり名目GDP=47,615/米ドル(2009年)となっているが、価値を生む広大な国土と資源大国だからだろう。
きのうの拙稿でも指摘したように、少子高齢化により人口ピラミッドが歪んでおり、産業構造を劇的に変えない限り、一人当たり生産性も落ちるとみなければならない。このことを遠縁の彼に反論したかったが止めた。勇ましい所得倍増論に敬意を表したからだ。(汗)
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<参考>
名目GDP(100万US$)アメリカ14,119,295、イギリス2,169,485、ドイツ3,330,030、フランス2,649,389、日本5,042,014、韓国832,512、中国4,984,426。一人当たり名目GDP(US$)アメリカ44,872、イギリス35,239、ドイツ40,528、フランス41,226、日本39,530、韓国17,225、中国3,769 -以上いずれも2009年
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「超高齢社会の功罪」編 <続く>
超高齢社会の功罪 (若者の意欲を低下させる?)

日本の人口分布図(平成21年)出典-総務省統計局
人口分布図のことを人口ピミッドと呼ぶ。今はピラミッドでなく奇妙な形をしている。へこみのあるビヤ樽*だろうか。少子高齢化により生産年齢人口が減少し、しかも戦後の第一次ベビー・ブーマーが老年人口ゾーンへシフトしているのでピラミッドが歪んだのだ。
*第一次ベビー・ブームと第二次ベビー・ブームの間の年齢分布がくびれている。
政府は高年齢者雇用安定法の改正案を検討している。25年に厚生年金の支給年齢を65歳に引き上げるので、定年延長・雇用継続・再雇用等の義務化を企業などの使用者に課すものである。一方、生産年齢人口の減少は確実に名目GDPを押し下げるから、高齢者に引き続き現役世代でがんばって貰おうと一石二鳥を考えているのである。然しながらこの一石二鳥の目論見について筆者は懐疑的な見方をしている。
そのひとつは、企業経営者にとって、定年延長等により総人件費を押し上げる問題が発生する。このため新卒採用を抑えたり、膨れた総人員で仕事を分かち合い、賃金をシェアする労務政策を採るかも知れない。どっちに転んでも若者に不利になる。そのふたつは、高齢化に伴い人は誰しも心身ともに老化する。程度の差はあれ、マン・パワーが落ちる。つまり年齢構造の変化により生産性が落ちると考えるのが普通である。これは企業の行く末を暗示するものだが、まさにこの国の縮図でもある?
「超高齢社会の功罪」編 <続く>
超高齢社会の功罪 (隠居文化の喪失)
隠居(いんきょ)とは旧民法上の制度や解釈ではなく、第一線を退き子世代等にバトンタッチすることである。楽隠居という言葉があるように、悠々自適の生活を送ることが隠居のイメージだ。都会の住人と違って田舎の家屋敷は広い。同一敷地内に隠居部屋の別棟がある。現在は同じ屋根の下に居を構えるモダンな二世帯住宅もある。スープの冷めない距離にある別棟のほうがお互いプライバシーを保つには理想だろう。
拙宅も母屋のほかに同じ敷地に別宅があり、かつて老親が住んでいた。亡父は早くから引退し好きな短歌(アララギ派同人)活動に没入し歌集も発行している。講談社刊の昭和萬葉集にも選歌されたことがある。歴史探訪も趣味だった。旅に出ないと秀歌が作れないとあちこち歩いていた。今思い出せば自分の好きなことをやって第二の人生楽隠居だったと思う。そのかわり家の決定権(実権)は若い私にあった。
隠居といえば水戸黄門様の諸国漫遊だ。もう一人は駿府に隠退した徳川家康。家康は家督を二代将軍秀忠に譲ったものの死ぬまで天下の政(まつりごと)に関わった。現在の国政においてはどちらがいいか?私の考えはいつも言っているように、長老国会議員は潔く身を引き(巷談とはいえ)水戸黄門様のようになってくれたらいいと思っている。
