歴史と中国

成都市の西南交通大学で教鞭をとっていましたが、帰国。四川省(成都市)を中心に中国紹介記事及び日本歴史関係記事を載せます。

町田市の鎌倉道址―歴史雑感〔31〕―

2017年03月19日 15時46分12秒 | 日本史(古代・中世)

2017年3月18日(土)、武蔵野文化協会主催の「町田の鎌倉道(上ツ道)を歩く」に参加しました。そこで、町田市の鎌倉道上ツ道址を紹介します。

写真1は、七国山の鎌倉道上ツ道址です。左見える石碑には「七国山鎌倉街道の碑」と刻しています。この石碑の道手前には「鎌倉井戸」(1.5m地下に円筒形の直径70cmの井戸が原型のまま現存)で、地上に井桁を再現して保存している。ここへは神奈川中央交通バスの町田駅前発野津田車庫行で今井谷戸下車です。この地一帯は七国山緑地保全地区に都から指定されています。

写真2は、華厳殷から野津田公園に上がっていく道の所の鎌倉上ツ道址を下へと見たところです。ここは発掘のトレンチが行なわれて、道路遺構であること確認されました。ここを上りきると、野津田公園に出ます。その右手正面奥が縄文から近世に至る複合遺跡である野津田上原遺跡です。中世遺構として5本の道路遺構が確認されています。ここへは神奈川中央交通バスの町田駅前発野津田車庫行で袋橋下車です。

最後の写真3は、井手の沢古戦場址の「史蹟井手の澤」石碑です。1960年設置のもので、菅原神社社殿左手にあります。1335(建武2)に中先代北条時行軍と迎撃する足利直義軍との間で戦われた井手合戦を記念するものです。実際の井手の沢は神社本殿の右側(西)の谷です。ここの地で府中から多摩丘陵の起伏ある鎌倉道が鎌倉まで平坦な道となります。この意味でこの地は防衛上の要地といえます。菅原神社へは菅原神社前下車(数路線あり)です。

(2017.03.19)

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横浜市馬場花木園の梅

2017年02月25日 20時33分50秒 | 観光(日本)

2017年2月24日(金)午前、横浜市馬場花木園(横浜市鶴見区馬場2−20−1)の梅を見に行きました。それほどの本数はありませんが、梅園となっています。最寄りのバス停は、横浜市営バスの西寺尾建功寺前(38系統横浜駅西口・鶴見駅西口、41系統新横浜駅前・鶴見駅西口)と隣接した臨港バスの東高校入口(鶴01系統菊名駅前・鶴見駅西口)で、徒歩約8分です。

以下に梅の写真をお見せします。

 

横浜市馬場花木園の公式サイトはhttp://www.hama-midorinokyokai.or.jp/park/babakabokuen/です。

(2017.02.25)




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白河小峰城―歴史雑感〔30〕―

2017年02月21日 19時46分49秒 | 日本史(近世・近代)

2017年2月17日(金)、白河小峰城に行ってきました。本城は14世紀中期(南北時代)に結城親朝が築城したと伝えています。現在の城址は、江戸時代に入り、1627年(寛永4)に白河藩初代藩主となった丹羽長重が1632年(寛永9)まで約4年を費やし大改修したものです。本丸・竹之丸・二之丸・三之丸と梯郭式平山城となっています。本丸・竹之丸・二之丸を中心とした16万3千㎡が史跡となっています。三之丸は現JR東北本線白河駅の南まで広がっていました。城全域は約54万㎡と推定されます。戊辰戦争では奥羽越列藩同盟軍が本城を拠点として新政府軍と戦い、多くの建物を焼失させました。1991年(平成3)に三重櫓、1994年(同6)に御前門を木造で復元再建しました。二之丸の南に隣接して、JR東北本線白河駅があります。なお、城山公園(白峰城)南口から入ると、西側に白河集古苑があり、「白河結城古文書館」と「阿部家名品館」からなっています。開館時間は9時~16時(月曜休館日)・入館料320円です。

写真1は、二之丸からの本丸・竹之丸の望見です。

写真2は、東北大震災で崩壊した竹之丸石垣の修復工事中の様子です。石垣を組み直すため、目印の札を石に付しています。

写真3は、本丸の裏門に当たる竹之丸からの桜門への道です。

写真4は、本丸です。奥に復元された三重櫓と御前門が見えています。

写真5は、本丸正門の御前門です。

写真6は、3層3階の三重櫓で手前左にはおとめ桜があります。

最後の写真7は、三重櫓二層内部です。本櫓は「白河城御櫓絵図」と発掘調査に基づき、ご覧のように木造で忠実に復元されました。復元用材には近くの戊辰戦争激戦地の松波稲荷山の杉の木も用いられており、この中は弾痕跡のあるのもあります。

なおフォトアルバム「白河白峰城」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngshQlrQ16x_cq1lYyAです。

(2017.02.21)

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大塚・歳勝土遺跡―歴史雑感〔29〕―

2017年02月12日 19時20分07秒 | 日本史(古代・中世)

2017年2月10日(金)、大塚・歳勝土遺跡公園に行ってきました。本公園は、弥生時代中期の環濠集落遺跡である大塚遺跡と方形周溝墓の歳勝土遺跡を含んで、これらを保存するためにも一帯を横浜市が公園化したものです。最寄り駅は横浜市営地下鉄ブルーラインのセンター北駅で東に徒歩約8分です。道路を挟んで西に横浜市立歴史博物館があります。本遺跡遺物も展示されています。

