韓国雑記帳(かんこくざっきちょう)~日韓環境情報センターブログ

韓国に暮らして25年。なぜか韓国、いまだに韓国、明日も韓国。市民交流コーディネータ・通訳・現地視察など何でもどうぞ。

韓国の環境紛争調停制度について

2017-04-26 10:15:38 | 日韓環境情報センターの活動

4月20日から3日間、韓国の環境紛争調停制度の調査を日弁連の公害対策・環境保全委員会が行いました。通訳として同行しましたので、今回もらった資料を基にこの制度を少し紹介し、また韓国の環境保護運動との関係を説明しましょう。

韓国の環境紛争調停委員会は環境部の中に所属しています。ホームページはこちらです。→中央環境紛争調停委員会

また、地方(ソウルなどの特別市・広域市、京畿道などの道)には地方環境紛争調停委員会があります。今回の調査ではソウル市を訪問し、インタビュー調査をしています。→ソウル環境紛争調停委員会

まず、この制度が導入された経緯には、次の通りです。

1)環境紛争が増加し、被害の原因や当事者が複雑になってきた。

2)司法(裁判)による救済に限界がある。

3)そのため、準司法的機能を持った協議体行政機関として環境紛争調整委員会制度を、91年に導入した。

91年に始まり、いままで25年間に3657件の環境紛争を処理していますが、調停の種類はつぎの4つ。

・斡旋‐当事者間の話し合いで処理することを推薦し、誘導する。

・調停‐調停委員会が調停案を提示して当事者間で合意することを勧める。

・裁定‐裁定委員会が被害賠償の有無・金額を決定する。同意できない場合は、民事訴訟に持ち込める。

・仲裁‐仲裁委員会が被害賠償の有無・金額を決定し、裁判所の判決と同じ効力を持つ。(去年から導入)

全体の65%ほどが損害賠償が伴う裁定を行い、斡旋による合意が32%、調停が3%となっています。

去年のデータからどのような被害原因かをみると、総数162件の中で、騒音・振動(122)、日照(25)、大気汚染(10)、水質汚染(2)、その他(3)となっています。

また、賠償金額も2000万ウォン以下(77)、2000~5000万ウォン(6)、5000万ウォン以上(19)となっています。

紛争の対象は、次の通りですが、少しずつ対象を増やしています。

1991年=大気・水質・土壌・海洋汚染・悪臭・騒音振動

1997年=自然生態系の破壊

2002年=階間の騒音(マンションなどでの)

2006年=日照・眺望・通風妨害

2012年=人工光による被害

2015年=地下水の水位変化と水路移動による被害

そして、いままで事例はありませんが、一定の条件を備えた環境団体が調停の申請人になることができるという条文になっています。

さて、韓国の公害紛争調停制度の運用面を中心に紹介しましたが、感想をまとめると次の通りです。

まず、紛争の多くが工事現場などの騒音被害になっています。区役所などの苦情処理窓口で処理できないケースがこちらに持ち込まれるわけなので、実際には騒音被害の件数はもっと多いでしょう。ただ、このような生活環境被害は、工事の担当が事前に対策を取っていれば防げるものなので、行政の指導や業界の体質改善でこれからは件数が減っていくと思います。

つぎに、裁定の場合、損害賠償を含む決定が下され、被害に対する経済的な補償が迅速に行われるという利点があります。早いと3か月ぐらいで裁定が行われるので、被害者にとってはとても良い制度と言えます。また、被害金額ですが、騒音の場合は目安となる金額の一覧が公表されていますので、これを基にして裁定の申請が行われます。ただ、実際の金額は申請額の10%ぐらい(ソウル市はちょっと上で13%ぐらい)なので、金額が不服の場合は民事訴訟になりますが、それほど多くないと聞きました。

最後に、自然環境の破壊が調停の対象に含まれるという点に注目したいと思います。そのうえ、一定の条件を備えた環境団体が申請できるのですから、とても進んだ制度だと思います。ただ、いままでこれで調停が行われた事例は無いそうです。これは、韓国の環境団体が法廷の外での政治的な決定をめざして活動する場合が多く、工事の差し止めなどは仮処分の申請を行い、また被害に対しては民事訴訟で行うためではないかと思いますが、機会があれば、確認してみます。

地方の調停委員会も専任の審査官(公務員)がいる自治体は、余裕がある自治体(ソウルは3名)だそうで、ほかの自治体では兼任の場合も多く、なかなか審査のための調査などを集中して行えたない現状があるそうです。

これ以外にも、調停委員会の構成メンバーなど、いろいろな側面から話を聞きましたが、別の機会に紹介しましょう。今回の調査はかなり専門的な内容でしたが、韓国の環境行政の事例を見ることができ、勉強になりました。今回の調査をされた日弁連の公害対策環境保全委員会のみなさん、ご苦労様でした。また、機会があれば、よろしくお願いします。

 

 

写真は環境部の建物の屋上です。本来は市民に公開する予定でしたが、管理上の問題で市民の立ち入りは禁止になったそうです^^
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

セウォル号追悼~Come back home 2NE1

2017-03-26 01:41:51 | 僕の韓流~ソング&シネマ
YouTube에서 '투애니원 2NE1 - 컴백홈 Come Back Home (세월호 참사 추모 / Sewol Tribute Cover By Jin.E)' 보기


