花雅美秀理の「感性創房」

団塊世代として、感じたことを素直に語り続けることができれば。―kagamishuri

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○演劇案内:『狂人なおもて往生をとぐ』(陰湿集団)

2016年02月06日 00時04分03秒 | ○福岡の演劇案内

  The Tempest 劇評を終えてひといき

 昨日、ようやく待望の『The Tempest』の「演劇評」【上・中・下】を終えました。当初は、1回で軽く流す感じで書き始めたところ、次々に感動シーンや、気になっていたことが頭の中を巡り始め、何と5日間3回も綴る結果となりました。

 しかも、「上」と「中」は、2月1日と2日の連続です。昨年の大晦日と翌日元日という、2年にまたがった「2日連続」はありましたが、同じ年、それも同月内での2日連続は初めてです。

 それだけ、『The Tempest』が、筆者の“書く意欲を刺激した”ということです。しかも、7か月前もの「舞台」でした。優れた舞台がいかに、余韻を残してくれるかということでしょう。それにしても、もう一回は観たい……。いや、みなさんに観せてあげたい……と。

      ★

 さて、今回の案内舞台は、清水邦夫脚本作品を、山本貴久君が演出するようです。『狂人なおもて往生をとぐ』とは、一般的には「親鸞聖人」の言葉と言われる《善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや》から来ているようです(※註1)。

 なかなか含蓄のある言葉です。ネタばれとなってはいけないので、これから先は、Silence……。大学受験生の頃、本来の勉強はあまりしないで、こういうものや倉田百三の『愛と認識との出発』、そして『出家とその弟子』(※註2)などを読んでいました。

 特に『出家とその弟子』は「歎異抄」(※註3)とともに、仏教系の大学に入った上の妹と、何回が議論したことがあります。この時代、本当に多くの学生が読んでいたように思います。

 インターネットもメールも、もちろん携帯電話もスマホも、そしてtwitterもlineもない時代でした。筆者は東京での学生生活において、テレビもラジオもオーディもない中、ひたすら安く手に入る「文庫本」や「新書本」に明け暮れていました。あとは囲碁でした。

 「読書」は、若いうちにある程度その習慣を身につけなければ、年を取ってからでは無理と言われています。本当にそう思います。特に「演劇」をするような若いみなさんは、世界的に「名作」といわれる「文学作品」をできるだけ多く読んでください。

 一日に何回もtwitterやLimeをする時間があれば……。高い志を持った感性豊かな人は、そういう作品を読みたくてうずうずしているのではないでしょうか。

 筆者は、昨年の12月17日より、とうとう「テレビ」そのものを見なくなりました。コードを抜いて、床においてあります。DVDを観るときだけにしています。もう10年以上、民放の「テレビドラマ」は見ていません(友人や知人宅で一緒に見ることはありますが)。

 わずかにNHKの一部の「ドラマ(大河ドラマももう12年見ていません)や「Eテレ」だけは見ていたのですが、それも当分は見ないことにしました。ベッキ―ちゃんの件も、smapの件もネットニュースで充分でした。それにしても『ゲスの極み』が「バンド」名だったとは……。今回、初めて知りました。

  後悔のないよう、本当に読みたい本だけを、残りの人生の中で再確認のために読んでみたいと思っています。それに、もちろん「優れた舞台」です。ことに“高い精神性”の「小劇場」の舞台です。

 え? もう“高い精神性”は飽きた? 実は、筆者もそうなんです。それで今回は特に、“高邁な精神” や “高雅な精神世界” ということに。

 

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

       陰湿集団  第4回本公演   

 『狂人なおもて往生をとぐ

   ●脚本/清水邦夫

  ●演出/山本貴久

  トルコ風呂で始まる “家族ゲーム“。そこにいた5人が家族を演じる。ゲームにはルールが必要だ。次第に何かがずれだして、彼らの過去があらわになっていく。

  僕が長男だ。

 私が長女ね。

 一家心中でござい。

 次は誰がパパをやる?

 狂人なおもて往生をとぐ

 -昔、僕達は愛した。

 

 [キャスト]

 白居真知、長野真結、丸尾行雅(以上、「陰湿集団」)

 竹ノ内晴奈、成清花菜、馬場修平

 [黒衣]

 山本貴久、谷口陽菜実

日時/2016年227日()、28日(

     共に12時、17時開演

会場リノベーションミュージアム冷泉荘 B棟1階

    ☝クリック!   (福岡市博多区上川端町9-35)

【アクセス】

福岡市営地下鉄中洲川端駅5番出口より徒歩5分

西鉄バス川端町博多座前徒歩5分

冷泉公園と川端商店街の間の細い路地に入る

※駐車場はありません。

http://www.reizensou.com/access/

料金:前売1,000円、当日1,200

■詳細:http://insitusyudan.blog.fc2.com/blog-entry-273.html?sp

  [ご予約・お問い合わせ]

  insitusyudan@gmail.com

  090-4482-6976(谷口)

 ※ご予約の際は「お名前、ご来場日・時間、枚数」をお送りください。

  みなさまのご来場、お待ちしております!

  ◆「陰湿集団」Twitter

  ◆「陰湿集団」公式ホームページ

 

     お 詫 び と 訂 正   

   1月26日のピーターパン・シンドローム』の演劇評の中で、「陰湿集団」の主宰を「山本貴久」君としていましたが、正しくは「白居真知」君でした。

 今回、筆者も同劇団が今月1日よりスタートした「公式ホームページ」で知りました。訂正かたがた、関係各位に対し心よりお詫びを申しあげます。

 こういうきちんとした「ホームページ」で、いつでも必要な情報が入手できるというのは、とてもよいことであり、必要不可欠なものと思います。

 このホームページには、「劇団員」の紹介がきちんとしてあります。ご覧ください。

  花雅美 秀理

 

 ※註1  法然」の言葉とする説もあります。

 ※註2  倉田百三の戯曲。「親鸞」と息子の「善鸞」それに唯円」等が出てきます。

 ※註3 親鸞の弟子の「唯円」の作と言われています。

 

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●演劇鑑賞:『The Tempest』(福岡女学院大学・岩井ゼミ):下

2016年02月05日 00時40分53秒 | ●演劇鑑賞

 

 若い女優だけの難しさと課題

  最後に今後の課題として、次の点が残ったと言えるでしょう。

  それは「一人二役」の俳優が四人いたことについて――。

 四人各自の「」または「」役の区別が、演劇に不慣れな一般の人々には判りにくかったかも知れません。なにしろ俳優」すべてが、「同世代の若き女子大生のみということですから。

  つまりは、「」と「世代」と「身分・地位」の違いを、どうやって観客に判って貰うかという問題です。「衣装」を変えたり、「立位置」を工夫したり、さらには「立ち居振る舞い」の違いを際立たせる演出といっても限界があるでしょう。

 無論、「舞台背景」や「小道具、それに、お得意の「照明」や「音響」の繊細なプランや操作といっても、やはりそれだけでは容易に解決できない問題です。

 もちろん、「岩井ゼミ」を中心とするこの舞台の「キャスト&スタッフ」は、「芸術学部演劇科」ではなく、あくまでも「人文学部表現学科」の学生ですから、いろいろな意味においも、どこかで“一線を画す”必要があると思います。

 つまりは、「演劇舞台」の表現を唯一最大の専門にしている訳ではないということです。そう考えると、以上のハンデを百も承知の上で挑戦をしていることになり、それだけですでに凄いことをやっていると筆者は思いjます。

 それだからこそ「欲が深い筆者」は、それをあえて承知の上で、この「ゼミ」そして「学校」に、秘かに期待するものがあるのかもしれません。

       ☆

  「シェークスピア」の戯曲は、どれもかなりの数の「人物」が登場します。しかも、身分や地位や職業の違いは実にさまざまであり、王様も王女様も、聖職者も殺人者も。老いも若きも、子供も若い娘も、女も男も。善人も悪党も。非情な人間も慈悲深い人間も。富んだ人も貧しい人も。と、どのキャラクターも個性に富み、存在感を持った人物として描かれています。

 これこそが「シェークスピア演劇」の特徴であり、魅力でもあるわけです。しかもそれらの「登場人物」は、この現代世界において、さまざまな形を変えて営々と生き続けています。だからこそ少しも古びることなく、その時代、その民族の共通認識として、共感を呼び、感動をもたらすことになるのでしょう。

  この舞台を観た直後、筆者は新潮文庫により『あらしThe Tempest)』(訳:福田恒存)を読んだわけですが(※おそらく、20数年ぶりでしょう)、今回、独自に「台詞」や「舞台進行」をアレンジしたことは賢明な選択でした。

  誰の翻訳を元にしたのかは解かりませんが、とても “聞きやすい言い回し”に直し、また、ある程度シーンを “カット” したことがよかったと思います。

 

   演出家の言葉

  当日プログラムの演出の言葉に、共感しました。

 人は、誰しも何らかのしがらみの中で生きているのではないでしょうか。大学生である私たちもそれぞれに悩みやストレスを抱え日々過ごしています。そこから救われる方法は人によって異なりますが、『こんな世の中でも、素晴らしいことはたくさんある。人間は、愛は、やはり美しい』と思える瞬間が一度は訪れるはずだと私は信じています。その瞬間を、少しでも表現できれば嬉しい限りです。