その隠居という言葉が死語になっている。昨今、田舎でもご隠居さんが居なくなった。年寄りが相変わらず第一線で幅を利かせているのではない。子世代にバトンタッチしたくも地元に居ないのだ。そのため年老いた親や老人が町内自治会の行事や仕事に駆り出される。とてもじゃないが楽隠居の身分になれない。ご承知のようにこの現象は核家族化によるものである。ときどきニュースで老人の孤独死を知る。実に淋しく哀れな晩年といわざるを得ない。そのお宅の子どもたちはどこにいるのだろうかといつも考える。私は会社人間だったので親孝行は何もできなかった。だが幸い我が家は上述のように両親とも不自由のない晩年を過ごすことができた。寝たきりにもならず文字どおり天寿を全うしたのではないか。両親は他界するまで老人介護施設等の厄介にもならなかった。親孝行どころか子ども孝行してくれたと感謝している。
さて、核家族化によって、かつての大家族制は失われ、元に戻ることはあり得ない。隠居の身の祖父母が孫の面倒をみる光景も見かけなくなった。これも出生率を低下(少子化)させている一因かも知れない。
「超高齢社会の功罪」編 <続く>
拙宅も母屋のほかに同じ敷地に別宅があり、かつて老親が住んでいた。亡父は早くから引退し好きな短歌(アララギ派同人)活動に没入し歌集も発行している。講談社刊の昭和萬葉集にも選歌されたことがある。歴史探訪も趣味だった。旅に出ないと秀歌が作れないとあちこち歩いていた。今思い出せば自分の好きなことをやって第二の人生楽隠居だったと思う。そのかわり家の決定権(実権)は若い私にあった。
隠居といえば水戸黄門様の諸国漫遊だ。もう一人は駿府に隠退した徳川家康。家康は家督を二代将軍秀忠に譲ったものの死ぬまで天下の政(まつりごと)に関わった。現在の国政においてはどちらがいいか?私の考えはいつも言っているように、長老国会議員は潔く身を引き(巷談とはいえ)水戸黄門様のようになってくれたらいいと思っている。
その隠居という言葉が死語になっている。昨今、田舎でもご隠居さんが居なくなった。年寄りが相変わらず第一線で幅を利かせているのではない。子世代にバトンタッチしたくも地元に居ないのだ。そのため年老いた親や老人が町内自治会の行事や仕事に駆り出される。とてもじゃないが楽隠居の身分になれない。ご承知のようにこの現象は核家族化によるものである。ときどきニュースで老人の孤独死を知る。実に淋しく哀れな晩年といわざるを得ない。そのお宅の子どもたちはどこにいるのだろうかといつも考える。私は会社人間だったので親孝行は何もできなかった。だが幸い我が家は上述のように両親とも不自由のない晩年を過ごすことができた。寝たきりにもならず文字どおり天寿を全うしたのではないか。両親は他界するまで老人介護施設等の厄介にもならなかった。親孝行どころか子ども孝行してくれたと感謝している。
さて、核家族化によって、かつての大家族制は失われ、元に戻ることはあり得ない。隠居の身の祖父母が孫の面倒をみる光景も見かけなくなった。これも出生率を低下(少子化)させている一因かも知れない。
「超高齢社会の功罪」編 <続く>
超高齢社会の功罪 (はじめに)
今国会では社会保障と税の一体改革が議論されている。このまま手をこまねいていると、高齢者を支える現役世代の負担が増大するからだ。誰がネーミングしたか知らないが、騎馬戦型(現役世代3人で高齢者1人を支える)から将来、肩車型(現役世代1人で高齢者1人を支える)になるという。加えて社会保障の世代間格差が拡大する。このリンク記事の推計値の意味するところは、私より上の世代は(社会保障費の)“食い逃げ派”だが、私の愚息の年代になると支払う社会保険料が持ち出しになる。
この世代間不平等の構造問題について、彼ら(若者)は先刻承知しているが、その大多数は沈黙している。社会保障(年金・医療・介護)の諸課題を解消するのは政治だが、若者は政治に関心がない。このことは公職選挙の投票率に表れている。投票行動をおこしても何も変わらないとする政治不信があるからだ。それでは政治家を志す若者が増えてもいいものだがそれもない。国政も大多数は年寄りが牛耳っており、結果として若者の声が反映されないのである。
明治維新のように政治的・社会的大変革を進めたのは若い世代だった。年寄りはできるだけ若い世代に委ね、静かにしていたほうがよいというのが筆者の持論である。
<参考>社会保障・税一体改革素案 長老の悪あがき?