セウォル号の船体がほぼ3年ぶりに引き揚げられました。モッポ港に到着するまで少し時間がかかるそうですし、船体を調べる専門家の調査委員会が立ち上がり調査を始めるのも4月にずれ込みそうです。
なぜ、もっと早く引き揚げることができなかったのか? なぜ、大統領の罷免が決まってから、あっという間に引き揚げる日時が決まり実行されたのか? 真相を追求する必要があります。
来週にはパクグネが逮捕されるのか逮捕されないのか、はっきりするでしょう。逮捕してセウォル号の7時間に何をしていたのか? 家族や遺族の真相究明の活動を妨害した理由は何であるか、きっちりと調べる必要があるでしょう。
家族や遺族の活動を妨害するやり方のひとつに補償金の問題がでっちあげられ、様々な特権や特例が家族や遺族、また生存者に与えられているというキャンペーンがテレビニュースでも報道されました。僕も100%ではないですが、半分ぐらいは信じてしまいました。多くの韓国人はそれらのキャンペーンの半分以上が信じていたと思います。

紹介する動画は、2ne1という女性グループがある音楽番組でセウォル号追悼の特集をしたときに、アコースティックギターの伴奏で歌った音源にセウォル号関連の写真を編集して、誰かが作ったものです。韓国語と英語の歌詞があるので、ぜひ歌詞を見ながら聴いて下さい。セウォル号のために作った歌ではないのに、セウォル号の悲劇に対応しているように感じました。

なお、元の動画は著作権の関係でか、今は削除されています。以前、最初に見たときは、なぜギターの伴奏だけなのか、理解できませんでした。もし、どこかで見ることができるのなら、右上(もしかすると左上かも)に黄色いリボンがあるはずですから、探してみて下さい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

<生命・脱原発シルクロード>が始まります

2017-01-25 17:21:20 | 脱原発社会のために

韓国の反核・反原発の市民グループ<生命・脱原発シルクロード>が、2年後バチカンを目指して、5月にソウルを出発します。6月には広島から長崎まで歩きますが、僕も事務局に参加して裏方をしますので、皆さん、よろしくお願いします。

というわけで、こんなニュースレターを作りましたので、ご覧ください。(なお、フェイスブックの文章をネットで検索できるように、ここでもアップします)


 生命・脱原発シルクロード (日本・広島~長崎コース)準備団(仮称)

 ニュースレター No 1 (2017年1月24)

 連絡先:日韓環境情報センター(田中博・連絡先 +82-10-6668-9252 /

 tanaka551119@naver.com

日本にいるみなさん、初めまして(あるいは、お久しぶりです)。韓国の田中博/日韓環境情報センターです。私の知り合いの韓国のスウォン大学のイ・ウォニョン先生が、ことし6月に広島から長崎まで歩いて、原発反対をアピールする計画を立てています。イ・ウォニョン先生とは2010年ごろの韓国でイ・ミョンバク政権が国策として推進した4大河川整備事業に反対する韓国と日本の市民たちの共同視察団を実施したときに知り合い、その後、東日本大震災とフクシマ原発事故をきっかけに、2015年に「生命・脱原発シルクロード推進本部」を立ち上げ、 脱原発運動を始めている方です。

まず、この「推進本部」のパンフレットから、今回の行進の目的などを紹介します。

+    +    +    +

生命・脱原発シルクロード推進本部は2015年から2年間5回にわたって1,075kmを歩く、韓国内での行進を行いました。 そして、 2017年5月から720日間、26カ国、総11,000kmを歩く「生命・脱原発新シルクロード大長征」を開始します。 これをとおして、生命の尊厳と脱原発を遂行する国際機関を設立しようと考えています。生命軽視の風潮と全世界の450基の原子力発電所は、地球上から消えなければなりません。 一つの国が脱原発を実現しても、他の国が原子力発電所を稼動していれば、地球的な災難は無くなることはありません。私たちの努力が美しい実を結ぶように、ともに靴の紐を結びましょう。

<生命・脱原発シルクロード大長征期待効果>

1. 生命の尊厳に関連した活動を地球レベルで実践する → 生命の尊厳憲章の制定や発表

2. 脱原発運動の世界化 → 宗教人など各国の精神的指導者たちによる生命倫理意識の高揚

3. 新しい国際機関の結成 → 世界の原子力発電所の監視体制の構築

廃炉を推進/エネルギー転換/脱原発ロードマップの構築

世界生命憲章の制定と実践による機構の組織化

4. 中国を含む主要国の脱原発を誘導 → 韓国・日本・台湾・香港が求心的な役割をはたす

5. 人類意識の大変化 → 各国の指導者の平和、慈悲、愛の価値認識と実践

人類が追求しなければならない普遍的価値の確立と定着

(生命・脱原発シルクロード パンフレットより)

 

以上のような目的で行ない、途中、ダライラマと面談し、目的地はバチカンでローマ法王に会うとなっています。

日本の脱原発などの市民運動からは、なかなか出てこない目的や方法ではないかと個人的には思い、期待もあり心配もたくさんあります。

具体的には、5月3日からソウルのチョゲ寺を出発し5月30日にプサンに到着、6月4日に広島を出発して29日に長崎に到着、その後は台湾・香港・ベトナム・インドと回り、来年は中東からヨーロッパを歩く予定になっています。

先日、韓国での事務局会議があり、私も参加しましたが、やはり日本と韓国の文化というか社会環境の違いを痛感し、準備をしっかりやらないと大変なことになりそうだと気を引き締めています。

今後、このような形のニュースレターを必要な時に発行して、皆さんと認識を共にし、また情報を交換していこうと思います。

まず、次のことを早めに確認しようと思っていますので、皆さんのご協力をお願いします。

1.広島から長崎まで、一日20キロぐらいを数人で歩きます(伴走する車もあります)。この場合、デモ申請は必要でしょうか?

2.いま暫定的にコースを決めてあります(グーグルでイ・ウオニョン先生がチェックをしました)が、歩ける道なのか、確認したいのですが、わかる範囲で教えてください。

3.数人一緒に歩きますが、宿泊と食事をどのようにするか、いい、アイデアがありましたら教えてください。博多では聖公会の教会に泊まることになっていますが、このような施設は他にもあるでしょうか?全部ホテルを利用すると、宿泊費だけで1日3万~4万円、食費や車代・ガソリン代などを含めると、1日5万から7万円ぐらいが必要となり、一か月で200万、航空券や経費などを合わせると、総額で300万以上必要だと考えていますが、これを削る方法がないでしょうか?

