歴史と中国

成都市の西南交通大学で教鞭をとっていましたが、帰国。四川省(成都市)を中心に中国紹介記事及び日本歴史関係記事を載せます。

兜塚古墳―歴史雑感〔28〕―

2017年01月25日 19時48分36秒 | 日本史(古代・中世)

2017年1月24日(火)午前、兜塚古墳址に行ってきました。本古墳址は横浜市鶴見区駒岡3-40に所在し、県道140号の南側に位置し、東に上末吉小学校に隣接しています。最寄りの停留所は上末吉小学校(綱島駅鶴見駅・綱島駅川崎駅西口)です。

本古墳地は古来兜塚と呼ばれていました。というのは、長禄元年(1457)に太田道灌が支城地の調査ため、加瀬の台(川崎市幸区)を候補地として一夜を過ごした時、道灌の兜を鷲が奪って、本地に落とし、そして鷲が兜を埋めたいう伝説から、その名が付きました。1938年の土取工事で破壊されて、現在では墳丘はなく址のみです。1931・1938年の調査で6世紀頃の築造で高5.8m・径30.8mの円墳とされました。

写真1は、歩道橋から兜塚の地を見下ろしたものです。左脇の道を少し上がり、歩行者用道標の右側に「兜塚」石標があり、この階段を上って、右手に入ると兜塚古墳址です。なお、左側の建物は上末吉小学校です。

写真2は、歩道から見上げた兜塚古墳址です。「兜塚」の表示と塀と石垣が構築されて、城を模しています。

最後の写真3は、墳丘がなくなり平坦となった兜塚古墳址です。1966年10月建立の「遺蹟」石碑と、兜塚伝説400年を顕彰する明治4年(1871)に駒岡村が建立した「兜塚」石碑です。

(2017.01.25)

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