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授業と復習の充実のために

11月21日

2009-11-22 00:44:46 | 3年1組
ふと気がつけば「日常」は限りなく終わりに近づいている。

昨年の4月からスタートした当クラスも、全員で同じように授業を受けて同じようなスケジュールで動くことも間もなく終わる。妙に感傷的だが、ごく当たり前だと思っていたものが終わってしまうと考えると、本当に終わりはやってくるのだということを改めて痛感させられる。逆説的だが「終わりがあるから次が始まる」のだし、次への準備もできるというものだろう。しかもそれは「お互いに」なのだが。

問題集などの中で「卒業」という言葉はgraduationと訳されているのだが、個人的にはcommencementと訳すのが好きだ。gradu-は課程・目盛を意味し、それをateさせるorそれの有る状態ateに=目盛を終えた状態になる=の意味だ。このateはfascinateとかpassionateに見られる接尾辞。graduateがラテン語起源なのに対し、commenceは古いフランス語のcomencierから派生した言葉だ。卒業は新しい何かへのスタートであるという観点から好まれる表現だ。生まれた時代の全く違う言葉だが、英語圏の人も「終える」ことと同時に「次へ」を感じるのかと思うと面白い。以前にも書いたが、英語を学ぶことの意味は「大学に合格すること」ではなく、違う言語を通してその筆者や話者と何かを「共感すること」にある。言語のパワーは「違い」を強調するときよりもむしろ「共感」を呼ぼうとする時に発揮されるものなのだと思うのだ。あくまで私見だが。

そうやって考えると、「いい形で終わること」は「いい形で始まること」に繋がることは自明である。私も3年前に関東学院に移ることを決めた時にそう考えた。どうやってベストの形で終えるのか?考えてはいたものの、日常をきちんと終えるのが精一杯で、気がつけば卒業式を迎え、退職した。

思い返してみれば、結局はそれしか方法はなかったのだ。自分が存在するその時間にやるべきことを余すことなくやり、なにも残さないことが最善なんだと思っている。というか、そう思わなくては怖くてやってられない。

残された数少ない「普通の日々」を「本当に普通にきちんと終える」ということが、いかに贅沢で得難いことかを体で知っておいて欲しい。おそらく一番の思い出はイベントではなく、ごく普通の何の変哲もない日常にある。少なくとも私はそう思っている。

Looking back on the days when we had started our class, I'm surprised to know we have come that far.

そんな感じです。
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