4.各地で協力してくれそうな方を、どんどん紹介してください。また、日本国内でカンパを集めようと思っていますが、よい方法があれば、教えてください。一応、今日はこれまでです。また、すぐにNO2をお送ります、(田中博)



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

アン・ヒジョン忠清南道知事~SBSスペシャル 韓国大統領候補の横顔 2

2017-01-22 01:34:09 | 韓国あれこれ

계급장을 떼라

日本でアン・ヒジョン忠清南道知事のことは、あまり知られていないでしょう。ウィキペディアには紹介がありますが、韓国語のページをそのまま翻訳しただけなので、あまりわからないと思います。ので、ちょっと、僕の感想を付け加えながら説明しましょう。

まず、生まれたのが1965年なので、高校入学が1981年。81年とは光州民主化闘争の翌年です。このとき、大田市内の本屋で地下出版物を購入し、これが原因で退学となります。

韓国は90年代の半ばまで、社会主義や共産主義、あるいは労働運動などの社会運動に関連する本は自由に出版できない状況でした。しかし、そんな政治状況でも学生街にある本屋では、80年代後半から90年代の全般にかけて、地下出版物が公然と売っているたぶん唯一の場所でした。とくに多かったのが日本語の本を韓国語に翻訳したもの。1か月ぐらいで先輩から特訓を受け、とにかく読めて意味が分かる能力をつけて、分担して翻訳したという話を聞いたことがあります。ジャンルは幅広く、大月書店や新日本出版からいわゆる全共闘関連の新左翼の本まで、いろいろありました。もっとも、あんまりじっくり見ていると、怪しまれるので、チラチラとしか見ていませんが。

話を、アン・ヒジョンに戻しましょう。大田の高校を退学になったアン・ヒジョンはソウルにきて、高校に入りますが、今度は自主的に退学します。このころ、革命をしないとだめだという考えを持っていたそうで、高校の時からベトナム反戦のデモに参加したことがある僕も、16~17歳ごろに社会的に目覚めたときの興奮と使命感が、非常によくわかります。

韓国の場合、4・19革命のように民主化運動(植民地時代の独立運動も含めて)の主体が学生運動であったので、本格的に民主化運動をするためには大学に入らないとだめだと考え、日本でいう大検試験を受け、高麗大学へ進学します。

実は、僕も1990年から94年まで高麗大学の大学院に通っていて、アン・ヒジョンも92年に復学して94年に学部を卒業したというのですから、同じ時期に通っていたんですね。この文章書きながら、気が付きました。

その後、民主党(いろいろ名前は変わりますが、系譜は同じです)のスタッフ、本人の言葉では職業政治家として活動をはじめ、とくにノ・ムヒョンの片腕として、その能力を発揮します。2002年、ノ・ムヒョンが大統領になった時も政策スタッフの中心として働きますが、企業から献金を受けていたことが選挙法違反となり、有罪・実刑判決を受けます(懲役1年)

2004年には出所しますが、ノ・ムヒョンに迷惑をかけてはいけないとして、一切の公職につきませんでした。ここの部分は説明がいるでしょうが、企業からの献金はどの政党も慣例的に受けていて、グレーゾーンだったようです。結局、ノ・ムヒョンがわの代表として、彼が逮捕され実刑判決を受けるわけです。このとき、彼と一緒に選挙運動を闘った活動家は、みな、それなりのポストについて、自分の政治的能力を発揮します。大統領府に入ったメンバーもいますし、国会議員になるメンバーもいます。アン・ヒジョン一人だけが、例外でした。ノ・ムヒョンがアン・ヒジョンに対して、本当に申し訳ないと泣きながらインタビューに答えているビデオが、ユーチューブにありますので、探してみてください。当時のアン・ヒジョンの状況がどんなものだったのか、想像できます。

その後、政治に復帰し、2010年に忠清南道知事に当選します。このとき、45歳。新しいリーダーとして注目を浴びます。特に、忠清南道は保守的な地域として知られていますが、こんなところに学生運動上がりの知事が誕生したわけですから、当初は大変だったそうです。

冒頭に紹介している映像は、知事の顔をしらない村をさがして、その村に地区長(里長イジャン)に化けたアン・ヒジョンが村のおじいさんやおばあさんにこき使われるという内容です。当時、アン・ヒジョンは40代の後半ですから、知事とは想像もつかないでしょう。

このビデオはテレビ局の番組として作られましたが、かなり頻繁に現場に行っています。2か月に一回は1泊2日の日程で農家たちと合宿して、学んだり討論したり、また要求を聞いたりしているそうです。有機農業で有名なホンソンも忠清南道で、ホンソンの村の施設をこの合宿で使っています。

このように、地方自治体の長としてはかなり高い評価を受け、いま2期目となっています。果たして、今回の大統領選挙に、民主党の候補として立候補できるか難しいですが(今、支持率は5%ぐらいです)若いし、保守的で高齢者の多い忠清南道をまとめ、さまざまな進歩的な政策も交えながら、地方自治体を運営している能力は高く評価できます。たとえば、大きな病院を建てる財政的な余裕がないので、救急車の体制をととのえ、そのうえ、大学病院にドクターヘリを導入させて、緊急医療体制を充実させるという政策は、日本でも参考になりますし、知事と道民が泊まり込んでお互いに討論するというスタイルも見習う点があると思います。

ということで、アン・ヒジョンの紹介はこのぐらいにしておきます。もし、知りたいことがありましたら、メッセージに書き込んでください。さあ、次はだれにしようかな?

