ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

紫蘇

2017年07月11日 | 俳句

 今日は朝から日が差して、いわゆる〝梅雨晴間〟、早速溜まっていた洗濯をしました。その後句会の準備です。ここの教室は出入りが一番激しく、なかなか落ち着きません。他の所は殆ど入れ替わりがなく、いつも10人前後で丁度いいのですが…。

 退会も病気や高齢でということですので仕方がありませんが、やはり少なくなるのは淋しいですね。10人が9人になり…今ではとうとう7人になってしまいました。さあ、今日は何人かな?

 2人欠席でしたので、5人…淋しい句会になりましたねと言うと、その分しっかり勉強できますよと。そうですね、それでは〝精鋭〟でいきましょうと言うと…(笑)

 今日の兼題は「紫蘇」です。

 しょっぱなの句に「大葉」というのが出て、これ季語ですか?と聞くと、「歳時記にありましたぁ~」と。でも私の歳時記や季寄せには載っていません。どこの歳時記?と聞くと、『合本俳句歳時記』(角川学芸出版)だって。私の使っているのも角川の大歳時記なのに…おかしな話です。見せて貰うと確かにありました。「紫蘇」の傍題に、紫蘇の葉、赤紫蘇、青紫蘇、大葉、花紫蘇、穂紫蘇と。そして、次の句が例句に…。

  雑草に交らじと紫蘇匂ひたつ    篠田悌二郎

 この篠田悌二郎氏も馬醉木の同人でした。1899年(明治32年)~1986年(昭和61年)、86歳で没。東京市小石川区生れ。本名は篠原悌次郎で、俳号とは「二」が違うだけです。大正13年、三越に勤務する傍ら水原秋櫻子に師事し、第1回の馬醉木賞を受賞して同人となる。1946年(昭和21年)に「野火」を創刊、主宰するも、1962年(昭和37年)に馬醉木を脱会するまでの長い間秋櫻子に師事し、馬醉木では「抒情的な句を作らせたら右に出る者はいない」と高い評価を浴びた人だそうです。

  暁やうまれて蟬のうすみどり

 私はこの句で、篠田悌二郎という人の名前を知ったのですが、この「うすみどり」という表現がその頃ははやっていて、私も作った覚えがあります。当時子供と一緒に蟬が羽化するところを観察したことがあるのですが、確かに羽化した瞬間はうすみどりでしたね。それで俳句ではこの観察するということがどんなに大切かということを学んだんですよ。ちなみに、この句は第1句集『四季薔薇』(1933年刊)所収なんですが、ナントこの句集を検索してみたら27,900円と出ていて、もうビックリです。

 そういえばまだ蟬の声は聞きませんね。このところの福岡・大分の災害に心が痛みます。特に日田には知人もいますので心配しましたが…また、あちらこちらでは相変わらずの地震速報も…これから一体どうなるのでしょうか。我が庭の蜥蜴さんも心配しているようです。

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