かねうりきちじの新書遍歴

多彩な職務経歴を持つ五十路男が、今読むべき新書を紹介します。

給料を上げるために必要なこと~水町勇一郎著『労働法入門(新版)』(岩波新書)

2023年01月21日 | 新書
昨日、2023年1月20日に総務省が消費者物価指数を公表しました(⇒こちら)。

それによれば、12月単月の生鮮食品を除いた総合指数は2020年を100とすると104.1、すなわち4.1%物価が上昇したことになります。

日本経済新聞によれば、これは第2次石油危機の影響が残っていた1981年12月以来、41年ぶりのことのようです(⇒こちら)。

石油危機、歴史の教科書に載っている出来事ですよね・・・・。

物価が上がれば家計は苦しくなるもの。

にもかかわらず、賃金が上がる気配はありません。

一昨日、1月19日の日本経済新聞の記事によれば、東京都・神奈川県の738社のうち、4分の3弱は賃上げ予定なしだそうです(⇒こちら)。

「日本の労働者って、本当に会社の経営者になめられてるなぁ」というのが率直な感想ですし、経営者にはあきれてものも言えません。

ただ、こうした(あきれたとしても)「ものが言えない」ことが経営者をつけあがらせているのかもしれません。

というのも、昨日のNHKのラジオ番組マイあさ!内のマイ!Bizで東京大学大学院の斉藤幸平准教授によれば、日本の労働者の賃金が上がらないのは「ストライキをしないからだ」と指摘していたからです。

詳細は聴き逃しサービスサービスをご利用いただくとして(期限があります)、端的に言えば、日本で働く人たちが、ただ働くだけで労働者の権利を長い間主張してこなかったことが日本の労働者の賃金が上がらない原因ではないかというものでした。

でも、ストライキしようにも日本の労働者のほとんどはできない状況です。

日本で働く人のほとんどは中小企業で仕事をしているからです。

その中小企業で労働組合があるのはごくごく少数派です。

中小企業の定義からは外れていますが、従業員が100~999人の企業の労働組合推定組織率は11.1%、99人以下では0.8%です(詳しくはこちらの記事を)。
これではストライキしようがありません。

ストライキまでいかずとも、賃上げの声すら上げられない状況にあるといえるでしょう。ではどうすればよいか?

回り道かもしれませんが、働く人の権利にはどのようなものがあり、それがどのように勝ち取られ、いかによりよいものになっていったかということを知ることなのではないでしょうか。

どんな権利があるのか知らなくては、正しい行動すらできないからです。

その知るためにぴったりなのがこの一冊。

働くということに関してさまざまな取り決めが定められたもの、それが労働法。
※本書では「『労働法』は、さしあたり、働くことについてのルールを定めたもの(その寄せ集め」としています(p.35)。

本書は、労働法がどのように誕生し、いかに発展してきたか、その歴史から説き起こします。

そして、労働法がなぜ必要なのか、また労働法は働く人のどんなことを守ってくれているのか、会社に雇われるとき、雇われているとき、辞めさせられそうになったときなど、さまざまな場面ごとに分かりやすく解説してくれています。

また、ストライキができない背景として労働組合の組織率低下があると先に記しましたが、特に1章を割いて労働組合(の必要性)についても述べられています。

さらに、過去を振り返り、現在の労働法のあり方を叙述しているだけでなく、これからどのような労働法が望ましいのか、またそのために必要なことは何かについても示唆しています。