PS:高齢社会は長寿社会でもある。それゆえ、本稿の表題「超高齢社会の功罪」は不適切かもしれない。だがあえて本シリーズを随時エントリしてゆこうと思う。
「超高齢社会の功罪」編 <続く>
この世代間不平等の構造問題について、彼ら(若者)は先刻承知しているが、その大多数は沈黙している。社会保障(年金・医療・介護)の諸課題を解消するのは政治だが、若者は政治に関心がない。このことは公職選挙の投票率に表れている。投票行動をおこしても何も変わらないとする政治不信があるからだ。それでは政治家を志す若者が増えてもいいものだがそれもない。国政も大多数は年寄りが牛耳っており、結果として若者の声が反映されないのである。
明治維新のように政治的・社会的大変革を進めたのは若い世代だった。年寄りはできるだけ若い世代に委ね、静かにしていたほうがよいというのが筆者の持論である。
<参考>社会保障・税一体改革素案 長老の悪あがき?
PS:高齢社会は長寿社会でもある。それゆえ、本稿の表題「超高齢社会の功罪」は不適切かもしれない。だがあえて本シリーズを随時エントリしてゆこうと思う。
「超高齢社会の功罪」編 <続く>
小沢・鳩山新党をつくれ

民主党の小沢一郎元代表と鳩山由紀夫元首相が3日夜、都内の料理店で会談した。小沢氏は、野田佳彦首相の消費税増税が党内の離党者を招いた事態について「歌を忘れたカナリアはどちらなんだ」と首相を改めて批判、鳩山氏も「国民に負担を押しつける前に、新しい公共や地域主権をしっかりやれば財源を浮かすことができる」と応じた。(産経新聞)
TPPの民主PT 3カ月ぶり再開も紛糾 参加前提の執行部に反対派反発
民主党は3日、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加に向けた日米事前協議が7日に始まるのを前に、約3カ月ぶりに経済連携プロジェクトチーム(PT)の総会を開いた。反対派は、PT幹部が交渉参加を前提に議論を進めようとしていると反発。予定していた事前協議に関する政府側の説明は中止され、党内の亀裂の深さが改めて浮き彫りになった。(産経新聞)
消費増税は責務=前原氏
民主党の前原誠司政調会長は4日午前、神奈川県小田原市で講演し、野田政権が進める消費増税について「無駄削減、景気対策をしっかりしないと(消費税を)上げないと言う人もいるが、責任ある政治家として財政再建と景気刺激、無駄を削ることを合わせてするのが責務だ」と強調した。(時事通信)
消費増税問題とTPPについて民主党内が混乱している。こんなにバラバラな状況では政権党の体をなしていない。「歌を忘れたカナリア」なるほど面白い冗句もいいが、「小沢・鳩山新党」を旗揚げして、増税でもTPPでも堂々と自説を主張をしたらどうだろうか?飲食会やって、ちまちまボソボソ小さな声で騒いでもだめだ。政局ゴッコか何だか知らんが、多くの国民はさっぱり分からんぞ。一体全体どうなってんの?野田さん教えてよ。
PS:衆院解散総選挙が必至なのでアリバイ作りをしているのだろう。
「行方不明」とは、ちょっとオーバーな!

田中直紀防衛相 - Wikipedia
「行方不明」の田中防衛相はコーヒー飲んでた
田中防衛相が叩かれている。国防に素人ということが叩かれている最たる理由のようだ。ところが今度は上のリンク記事にあるように、参院予算委員会中(31日)に「行方不明」になったという。それにしても「行方不明」とはオーバーな表現ではないか。無断で離席したことは問われるかもしれないが、「行方不明」はないだろう。それもほとんどの活字メディアが面白おかしく?「行方不明」と報じた。一般的な「行方不明」は行方が分からなくなり、音信不通の情態を指す。代表例は人さらい=拉致されたとか、災害に遭い行方が知れないなどだろう。家出も同様だ。然るにこのたびの田中大臣のケースは当てはまらないだろう。まさか国会議事堂を抜け出したのではなさそうだ。(笑)
それにしてもこの先生、次から次へと悪いことが重なる。まぁ勉強不足や脇が甘いとこういうことになる見本である。
そこで野党やマスコミの皆さんにお願いします。これ以上追及したり突っ込むのをやめてはどうでしょうか。ご本人がノイローゼになりはしないかと心配であります。温かく見守ってやることはできないものでしょうか?う〜むそんな甘いものではなさそうですか。中国*はこのさまを見て笑っていますか。この際、眞紀子サンに付き添ってもらえないでしょうか。「夫に代わり答弁させて頂きます」。。。ナントカ委員長「発言を許します」。。。官僚のアシストよりいいかもね。(政治主導汗)
