漢字家族(漢字の語源)ブログ2

漢字家族(漢字の語源・ワードファミリー)。「荘子内篇の素読」をGoogleサイトで!。

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是(こ)の鳥や、海の運(うご)くとき則(すなわ)ち将(まさ)に南冥(ナンメイ)に徙(うつ)らんとす

2016年12月25日 07時14分04秒 | 語源

荘子:逍遥遊第一(1) 北冥有魚,其名為鯤

北冥に魚あり、其の名を鯤(コン)と為す。鯤の大いさ其の幾千里なるかを知らず。化して鳥と為るや、其の名を鵬(ホウ)と為す。鵬の背(そびら)、其の幾千里な るかを知らず。怒(ド)して飛べば其の翼(つばさ)は垂天(スイテン) の雲の若(ごと)し。是(こ)の鳥や、海の運(うご)くとき則(すなわ)ち将(まさ)に南冥(ナンメイ)に徙(うつ)らんとす。南冥とは天池(テンチ)な り。

 荘子が語る「逍遥遊」(ショウヨウユウ)の世界。開巻劈頭、「鵬鯤」の物語で、一気に彼の物語へと誘い込まれる。

 この世界の北の果て、波も冥(くら)い海に魚がいて、その名は鯤という。その鯤の大きさは、いったい何千里あるのか見当もつかないほどの、とてつもない大きさだ。

 この巨大な鯤が(時節が到来し)転身の時を迎えると、姿を変えて鳥となる。その名は鵬という。その背(せな)の広さは幾千里あるのか見当もつかない。

 この鵬という巨大な鳥が、一たび満身の力を奮って大空に飛びたてば、その翼の大きいこと、まるで青空を掩(おお)う雲のようだ。

 この鳥は、(季節風が吹き)海の荒れ狂うときになると、(その大風に乗って飛び上がり)、南の果ての海へと天翔(あまがけ)る。「南の果ての海」とは天の池である。

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逍遥遊(ショウヨウユウ)
 何ものにも束縛されることのない自由な境地に心を遊ばせること。
「至人」「神人」

(コン)
 はららご。魚のまるい卵。魚子。『爾雅』(釈魚)。
 最も微小なものである鯤(はららご)を、北の果ての冥い海に棲(す)む巨大な魚の名に用いたところ、荘子の面目躍如たるところである。しかも、この鯤が、天空をさえぎって飛翔する巨大な鳥に変身するというのである。我々の常識の世界を超越している。
 この「逍遥遊第一」は、このようにはじまり、次の斉物論篇へとつながるのである。

海の運くとき
 嵐で海の荒れること。「運」は「転」なり『釈文』。

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リンク貼り替え「子の語源について」

2016年12月23日 08時40分14秒 | 語源

「子(ね)の語源について」


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漢字家族「アニメで中国語」リンク貼り替え

2016年11月02日 01時33分48秒 | 語源

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鶏肋(ケイロク)---鳥 隹 酉(とり)

2016年10月30日 09時49分33秒 | 語源

鶏肋 (ケイロク)・・・」と、曹操がつぶやいた。

傍(かたわ)らにいた、夏候惇(カコウトン)をはじめ、側近には曹操の真意はくみ取れない。

ただ一人、曹操の心中を読んだ男がいた。

それが楊修(ヨウシュウ)である。

「鶏肋」とはつまり、「にわとりのあばら骨(肋骨:ろっこつ)」のこと。

あばら骨についている肉はわずかである。だが肉が少ないからといって捨ててしまうのは惜(お)しい。なぜなら、スープにすればおいしいからである。さりとて「惜しい」と言ってもステーキほどのごちそうでもない。微妙な存在だ。

時は、西暦218年から219年にかけて、魏の曹操が蜀の劉備と漢中の領有をかけてにらみあいをしていた頃。

曹操は、当時の後漢の都である許都(許昌)から、大軍を率いて漢中に駆けつけたが、戦況ははかばかしくない。

そんなある日、曹操の食事に「鶏肋」のスープが出た。鶏肋は前述のとおり捨ててしまうのは惜しいが、さりとて「ごちそう」というほどのものではない。「今の戦況に似ている」と思ったかどうか知らないが、参上して下命を待つ夏候惇(曹操のいとこ)に、ただ一言「鶏肋」

夏候惇:「???」

彼には何のことだかさっぱり分からなかったが、その言葉を曹操の「命令」として、軍中に触れ回った。だが将兵たちは戸惑うばかり。

そんな中、楊修の軍だけは、その「命令」を聞いて、すぐさま撤退の準備をはじめた。みごと謎解きをしたのである。

はたしてその後、曹操の軍は撤退して長安に帰還した。

楊修は秀才として名高く、それを自ら誇るところがあった。頭がいい割には深謀遠慮が足りないので、これが致命傷となる。

曹操は自分の心を部下に読まれることを怖れていた。見事に我が心を見抜いた楊修は「危険人物」とみなされ粛正されてしまった(つまりあっさりと殺されてしまった)のである。

頭がいい割には思慮が足りない人、矛盾するようですが、こういう人たまにいるかもしれませんね。

これとは逆の「慎重派」で「保身」に成功したのが、かの司馬懿(シバイ)、この名前を聞いてもあまり「ピン」とこないが、その字(あざな)の司馬仲達といえば誰でも知っている。

「死せる孔明、生ける仲達を走らす」で有名なあの人である。(原文では、「死諸葛走生仲達」死せる諸葛[ショカツ]、生ける仲達を走らす)

こちらは、自ら頭のいいところをひけらかさずに、「死せる孔明・・・」の噂を流して、わざと頭がわるく見せかけ、みごと保身に成功した。

のちに、司馬仲達は魏軍の全権を握り、その死後、孫の司馬炎が西晋王朝を開き、司馬懿自身は追号され、高祖宣帝となった。

諡号(シゴウ・おくりな)が宣帝廟号(ビョウゴウ)が高祖である。

関連リンク→「鳥 隹 酉(とり)-- 干支(えと)」(漢字家族)

 

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甲骨文字の文章構造に

2016年09月14日 01時31分16秒 | 日記
「甲骨文字の文章構造」に、
(例)と「図」を追加しました!

https://sites.google.com/site/kanjikazoku/home/koukotsumoji-no-bunshou-kouzou
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