本書を読み、働く人の権利(とその歴史)を知り、正しい行動をすることで、日本の会社の賃金が上がることを期待したいです。

そうすれば、経済も上向き、社会もよりよくなっていくことでしょう。

【目次】
はしがき-新版執筆にあたって
 はじめに-働くことと法
第1章 労働法はどのようにして生まれたか-労働法の歴史 1
   1 労働法の背景-二つの革命と労働者の貧困 2
   2 労働法の誕生-「個人の自由」を修正する「集団」の発明 8
   3 労働法の発展-「黄金の循環」 12
   4 労働法の危機-社会の複雑化とグローバル化 18
   5 「働き方改革」 24
第2章 労働法はどのような枠組みからなっているか-労働法の法源 33
   1 「法」とは何か 34
   2 人は何を根拠に他人から強制されるのか 36
   3 労働法に固有の法源とは 43
   4 日本の労働法の体系と特徴 52
第3章 採用、人事、解雇は会社の自由なのか-雇用関係の展開と法 59
   1 雇用関係の終了-解雇など 60
   2 雇用関係の成立-採用 77
   3 雇用関係の展開-人事 82
第4章 労働者の人権はどのようにして守られるのか-労働者の人権と法 99
   1 雇用差別の禁止 100
   2 労働憲章 113
   3 人格的利益・プライバシーの保護 116
   4 内部告発の保護 120
   5 労働者の人権保障の意味 121
第5章 賃金、労働時間、健康はどのようにして守られているのか
      -労働条件の内容と法 125
   1 賃金 126
   2 労働時間 134
   3 休暇・休業 148
   4 労働者の安全・健康の確保 156
   5 労働者の健康を確保するための課題 163
第6章 労働組合はなぜ必要なのか-労使関係をめぐる法 167
   1 労働組合はなぜ法的に保護されているのか 168
   2 労働組合の組織と基盤 172
   3 団体交渉と労働協約 175
   4 団体行動権の保障 178
   5 不当労働行為の禁止 182
   6 企業別労働組合をどう考えるか 185
第7章 労働力の取引はなぜ自由に委ねられないのかー労働市場をめぐる法 189
   1 なぜ労働市場には規制が必要か 190
   2 雇用仲介事業の法規制 192
   3 雇用政策法 195
   4 日本の労働市場法をめぐる課題 198
第8章 「労働者」「使用者」とは誰か-労働関係の多様化・複雑化と法 203
   1 労働関係が多様化・複雑化するなかで 204
   2 「労働者」-労働法の適用範囲 206
   3 「使用者」-労働法上の責任追及の相手 212
   4 「労働者」という概念を再検討するために 217
第9章 労働法はどのようにして守られるのか-労働紛争解決のための法 219
   1 裁判所に行く前の拠り所 220
   2 最後の拠り所としての裁判所 224
   3 紛争解決の第一歩 229
第10章 労働法はどこへいくのか
    -労働法の背景にある変化とこれからの改革に向けて 233
   1 日本の労働法の方向性 234
   2 「個人」か「国家」か-その中間にある「集団」の視点 237
   3 これからの労働法の姿-「国家」と「個人」と「集団」の組合せ 240
   4 労働法の未来の鍵 246
 あとがき 247
 事項検索

総頁数252ページ

低迷した日本経済に必要な処方箋は何か?②~小野善康著『資本主義の方程式』

2022年03月23日 | 新書
前回紹介した記事のとおり、1990年代初頭にバブル経済がはじけてから30年間で、家計の金融資産は2倍に増えましたが、日本経済は低迷し続けてきました。

いわゆる失われた30年間です。この間、日本政府はあの手この手の経済対策をしてきましたが、結局効果が出ていません。賃金の伸びがこの30年で4%ということから、はっきりしていることです。

ではなぜ、経済対策が実を結ばなかったのでしょうか?

筆者である小野善康さんは、バブル崩壊前後で経済の質が変化したのに、経済対策は旧態依然だったからだと指摘しています。

バブル以前は、国民の消費意欲に生産能力が追いついていない成長経済の状態だったので、生産能力を伸ばせば消費が伸びていました。

しかし、バブル崩壊後は、逆に国民の消費意欲が減退して生産能力が余剰になってしまった成熟経済へと移行したと言います。

成熟経済では、人びとはモノを買うためにカネを貯め込めるのではなく、『カネの保有そのものに魅力を感じる」資産選好という状況に陥いるといいます。

つまり、カネは増えるけれども消費が伸びない、消費が伸びないのでモノが売れない、モノが売れないので経済が成長していかないというわけです。

本書を要約すれば以上なのですが、これをひとつの方程式を使って、事細かく説明してくれています。

そして、次のように指摘します。

 「 結局、旧ケインズ経済学やMMT理論の論者が勧める赤字財政の拡大も、
  黒田日銀総裁が主張する異次元金融緩和の継続も、カネという虚構の
  幸せを人々に提供するという効果はあっても、本来の目的である実体
  経済の回復という効果はない。しかし、実体経済への効果がないのは
  赤字財政や金融緩和がまだたりないからだという理由で是を続け、
  膨大な量の国債と貨幣を積み上げれば、最終的に国債も貨幣も信用を
  失って、モノへの需要とは無関係に貨幣価値が崩壊するハイパー
  インフレを引き起こす危険がある。それが起これば、人々は、価値が
  急速に下がり続けるカネを早くモノに交換しようと志弖市場に殺到する
  から、一時的にはモノへの需要が爆発的に増えるが、経済はすぐに
  大混乱に陥って経済取引も満足にできなくなる。一度こうなったら、
  貨幣や国債の信用を取りもどしてもとの状態を回復するのは、
  ほとんど不可能である。」(pp.95-96)

そうならないために最終章で政策提言を行っています。かいつまんで言えば、環境対策など新たな需要を作ること、余った生産能力を政府が活用することですが、詳しくはかねうりきちじが説明するよりも、ぜひ本書を手に取ってい確認してただきたいです。