  読者の多くが、筆者と同じように“共感”することでしょう。ここに、あの突出した演技や歌やダンス、そして優れた感性とイマジネーションとクリエイティビティを遺憾なく発揮した岡崎嬢の、もう一つの顔があるようです。等身大の、何処にでもいる「一人の女子大生」であり、「一人の若い女性」です。

 人は誰しも日々の迷いや苦悩の中で、精いっぱい生きて行くことを宿命づけられているのでしょう。それこそが“人間であるとして”。

  思うに、晴らしいことは、きっと一度のみならず二度、三度、そして四度五度、いえそれ以上、何度でも訪れるのかもしれません。そして、その瞬間、瞬間において、人との出会いという素晴らしいときが、そして、それに伴う愛というものがあるのでしょう。要は、訪れたその何でもない瞬間を、自分がどのように受取るかにかかっていると思います。

  筆者なりに、今回の舞台に込められたものを理解するとき、それは「演出家」のいう “人間は、愛は、やはり美しいと思える瞬間” であり、その瞬間を、真に愛ある、そして美しいと思える人間の心というものかもしれません。そのきわめて人間的な表現として、この舞台においては、“赦し” があり、“祈り” があると思うのですが。もちろん、それを導き出しのは、シェークスピアの中に流れる Christianiy というものでしょう

 福岡女学院というmission school なればこその、 spiritual need のなせる業……筆者はそう受け止めています。

 以上に関連して、実はこの舞台の「案内チラシ」が素晴らしセンスとメッセージでした。ある会場で貰った中に、A4判の表面に、縦二行の文字が筆者の目に飛び込んだ来たのです。

  《我々人間は夢と同じもので織り成されている。

   はかない一生の仕上げをするのは、眠りなのだ。》

 もうこれだけで、即、観に行こうと決めました。筆者の乏しい知識でも、何となくシェークスピアっぽいかなと思いつつ、チラシ下の横書き文字が「福岡女学院大学12期岩井ゼミ卒業公演」となっていたため、やっぱりと思いました。そして裏面を見ると、『The Tempest』、原作:William Shakespeare ……。

 「シェークスピア」だったと、ほっとしつつも、哀しいかな Tempest? ……今度は英単語健忘症に悩まされ、何とも出てこない……。こんなのあったのかよ……。しかし、かすかな記憶の底に、「temp.」=「気温(温度)」との認識あり。それでもう一度「表面」に戻ってよく見ると、何やら「星座表」らしきものと、「天体図」が見えるではないか! よっしゃあ! それで筆者の脳は、Tempest を「嵐」と読み取ったのです。やったぜ! 

 

  演劇の素晴らしさを堪能  

 今回の舞台は、観劇から7月近くも経過しているにも関わらず、“これはといういくつもの場面” が鮮やかに甦って来ます。そして、そうした、いくつもの “鮮やかな瞬間の記憶” があったからこそ、何としてもこの感動を留めたいと “想い続けることができた” と思います。

 これからも、この「舞台」については、機会あるごとに “想い続ける” でしょう。この原稿を綴っているこの瞬間においても同じ気持ちです。

 筆者の正味14年の学生演劇公演歴において、この『The Tempest』は、「学生演劇」のさらなる可能性と高い精神性を、さらに強く印象付けてくれた作品です。 (了)

 

        ★   ★   ★

 『The Tempest』 

 ■原作/William Shakespeare

 ■作/岩井ゼミ

 ■演出/岡崎沙良

 

  キャストスタッフ】  

 大塚愛理ミランダセバスチャン):宣伝美術

 岡崎沙良エアリエル

 藏園千佳アントーニオ):小道具

 橋本美咲アロンゾー&トリンキュロー):宣伝美術・メイク・衣装

 畑島香里ゴンザーロー):制作

 濱畑里歩ファーディナンドステファノー):衣装

 本山真帆ブロスベローキャリバン):舞台監督

 【スタッフ】  

 ■照明鮫島強志高尾美悠藤木沙織早良夢華

      只松未友希、佐々木春乃当間琴子 

 ■音響黒木真里奈末永名安莉太田千智 

 ■全体補佐柳川千尋  ■会計福川由理

       ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

 

 最後に、「岩井ゼミ」の岩井眞實教授をはじめこの舞台公演に携わったすべての「キャスト」及び「スタッフ」各位に対し、感動的な舞台を創造されたことに感謝と敬意を表します。

 あわせて、この舞台が持つ高い芸術性と、各位の真摯な研究や学習が、いっそう地域社会の人々に伝えられて行くことを心から願うものです。

 花雅美 秀理

       ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

 

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●演劇鑑賞:『The Tempest』(福岡女学院大学・岩井ゼミ):中

2016年02月02日 19時55分40秒 | ●演劇鑑賞

 

 繊細な感性による音のグラデーション

 もう少し「照明」と「音響」に触れてみましょう。筆者がこの両者を“プロ的”すなわち通常の「大学演劇部」等※註1)との感性及び技術上の“”と感じるのは、次のような「シーン」です。

 この舞台では、〈エアリエル〉という妖精がたびたび出て来ます。この妖精は、みんなには見えない形で登場するわけですが※註2)、その際の「照明」の“処理”をはじめ、「音楽(BGM)」の「選曲」に「音量」の“絞り込み”、“イン・アウト(音の出し・入れ)”、“強弱”のタイミングが素晴らしいのです。

 その中を巧みな演技の役者が、素晴らしい声と歌と踊りで華麗に、そしてリズミカルに登場したり、退場したり、また飛んだり跳ねたり、舞ったりいているわけです。

 もう一つの例として、役者が台詞を喋っているさなか、低い声の役者が、しみじみと語っているとき、そのバックに高音の音楽(メロディ)を、非常に絞った音量によって “かすかにかぶせて” いるのです。もちろん、ほかのときとは明らかに違う、繊細な感じの音量の絞り込みです。無論、どのような曲のどの部分のメロディを流すかも重要です。

 後述するミラノ公〈ブロスベロー〉役の本山真帆嬢の声でした。無論、他の劇団や演劇部でもやっているでしょう。しかし、こういう繊細さは、記憶にありません。このようなシーンが効果を持つのは、何度も言うように、開演前のBGMを極力抑えることや、劇中音楽の選曲や音量が巧みにコントロールされているからです。

 その上で、大きいから小さいまでの音のグラデーションを、一瞬一瞬のシーン(情景)や役者(その置かれた立場や心理、意識)、そして台詞に併せてオペレーションしているからでしょう。 

 つまりは、ぎりぎりまで“余計な音楽や音量やイン”を抑えながら、“最高の音楽である役者の声” をいかに魅力あるものとするかでしょう。

 そのためにも、音楽のメロディを、抜群のタイミングで “出し入れ” しながら微妙な “強弱” を調整し、それと同時に「照明」とコラボしていく……。

 前回述べた「開演前の落ち付いた静かな音量の音楽(BGM)」に、今述べた劇中における素晴らしい「照明」と「音響」と優美で繊細な「アイディア(プランニング)」と「オペレーション(操作)」のコラボレーションということです。

 筆者は、この「舞台」によって、「観客」にとっても、どのような心づもりで「音楽」や「効果音」を聴き、かつそこからどのように自分のイメージに “繋げていく” のか、あるいは “膨らませていく” のかということの本質を学び取ったような気がしました。

       ☆

 その他では、余計なものが一切ない、シンプルな舞台美術(背景)も素敵でした。シンプルであるからこそ、観客それぞれのイマジネーションを心地よく刺激し、またそのクリエイティビティを広げて行くのです。

  それに加えて、余計なデザインや色調を排除した白っぽい衣装の一体感も、『あゆみ』のときと同じように、イマジネーションを膨らませるものでした。とはいえ、キャラクターがそれぞれかなり異なるため、「舞台」に不慣れな人々には解かりにくかったかもしれません。この件は、次回触れたいと思います。

 

 岡崎、本山両嬢の存在感  

 では、「役者陣」(女優陣)をみて行きましょう。

  何と言ってもミュージカル・スター並みの熱演をした岡崎沙良嬢を挙げなければなりません。彼女は、筆者の正味14年に及ぶ「学生演劇歴」の中でも、ひときわ輝く役者の一人であり、女優です。先ほど述べたように、演技、台詞回し、歌、ダンスといったすべての面で、とても一介の「女子大生」とは思えない役者ぶりであり、ミュージカル女優でした。

 その存在感は半端ではありません。筆者のような、ミュージカルやダンス等に疎い者でも、彼女の抜きん出た役者そしてミュージカル女優としてのセンスは、凄いものがあると直感しました。そういう持って生まれた才能を感じさせるとともに、歌やダンスについて、専門的なトレーニングを積み重ねているような印象を受けました。

  彼女が演出した『あゆみ』も、今回、演出・出演の『The Tempest』も、いずれもミュージカル仕立てのものであり、彼女の魅力を遺憾なく発揮したと言えるでしょう。