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

パン・ギムンとノ・ムヒョン~韓国大統領候補の横顔 1

2017-01-18 01:42:27 | 韓国あれこれ

今行われている憲法裁判所でのパク・グネ弾劾の違憲訴訟が終わると60日以内に大統領選挙となります。おそらく、今年の5月ごろが投票となりそうですが、立候補の可能性のある政治家を何人か紹介します。

まず、トップ・バッターが、国連の事務総長だったパン・ギムンです。

パン・ギムンに関しては、忠清南道知事のアン・ヒジョンが痛烈に非難しています。その理由は、パン・ギムンが国連の事務総長になれた恩人とも言えるノ・ムヒョン元大統領の葬儀に参列しなく、2年以上たってからノ・ムヒョン元大統領の墓参りを、非公開でしたそうです。これは、人の道にも劣ると激しい口調で攻撃しています。

これを裏付ける証言が、「キム・オジュンのニュース工場」で報道されましたので、内容をまとめてみました。(1月16日報道)

ノ・ムヒョン政権のとき、大統領府で外交戦略秘書官をしていたパク・ソンウォンが、ノ・ムヒョン元大統領の葬儀の時や国連事務総長の選挙の時のエピソードを証言しています。

2009年5月23日、ノ・ムヒョン元大統領は亡くなりますが、当時、アメリカに留学していたパク・ソンウォンは急いで韓国に戻り、葬儀委員会の準備をします。まず、パン・ギムンに葬儀委員長に就任してほしいと秘書官に頼みますが断られ、次に、葬儀委員に名前を載せたいと頼みます。パン・ギムンはノ・ムヒョン政権で外務部長官(外務大臣)であり、葬儀委員には大臣の欄があり、そこに載せたいという事でした。ところが、これも断ります。結局、200字程度の形式的な弔電が届くだけでした。

さて、この後にも、もう一つ、エピソードがあります。葬儀に参列したり、弔電を送ってくれた各国の首脳に、ノ・ムヒョン元大統領の夫人、クォン・ヨンスク女史の手紙を渡すという仕事をパク・ソンウォンが担当します。日本にもやってきて、森元首相や小泉元首相などと会って、手紙を直接渡しました。アメリカでもホワイトハウスに行き、オバマ大統領の秘書に渡したそうです。

続いて、国連のパン・ギムン事務総長にも手渡そうと、ニューヨークの国連本部に行きます。事務室で待っていても、事務総長は出てこない。結局、一週間、ニューヨークのホテルで待っていましたが、手紙を受け取らなかったそうです。

ここまで、拒否するのはどう考えても不自然です。何か、特別な働きかけがあったとしか、考えられません。

パク・ソンウォンの推測によると、パク・ヨンチャという事業家が賄賂を提供したという証言があるパン・ギムンは、当時のイ・ミョンバク政権にこの弱みを握られ、身動きが取れなかったのだろうということです。

もともと、外交部のエリート公務員だったパン・ギムンが国連の事務総長になるために、ノ・ムヒョン政権は全面的に協力します。大統領府、外務部、各国大使館、貿易担当部署、海外援助の専門機関まで人的にも財政的にも動員して、「事務総長選挙」を闘うわけです。これだけできたのも、ノ・ムヒョン元大統領の積極的な後押しがあったからだ、とパク・ソンウォンは証言しています。

昨年の1月には、パク・グネ大統領に日韓の慰安婦合意は歴史的に素晴らしいことだと、電話で話していますが、最近の弾劾の動きを見て、10億円を返せばいいとか、発言しています。

これ以外にも、弟親子がアメリカで詐欺で逮捕されていたり、国連の機関や関連企業に家族や親せきを就職させたり、いろいろな問題点が出てきました。果たして、パン・ギムンは最後まで走り切れるでしょうか?


写真は、コットンネという福祉施設で介護の演技をしているパン・ギムン。寝たままでは、食べ物がのどに詰まるという批判と、なんで食事介助をしてるほうが、エプロン?をしているんだという、批難が巻き起こっています。

パン・ギムンキャンプはどうもピントはずれの人間ばかりなようです。こんなことやったら、演技ってすぐ分かるし、マイナスだと思うのですが。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本軍「慰安婦」アニメーション「終わっていない物語」

2017-01-15 14:35:58 | 日韓環境情報センターの活動

일본군 위안부 애니메이션 '끝나지 않은 이야기'

プサンの日本領事館まえの「平和の少女像」の設置をめぐって、日本と韓国の間がぎくしゃくしています。韓国からは10億円を返そうという声も出てきました。

今回の事態の原因はいろいろありますが、まず第一に日本政府が10億円を渡したのだから、もう済んだことなのに、なぜ今さらグチャグチャ言うのだという、高慢な態度をとっていること、アベが謝罪の手紙などを出すつもりは一切ないという発言など、日本側に根本的な原因があると思います。

そのうえで、一昨年末の韓国側の強引な合意にも原因はあります。とにかく、当事者であるハルモニたちが全く知らないところで決めてしまったものであり、事前の打診すらなく、テレビで見て初めて知ったというのですから、あまりにもお粗末です。

今、韓国全土を賑わしているチェ・スンシルもこの合意の背景にいたようで、早く真相が明らかになることを望みます。

また、すでに何人かのハルモニたちにお金(見舞金)を渡していますが、婦人警官を同行させてハルモニを訪問するという事例もあるそうです。ハルモニたちの中には、いろいろな事情で名乗れない人もいますが、そのような人の家に警官と一緒に偉い人(財団の代表、たしが大学教授ですよね)が来たら、すぐに目立ち、いろいろな噂になってしまいます。渡せばおしまいという官僚的なやり方だと思います。

とにかく、しばらくはこの状態が続くでしょうが、気持ちを引き締めて、一つ一つ頑張っていきましょう。今日紹介するアニメは、2014年にフランスのアニメフェスティバルで公開されたもの。ナレーションは韓国語ですが、一度、ご覧になってください。


 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

韓国の有機農業と学校給食

2017-01-14 12:13:15 | 日韓環境情報センターの活動

韓国の有機農業を支える柱の一つに学校給食があります。

ソウル市など多くの都市で学校給食の食材として有機農業で作った農産物を使い、児童・生徒たちの

健康と健全な成長のために多くの人たちが頑張っています。そんな韓国の人たちと会って、有機農業

や学校給食、食の安全や自由貿易と農業の保護・自立など、私たちを取り巻くさまざまな課題を話し

合ってみませんか?