PS:*中国:200カイリまで巡視範囲拡大 尖閣諸島も対象に
東シナ海を管轄する中国上海海事局幹部は今年の航空機による巡視活動について、日中中間線を越えて「中国の排他的経済水域(EEZ)の200カイリ(約370キロ)」まで巡視範囲を広げる方針を明らかにした。沖縄県・尖閣諸島や天然ガス田「白樺」(中国名・春暁)など日中間で係争となっている海域も対象となる。中国各紙が24日までに報じた。日本は「けん制だろう」(外務省幹部)と静観しているが、昨年から中国軍機が尖閣諸島に接近するケースが増えているほか、中国の国家海洋局や農業省漁政局も東シナ海の巡視を強化しており、日中間で緊張が高まる可能性がある。(北京・共同)
豪雪

拙宅の庭の雪 豪雪にはほど遠いやさしい雪の量
豪雪対策で予備費活用も=野田首相
野田佳彦首相は1日午前の衆院予算委員会で、日本海側を中心に拡大する豪雪被害について、復旧策などを急ぐ姿勢を強調した。財源としては「予備費の活用で除雪を行うとか、3月に配分する特別交付税の活用を念頭に置きながら対策を講じていきたい」と述べ、2011年度の予備費などを充てる考えを表明した。民主党の仙谷由人政調会長代行への答弁。
近年ゲリラ豪雨が多発しているが、日本海側北日本中心の大雪もまさにゲリラ豪雪だ。雪おろしや雪かきでお亡くなりになる方々が後を絶たない。実に悲しく痛ましい。除雪費用の問題もあるが、もっと恒久的で抜本的な豪雪対策が求められるのではないか。最近のテレビはどの局も積雪の重さをPR?しているがそれだけだ。豪雪地帯の建築基準法を改定するとか、いろいろ打つ手はあるだろう。屋根の雪おろしや平地の雪かきは大変な労力を要する。ましてや過疎地の老人宅は手に負えない。もっと重機を稼動させるための都市基盤整備も必要ではないか。私は生まれてこのかた豪雪地帯へ足を踏み入れたことがないから詳細は知らない。なので一丁前の口をきくことはできないが、それにしても自然の猛威から身を守る方策を考えたいものである。
住宅火災

イラスト出典www.city.nagano.nagano.jp
ライター・川勝正幸さん、自宅火災で死亡
消防隊員の自宅全焼…自ら消火も妻と長女と見られる遺体発見
冬の季節になると住宅火災が頻発する。それも全半焼のみならず逃げ遅れて焼死する痛ましい事故に発展する。出火原因はいろいろあるだろうが、火災発生の件数が冬季に異常に多いのは暖房に火力を使うからだ。たぶん室内に設置してあるストーブが発火元と推測される。ストーブを焚く燃料は灯油やガスである。暖房器具も年々改良が加えられストーブが倒れても大事に至らない商品開発が進んでいるとは思う。然しながら部屋の中で火を発生させること自体危険が伴う。特に高齢者世帯や独居老人宅で誤った操作(給油)や石油ストーブの転倒によって燃料に引火する事故が後を絶たない。しかもストーブは長時間燃焼させると室内の酸素を奪う(空気を汚す)弊害がある。
上述の解決策としては、事情が許せば床暖房やエアコンとの組み合わせがいい。無理なら室外機(ボイラー)と室内機のセパレート・タイプの暖房器具に切り替えることがベターだろう。たとえばガス温水暖房熱源機(室外機)と温水ルームヒーター(室内機)を設置する方法がある。暖房が不要になれば室内機を取り外す可搬式のタイプだ。それほど大工事にならずべらぼうな投資も不要である。全焼し財産を失うことを考えれば安いものだ。年寄りは若者より預貯金が多いと聞くから、老後の生活を快適に過ごすために、こういうところへお金を使うのもいいだろう。ん?余計なお世話か・・・。
PS:拙宅は先年家を建て替えた。典型的な夫婦二人の高齢世帯である。それゆえ屋内の空調には気を使い、24時間換気システムと冬寒い信州に住んでいることもあり全館床暖房にした。この時ハウス・メーカーから石油ストーブを室内に置かないよう注意された。高気密高断熱住宅のせいもあるが、高齢者なので火力を使うことを戒められたのである。
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