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墨子の兼愛、孟子の批判

2007年05月01日 23時21分33秒 | Weblog



墨子の兼愛
「博愛」は「人でなしの愛?」


 昨日、『墨子 - 漢字家族』に少々加筆したので、ここにも転載します。

 映画『墨攻』も上映されました。いい映画でしたが、やはり原作を読まないとね。映画は映画としてよくまとまっていました。でも原作の面白さはまた違います。・・・・という私も、原作を数回分しか読んでいないからコメントする資格はありません。是非通読したいと思います。以前、何度かビッグコミックを読む機会ができたときに、「ゴルゴ13」と「墨攻」だけつまみ読みしたことがあります。

 今Wikipedia、の「墨攻」の項を見ると、まず原作の小説があり、それをもとに歴史漫画が描かれたそうで、私がビッグコミックで読んだのはこれのようです。

 酒見賢一氏の歴史小説をもとに、森秀樹氏が歴史漫画化したのだそうです。




孟子からの批判
墨氏兼愛 是無父也 無父無君 是禽獸也(滕文公 第三下)

 墨氏は兼ね愛す、これ父を無(かろ)んずるなり。父を無(かろ)んじ君をを無(かろ)んずるはこれ禽獸なり。

 孟子にしてみれば、人類愛というものは自分の父も他人の父も平等に愛するというもので、平等愛というのは人間の道ではない。

 また、父>兄>弟・・・・と、愛にももランクがあり、父と弟を平等に愛するということはあってはならないことであり、自分の家族と他人の家族を全く同等に愛するということは、人間のすることではない。無差別の愛などというものは犬畜生のものだと、墨子の説を激しく排撃する。

 また、「尽心篇」では、

墨子兼愛 摩頂放踵利天下 為之(尽心 第七上)

 墨子は兼ね愛す。わが頂(あたま)を摩(す)りへらして踵(かかと)までに放(いた)るとも、天下を利することは、これを為す。

 墨子は兼愛の説(人類愛)を実践し、天下の人々のためなら、頭の頂上から踵(かかと)の先までをすり減らしてでも働く。

 なんとすばらしいことではないか。しかし・・・・
 注意すべきことは、この孟子の言い分は、はけっして「ほめ言葉」ではないという点である。孟子にしてみれば、平等に人を愛するということは人間のすることではないし、自分の体を酷使して働くということは「君子」のすることではないのである。

故曰 或勞心 或勞力 勞心者治人 勞力者治於人 治於人者食人 治人者食於人 天下之通義也(滕文公 第三上)

 故に曰く『或るものは心を労し、或るものは力を労す』と。心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。人に治めらるる者は人を食(やしな)い。人を治むる者は人に食(やしな)わるるは、天下の通義なり。

 君子は精神労働者であって、肉体労働者ではないのである。君子(大人)の仕事と小人の仕事とはきっちりと区別しなければならない。精神労働者は人を支配し、肉体労働者は人に支配される。人に支配される者が、支配者を食わせていくというのは「天下の通義」である。

 それなのに墨子は、世界中の人々は平等でありお互いに愛し合わなければならないなどといって、肉体労働者といっしょになって汗水垂らして働いている。本当にバカなやつらだ。

 というのである。

 孟子が墨子を貶(けな)す理由は、今日の私たちにしてみれば、そのまま「墨子への讃辞」となるではないか。
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