つぎのような、企画書(?)を作りましたので、ぜひ、検討してみてください。皆さんと一緒に準備

をしていこうと思います。

なお、フェイスブックにもイベントページを作りましたので、ご覧になってください。、


韓国 有機農業と学校給食の現状視察案 企画案

日韓環境情報センター 田中博(+82-10-6668-9252 /tanaka1119@hotmail.com

1.概要と目的

韓国の有機稲作産地と有機農業食材を使用した学校給食の現場を視察し、関係者との意見交換を行い、

参考となる事例や情報を収集する。

2.期待される効果

①日本では得ることが難しい韓国での有機稲作、および有機食材を使用した学校給食の情報を得る。

②韓国での有機農業、および学校給食関係者との交流のきっかけとなる。

③参加するメンバー相互の情報交換、親睦をはかる。

3.参加対象

行政担当者(有機農業、学校給食)

農業関係者(農家、農協、その他)

学校給食関係者

その他、関心のある一般市民、NGO

4.訪問先

①忠清北道 清州市 アマガエル情報化村(有機農業の産地)

②     清州市 学校給食の現場

③忠清南道 洪城郡 有機農業の現場、協同組合による各種施設、プルム農業高校

④その他、生協、有機農業、環境教育の関連施設

5.時期

3月下旬以降7月上旬まで。なお、 韓国は3月1日から新学期が始まるので、3月下旬~4月上旬

を推薦。学校給食の現場も見学可能。

 

6.日程(案)

1日目(日)

午前便でインチョン/金浦空港到着

専用車で洪城へ移動、洪城到着後、有機農業の農家&施設訪問 (洪城宿泊)

2日目(月)

午前 洪城からアマガエル情報化村へ移動、学校給食現場を訪問(給食の試食)

午後 アマガエル情報化村訪問、農民と懇談 (清州宿泊)

3日目(火)

午前 有機はちみつ農場、またはヒキガエル生態公園見学(環境教育施設)

午後 インチョン/金浦空港へ移動

夕方便で帰国

*3泊4日の場合は3日目をソウル宿泊にして、ソウル市内での関連施設・団体を訪問。

7.実施最低人数、および参加費用

5名~7名:ワンボックス利用、 8名以上 :マイクロバス利用(15人程度まで可能)

予想される参加費用:4万円~4万5千円程度(10名参加の場合)

 なお、日本韓国間の航空券は各自が購入のこと

8.フェイスブック・イベントページで広報、参加者の交流をはかる

https://www.facebook.com/events/1813095918945980/


以上です。ちょっと硬いフォーマットですが、会議での起案などにどうぞ^^


では、最後に、写真をお見せしましょう。ホンソンに農水省の関係者と一緒に行った時の写真です。

3月だったので、あまりいい写真はなく、生協で撮ったものですが。

 

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

キム・オジュンのニュース工場【2016.12.29 - 3,4部】ユン・ミヒャン代表のインタビュー

2017-01-10 02:16:17 | 韓国あれこれ

김어준의 뉴스공장【2016.12.29 - 3,4부】 ●박영선, 윤미향, 김진애●

プサンの日本領事館前の少女像をめぐって、日本と韓国の関係がギクシャクしてきました。昨年の日本と韓国の合意の後、ハルモニたちはどうなったのかについて、<キム・オジュンのニュース工場>で韓国挺身隊問題対策協議会のユン・ミヒャン代表が具体的に話しています。この内容を一言でまとめると、去年の日韓の合意のあと、ハルモニたちは日本政府でなく韓国政府を相手に闘うようになり、ハルモニたちにとっては、まだ戦争は終わっていなく、まだ植民地のままだということです。

ユーチューブの動画では16分ごろからユン・ミヒャン代表のインタビューがあり、TBS(交通放送)のホームページにはインタビューの書き起こしも載っていますので、ぜひ、見てください。

機械翻訳にちょっと手を入れたている最中ですが、日本語は下に載せておきます。イタリックのところは、まだ訂正していませんので注意してください。

<注>

韓国側の問題点を指摘しているインタビューなので、その点に気を付けてご覧ください。日本軍慰安婦の問題は日韓の政府間の「合意」では、まったく解決していないという現状を理解してください。また、被害者のハルモニたちや韓国の市民や政治家が「合意」を撤回して、再度交渉しようという主張の背景を理解してほしいと思います。

今後、日本軍慰安婦や少女像の問題と絡めて、韓国叩きが拡がると思いますが、注意しましょう。2月末にナヌムの家を訪問して、31独立運動の記念集会に参加しようと思いますので、希望される方は田中のところまでメッセージをお送りください。フェイスブックにもイベントページを作りましたので、詳しくはそちらをご覧ください。ここです。(1月10日)


<<インタビュー、第2工場>>

韓日慰安婦合意1年…"慰安婦合意廃棄してこそ、"
-尹美香(ユン・ミヒャン)代表(韓国挺身隊問題対策協議会)

キム・オジュン:昨日は、政府が日本と慰安婦問題について拙速に合意してからちょうど1年になる日です。 そうですが、釜山(プサン)で日本領事館の前に平和の少女像を設置しようとした方たちが連行され、少女像は撤去されました。 韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香(ユン・ミヒャン代表に電話をつなげてみます。もしもし、こんにちは、代表。

尹美香(ユン・ミヒャン):はい、こんにちは。

キム・オジュン:この前につないだときは、短すぎました、はい。

尹美香(ユン・ミヒャン):はい、そうですね。

キム・オジュン:今回は、この問題も1年になる日でした、昨日が。それで、再び伺おうと電話をしました。ところで、またちょうど昨日、日本領事館前で、この少女の銅像が撤去されたんですよね?

