FORZA世界史inBLOG KANTO

世界史の復習をサポートするブログです

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

イギリス革命は独特な革命ということ

2017年06月17日 | 高3用 授業内容をもう一度
イギリス革命は独特の革命といえます。この点においてフランス革命がもつ普遍性との違いといえます。
イギリス革命はフランス革命で言えば、1787年から89年までの名士会の段階にあたります。
すなわち「貴族の反乱」とも言える段階です。

イギリスの場合、国王の大権を認めるか否かで特権階級が分裂しました。
国王大権を認める勢力が「王党派」で、拒否する勢力が「議会派」です。
その争点はおもに国王の開戦権や課税権を認めるかどうかという点でした。
このような状況にイギリス(正確にはイングランド王国)が陥ったのは、重商主義政策の行き詰まりです。
アジア(東インド)における貿易活動は、1623年のアンボイナ事件に象徴されるようにオランダに妨げられます。
一方、期待された北米大陸への植民活動は1607年ジェームスタウンの建設で軌道に乗るかに思われましたが、
当時の入植者たちは食糧不足に悩まさただけでなく、海水濃度が高い地下水にも苦労したそうです。
1607年から24年までの間に7000人位が入植を目指したが、その8割は死亡していたらしい。

定住地を建設してタバコなどの生産によって利益を生み出せるようになるにはまだまだ先のことになります。
重商主義は絶対王政を成り立たせる経済政策です。
重商主義は貿易活動による利潤によって国家財政を成り立たせることで特権階級に免税特権を与えることを可能にします。
したがって重商主義が行き詰まれば貴族に対して課税をする必要が生じ、これに対して議会派の特権階級は国王による無意味な戦争つまり無駄遣いを批判したのです。

イギリス革命によって議会派が勝利しました。
しかし彼ら議会派も特権階級には違いありません。ただたんに国王大権が否定され絶対王政が終わったということです。
絶対王政が終わって、特権階級が議会を運営して政治を進めていくという政治スタイルに変化したわけです。
いわゆる「国王は君臨すれども統治せず」です。このことをもって「革命」といいます。

上智大学が第1回TEAP入試で「イギリス革命は最初の革命だがフランス革命は世界を回った」について説明させています。
フランス革命の普遍性とイギリス革命の独自性を説明させようとしたのでしょう。
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« アメリカ独立革命はなぜ、ど... | トップ | フランス革命はいつから始ま... »
最近の画像もっと見る

高3用 授業内容をもう一度」カテゴリの最新記事