 ところで、まもなく開演の『NINE』は、ミュージカルですね。この際、筆者も「ミュージカル」の勉強を「生の舞台」を通してして学んでみたいと思います。まだ「チェット」もあるかもしれません。興味がある方はどうぞ(巻末)(※註3)。

       ☆

 次は、ミラノ公〈ブロスベロー〉と〈キャリバン〉(※註4)の「二役」を演じた本山真帆嬢――。この「二役」を演じ分けた力量は見事です。この舞台の「二役」は、何度も同じ場にいるとの設定のため、必然、連続して登場したり、その場で “早変わり的に二役” を演じるというものでした。その “掛け合い” は大変難しいものでしたが、それをうまくやり通したと思います。

 ことに声の使い分けがうまいため、最初は「別の役者」と思ったくらいです。それほど、巧みに演じ分けたということです。ことに〈ブロスベロー〉としての彼女の声は秀逸でした。

 この役の声を、目を瞑って聴けば、誰もが「中年の男性役者」と思うでしょう。それくらい、巧みな発声でした。しかも、それが無理した「作り声」ではなく、自然に出していた……いえ、出ていただけに、観客はすんなりとその役を受け止めることができたと思います。

 筆者は、後日、実際に彼女に会ってその「肉声」を聴いただけに、役者としての発声の見事さに、あらためてびっくりしました。ごく普通の、ちょっとナイーブな感じの、うら若き女子大生の声だったからです。 

 この本山嬢の声は、しっかり、しかしソフトにお腹の底から響き渡る声であり、この役の特徴を声だけでもよく表現していたと思います。そしてこの声の魅力は、空気の妖精〈エアリエル〉の岡崎嬢との絡みにおいて、その本領を遺憾なく発揮したのです。

 器楽に例えれば、「クラシックベース」のような彼女のミラノ公〈ブロスベロー〉の声が、岡崎嬢の「ピアノ」の高音部のように弾む妖精〈エアリエル〉の声と相まって、独自のハーモニーを創り出していたようです。つまりは、それだけマッチしていたということでしょう。

 また両者ともに声質がクリアで通りが良いと言うことも、魅力の一つでした。この二人の声の“かけあい”は、ジャズの「インプロヴィゼーション(即興演奏)」を彷彿とさせるものであり、大変リズミカルで印象深いものでした。

  二人の声のハーモニーが、台詞の流れという一曲の “主調” となって、他の役者たちの台詞にメリハリを付けたともいえるのです

 それが結果として、他の5人を巧みに活かしながら、それらのキャストの魅力をいっそう引き出していたと言えるでしょう。

  〈ブロスベロー〉の娘の〈ミランダ〉の大塚愛理嬢が、まずそうだったでしょう。ミラノ公の娘に相応しく、なかなかチャーミングな役回りを的確にこなし、また声もしっかりしていました。最初の段階での大塚嬢と本山嬢の声のハーモニーも魅力の一つでした。

 この王女に対する〈ファーディナンド〉の濱畑里歩嬢も、しっかりした声でした。宝塚的にならず、見ていて自然でよかったと思います。

  〈アントーニオ〉の藏園千佳嬢、〈アロンゾー〉と〈トリンキュロー〉の橋本美咲嬢、それにゴンザーロー〉の畑島香里嬢もなかなかの熱演でした。どの役者も、役作りに相当苦労したと思われます。

 なにしろ、「癖のある男」を演じるのですから。それも「シェークスピア劇」という、いずれも際立った個性の人物です。それを “うら若き女子大生” が演じるのですから……。生半可な努力や考えでは務まらないというわけです。この件も次回にあらためて論じたいと思います。

 

 女子大生らしい一面に共感

 また、今回だけでなく、『あゆみ』のときも感じたのは、「演出家」も「キャスト」も、そして「スタッフ」も、単に若い演劇好きの「女子大生」という枠を越えたところにいるような気がします。つまりは、それだけ高い次元の「演技」や「台詞回し」であり、「音響」や「照明」、さらには「舞台美術」に「衣装」、「小道具」ということでしょう。

 日頃からアイディアやオペレーションに対するクリエイティブな姿勢を保ち続けているという印象でした。要するに浮ついた気持で演劇をしているのではない”という明確な意思表示であり、覚悟を感じました。それが爽やかな印象を強めたような気がします。

 それはやはり、「学問研究」として学んでいるという真摯な姿勢であり、その「成果」を地域社会に還元しながら、学習の進捗と各自の人間性の成長に活かして行こうとする明確な目標があるからでしょう。

 それに何よりも、誠実さや清楚感であったと思います。何と言っても、「学生」であり、「若い女性」であるわけですから。

 

 ※註1 もちろん、「演劇会場」がどこかにもよります。また「大学演劇部」といっても、筆者が知る限り、「九州大学演劇部・伊都キャンパス」や「西南学院大学演劇部」は優れています。それでも、この「演劇会場」でのこの「舞台」の「照明&音響」は、正直言って抜きん出ていました。

 ※註2 ミラノ公のブロスベローには見えるようです。

 ※註3 

  ミュージカル舞台公演のご案内

  クリック! 『NINE 25,6,7

   本ブログの「演劇案内」が出て来ます。    

 

 ※註4 ミラノ公〈ブロスベロー〉に救われ、奴隷のようになっている怪物。

 

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●演劇鑑賞:『The Tempest』(福岡女学院大学・岩井ゼミ):上

2016年02月01日 21時26分33秒 | ●演劇鑑賞

 

 演劇鑑賞の魅力と難しさ

  筆者が「演劇鑑賞」を綴りたいとする最大の動機は、 “優れた舞台の感動を、せめて言葉を通して表現したい” との思いにほかなりません。それは同時に、舞台の「表現者」(総てのキャスト&スタッフ)に対する、筆者なりの “賛辞と敬意” を示すことでもあるのです。

  舞台終了後の「感想」において、『素晴らしい舞台でした。また観に来たいと思います』というだけでは、「表現者」に対して礼を失するような気がします。第一それでは、あまりにも芸がなさすぎるというものであり、何よりも筆者自身、大いなるフラストレーションに苛まれるでしょう。

  言い方を変えれば、“優れた舞台”とは、それだけで筆者自身の「鑑賞文」の作成意欲を掻き立てるものといえるのです。何とか「鑑賞文」をまとめることができたとき、新たな発見と次の課題を手にしたような気分になります。それは同時に、多少なりとも筆者自身が自己の成長を感じる瞬間でもあるのです。

 そういう意味において、『The Tempest』のきちんとした「演劇鑑賞」に着手できなかったことは、筆者にとっては何よりも辛いものでした。

 もう半年以上も前になりますが、718日付の本ブログにおいて、「陰湿集団」の『通話する男、森を忘れるな』の「演劇案内」をした際に、78に観た同舞台の感想に簡単に触れ、《後日、きちんとした「演劇鑑賞」を書きたいと思っている》と結んでいました。その感想は、おおむね次のようなものでした。

       ★  

  “総てに洗練された秀逸な舞台だった。(中略)なぜこの「舞台」は、こんなにも感動を与えるのだろうか。なぜこんなにも役者が活き活きと、そして、瑞々しく演じ切ることができるのだろうか。今回は「音響」も「照明」も文句なく、優れたプランニングそしてオペレーションだった。少なくとも、これについては、もう  “プロ級” といってよい。

   何と言っても、「音響」と「照明」と「演技」との、息をのむほどのコラボレーションに圧倒された。今こうして原稿を綴りながらも、そのときの興奮と余韻とが甦って来る。それにしても、「この劇団」は多くの魅力にあふれている。 

        ★ 

  そしてその後、旧臘大晦日の「わが2015年の福岡演劇(学生)を顧みて(総評編):上」においても、「わが最優秀舞台」として、次のような表現を用いて評価していました。

  “総合的な完成度の高さ

 “別次元の芸術性と感動” を余すところなく伝えてくれた作品

  ……とした上で、『このたびのゼミの学生諸君を高いレベルで指導して来られた、岩井 眞實 教授のご尽力』という表現を用い、同教授の優れた指導を、この舞台創造の要因の一つとしていました。

       ★

 「岩井ゼミ」中心の関係「四団体」の相乗力 

 今思うに、「岩井ゼミ」とは、歴とした「大学の専門的な研究機関」であり、「文化的及び言語的表現」を学門研究の対象としながら、その研究及び学習成果の実践の場として、「演劇の舞台」をその一手段とする。……そういうスタンス、そしてニュアンスであると、筆者なりに理解しています。

 したがって、そのような「専門学問研究」機関の「舞台」を、「大学文化サークル・演劇部」の「舞台」と比べること自体、「岩井ゼミ」の関係各位に対して失礼ではないだろうかという気がします。

 逆に「大学の演劇部」から見るとき、そのような高いレベルの専門機関と比較されることは酷な気もします。

 しかし、「大学演劇部」からすれば、無論、相手にとって不足はないわけですから、比較されることは大いなる励みとなるはずです。また是非そういう気持ちで挑戦して欲しいと思います。

 問題は「岩井ゼミ」の関係各位の立場と言うことになるわけですが、そこは、“同じ大学生”あるいは、“ほぼ同世代” の “演劇を愛する仲間” という気持ちで赦していただければと思います。

