山里の四季・鹿野

山里の風景、趣味や日常の雑感を書く。

野菊

2016年10月18日 | 日記
 今日は10月も半ばの18日、旧暦では9月18日であります。
朝夕、寒さを感じる”小寒い”季節となりました。
旧暦の9月は、菊が咲き始める頃/開花期であります。
昔から、菊は翁草(おきなぐさ)等と呼び、邪気を払い、長命の効能があるとされ、重宝されていた由。
稲刈りもほぼ終わり、山では栗や柿が熟れる頃です。
菊を愛で、食卓では、栗ご飯をいただき長寿を祈る・・・日本の秋です。

 一昨日、偶然に、自家近くで、草むらに野菊を見付けました。
唱歌「野菊」に歌われる一節・・・
  ”遠い山から吹いてくる 小寒い風に 揺れながら 気高く清く 匂う花 きれいな野菊 うすむらさきよ”
人知れず咲いて、静かな佇まい・・・上の歌を思い出しました。

 「 錦川の めぐみの郷や 野菊晴れ 」 (詠み人知れず)



  

 野菊の醸し出す雰囲気と言えば・・・伊藤左千夫の”野菊の墓”を思い出します。
回想する形で始まる話のあらましは次のようです。
小学校を出たばかりの若い、政夫と年上の従姉・民子は、これまで姉弟の様に育てられて来た。
やがて、政夫は勉学の為家を出て、その間に、民子は不本意ながらも他家へ嫁ぎ、別れ別れになる。
嫁いだ家で、民子は身籠るが、流産し、それが原因で急逝する。
民子の亡骸は左手を胸に乗せ、紅絹の包を固く握りしめていた。
親族で相談し、その手から包を取出すと、中には、政夫の写真と手紙が入っていた。
改めて、政夫への民子の秘めた慕情の強さを知る事になる。
変わらぬ思いの政夫は、民子の眠る新墓の廻りに、生前好きだった野菊を植え、弔う。
若い二人の純愛物語である。

 明治39年に発表された小説である。
未だ読まれてない方は、読んでみては如何ですか。
今の世の中、読後に、こんなにも、せつなく、しかし、穏やかな気持ちにしてくれる小説があるだろうか。
昔の読後感が甦りました。
数年前だったか、山口県在住の人物が書いたと言う芥川賞受賞の小説”共食い”なる小説(?)を偶々読みました。
読むにつれて不快感は増大し、汚く拙い文章、卑猥なストーリ、etc etc 二度とこの手のものは読まない事にしている。
芥川賞とは、こんなものだったのか・・・認識を新たにした。
 二つの小説には、約100年の時間差がある。
文学は進歩したのでしょうか?
”学”なる言葉がくっついているが・・・理系の科学・技術は発見発明を輩出しているが、文系の領域・・・文学、経済、etc 進歩せず、むしろ堕落しているように見えます。
ど素人だからでしょうか?
理系分野の進歩と相まった、倫理、文学 etc の進歩が無い(見えない)現実・・・人が住みやすい社会へと進化しているでしょうか?
今後の発達が期待される人工知能(AI)の発展には、倫理分野の進化が必須と言われているが・・・。
 昔に比べ、ギスギスとした、油断のできない、合理性が唯一の正義・・・住みにくい社会に向かっているように見えて仕方ありません。
ボケ老人の妄想です。

 野菊の補足;野菊と名付けられた菊は無い。野原に自生する菊達くらい、に思えば良いらしい。
”うすむらさきに匂う花”と歌われるのは、”カントウヨメナ”と呼ぶ野菊で、野菊の墓の野菊もカントウヨメナである由。
上記の写真の野菊も同種です。

 
 自家では”サラシナショウマ”が咲きました。
例年より1か月くらい時期遅れの開花です。
今年の自家の山野草は、これで終わりでしょう。
若葉は晒して食べられる(さらしな)、根茎は生薬となる(しょうま)野草であります。
絶滅が危惧されている山野草であります。

  


 今の鹿野、長閑な、なんの気取りも無い、静かな風景です。
手前の草むらは、錦川・・・自家の前を右方向へ流れ下る本流です。
ここから100kmほど流れると、向道ダム湖、菅野ダム湖を経て、錦帯橋に至る。

 


 
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