青色鉄道模型運転会

旧「鉄道くじ&鉄道模型運転会」。一宮市青色申告会ホールで開催されている、鉄道イベント公式ブログです。

再び青バス200号に乗る(38)

2017-08-08 21:00:00 | 日記


皆様、こんばんは。
事務局です。

8日の一宮市内は、台風一過となり、お昼前から雲が切れて、晴れてきました。

現在、吹き返しの風が強く吹いています。

今夜は満月のようで、月明かりか明るいです。

本日の寺西は、書類と見積書作成、裁ち切り作業でした。

ご質問がございました。

父親は3年前に、本業のお仕事から引退しております。

引き続き、青バス200号の乗車会(※)のお話を書いていきます。

※2017年02月19日に開催されました。

青バスは、富山市水橋地区で、撮影会をおこなっています。

照蓮寺前停留所から南に少し歩きますと、「水橋神社」様があります。

下の写真は、水橋神社様前を走る青バスです。



同神社の創建年月は分からないそうです。

ただし、8世紀の「延喜式(えんぎしき※)」には、水橋の宿駅があったことが記されています。

※平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)で、律令官制に従っており、全50巻、約3300条からなる。

神社拝殿には、奉納された絵馬がたくさん飾られています。

その中で、松浦応真斎(まつうらおうしんさい※)様が描いたという、「源義経海士ヶ故事」の絵馬が知られています。

※幕末から明治時代に活躍した浮世絵師で画家。1824(文政7)年生まれ。越中富山藩主前田利保(としやす)の絵所預(えどころあずかり)でもあった。富山売薬版画の絵師としても活躍する。1886(明治19)年に死去。

下の写真は、水橋地内を走る青バスです。



伝わるお話として、1180(文治年間)年代、源義経(みなもとのよしつね)が兄の頼朝(よりとも)に追われ、

ひそかに北陸路を経て、奥州に逃れようとしました。

その際、「水橋の渡し」に差し掛かり、渡ろうとしますが、水深が分からず、渡ることをためらっていたところ、

海士(かいし※1)が現れて、義経主従(よしつねしゅじゅう※2)を教導(きょうどう)して無事に渡ることができたそうです。

※1.海人(あま)。ここでの海士は海神の化身、と伝わっています。

※2.鎌倉幕府の歴史書「吾妻鏡(あづまかがみ※3)」に登場する、義経に従った郎党は以下です。

堀弥三郎景光、佐藤四郎忠信、伊勢三郎能盛、片岡八郎弘経、弁慶法師。

※3.東鑑と書く場合もあります。

奉納品として特記するものとして、1838(天保9)年、石黒屋権吉様が「北前船」の模型を、

1852(嘉永5)年にも同じく模型、1854(嘉永7)年には、奉納句の額などが奉納されている、とのこと。

境内にある、「海士ヶ瀬神社」は、売薬行商に旅立つ人の安全祈願の社(やしろ)として、尊崇されているそうです。

加えて、境内には、芭蕉句碑が建立されています。

バス停留所で停車中の青バスです。



次回に続きます。

ブログに関するご感想・ご意見・クレーム等は、ブログのコメントや携帯電話にお願いします。
ジャンル:
モブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 再び青バス200号に乗る(37) | トップ | レイアウトボード製作(5) »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。