 要は、「優れた劇団」の「キャスト&スタッフ」同士が、高い次元で競い合い、励まし合い、ときには議論し、競演することが大切なのかもしれません。そういう “切磋琢磨”の中で、さらなる「優れた舞台」の創造を願うものです。

       ★   ★   ★

 

 息をのむ“演技・照明・音響”の一体化

 さて、舞台の鑑賞ですが、既に述べたように、この「舞台」は優れた「演技」と「台詞回し」と「音響」と「照明」の調和に尽きるでしょう。ことに今回は、「照明」がいっそう素晴らしかったと思います。7名もの「照明スタッフ」というのも頷けます。

 このときの「会場」は、専門的な小劇場の「ぽんプラザホール」であり、優れた「照明プラン」や「オペレーション(操作)」がいっそう要求されたはずです。それを見事にこなしたといえるでしょう。筆者もこの劇場には10数回足を運んでおり、ここでの照明の難しさは、門外漢ながらもよく判ります。

 ことにこの舞台の「照明」の素晴らしさを引き立てたものは、やはり「音響」でした。選曲といい、音量といい、もちろんオペレーション(操作)のタイミングといい、つまりは “音に対する繊細な感性と芸術性” とが余すところなく表現されていたのです。

 ことに〈エアリエル〉(空気中に棲む妖精)が、文字通り “妖精として” 軽やかに、そしてリズミカルに踊り跳ねるシーンは、まさにミュージカルであり、岡崎沙良嬢の非常に質の高い演技に、歌に、そしてダンスに、圧倒されていました。

 それをいっそう際立たせたものこそ、秀逸で繊細なプラン&タイミングの「照明」であり、「音響」だったのです。

 〈エアリエル〉が、やや逆光の中で歌い踊りながら、その五体をしなやかにのけぞらせて消えて行くシーンは、まさに “秀美の極み” でした。抜群のタイミングの「照明」と「音響」があってこそのものであり、また役者の「演技」でした。それによって、筆者はこの舞台一番の感動に酔いしれることができたのです。

 そして、こうした “ここぞ” という際の「照明」と「音響」をいっそう魅力的にした最大の貢献者こそ、開演前の“抑制の効いた静かなBGM”であり、“ぐっと控え気味の舞台照明”でした。このような点が、まさにプロ級、いえプロそのものといえるでしょう。

 開演前、BGMの音に敏感な筆者ですら “少し音量が小さいのでは?” と思えるほど、音量を抑えたBGMでした。しかし、その “抑制された音響” だからこそ、舞台が始まった冒頭の “嵐(tempest)” のシーンが、“うるさい音量”にならず、品位と深みを持ったシーン構成となったのです

 開演前のあの「音響」(BGM)こそが、「冒頭シーン」を格段に活かし、劇的効果をいっそう高めたのです。筆者は心の中で、ほんとに『まいりました』と呟いていました。もうこの「冒頭」の段階で、これらの舞台の成功は半ば約束されたといっても過言ではありません。

 開演前のBGMが “静かに流れる” ということは、いやが上にも、開演を待ちわびる観客の心を静かに整え、徐々にその観劇姿勢を高めながら、観客のイマジネーションを優しく刺激しているのです。

  このような華麗かつ繊細な表現は、やはり「岩井ゼミ」生を中心とする「四団体」公演の『あゆみ』(昨年)や、「演劇部」単独の『フローズン・ビーチ』(一昨年)にも確実に活かされていました。

 最近、この「岩井ゼミ」をはじめとする「福岡女学院大学」の「演劇活動」の実態の “謎” が、ようやく筆者にも、少し分かるようになりました。「四団体」とは、「岩井ゼミ」を中心に、「演劇部」「ESS」(英研)そして「クロコブ」という団体(組織体)の合同を意味するようです。

  ちなみに「クロコブ」とは、この団体のTwitterによると、《照明や音響を勉強しながら大学の学生ホールを管理運営する委員会のことで、正式名は「学生ホール管理運営委員会」》と言うようです。

  道理で、『The Tempest』(主催:岩井ゼミ)も『あゆみ』(主催:四団体)も、そして『フローズン・ビーチ』(主催:演劇部)(※註1)も、素晴らしい「照明」そして「音響」だったのです。

 

 ※註1 「演劇部」単独主催となった『フローズン・ビーチ』は、一部の「照明」や「音響」に指摘した点はあったものの、「一大学の演劇部」としては、高いレベルにあったことは確かです。ことに開演前のビートルズの曲が、開演後のステージをいっそう活かし、また意味を深めたのは事実です。

 実はそれ以降、筆者は「ビートルズ」を耳にするたびに、この舞台が甦って来るようになりました。もちろん、女優陣の演技や舞台美術等にしても同じです。

 

 

 

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●演劇鑑賞:『ピーターパンシンドローム』(陰湿集団番外公演)

2016年01月26日 06時46分19秒 | ●演劇鑑賞

  

  この鑑賞は、あくまでも一個人の私的感想

 昨年の大晦日の演劇鑑賞は、『わが2015年の福岡演劇(学生)を顧みて』となっています。頭に『わが-』と付けており、あくまでも筆者個人の私的な感想です。自分の趣味好みの範囲において、観たい舞台を自分で選び、鑑賞したいものを、好き勝手に評価しているだけです。それ以上でも、それ以下でもありません。もちろん、今回のような「単発の鑑賞」にしても同じです。

  一人の人間が、一年間にそう多くの舞台を観ることなどできません。見逃した優れた舞台が沢山あると思います。そのことは、「その舞台の表現者」にとっても、「観客(筆者)」にとっても、ある意味では “” であり、“” というものでしょう。老い先短い身であり、今後はいっそう自分が納得できる「劇団」や「舞台」に絞って行きたいと思います。

 とはいえ、持ち前の気まぐれや整理不得手の性格ゆえ、せっかく観劇したのにもかかわらず、優れた舞台であっても鑑賞原稿のタイミングを失くし、本欄にアップしそこなったものもあります。我ながら、何と言うことをしたものかと落ち込み、反省しきりでした。

  最近のものでは、「2013年度・九州大学演劇部番外公演」の『動物園物語』(作:エドワード・オールビー、演出[ダブル]:森聡太郎・棟久綾志郎の両氏)であり、同じく「同大演劇部2014年度前期定期公演」の『カノン』(作:野田秀樹、演出・脚色:白居真知氏)です。遅きに失した感はありますが、両舞台の「演出家」はもとより、キャスト&スタッフ各位にお詫びを申し上げます。

  ことに「前者」は友人を誘った舞台でしたが、、帰りに演出家の森氏棟久氏にエールの握手を求めたほどです。筆者が関係者に握手を求めたのは、後にも先にも、このときしかありません(※筆者は、存外、恥ずかしがり屋のため、なかなかできないのでしょう……)。同席した友人も非常に感動した一人であり、それ以来、いっそう演劇に惹かれたようです。

 

  ピーターパンシンドローム』に素直に共感

  昨年末の12月26日(土)、「陰湿集団番外公演」の『 ピーターパンシンドローム』(作・演出:大和)は、地味な舞台ながら、作・演出家の高い精神性や一途な思いが伝わって来るとともに、捻くりまわさない素直さが、確かな共感を呼んだといえるでしょう。

 番外とはいえ、「陰湿集団」らしい深い哲理を感じさせる舞台であり、手垢のつかない青年劇団の、含羞と照れを漂わせる作品でした。本舞台は1時間20分程度の中編のため、もっと観続けたいとの気持ちになり、会場を去りがたく感じたものです。体調が充分ではない筆者でしたが、おかげで爽やかな気分で帰ることができました。

 その “演出の言葉” に、次のようなチャーミングな一文があります。ちょっと長いものですが、引用してみましょう(原文のまま。抄録)。

       ☆

 《私の幼稚園の時の夢はカタツムリ屋さんでした。…(中略)…カタツムリ屋さんって、そもそもなんだよ、ありえない。意味が分からない。でもそういうのが実は夢であり、叶える努力をし続ければもしかしたらあり得るのかもしれません。夢は叶えられないから夢だという言葉は間違ってはいないと思いますが、本当は夢は今はありえないがあり得る可能性を秘めているのが夢なのではないでしょうか。》

      

  以前にも書きましたが、当日の「プログラム」における〈物語のエキスを垣間見せる言葉〉や〈作・演出家の言葉〉は、非常に重要です。なぜなら、これらの言葉は、これから始まる舞台の感動を大きく左右すると同時に、作家演出家自身の “人間性舞台芸術家としての姿勢” を “さりげなく” 示しているからです。

 と同時に、観客に対しては、「キャスト&スタッフ」が〈想像&創造した世界〉を、それとなく感じさせつつ、「観客自身」による〈想像&創造を促す働き〉を持っているからです。少なくとも、的確で優れた〈言葉〉とは、そういうものです。

 つまりは、それらの〈キーワード〉によって、観客は自らの〈感性〉 や〈美意識〉 を “さりげなく、また心地よく刺激される” というわけです。そのため、語り過ぎず、寡黙過ぎず……という裁量こそが、作家や演出家の “感性や美意識” を、そして “知性や悟性” を示唆するものとなるのでしょう。