尹美香(ユン・ミヒャン):はい。

キム・オジュン:これがどうなったのか、ちょっと説明してください。 どんな状況なのか。

尹美香(ユン・ミヒャン):あ、釜山に領事館があることを、みなさん、知ってますか。

キム・オジュン:日本領事館。

尹美香(ユン・ミヒャン):はい、日本領事館です。 その日本領事館の前に少女像を建てるために釜山の未来世代、学生、青年たち、その世代が中心になってずっと募金もしてきて、努力してきました。ところが、その過程でずっと日本の官房長官も公的に圧迫をしたりしています。また、私は韓国政府も同様にそのような圧迫をしたと思います。釜山の当該の区役所で面会をずっと回避するとか、またその立場についてずっとその否定的な反応を見せてきました。許可してくれなかったんです。

もちろん、道路に何かそんな芸術品とか銅像などを建てる時に、許可を得なければなりません。我々がソウルに平和通り、日本大使館の前に立てる時も同じでした。 区役所がそれに協力し、それについて立ててもいいという行政の公式文書ではなくても、そういう認定と援助があれば、もちろん像を立てることはできます。

キム・オジュン:でも、これがもうシンボルであり、とても小さなものだから、当然許可してきた。ところが、釜山の日本領事館の前には許可されず、その上、警察が連行したり、撤去したりもした。 昨日、少女像を。

尹美香(ユン・ミヒャン):はい。

キム・オジュン:私が気になるのは、このようなことです。 日本領事館は嫌がっていると。

尹美香(ユン・ミヒャン):そうです。

キム・オジュン:それは、彼らの立場からだと、嫌いだと言えるし、主張することができますが、重要なのは韓国政府が日本の要請を受け入れているという事ではないですか。

尹美香(ユン・ミヒャン):はい。

キム・オジュン:そうです。 この挺身隊問題において。さかのぼれば、この問題を合意したこと自体が問題だと。ハルモニたちは同意していない、全く。そして、その後に続いた報道は、もう<和解と治癒財団>が日本が支払ったというその基金からお金を引き続き支給しようとし、おばあさんたちは受けとらないようにしている。このような報道が散発的にあったのですが、この状況を整理してください。 ハルモニたちが反対する日韓の間での合意が成立して以来、どのようにハルモニたちを弾圧してきたのか。 事実は、日本政府が弾圧したのではなく、韓国政府が弾圧してきたのです。 そうですよね。

尹美香(ユン・ミヒャン):キム・ボクトンさん、91歳になるキムさんも、その話をちがう形で表現をしたています。昨年、12月28日の合意の前は、私たちは日本政府を相手にして主に闘ってきた。

キム・オジュン:そうでした。 はい。

尹美香(ユン・ミヒャン):国連に行ったり、米国に行くかとか、どこか他のところに行っても。 また、さらには日本大使館前ですら。私たちがもちろん「韓国政府が、この問題の解決のために先頭に立て」と要求をしてきましたが、いつも私たちの主張は、加害者が日本政府だから、日本政府に対してこのように行なうように要求してきました。それなのに、この1年は、韓国政府に向けて引き続き声を出さなければならない、韓国政府に対して怒り、韓国政府のために街頭に立ち、国連に行っても、ずっと韓国政府が我々を苦しめることになる。 私たちが望んでいないことを、あのようにしていると話をしなければならなかった。

キム・オジュン:本当にとんでもない状況ですね。

尹美香(ユン・ミヒャン):はい。 どれだけ悔しいし、胸が痛くてまた、誤っているのか。 加害者は韓国政府の後ろで笑って立っていて。 このような話をしていたんです。 それが先週の1年間、どんな方式で進行がドェオッヌニャミョンは、実は私たちが何のマスコミや放送を通じてすべての国民がすべて見ましたが、合意があるやいなや、被害者たちがとても激怒しました。 さらにはあるおばあさんはその外交部次官を向けて、その憩いの家に訪問した外交部次官を向けて"あなたがどの国の外交部か、どこの国の政府か。"

キム・オジュン:日本の外務省かこんな話を。

尹美香(ユン・ミヒャン:そうです。 日本の外務省か韓国外交部かととても怒りました。 それが被害者らの事実多くの考えであり、気持ちでした。 そんなに苦しかった心情が1年間、よくなったのかというと、むしろその後に実はそんなに被害者たちが怒りしたなら、韓国政府がストップし、中断して。 どうすればそれではこの被害者たちの要求を受け入れるのかそれを外交政策に立てることが当然でしょう。ところでどんな方式としたかというと何その後にもちろん、国会も国民も街頭に飛び出し、少女像の隣でその少女の銅像が撤去されないようにするために大学生青年たちは夜を明かすことを今まで継続しています。 このようなことが続いたが、もちろん10億円を受け取ってしまったじゃないですか。

キム・オジュン:はい。

尹美香(ユン・ミヒャン):ところでもうそのどんな方式で受領したかというとは、受領しようにしたかというとは。本当にあきれたことなんです。 あるおばあさんのような場合は女性警察を2人連れて和解と治癒財団の金泰賢(キム・テヒョン)理事長が訪問をしたりします。