≪目次≫
  はじめに                   ⅰ
第1章 資本主義経済の変遷          3
第2章 「モノの経済」から「カネの経済」へ   23
 1 基本方程式            24
 2 成長経済の経済学         36
 3 成長経済から成熟経済へ      53
 4 資産選好とバブル         59
第3章 成熟経済の構造           69
 1 成熟経済の基本方程式       70
 2 資産選好と財政金融政策      82
 3 経済活動を決めるもの       101
 4 その他の経済刺激策        109
 5 経済ショックと危機対応      123
第4章 格差拡大              139
第5章 国際競争と円高不況         151
 1 国際経済での不況         152
 2 海外経済の影響          174
第6章 政策提言              185  
 1 成長経済             186
 2 成熟経済             190
 3 格差拡大と再分配         199
  おわりに                   205
  主要参考文献                 212

総頁数217ページ

低迷した日本経済に必要な処方箋は何か?~小野善康著『資本主義の方程式』

2022年03月18日 | 新書
かねうりきちじの住む盛岡には、日本経済新聞の夕刊は配達されません

ですので本日配達された、2022年3月18日付け朝刊に次のような記事がありました。

 家計金融資産、初の2000兆円台/成長なき預貯金対流

17日、日本銀行が、2021年10~12月期の資金循環統計(速報値)を公表し(詳しくは⇒こちら)、それによれば21年末の時点で野家計の金融資産が2000兆円を超えたということを伝える記事です。

簡単に言えば、日本の各世帯が所有する、現金・株式・生命保険などの総合計が、2000兆円以上あるということです。

記事は、日本の家計の金融資産が1000兆円を越えたのが1992年で、30年間で2倍に増えたことを伝えています。

日本の人口は30年前とあまり変わってませんから、日本人はこの30年間で2倍金持ちになった計算になります。

あれ?おかしいですよね?この30年間は、ここ数年では「失われた30年間」ともいわれるようになり、日本経済が低空飛行していたのです。

ではなぜ、日本の家計の金融資産が増えているのに、好景気にならないのか?

記事では、「家計の金融資産が成長マネーに回らない一方、低成長で現預金の滞留を迫られる悪循環に陥っている」事を指摘し居ています。

そして、その悪循環の「一因は上がらない賃金」だとしています。

この30年間で、アメリカの平均賃金は2.6倍、ドイツフランスは2倍前後なのに対して、日本では4%しか伸びていません。

これでは景気もよくなりようがないというものです。

小野善康著『資本主義の基本方程式-経済停滞と格差拡大の謎を解く』は、経済対策を間断なくやってきたにもかかわらず、なぜ日本の経済は上向かないのか?ということについて、『資産選好』という概念を用いて、わかりやすく丁寧に解説したものです。

具体的な内容については、次回紹介しますが、少しだけお話ししますと、この30年間やってきた経済対策は、それ以前の成功体験を引きずったものだということです。

そして、本書では経済低迷の原因を説明するだけではなく、どうすれば上向きになるのか、それに「必要な経済政策や経済制度を提示」しています(p.ⅶ)。

本書を読んで、日本経済の成長に必要な政策は何かを知り、もうすぐ実施される参議院選挙では、そうした政策を実施してくれそうな候補者を選んでみませんか?

古代国家の見方が変わる?⑤~虎尾達哉著『古代日本の官僚』

2022年02月26日 | 新書
古代国家の見方が変わる?と題しまして、虎尾達哉さんの『古代日本の官僚』の紹介、連載5回目で最終回です。

今回は、本書で引用されていた史料で、かねうりきちじが一番衝撃を受けたものを紹介したいと思います。

それは何かというと、天皇の決裁を得るために上申した文書が臭かったということを伝えるもので、『類聚符宣抄』ものに収められているものです。

まずは原文を。
  応勘内案事
 内侍宣。有勅。進奏之紙、臰悪者多。自今以後、簡清好者、応充奏紙。
 若不改正、執奏少納言必罪之者。当番案主、宜知意勘之、不可遺忘。
     延暦九年五月十四日                    

かねうりきちじの読み下しはこんな感じ。
  内案を勘ずべき事
 内侍宣す。「勅あり。『進奏の紙、臰悪なるもの多し。今より以後は、
 清好なるものを簡(えら)び、奏紙に充てるべし。もし改正せざれば
 執奏の少納言、必ずこれを罪す』といえり。当番の案主は意を知り、
 これを勘ずべし。遺忘すべからず。
     延暦九年五月十四日

この時の天皇は桓武。
都を平安京に移し、東北地方に兵を派遣したことで知られています。
伝記としては、以下の3書が入手しやすいと思いますが、最新の西本昌弘さんの日本史リブレット人シリーズのものでは、副題が「造都と征夷を宿命づけられた帝王」とあるように、古代の天皇の中では専制君主の印象が強い方です。

桓武天皇―造都と征夷を宿命づけられた帝王 (日本史リブレット人)
桓武天皇 (人物叢書)
桓武天皇:当年の費えといえども後世の頼り (ミネルヴァ日本評伝選)