  したがって、そうでない「舞台」は、当然、これらの作家や演出家の葉も、本当に疑問視せざるをえないものがあり、何を言っているのか理解不能なものや、謎めいた言葉をちりばめた自己陶酔的なものが見られます。とても残念であり、観客に対して失礼です。

  そういう意味からすれば、この「陰湿集団」は、常に何を言わんとしているかがはっきりしており、また誠実にそれを舞台上で表現しようとしています。

 昨年できたばかりの「小劇団」として団員も少ないわけですが、目指す方向は “しっかり捉えており、ぶれないところ” が、素晴らしいと思います。もっと言えば、筆者が常々ここでお話している “高い精神性をいっそう高めようとしている” からです。

 それだけ地に足がついた、「青年集団」らしい、豊かな文学の香りを漂わせながらも、しっかりと社会参画を見据えている姿勢に最大の魅力があります。

 このブログをごらんの方、特に年配の方々に申し上げたいのは、ご自身や配偶者の方はもとより、息子さんや娘さんと一緒にご覧になることをお勧めします。

      ☆

 さて、「物語」はというと――、

  かつて、男性「ピーターパン」を演じていたと言う〈大和田〉。今ではクスリによる入院により療養を続ける日々――。そんな彼が、「大人」になれない〈ミレイ〉という少女と出会い、彼女を通して自分の生き方や他との関わり方というものに変化を見せ始める……。そこに、医者の〈福島〉や看護師の〈鈴谷〉、それに〈老婦人患者〉その他が絡む。

 「リノベーション・ミュージアム冷泉荘」と聞いて、一応、建築畑でもある筆者は、その方の関心もあって観に行きました。「――荘」とついているので、もしやという気もしつつ……。案の定、ハード面の「リノベーション」には程遠いものの、ソフト面でのrenovationについては、模範的といえるものでした。

 「小舞台・小客席」には、まさに “打ってつけ“。一切の無駄を省き、余計な造作や内装などは皆無。もとはと言えば、おそらく2DK程度のものをスケルトン方式で利用・運用しているのでしょうか。

 もうこれだけで、演劇関係者であれば、イマジネーションを刺激されるはずです。もちろん、観客も。ことに素朴でシンプルな建物大好き人間の筆者などは、「会場」に入っただけで、ワクワク、ゾクゾクでした。

 演劇舞台の究極は、「役者」だけで成り立つ。と考えている筆者にとって、こういう「会場」の「舞台」は大好きです。

 何と言っても、手を伸ばせば届くほどのところに役者がいるという魅力は格別です。そのため、今回も役者の顔に目に、視線に表情に、細やかな身のこなしに、感情をしっかりこめた歩き方や喋り方に、それに手の動きに、声の出し方に、そして無論、照明に、音響に、舞台背景に……と沢山の刺激と感動を貰ったというわけです。

 今回の「舞台背景(美術)」もなかなかどうして。白い布地感覚のものに、青色発光ダイオードのような色彩を発色する照明は秀逸でした。豪華なステージも、豪華な幕も、豪華な舞台装置もない、素朴でありながら、豊かな感性と創造性に溢れた独自の創意工夫……。

  ただ、ラストシーンの音楽が少し大きく、台詞が聴きとりにくかったのが悔やまれましたが……。

 では次に、「役者」陣を見て行きましょう。

      ☆

  確実に成長している役者とその布陣

  昨年の旗揚げ公演の『陰湿クラブ』では、舞台が暗めのためよく観えなかった三留夏野子嬢。今回は、冒頭からしっかりとその姿と演技を拝見しました。堂々たるものであり、声も通りがよく、ぐっと惹きつける確かな演技でした。変に片意地張ったところも、これ見よがしもなく、素直で自然な動きであり、台詞回しでした。

 筆者がもっとも好む“自然流自然体”であり、手垢のつかない若者らしい発声や動きだからこそ、より感動が深まったというものです。いっそう精進して頑張ってください。

 長野真結嬢に村上悠子嬢。この両嬢も「舞台」ごとに確実に上手くなっています。それも単なる“小手先のうまさ”ではなく、役の“人間像”をしっかり受け止めことができるからでしょう。それだけ、人間的な成長があるということでしょう。それは、今回のように、“等身大ではない役” をしたときに、その真価が発揮されるものです。

 そういう意味では、今回、筆者が観た〈村上・ミレイ〉は、その関門を突破していたと言えるでしょう。今回は観ることができなかった〈長野・ミレイ〉でしたが、筆者は、この両嬢については、以前より秘かに注目していた一人です。確実に高いレベルの役者として成長しています。三留嬢とともに楽しみです。

 それもこれも、やはり「陰湿集団」の持っている“高い精神性”と“白居真知主宰山本貴久丸尾行雄両君等の確固たる哲学”の賜物といえるでしょう。演技や台詞回しは、それだけの訓練で上手くなるというものでは絶対ないようです。やはり、その役者個人の人間としての成長が何よりも大きいと思います。

 その意味において、「精神性高い劇団」での「出演」やそのための「ワーキング」こそ、やはりすべての面における成長のカギではないでしょうか。そういうことを、この「劇団」には感じます。

  それだからこそ、観客としても、どのような役者が、どのような成長をみせてくれるのかという楽しみとともに、“演劇の可能性” に対する期待を膨らませてくれるのです。

 そういう意味では、石川悠真木下智之の両君も、前述の女優陣同様、確実に成長し、かつ高みを目指しつつある役者と言えるでしょう。ことに今回、〈老婆〉役の木下智之君の演劇が光ったようです。脇役ながら、どうしてどうして、しっかり他の役者を脅かしたかもしれません。秀逸な演技でした。

 主人公のテラバイト☆ゆういち君については、今回の舞台だけでは、正直言ってよくわかりません。欲を言えば、少なくとも前半においては、「ピーターパン」役の華やかりし時代と、心身ともにボロボロになっている現在との違いを際立たせて欲しいというのが筆者の希望でした。

 つまり、もう少し「シンドローム」性を出した方が、“鬱屈感”や“屈折感”がいっそう描かれ、それだけ人物の魅力が増したと同時に、〈ミレイ〉もいっそう活かされたのではないでしょうか。ということは、この二人を見守る〈福島〉〈鈴谷〉そして〈老婆〉や〈ファンの女性〉などもさらに具体性を持って描き出されたような気がします。少し、“穏やか過ぎた”かな、というのが筆者の偽らざる感想です。

 しかし、なかなかの熱演でした。 

      ☆

 筆者は、『陰湿集団』の哲理ともいえる頑固なフレーズが、お気に入りです。「プロフィール」に、こう書かれてます――。

 九州大学演劇部OBを中心に結成された陰湿な劇団。日々、まがりくねったものをもとめて活動中。》

 チラシも品位と美的センスともにgoodでした。ソフトフォーカス気味のドローイングが何とも味があっていいですね。作画は、宣伝美術担当の本村茜さん?! 

 

  ☆作・演出:大和

  キャスト】 

  〈ミレイ〉 ●長野真結  ■村上悠子  ※ダブルキャスト

  〈大和田〉 ■テラバイト☆ゆういち  福島〉 ●石川悠真 

  〈鈴谷〉 ◆三留夏野子  〈その他〉 ○木下智之

 スタッフ】 

  舞台美術・音響・制作:●山本貴久 

  照明:○大園和人 

  宣伝美術:○本村茜 

  ※註:所属 ●陰湿集団 ■九州大学演劇部(伊都・箱崎キャンパス)

   ◆九州大学・大橋キャンパス演劇部

 

  今回のすべての「キャスト」及び「スタッフ」各位に讃嘆と感謝を捧げるとともに、演劇活動に対する真摯な態度と情熱とに敬意を表します。

   花雅美 秀理  

 

    

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○演劇案内:『ピ-ターパン・シンドローム』(陰湿集団番外公演)

2015年12月02日 00時00分13秒 | ○福岡の演劇案内

 

 50席限定の仲代達也の一人芝居

   仲代達矢氏(82)が、今月4日から「50席限定」の「一人芝居」をやるという。会場は、自身が主宰する「無名塾」稽古場の「仲代劇堂」とのこと。作品は、米国の名優「ジョン・バリモア」の晩年を描いたものであり、初演は昨年10・11月に「600席」の能登演劇堂(石川県)。その後、11月に東京世田谷において、「約200席」で上演された。

  「50席限定」となれば、必然、「舞台」と「客席」とは近くなる。仲代氏は、『小さな空間でお客さんが照れてしまうかもしれない。どう場を持たせるか難しい。台本もなく即興でやっている感じが出せればいいかな。一人芝居は休むこともできず、大変です』という。

  何とも羨ましい……とは「観客」の立場での感想だが、実はこのような “小人数限定の観客席” というのは、「舞台役者」の理想であるのかもしれない。名前の記憶はないが、何人もの役者がそのようなことを語っていた。

 だが「舞台」と「役者」とが近くなる分、「観客」は極めて身近に「役者」の演技、いやそれどころか息遣いや小さな所作をつぶさに感じ取ることができる。それは言いかえれば、「役者」は否応なく自分の皮膚や体温といった“全人格”を観客に晒し続けることを意味する。