キム・オジュン:はい。

尹美香(ユン・ミヒャン:あ、このもう胸が痛むことなのに、おばあさんたちが慰安婦に連れて行かれとき、誰か朝鮮団長があるいは日本人がギョンチャルハて一緒に参加もしています。 軍人が警察と一緒に参加もしています。 そのようなやり方へ連れて行かれます。

キム・オジュン:はいはい。

尹美香(ユン・ミヒャン:だからその時と今があまりにも似たような状況になるが、やはりその前には韓国政府と韓国政府と一緒に働くその財団の人々が一緒に同行をします。 ところが、おばあさんが"なぜ私こんなに警察とともに来るかという。"その話をするおばあさんは一度もこれまで顔をマスコミであれ放送であれ、納めていない方です。 私が慰安婦被害者と。 地域でそのように公開をしないアッダラドン人です。 おばあさんたちは永久賃貸住宅に主に暮らしていますが、、一人で暮らしているの中では。

キム・オジュン:はい。

尹美香(ユン・ミヒャン:その町警察とともにお婆さんの家に訪問した。 これはそのおばあさんをその地域社会に'あなたは慰安婦被害者だ、あるいは何か問題があって警察が訪問をする'といううわさすることと同じです。 それが彼らには治癒あるはずがないでしょうね、おばあさんたちには。そうしながらどんな方式でフェユハヌニャミョンは、この問題を積極的に拒否する被害者たちには、拒否して日本政府を相手に訴訟をしたり、韓国政府を相手に訴訟するおばあさんたちには'おばあさんこれが始まりです。'これを終結と話しません。 '始まったばかりです これもらっておばあさん再び謝罪を要求すればいいです。 日本にも謝罪を要求する良心ある知識人たちがいます。'こんなに話をします。

キム・オジュン:懐柔するんですね

尹美香(ユン・ミヒャン:はい。 そうしながらも、何と言ったら'それではおばあさん、おばあさんが生きている時は日本政府が謝罪するわけがないです。 これがりんごだと考え、この金を受け取ってほしいです。'このような方式で話します。 また、まったくもうそのマスコミの状況やこのような状況をよくご存じで…何をそうだろうか。 年齢が入って。

キム・オジュン:はいはい。

尹美香(ユン・ミヒャン:今は少し...

キム・オジュン:90歳近くなられましたね。

尹美香(ユン・ミヒャン:これでもああしてもできなくて。 延世(ヨンセ)らがほとんど90が超えて92歳、93歳以下のような方々。最高齢が99歳までいらっしゃるニカヨ。

キム・オジュン:はいはい。

尹美香(ユン・ミヒャン:そんなおばあさんたちにはおばあさんたちを排除し、その家族たちに出会います。

キム・オジュン:ああ。それでお金で懐柔するんだな。

尹美香(ユン・ミヒャン:あるおばあさんのような場合は、中国から入ってきてから何年ならない方です。 国語をよく知らないです。

キム・オジュン:ああ。

尹美香(ユン・ミヒャン:中国語、国語を混ぜている気うえに体も悪いし何でて療養院にいますが。 その方のような場合は家族がありません。 その方を中国から入ってきた時、中国で参入できるよう助けてくれたある民間人市民があるが、その方のような場合は和解と治癒財団発足した時、開所式にも参加したりもしてしているような方です。 その方はおばあさんの家族もなく何でもないです。 ただ、手伝ってくれたという方なのに、その方がその答えをします。 しかもおばあさんにおばあちゃんが、しっかりとその意思を表明できないから何とさせたら、誰が聞くと首をこっくりこっくりしなさい。 このようなやり方で。誰が来て聞いたら頭をこっくりこっくりしなさい。 このような方式で話してお金をされるでしょう。 金を受け取ったものをすでに表われています。

キム・オジュン:これがあきれたことが。はい。

尹美香(ユン・ミヒャン:ところでその金はおばあさんのためには一つも付けられないということです。

キム・オジュン:これがおばあさんたちがもう日本の植民支配期に国家が守ることができなくてそうなった方たちだが…。 その時はそれでも植民地だったという言い訳やいます。 今は独立になって何年ですが、急に韓国政府が日本政府に代わってこんな事をするのか。

尹美香(ユン・ミヒャン:結局は植民地という話です、依然として。そのおばあちゃんたちがいつもして来た話が'私たちはまだ開放されていません。 私たちは8・15光復節記念式に私たちは記念することはできません。 お祝いするもできないです。 何故ならば私たちはまだ解放されていなかったためです。'という話をしたんですよ。

キム・オジュン:そして...

尹美香(ユン・ミヒャン:そんなにずっと現われるんです。 依然としての女性たちは、日本の植民地と同じ生活を、皆さんは国のない世の中で生きてみましたか? 私たちは生きてみました。 ところで今も依然として国のない世の中で生きているようです。 この話がお婆さんたちの証言なんです。

キム・オジュン:じゃ、代表。だからもう好きで、日本のまともな謝罪を受けることができなかった歳月は長い上、その前には、日本政府を相手に、加害者を相手に戦ったが、今は1年前からこの合意後に、韓国政府を相手に戦いになったし、それがもうこの合意のためであり、韓国政府が、現在、朴槿恵(パク・クンヘ)政府がなぜこんなことを言ったのかについては質問を投げかけ続けざるを得ないのではないですか。

尹美香(ユン・ミヒャン:そうです。

キム・オジュン:じゃ今日はここまでしてです。

尹美香(ユン・ミヒャン:はいはい。

キム・オジュン:この問題は私たちがずっと持続的に関心を持って引き続き問題を提起するから時間が短いと心さびしく思わないでください、代表。

尹美香(ユン・ミヒャン:ははは。はい、かしこまりました。

キム・オジュン:また、連結します。 今日ここまでします。

尹美香(ユン・ミヒャン:はい。

キム・オジュン:ありがとうございます。

尹美香(ユン・ミヒャン:はい。

キム・オジュン:韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香(ユン・ミヒャン代表でした。

#途中まで直してあります。明日、全部直しますので、ちょっと待ってください。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ハンドングン&チェヒョイン ”君を愛していない”

