西部劇と懐かしのカントリー&ウェスタン日記

現代とはかけ離れたOld Countryの世界ですがずっと続けていきます。興味のある方は時々のぞいてみて下さい。

雪の筑前 秋月

2017年02月11日 | 旅はいつもおひとり様(古城を訪ねて)
  
雪の筑前 秋月 (トップ写真は秋月城の石垣と石碑)  
 平成29年2月11日(土)は建国記念日で祭日。前日 鹿児島で勤め先のT君と二人で近くの居酒屋さんで呑みながらお互いの今後の行く末について話をした。お互いのというよりか私自身の・・・・・といった方がいい。最近 移動のつらさと仕事のあとの空白の時間の寂しさに耐えられなくなっている自分がいる・・・・・と話をした。色々な話の後、最終の新幹線で帰った、帰り着いたのは12時近くで入浴後コトンと眠ってしまった。

明けて今日、祭日でゆっくりしようと思っていたら何と外は銀世界だった。ちょっと寝不足でつらいけれどめったにないことだからと雪の秋月城と秋月の町を写真に撮りたい・・・・・と日頃から思っていたこともあって出かけることにした。レンタカー屋さんに電話すると連休だから空車がない、どうしてもというなら事務所に直接来てキャンセル車を待ってくださいとのことでそうする。幸い雪の悪天でキャンセルがあって借りることが出来た、でも大分自動車道は通行止めで二日市から朝倉方面の一般道路を行く。 秋月に近づくにつれてひっきりなしの雪で背景の山は雪霞み状態で、空もどんよりと暗くなんとも寒々としている(写真)。 
   
秋月について駐車場に車を止めて歩いて回る、秋月には何度か来ているけれど冬の、しかも雪の降る秋月は初めてだった。シーズンオフということもあるんでしょうけど、連休とはいっても観光客は無いに等しかった。駐車場管理の人に ” 連休なのに人がいないですね、今はシーズンオフなんですね、雪の秋月を訪ねてみたくて来ました。写真を撮ろうと思っているんです ” というと、” 貴方と同じような人が先に何人か行かれていますよ ” とのこと。 似たような考えを持っている人がいるんだ・・・・・と思いながら歩き回った。 なるほど、防寒衣にスキー帽姿でカメラを持った数人の男性に出会った。 皆な独りで来ているようで 途中逢った人に ” 雪の秋月、いいですね ” と話しかけてみた。その人はしゃべらなかったけれどニッコリして相槌をうつようにうなづいてくれた。 お城の前のメイン通り ”杉の馬場 ”も写真のよう、それにしても人がいない・・・・・シーズン中なら出店が出ているのに全て閉鎖しておりうらぶれた感じだ。野鳥川の流れる水も超清んで冷たそうだ。
   
でも、自分はそんな町のイメージを想像していたので、雪が却って余計なものを隠してくれてすっきりした姿にみえるのだった。冬の景色の方が江戸時代に近い姿なのかも知れない。それにしても凍えるような寒さで手袋を持ってこなかった手には冷たさがこたえる、靴も雪でグシャグシャになりそうで冷たい。あまりの寒さに色々寄り道したくない感じになった、だから秋月郷土館の見学なんかはパスしてひたすら歩く、歩かないととにかくガタガタ震えるくらいだ。 流れてくる水も冷たそうで清んでいる、いつものように水に映る自分の影を撮った、訪問記念にいつもしている。 
    
杉の馬場をまっすぐ行くと左手はお堀、そして長屋門があり、さらに行くと黒門がある。黒門は一番古いらしく、黒田氏以前の秋月氏時代からの遺跡であるとか。門の黒さと雪の白さのコントラストが映えてきれいだった。黒門をくぐっていくと左手に秋月中学校のグランドと校舎がある、この校舎が昔ながらの木造校舎で、城跡と何となくマッチしていていい感じだ。 
   
城跡を後に前方に広がっている住宅街・田んぼの方に下っていった・・・・・田代家とか久野家とかの武家屋敷がある。モノトーン気味の冬の秋月に昔ながらの赤いポストがかわいらしくいろどりを添えていた。 
   
田代家の玄関では自分ででっかく握って持っていったおにぎりとキャラメル、日本茶を出して腹ごしらえ。無料開放されている武家屋敷、誰れもいない寒い時期ならではのことだった。そしてさらに道なりに行くと右手に今光教の教会があって入り口を入ってすぐ右に大きな石があります・・・九州征伐で秋月に来た豊臣秀吉が腰掛けた石と伝えられています。私も過去に何回か腰掛けてみたことあり、今回はおにぎりに腰掛けてもらった。 
  
さらに下っていくと有名な眼鏡橋があった、古い町には時々残っていますね。秋月の眼鏡橋は由緒あるもののようです。 
   
最後に今回初めて訪ねたいなと思っていたことがある。秋月は幕末から明治にかけて面白い(ちょっと語弊がある表現ですが)事件があったところです。それは西南戦争に先立つ不平士族による(1)秋月の乱と(2)元秋月藩士臼井六郎による日本最後のあだ討ち事件・・・・・といわれているものです。それにかかわった人達のお墓がこの地のお寺にあるんですね・・・・・日本の歴史に興味があればの話ですが、訪ねていきました。秋月の乱の首謀者宮崎三兄弟(宮崎車之助ほか)のお墓は今回もわかりませんでしたが、臼井六郎のはありました、古心禅寺というところ。この人の前半生は両親の仇討ちだけに捧げた人生・・・・・秋月藩の幕末における攘夷派と公武合体派の抗争で父親 臼井亘理が暗殺され、巻き添えで母親も斬られて殺害された・・・・・六郎10歳の出来事で凄惨な現場を見た少年の心は・・・・・というわけです。墓碑のそばの説明板には”日本最後の仇討 臼井六郎 父簡堂 母清子 の傍に眠る苦節13年 六郎の心はいかに 明治13年10月17日 ”・・・・・書いてありました。  こんな小さな町にたくさんの歴史が埋もれている・・・・・という感じです。もっと色々なことを知ってから訪ねてきたい町・・・・・かな。なお、この実話は2011(平成23)年2月にテレビドラマとして放送されていて臼井六郎を藤原竜也が熱演して見ごたえのあるドラマになっています、DVDにもなっていて見ることが出来ます(以前来た時に秋月郷土館の人が教えてくれました)・・・・・・・以下 未完につき続く 
   

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