 しかもそれが “即興感覚の一人芝居” となれば、いっそうその実感は強い。それだけ誤魔化しも効かず、“一瞬間” の “一挙手一投足” が、常に最大限の監視と鑑賞の中で試されることになる。優れた「役者」にとって、これ以上魅力ある「舞台」はないだろう。

 

 NHKと民放との絶対差の拡大

 ……と、昨今の「テレビドラマ作り」の安易さを嘆きながら、やはり思ってしまう。それにしても、NHKを除き、日本のTV局の番組構成のレベルの低さには言葉もない。ドラマ作りだけでなく、クイズやバラエティ番組にしても。唯一の救いは、何とか半分ほどの「報道番組」が、辛うじて合格点に達していることだろうか。

 そのため、NHKと民放との番組制作のレベル差がいっそうはっきりしつつある。それはもう “絶対差” といってよい。その根本にあるものは、やはり “局の哲学と制作陣の感性” というものだろうか。

 それにしても、最近のNHKドラマの “映像美” の素晴らしさ……。スタッフことに美術スタッフの感性と文学性の深さを感じる。いつかこのことを論じてみたい。

       ★

 さて、前書きが長くなりました。今回の「陰湿集団」の番外公演を楽しみにしましょう。「九州大学演劇部」の現役、OB・OG部員によるキャストであり、手堅い役者揃いと言えるでしょう。つまりは、安心して観ていられる「役者」諸君という意味です。

       ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

 

  陰湿集団番外公演

  『ピーターパン・シンドローム

 

●脚本・演出 大和

 【キャスト】 石川悠眞、長野真結 (以上「陰湿集団」)、

  木下智之、テラバイト☆ゆういち、村上悠子(以上、「九州大学演劇部」)、

  三留夏野子(九州大学大橋キャンパス演劇部) 

  ※一部ダブルキャストです。

●会場  リノベーションミュージアム冷泉荘

 クリック! ◆リノベーションミュージアム冷泉荘アクセス

●日時  12月26(土) 13:00/17:00

          27() 13:00/17:00

●料金  前売り 600円(当日800円)

 クリック! ◆陰湿集団Twitter

 

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○演劇案内:『くちづけ』(西南学院大学演劇部)

2015年11月19日 22時26分32秒 | ○福岡の演劇案内

 

 11月15日(日)午後、西南学院大学の「学園祭」に出かけた。同大の学園祭は10数年ぶりだろうか。ひょっとしたら、20年ぶりくらいかもしれない。本ブログでも紹介の舞台(短編)を観るためだが、学祭の演劇は初めてだった。

 舞台終了後のアンケートでは、演劇部諸君に対する労いと、“面白かった” との月並みな感想を述べたものの、正直言って “疑念” と “戸惑い” を抱えていた。詳細に感想を書く紙幅も時間もないため、そのまま「会場」をあとにしたものの、気になって仕方がなかった。

 この件については、別の機会に述べてみたい。

       ★

  さて、今回の「公演」は3年生の引退公演とのこと。この時期の恒例行事のようだ。3年生にとっては、「演劇部員」としての最後の舞台であり、特別な想いで臨むことだろう。その “熱い想い” を期待して、筆者も観劇したいと思う。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

   西南学院大学演劇部冬季定期公演 

    『 くちづけ

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

●作 宅間 孝行

●演出 瀬川 聖

 [あらすじ]

  知的障がい者が集団で生活するグループホーム「ひまわり荘」。そこへやってきた元人気漫画家の愛情いっぽんと娘のマコは、個性豊かな入居者やスタッフたちと楽しい毎日を送る。やがてマコに芽生えたある想いと、自らに突きつけられた現実との狭間でいっぽんは、一つの大きな決断を下す。それは優しくて切なくて、何よりも深い愛の物語。

 【キャスト】 新ヶ江優哉、宮地桃子、井口敬太、岸川織江、遠藤あかり、西畑嵐、佐々木智代、森健一、池田果歩、讃井基時、桝本大喜、山口明日香、藤野和佳奈、松山和正

 【スタッフ】 田中里菜、花浦貴文、尾野上峻、加藤希、古賀麻友香、高倉輝、鼻本光展、岡澤百夏、白浜勇輔、高木はるか、徳勝有香、布住彩、和田遥風

●日時 ※「開場」は「開演」の30分前です。

 1218(金) 18:30 開演
     19 (土)  12:30 開演   18:00 開演

●場所

  〒814-0002  福岡県福岡市早良区西新6-2-92 

   西南学院大学内  西南会館3階  大集会場

    クリック! ◆西南学院大学アクセス

   クリック! ◆学内のキャンパスマップ

●料金 

  前売り券:200円   当日券:300円

●お問合せ

  seinan_act_club@yahoo.co.jp(桝本)

クリック! ◆西南学院大学演劇部Twitter 

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○演劇案内:学園祭の演劇公演(西南学院大学演劇部)

2015年11月10日 20時58分46秒 | ○福岡の演劇案内

 

  今度の13日(金)・14(土)・15(日)

  昨日、把握したばかりの案内情報です。 

  「西南学院大学演劇部」からのメールのまま、一部を加筆修正して転載しています。

   同部によれば、『今年の学祭では、昨年と同じく短編劇、夏公演ができるまでの展示、読み合わせ体験をします』とのこと。

  また、『いつもの西南学院大学演劇部とはひと味違う姿をご覧ください!』とも。

  「公演情報」は以下の通りです。3本の短編の舞台が公演されるようです。

  実は筆者は、これまで一度も「大学祭」での同部の「舞台」を観たことがありません。「大学祭」自体、最後に観たのは十数年前のような気がします。今回は、ぜひ「大学祭」そのものを楽しみながら、「3つの短編の舞台」を堪能するつもりです。

   ★  ★  ★  ★  ★  ★  ★

   西南学院大学学園祭の舞台演劇公演  


 『私の大好きな王子様』

●11月13(金)11:30~ /14(土)14:00~/15()14:30~

 『夏、無音で笑う女神』

●11月13(金)14:00~/14(土)16:00~/15()13:30~


 『高校生最終日がどうしてこうなった?!』

●11月13(金)16:00~/14(土)11:30~/15()14:00~

●場所(会場)

  西南学院大学Ⅰ号館204教室

  クリック! ◆西南学院大学アクセス

  クリック! ◆学内のキャンパスマップ

  クリック! ◆西南学院大学演劇部Twitter

 

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○演劇案内:学祭大テント小屋公演(九州大学伊都キャンパス)

2015年11月03日 17時23分37秒 | ○福岡の演劇案内

 

  学生演劇の原点

  10月半ばより11月いっぱいは、大学の「学園祭」の季節。まもなく“立冬”であり、この日を境に冬らしい様相を呈するでしょうか。

  筆者にとっての「大学の学園祭」となれば、やはり「九州大学・六本松キャンパス」での2001年11月の「九大祭」が原点といえるでしょう。このときの「テント小屋公演」の「舞台演劇」は、すでに本ブログで紹介済みのように、衝撃的でした。これをきっかけに、「きゅうえん(九演)」にハマったというわけです。

  以来、「九州大学演劇部」(現在の伊都・箱崎キャンパス)の魅力は、筆者にとっては少しも変わることなく、いっそう魅力を増しています。足かけ15年、そのときどきの学生諸君の情熱と才能による優れた感性に刺激を受け、元気づけられています。

  素晴らしい舞台演劇を観た日は、何とも言えない気分になります。この5年ほど前より、ごく一部のドラマを除いて、テレビドラマを観ることがなくなりました。観たいとは思わなくなったからです。

  筆者にとっての「舞台演劇」の魅力は、役者をできるだけ近い位置から観ることができるからでしょうか。何と言っても、顔とりわけ目の表情であり、息づかいや指先にまで行き届いた神経です。“雰囲気”とも言えるでしょう。

  優れた役者の演劇や台詞回しは、たとえその後ろ姿しか観えない場合でも、また全身が小さいものであっても、きちんと伝わって来るものです。

  筆者にとって、「テント小屋公演」は、「学生演劇」というより演劇そのものの原点と思います。高い精神性に支えられた人間が描かれていれば、それは例え殺人者であっても、観客はそこに人間そのものの深い闇を自分自身として感じ、あるいは共感するでしょう。

 

  ぜひ家族そろって

  家族でご覧になることをお勧めします。万一、未成年者云々という内容であるにしても、それはそれで意味があり、人生勉強として鑑賞に値するものと思います。

  ただ一つの懸念は、「野外ステージ」の大音量が、「テント小屋」の繊細な音響効果の魅力をそぐようなことが……なければと。

  しかし、それはそれで想い出として……。ともあれ、一度は「舞台演劇」の“生の演技”をぜひ体験してください。

 

   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 

   九州大学演劇部:伊都キャンパス 

   2015年度 学祭大テント公演

   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 

   埋火

   ●作・演出:八浪陽

 【埋火】 うずめ-び [うずみ-]灰の中に埋めた炭火のこと。炉や火鉢によく熾った炭火を灰で覆い、火種を長持ちさせたり火力を調節したりする。灰の中で燃え続けることから、秘めたる恋に例えられて歌にも詠まれた。

  【キャスト】 村上、長澤、田中、丸本

 ② 『きょうき

   ●作・演出:板橋幸史

 降りしきる雨の中、刃物を持った男が死体を見下ろしている。一人の女がそこで殺人者に恋をする。捕まえたものを大事に、大事に壊れてしまわないように箱の中にしまい込んで……。

  【キャスト】 鬼塚、武田

 ③ 『ナオちゃんといっしょ

   ●作・演出:加茂慶太郎

 ヨウジくんは、ナオちゃんとであいました。まいあさおこされさくしゅされ。0、1、7、0。ボタンをおしたしゅんかんから、せかいがすこしうごきはじめる。

  【キャスト】 白居、武田、加茂、幾野

 ④ 『110"The Legend of DRAGON~めぐりあい時をかける卑弥呼の鼓動はウルトロシング~"」

   ●作・演出:木下智之

  2043年、伊都と箱崎の戦いは最終局面を迎えようとしていた。その時、運命に導かれた一人の少女が降り立つ!