2017-01-08 02:44:04 | 僕の韓流~ソング&シネマ

한동근&최효인 '널 사랑 하지않아'

久しぶりの〝僕の韓流~ソング&シネマ”です^^

去年の下半期、お気に入りだった歌手を紹介しましょう。MBCの「デュエット歌謡祭」という音楽番組で、断トツの人気と実力を備えた二人が、ハン・ドングン(男性)とチェ・ヒョイン(女性)のチームでした。

この番組はプロの歌手がアマチュアといっしょにデュエットをするという単純な番組なんですが、このアマチュアが半端じゃないです。なんでこんなに上手いんだろう、というレベル。初めてこの番組を見たときは、プロ同士だと思っていたぐらいですから。

おすすめのチームもハン・ドングンがプロ、チェ・ヒョインがアマチュアなんですが、もう少し説明しておきましょう。ハン・ドングンは3年ほど前、とあるオーディション番組で優勝した人。その後、念願かなってプロになり、何曲か発表していますが、実力あっても、なかなかヒットには結び付きませんでした。

一方のチェ・ヒョインもアマチュアですが、引大周辺のライブハウスで歌っているので、正確に言えばインディーズの歌手とも言えます。番組ではフリーターとして紹介されています。

冒頭に紹介した動画は、チェックを逃れるため? 一部の画面を切り取っていますが、二人の歌の雰囲気はよくわかると思います。元は〝アーバンザパカ”という男二人、女一人のグループの曲ですが、ハン・ドングンとチェ・ヒョインの二人の歌のほうが、印象が強い気がします。

とくに、チェ・ヒョインの感情表現の深さと声の響きが、悲しさや辛さを一層深く表現しています。

二人の歌はこれ以外にも10曲近くあり、ホームページで一部だけ見ることができます。http://www.imbc.com/broad/tv/ent/duetfestival/ 

また、ユーチューブでは歌だけ聞くこともできますので、ぜひ聞いてみてください。きっと、夢中になりますよ。

한동근&최효인-10곡 [전곡모음, 듀엣가요제 5회 우승 명예졸업]

それにしても、音楽娯楽番組というかエンターテイメントの種類の多さとセンスのよさ、そしてアマチュアの歌手の歌のうまさには驚かされます。韓流ブームの底力がこのような音楽娯楽番組にもあらわれている気がします。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ナヌムの家に行きませんか?

2017-01-06 02:36:40 | 日韓環境情報センターの活動

2月の終わりの週末にナヌムの家をはじめとして、明成皇后の生家や3・1独立運動の記念館など、日本と韓国の近代史で重要な場所に一緒に行きませんか?

今回の訪問は、25日に予定されているナヌムの家での3・1独立運動の記念集会にあわせて、2泊3日のスケジュールで行います。金・土・日の2泊3日ですので、職場のある方でも比較的参加しやすいと思います。

また、堤岩里3・1記念館など一人ではなかなか行きづらいところも訪問しますので、ぜひ、一人でも多くの参加をお願いします。週末の実施ですので、1月中には参加人数を決めたいと思います。お忙しいでしょうが、申し込みは早めにお願いします。

<スケジュール>

2月24日(金)
13時~13時半ごろ キンポ空港集合、西大門刑務所へ移動
15時 西大門刑務所到着、見学(2時間ほど)
18時 ホテル到着
18時半 夕食&市場見学へ
   (希望があれば日本大使館の少女像も訪問します)
○宿泊=ソウル市内ホテル

2月25日(土)
7時 朝食
8時 ホテル出発、ナヌムの家へ移動
10時 ナヌムの家到着、施設見学、ビデオ鑑賞、ハルモニと交流
   記念集会に参加
12時~13時 昼食、ヨジュの明成皇后生家へ移動
14時 明成皇后生家&記念館見学
16時 スウォンへ移動
18時 スウォン到着、ホテルチェックイン
18時半 市内レストランで夕食
○宿泊=スウォン市内ホテル

2月26日(日)
7時 朝食
8時 ホテル出発、スウォン華城見学
10時 堤岩里3・1独立運動記念館へ出発
11時~12時 堤岩里3・1独立運動記念館見学
12時半~1時半 昼食
1時半 出発(時間の余裕があれば、途中に観光やショッピング)
3~4時 キンポ空港到着、夜便で帰国
*延泊も可能です。

参加費は4万円前後になる見込みで、これには宿泊費(2泊、2人1室)、専用車両費、コーディネート&通訳費が含まれます。
食事代はそのつど現地で支払っていただきます。
人数が多ければ参加費は安くなり、また、最低5名程度集まれば実施しようと考えています。
週末の実施ですので、1月中には参加者数を決めようと思っていますので、ご協力をお願いします。
参加希望の方は、メッセージをお送りください。

韓国現地集合のため、航空券は参加者の皆さんが個別に購入していただくことになります。
金曜日に西大門刑務所跡(博物館)を見学したい方は、朝出発便で韓国に来て下さい。

成田発は、アシアナが9:00出発、大韓航空が9:10出発の便があり、35000円ぐらいです。
羽田発は、JALが8:25出発、アシアナが8:40出発の便があり、43000円から45000円ぐらいです。(JTBのサイトより)

なお、金曜日の午後便を利用したり、帰国を月曜日の朝便にすると、1万円以上安くなります。
他の地域の空港を利用される方は、申し訳ありませんが、お問い合わせ下さい。

写真は2014年の3・1独立運動記念集会の様子


コメント
この記事をはてなブックマークに追加