その桓武の言葉が、二重括弧『 』内です。虎尾さんの現代語訳では「私のもとに進められる奏紙には、悪臭を放つものが多い。今後は臭わないきれいな紙だけを選んで奏紙とせよ。もし、これを改めないなら、奏上を行う少納言を処罰する」とされています(p.108)。

首都移転こそしていませんが、1400億円といわれる宮殿を作り(詳しくはこちら)、ウクライナへの侵攻を命じたロシアのプーチン大統領に、官僚が臭い上申文書を提出するでしょうか。。。。

ま、現代と古代とでは感覚が違うとは言え、次のことも気になります。

それは、「臭い紙」を取り次ぐ少納言に直接文句を言っているのではなく、内侍が取り次いでいるのです。

内侍とは、天皇の側仕えの女官で、天皇への奏上や、その逆に天皇から発せられた言葉を取り次ぐことなどを仕事としています。

たぶん桓武は一人になった時に、持ち込まれた上申書を1枚1枚めくりながら「臭いなぁ。決裁書はきれいな紙にしてくれないかなぁ」とつぶやいたのではないでしょうか。
そしてそのつぶやきを内侍が聞いて取り次いだ。。。そんな光景が目に浮かびます。
この光景と「造都と征夷を宿命づけられた帝王」とは、どうしても結びつきません。

臭い奏紙から、虎尾さんは「官人たちに天皇への畏怖や過剰な君臣関係がない」事を読み取っています。

臭い紙を生産する朝廷お抱えの紙鋤き工人、その紙を使って上申書を作成する実務官人、作成された臭う上申文書をぬけぬけとと天皇に届ける高級官僚。
そして、自らの言葉は内侍を経由して伝えることになっているとはいえ、直接少納言に「臭いんだよ!」といえなかった天皇。

どうでしょうか、とても古代の日本が専制国家だとは言えない気がします。

本書を読んで、まさに目が開かれた思いです。

そんな本書をぜひ皆さんに読んでいただきたいです。

古代国家の見方が変わる?④~虎尾達哉著『古代日本の官僚』

2022年02月12日 | 新書
古代国家の見方が変わる?と題しまして、虎尾達哉さんの『古代日本の官僚』の紹介、連載4回目です。

前回は元日朝賀儀を無断欠勤する官人のことを紹介し、よく研究論文で「儀式は君臣関係確認の場」と言われるが、割り引いて考えてみる必要があるということを指摘しました。

今回は、各地域の神社の神職が、天皇からの幣帛(絹製品などの供物)を受け取りにやってこないということを取り上げてみたいと思います。

古代日本では、毎年行われる祈年祭(2月)、月次祭(6・12月)、新嘗祭(11月)の際に、全国各地の神社の神職が朝廷にやってきて、幣帛を受け取り、帰郷してそれぞれの神社の神々に奉納していました。

このことは大宝令にも見られ(神祇令9季冬条に「忌部は幣帛を班(わか)て」とあります)、天武10年(688)1月に「幣帛をもろもろの神祇に頒(わか)つ」(『日本書紀』)というのが起源と考えられています。

なぜこのようなことが行われたのかというと、政府が幣帛を各地の神に配分することを通じて、その神を信仰する人々を宗教的に支配しようとしたからと一般的には言われています。

しかし実際には、本書第三章「職務を放棄する官人」で指摘されているように、天武10年から約百年後の宝亀6年(775)には「弊を頒かつの日に祝部参らず」(『類聚三代格』)という状態になっていたようです。

天皇が各地の神々に供え物を配ろう(=天照大神の子孫である天皇が各地の神々を祭ろう)としても、肝心の各地の神々に仕える神職(=祝部)が受け取りに来ないのでは、目的が達せられません。

つまり幣帛を各地の神社に配分することで、その神社に祭られた神を信仰する人々を支配することはできなかったということになります。

「政府が幣帛を各地の神に配分することを通じて、その神を信仰する人々を宗教的に支配」するということは、概説書や論文では「神祇イデオロギーを通じた天皇による支配」といったように記されることが多く、かねうりきちじもこのような文言を目にするたびに、「そんなもんか」と思ってきました。

しかし、そもそも幣帛を配ろうにも受け取りに来ないのであれば、「神祇イデオロギー」で各地の人を支配なんてできません。

古代日本にいおいて、天皇が専制君主だという暗黙の了解があったからこそ、「神祇イデオロギーによる支配」もすんなりと受け入れられていたのでしょう。けれども、どうやら機能していなかったらしい。

ということは、古代の天皇が専制君主だったという暗黙の了解自体も疑ってみなければならないことになります。いかがでしょうか。

もう少し詳しく虎尾達哉さんの『古代日本の官僚』を詳しく読んでみてはいかがでしょうか。