   【キャスト】 丸本、寺岡、鬼塚、長澤、岡本、板橋、中山、木下

●日 時 11月21日(土)  22日()

  上記「演目①②③④の各「開演時間」は、巻末の「公式HP(ホームページ)」をご覧ください。

●公演会場(場 所)

  九州大学伊都キャンパス内大テント

  クリック!  ◆九州大学伊都キャンパスへのアクセス

 クリック! ◆伊都キャンパス・マップ

  ※「」の方は「キャンパス・マップ」 の  57 の「守衛所」において「入構料(駐車料)」が必要になると思われます(300円)。

●料金:100円(フリーパス)  2日間全公演の観劇可能

  この「フリーパス」は一度の購入により、土日両日の「全公演」が観劇できるものです。

   ※「予約システム」はありません。

  お問合せ:090-7628-2898(寺岡)

  クリック! ◆九州大学演劇部公式HP 

 次回公演の情報を公開しました】の学祭公演11月21、22日】をクリックすると「タイムスケジュール」が出て来ます。

  

 ※11月20日、【キャスト】欄を追加記載。

 

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ご安心ください。元気です/近況報告

2015年10月31日 20時41分39秒 | ■つれづれに(日記)

 

 1か月以上、本ブログの更新がないため、ご心配をおかけしております。夏場の蓄積疲労が多少残っているため、本調子はまだ先のようですが、寝込んでいるわけではありませんので、どうかご安心ください。

 花雅美 秀理

 

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○演劇案内:『Reset』(演劇ユニットQ)

2015年09月26日 04時08分50秒 | ○福岡の演劇案内

 

     最優優秀校に、大分豊府高

     ―全国高等学校演劇大会2015―

   9月5日の土曜日午後1時なにげなくテレビを付け、NHKEテレで「全国高等学校演劇大会2015」の【文部科学大臣賞・最優秀賞】受賞作品の舞台を観ることができた。昨年も同じように “偶然” 観ることができただけに、2年連続の “幸運” に不思議な縁を感じた。

  受賞作品は、「大分県立大分豊府高等学校」の『うさみくんのお姉ちゃん』(作/中原久典)という男女共学高校を舞台とした学園物。

   その他、【文化庁長官賞・優秀賞】の受賞3作品は――、

  ①大阪府立緑風冠高等学校 「太鼓」(作/木谷茂生) ②北海道札幌琴似工業高等学校定時制「北極星の見つけかた」(作/鷲頭 環) ③香川県立丸亀高等学校 「用務員コンドウタケシ」(作/豊嶋了子と丸高演劇部)

  また【創作脚本賞】は、『うさみくんのお姉ちゃん』の「中原久典」氏。

        ★

  昨年2014年の「最優秀賞」も、「久留米大学付設高校」(福岡県久留米市)の『女子高生』と言う作品であり、やはり同じように男女共学高校を舞台としていた。これで「九州勢」は、2年連続して頂点を極めたことになる。

  クリック! 全国高校演劇(2014年)の頂点に! 久留米大付設高 

             ★ 

 今回の「演劇ユニットQ」は、「九州大学演劇部」のOB・OGを中心に結成されたようだ。筆者も体調を整え、何とか観たいと思う。

       ★    ★    ★   

 

 演劇ユニットQ

   「Reset

 

 【あらすじ】

 クリスマスは楽しい!…というのは迷信で、この世には気まずいクリスマスも存在します。そんな気まずいクリスマスに集まった男女6人ははたして気まずさをリセットできるのか…?

 

●脚本・演出  高山力造(village80%

●キャスト

 山本貴久(陰湿集団) 、千々岩北斗、 矢ヶ部祐作(以上、「劇団あまりもの」) 、橋本栞里、谷口陽菜実(陰湿集団) 、武田遥(九州大学演劇部)、木下智之、関大悟

●日時 1010日(土) 13:00 / 17:00

●会場  博多リバレインホール

 住所: 〒812-0027 福岡県福岡市 博多区下川端町3−1
 電話:092-271-5050

 クリック!

  「博多リバレインホール」へのアクセス・駐車場

●料金  前売1000円  当日1200円

  クリック! 陰湿集団 (twitter)      

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・新涼や尾にも塩ふる焼肴/鈴木真砂女

2015年09月16日 01時23分40秒 | ■俳句・短歌・詩

 

    新涼や尾にも塩ふる焼肴  鈴木真砂女

 

  新涼(しんりょう)』とは、いかにも俳句らしい季語(季題)であり、この句は “季感” を余すところなく伝えている。“秋に感じられる涼気”、とりわけ “秋に入ったすぐの頃” の雰囲気であり、“夏の暑さ” の中では容易に感じ取ることのできない “爽やかな涼気” と言えるだろう。

  歳時記では、『秋涼し』や『秋涼(しゅうりょう)』と同義だが、“新鮮な” というニュアンスを含んだ『新涼』の “清新なひびき” には叶わない。といって、無論「季語」としての『秋涼し』や『秋涼』が劣っているわけではない。この句の場合、何よりも “新涼” を筆者が望むものであり、この季語が一番ピッタリするようだ。

   とりわけ、今年の8月8日の “立秋” はことのほか暑く、個人的には今ようやく “新涼” というところかもしれない。県外での講師業の際の昼食は、ほとんど「定食屋」の「日替わり」か「煮物定食」だった。さんざん「煮魚」を口にしていたせいか、無性に「焼き魚」を恋しく思ったのだろう。

 ところで “爽やかな涼気” と言ったが、『爽やか』も秋の季語であり、また『涼気』は、『涼』や『涼味』同様、「夏」の季語となっている。

       ☆

  「小料理屋」の店主でもあった真砂女。言うまでもなく、この場合は「焼魚」ではなく「焼肴」でなければならない。つまりは家族のための「おかず」ではなく、小料理屋の女将(おかみ)が、客の「肴」のために焼いたというところに意味があり、また趣が拡がる。

  『尾にも塩ふる』とは、尾鰭(ヒレ)や胸鰭、背鰭に “塩をふる” こと……つまりは「化粧塩」をさしている。包丁人に言わせれば、“ふる” というより “すりこむ” というのが正しいという。焼きすぎによって鰭が焦げたり、姿形の崩れを防ぐためであり、塩によってそれぞれの鰭にハリが出、また全体がピンとなってきれいに焼きあがるからとも。

  ところで、このときの「」は何だろう。季節的には「」か「山女(やまめ)」、あるいは「岩魚(いわな)」あたりのような気がするのだが。

  わが師、石川桂郎に次のような句がある。

    ひとり酔ふ岩魚の箸を落したり  

 

  ともあれ、女将にとって、以上のような「化粧塩」による焼き方は当たり前以前の作業であり、ことさら言葉にするまでもない。それをあえて『尾にも塩ふる』と言ったところに、“女将の仕事” にかける真砂女のささやかな覚悟や、そのときの “淡い心の弾み” のようなものが感じられる。

  では、その “心の弾み” の正体とは何だろうか。恋多き真砂女のこと、秘かに「想いを寄せる客」でも来たのかもしれない。それとも、特別な間柄の男性のことが脳裏を掠めたのだろうか。

   いずれにしても、少し塩を掴んで尾鰭にすりこみ、最後に軽くふりながら火加減を確かめる真砂女が、紛れもなくそこに生きている。粋に着物を着こなし、割烹着からのぞいた着物の襟を摘むようにあわせながら……。

  真砂女の「魚」と言えば、季節はまだ先のことだが、すぐに次の句が出て来る。

    鯛は美のおこぜは醜の寒さかな  

  いかにも真砂女らしい。筆者が好きな “真砂女俳句” のベスト3と言える。

        ★

 

 鈴木 真砂女 1906年11月24日―2003年3月14日。千葉県鴨川市出身。22歳で結婚し一女を出産するも、夫の蒸発により実家へ戻る。その後、急逝した実姉の夫と再婚し、実家(旅。館)を守るために女将となる。俳句に親しんでいた長姉の遺稿を整理するうちに、自らも俳句に目覚める。

