さわやか易(別館)

人生も歴史もドラマとして描いております。易の法則とともに考えると現代がかかえる難問題の解決法が見えてきます。(猶興)

チャーチルを語る。(3) もう一つの大誤算

2017-06-19 11:05:50 | 世界史談義

チャーチルの大誤算なんだが、もう一つ大誤算をしたんだが何だと思う?

もう一つの大誤算ですか。何でしょうか?

それは日本だよ。この大誤算のためにイギリスは全て植民地を失うことになったんだ。

そう言えばその通りですね。日本軍がアジアにあるイギリス、フランス、オランダの植民地を全て占領下に置いたんですよね。それが終戦後、みんな独立運動を起してもとの植民地には戻らなかったんですよね。


山本五十六(1884~1943)

まあ、そうだ。日本軍が真珠湾攻撃した日にチャーチルは感激するほど喜んで、ルーズベルトに電話で礼を言ったそうだ。その夜はぐっすり眠ることが出来たと言っている。「これで戦争に勝てる。」と確信したそうだ。日本軍はアメリカが参戦すればあっという間に木っ端みじんにされると思っていたんだろうが、そんなに急にはアメリカ軍も反撃は出来ないもんだ。

日本軍は結構強かったんですね。

その通りだ。半年間だけどな。ミッドウェー海戦で敗北するまでは日本軍の電光石火で瞬く間に東南アジアを全て占領したんだ。イギリスが統治していた香港、シンガポール、マレーシア、ビルマなんかからイギリス人は慌てて本国へ逃げて行ったんだ。イギリスが誇る軍艦「プリンス・オブ・ウェールズ」なんか真珠湾の2日後12月10日に撃沈されているんだぞ。

「プリンス・オブ・ウェールズ」と言えば、チャーチルがルーズベルトと会見した時に使った軍艦ですよね。

そうだよ。会見からたった4か月後のことだよ。

チャーチルも何とかアメリカに参戦して貰おうと必死だったんでしょうが、日本軍がこれほど強いとはびっくりしたでしょうね。ところで日本軍のお陰で独立が出来たアジア諸国は日本に感謝しているでしょうね。

そう簡単じゃないよ。日本は「大東亜共栄圏」の建設を大義名分としてアジアの独立開放を唱えてはいたが、何しろ戦争中だ。実際は現地の石油その他の物資調達が目的だからな。現地ではイギリスより酷い扱いを受けたと恨んでるところもあるさ。しかも終戦後はもう一度イギリス人やオランダ人が巻き返しに来ているんだ。

そうですか、じゃあ、喜んでばかりじゃないんですね。でも独立への第一歩というか独立へのきっかけにはなりましたよね。

その通りだ。その事情の解る現地人は皆日本に感謝している。ところで最も感謝しているのはインド人なんだな。インドでは第一次世界大戦いらいガンジーを中心に独立運動が盛んだったが、イギリスは最重要植民地としてそれを許さなかったんだ。独立運動家のチャンドラ・ボースは戦争が始まると独立のチャンスだとしてドイツ、イタリアで協力を要請していたんだよ。


Subhas Chandra Bose.jpg
チャンドラ・ボース(1897~1945)

チャンドラ・ボースですか、以前に安倍首相が記念館を訪問したことがありましたよね。

そうだ、そのチャンドラ・ボースが日本へ来て協力を申し出るんだ。失敗はしたんだが、インパール作戦には日本軍にインド国民軍も参加させたんだよ。中々の人物で東条英機なんかもほれ込んでいたらしいよ。インド人には国民的な人気が今でもあるらしいよ。

そうですか、終戦後にインドは独立を果たすんですよね。そう言えば、東京裁判で終始日本をかばって、「戦勝国の一方的な裁判で、認められない。被告は全員無罪だ。」と一人で奮闘してくれたのは、インドのパール判事でしたよね。200年もイギリスの植民地だったインドが独立するきっかけを作ってくれた日本への感謝だったんじゃないでしょうか。

そうだよ。だからチャーチルが日米戦争で大喜びしたのは、もう一つの大誤算だったという訳さ。戦争の影響はどこに繋がっていくのか解らないもんだ。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« チャーチルを語る。(2) ... | トップ | F・ルーズベルトを語る。(1... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

世界史談義」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。