  久保田万太郎の『春燈』に入会して指導を受け、万太郎亡き後は安住敦に師事する。30歳のとき、年下の妻帯者と出奔するもその後戻る。50歳で離婚後、東京・銀座に『卯波』という小料理屋を開き、“女将俳人”として生涯を閉じる。『俳人協会賞』『読売文学賞』『蛇笏賞』を受賞。〈すずき まさじょ〉

 

 

 

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○演劇案内:『pump』(陰湿集団)/『地図を讀む』(Nomad)

2015年09月11日 13時01分17秒 | ○福岡の演劇案内

 

  講義からの解放

 昨夕、7月9日からはじまった「宅地建物取引士」講座が終了した。真夏を挟んだ2か月にわたる、正味40日間のものだった。県外での講義の上、平日はホテル暮らし……といえば聞こえはいいが、実態は連日、翌日の「講義ノート作り」に追われていた。

 それに加え、代わりの講師がいないという講座のため、病気や怪我をしてはいけないと、いつも以上に車の運転に慎重になり、また休日・夏休みは極力、外出を控えた。

 おかげで何とか無事に終了することができたわけだが、最終日の最後の講義は、安堵感による気の緩みなのか、一瞬、頭のヒューズが飛び、立っているのがやっと。講義中、椅子に腰を降ろしたのは、生まれて初めてのことだった。何十年ぶりかの「チョーク」の「粉塵」にも悩まされた。

 とはいえ、適度の緊張を保ちながらのとても充実した2か月だった。なによりも受講生のみなさんの受講態度が非常によく、また熱心な方々であり、質問も多かった。勢い、燃えるというもの。受講生各位にあらためて感謝したい。

 ともあれ、高速バスとJRを乗り継いだ3時間余をかけての帰宅――。アパートにたどり着いた瞬間、そのまま、着替える元気もないまま昏々と眠り続けた。

        ★    

    C.T.T.という演劇活動

 さて、1か月以上もご無沙汰の本ブログ。正直言って、少々“禁断症状” が出始めていた。もちろん、「舞台の観劇」であり、その「鑑賞評」だ。講座期間中は、演劇関係のサイトやtwitterを見ることをできるだけ控えた。

 今回の「案内」は、「C.T.T.」という活動組織による複数劇団による公演。「陰湿集団」のtwitterによれば、「C.T.T.」とは、"Contemporary Theater Training" の略であり、「現代演劇の訓練」として、演劇やダンス等の舞台芸術の人材育成を目指して、舞台作品の「試演会」を開催しているとのこと――。(※註1

  今回は、2つの「劇団」による各1作品の「舞台」であり、各30分以内の上演のようだ。なお、上演終了後に30分程度の「合評会」も行われるとのこと。興味深い試みといえる。

         ★    ★    ★

 

公演日時  9月18日(金)  19:30-

             19日(土)  14:00-

●公演場所  枝光本町商店街アイアンシアター

  〒805-0008 福岡県北九州市八幡東区枝光本町8−26
   Tel : 093-616-9890  090-5383-5780(担当者直通)

  クリック! ◆「枝光本町商店街アイアンシアターへのアクセス

●観劇料金(上演協力金) : 900円(前売・当日ともに)

 

 舞台: 

  「地図を讀む」

●劇団  Nomad

●作  工藤菜香  ●演出  鈴木春弥 

●出演  鈴木春弥  岡崎真子

 

 舞台:

  「pump」

●劇団  陰湿集団

●作・演出  山本貴久

●出演  石川悠眞  武田遥

 クリック! ◆『陰湿集団』ブログ

 

註1: 「C.T.T.北九州事務局」 によれば‏、「C.T.T.は1995年に京都で始まり、現在は全国7都市(京都/大阪/名古屋/仙台/広島/岡山/松山)に展開。この度、枝光本町商店街アイアンシアターを拠点に九州初のC.T.T.がスタート」とのこと。

 

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○福岡学生演劇祭2015(8月26・27日)

2015年08月08日 15時51分09秒 | ○福岡の演劇案内

 

 授業に追われる日々

  7月はじめに、急遽決まった「宅建士」講座の授業に毎日追われている。平日の「授業」終了後は翌日の「講義ノート」作成に費し、土日は土日で、これまた「資料」や「演習問題」作りが待っている。我ながら、よく身体がもっている。

   お盆休みに多少の夏休みがあるとはいえ、それも全部、次の単元の「講義ノート」作成でつぶれそうだ。そのため、平日の8月26日27日に行われる「福岡学生演劇際2015」は、残念ながら観ることができない。

  ところで、筆者が今回の「公演」で一番注目しているのは、「久留米大学附設高校演劇部」だろうか。同校については、本ブログでも紹介したように、昨年の「演劇甲子園・最優秀校」として、2100校の頂点に立った。

   筆者は、偶然、「Eテレ」において 受賞作『女子高生』を観ることができたが、この舞台は、同校演劇部で “実際に生じた事案” をうまく「題材」にしたという。余計なものが一切なく、“グイグイと一気に観客を引っ張って行くリアリティとエネルギー” に魅了された。

        ★

  さて今回の演劇祭について、個人的には『演劇ユニット・パッチワーク』による『クレイジー・ワルツを』(作・演出 岡崎沙良)に関心があるのだが……。無論、そう思ったのも、「福岡女学院大学・岩井ゼミ」による『The Tempest』(作:シェークスピア)の優れた演出と演技にある。その「演出」を担当したのが岡崎嬢であり、「役者」としても素晴らしい演技をみせてくれた。

  なお、『陰湿集団』による「司会」と「幕間イベント」というのも興味深い。

  ◆全国高校演劇の頂点に! 久留米大付設高

 

 

        ★   ★   ★

   福岡学生演劇祭2015

 ●日時/2015年826日(水)

               14:00 - A   18:00 - B

        2015年827日(木)

               11:00 - B   15:00 - A

  詳細は、以下をごらんください。

  ◆福岡学生演劇祭2015

 

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○演劇案内:『通話する男、森を忘れるな』(陰湿集団)

2015年07月18日 11時27分26秒 | ○福岡の演劇案内

  

  素晴らしい舞台の『Tempest』(福岡女学院・岩井ゼミ)

   現在、九州のある地方都市において、ある組織体の方々に対する「宅地建物取引士」 受験勉強の特別講師を務めている。その初日が今月9日だった。その前日8日、筆者は素晴らしい感動的な「舞台」を堪能し、翌朝、その余韻を抱きつつ某市へと旅立った。

  その「舞台」とは、本ブログでもご紹介した「福岡女学院大学・岩井ゼミ卒業公演」の『Tempest』(作:シェークスピア・演出:岡崎沙良)であり、総てに洗練された秀逸な舞台だった。。「舞台」を観終えたその夜、筆者はまったくテレビを見ることなく、数々の「シーン」を振り返っていた。

  なぜこの「舞台」は、こんなにも感動を与えるのだろうか。なぜこんなにも役者が活き活きと、そして、瑞々しく演じ切ることができるのだろうか。今回は「音響」も「照明」も文句なく、優れたプランニングそしてオペレーションだった。少なくとも、これについては、もう  “プロ級” といってよい。

   何と言っても、「音響」と「照明」と「演技」との、息をのむほどのコラボレーションに圧倒された。今こうして原稿を綴りながらも、そのときの興奮と余韻とが甦って来る。それにしても、「この劇団」は多くの魅力にあふれている。無論、この「舞台」については、後日、きちんとした「演劇鑑賞」を書きたいと 思っている。それまで、しばしお待ちを。

       ★

   さて、今回の「陰湿集団」の「舞台」は「一人芝居」。役者は、『蒲田行進曲の〈ヤス〉を演じて以来、独自の芸風を確立しようと努力している「白居真知」氏であり、これまで以上に楽しませてくれるだろう。

   それにしても「山本貴久」氏をはじめ、陰湿集団」は精力的だ。3月下旬の「旗揚げ公演」の陰湿クラブ』から、「第2回目公演」(5月下旬)の 『 アイ・ドン・ノー・ホェア・アイ・アム 、そして「第3回目」となる今回――。何と4か月ちょっとで、「計3回の公演」をこなそうとしている。いくら若者の集団とは、いえ逞しい。

   今回は「どのような哲学」や「メッセージ」を、そして、「」や「芸術」を表現してくれるのだろうか。

           ★

 

  陰湿集団第3回公演

  通話する男、森を忘れるな

 

 【あらすじ】

  男の日常は少しずつ、ねじ曲がる。その進行は目に見えず、彼の選択肢は限られてゆく。彼には何が残されるのか。何を残すことが許されるのか。今日も受話器を手に取り、言葉が増えては、消えてゆく…

 

●作・演出/山本貴久

●出演/白居真知  

●日時  82日() 13:00~

●場所  九州大学箱崎キャンパス 「課外活動共用施設305」

   住所:福岡市東区箱崎6-10-1

 クリック! ◆「九州大学箱崎キャンパス」の校内マップ

    上記マップの「緑色」の  18   番の建物が「課外活動共用施設」です。「18」番をクリックすると、当該「建築物」の外観が示されます。

●料金  100円(一律)

 クリック!  ■陰湿ブログ

         陰湿集団 (twitter)      

      

 

 

 

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