本公園は南北を谷に挟まれた東西に広がる丘陵上にあります。公園入口から北に竹林を上がっていくと地形模型のある広場に出て、「国指定史跡 大塚・歳勝土遺跡」の石柱が立っています。この左手(西側)に大塚遺跡があります。写真1は、本遺跡入口です。開園時間は9時~17時(休園日 月曜日〔祝日の場合は翌日〕、年末年始)です。

写真2は、環濠集落本来の入口に当たり、遺構から堀上に木橋(材質ナラ)が架けられていたのを復元したものです。木柵・土塁は空堀(最大で幅4.5m・深さ2.5m)の外側にあります。遺跡全体の東側約1/3が保存保護されて、この保護部分全周250mを柵・土塁・空堀が囲んでいます。

写真3は、復元された住居です。7棟が復元展示されています。入母屋造りで主柱は檜で屋根は茅です。この他、住居址20棟が保存されてその位置を石で囲んでいます。遺跡全体は約1.5mの盛土で保存されています。

写真4は、発掘調査時の住居跡を再生したものです。遺跡のほぼ中央にあるY-17号住居址で2回建て直されたと考えられています。特殊加工のガラス繊維強化樹脂セメントで再生しており、中に入れます。

写真5は、復元した高床倉庫です。柱に円形状に付けられた板はネズミ返しです。また、入口へは厚板・丸木に足掛けを刻んだ一本梯子で上ります。

大塚遺跡を出て、南に少し行くと、歳勝土遺跡です。本遺跡は大塚遺跡の住民の墓地と考えられています。写真6は、方形周溝墓の埋葬内部を復元したものです。中央に穴があり、ここに棺が納めれていたと考えられます。

最後の写真7は、盛土上に復元した埋葬当時の方形周溝墓です。3基が復元されています。右側には墓の位置を石で囲って保存しています。

(2017.02.12)

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春節の横濱媽祖廟

2017年01月29日 19時44分04秒 | 観光(日本)

2017年1月28日(土)は旧暦元旦です。すなわち中国の春節です。そこで、横浜中華街に出かけてみました。世代が変わったのか、ここも日本化しており、かつてのような春節らしさはあまり見かけず、いつもの週末のようでした。それでも、春節らしさを見せていたのは「天后宮」横濱媽祖廟(開港150周年の2006年3月に落慶開廟)でした。福建省の林氏娘は神通力を発揮して尊敬されて、28歳で天に召されて神となったとされて、死後海の守護神かつ災害からの守護神の「媽祖」として信仰の対象となり、同省が華僑の主な出身地でもあり、中国各地のみならず世界へと廟が建立されるようになりました。

写真1は、廟殿正面です。右側に見えるのが春節の時の神輿です。これは担ぐのではなく、参詣者が下を潜り効験を求めます。春節らしく中国のお祝いの色の赤で満艦飾がなされています。

写真2は、堂を一周して戻ってきた2頭の獅子です。ここで踊りを披露します。

写真3は、踊りの続きで横になった時です。

最後の写真4は、中国式の長い太い線香を捧げ祈る人々です。

(2017.01.29)

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兜塚古墳―歴史雑感〔28〕―

2017年01月25日 19時48分36秒 | 日本史(古代・中世)

2017年1月24日(火)午前、兜塚古墳址に行ってきました。本古墳址は横浜市鶴見区駒岡3-40に所在し、県道140号の南側に位置し、東に上末吉小学校に隣接しています。最寄りの停留所は上末吉小学校(綱島駅鶴見駅・綱島駅川崎駅西口)です。

本古墳地は古来兜塚と呼ばれていました。というのは、長禄元年(1457)に太田道灌が支城地の調査ため、加瀬の台(川崎市幸区)を候補地として一夜を過ごした時、道灌の兜を鷲が奪って、本地に落とし、そして鷲が兜を埋めたいう伝説から、その名が付きました。1938年の土取工事で破壊されて、現在では墳丘はなく址のみです。1931・1938年の調査で6世紀頃の築造で高5.8m・径30.8mの円墳とされました。

写真1は、歩道橋から兜塚の地を見下ろしたものです。左脇の道を少し上がり、歩行者用道標の右側に「兜塚」石標があり、この階段を上って、右手に入ると兜塚古墳址です。なお、左側の建物は上末吉小学校です。

写真2は、歩道から見上げた兜塚古墳址です。「兜塚」の表示と塀と石垣が構築されて、城を模しています。

最後の写真3は、墳丘がなくなり平坦となった兜塚古墳址です。1966年10月建立の「遺蹟」石碑と、兜塚伝説400年を顕彰する明治4年(1871)に駒岡村が建立した「兜塚」石碑です。

(2017.01.25)

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総持寺初詣

2017年01月01日 18時20分37秒 | 

曹洞宗大本山総持寺に初詣に行きました。この写真をお目にかけます。写真1は、三門です。2階に「謹賀新年」の幕が見えます。

写真2は、仏殿(大雄宝殿)です。堂内に入るため、一応整理の行列を作りますが、込んでないので直ぐ入れました。

最後の写真3は、堂内です。

(2017.01.01)

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2016年度記事目次

2016年12月31日 15時42分12秒 | 記事目次

丙申年を終わるに当たって、2016年度(1~12月)記事目次を掲載します。なお、前回までは「『歴史と中国』http://kanazawa45.wordpress.com/記事目次(上)」(2011年10月21日付)、「『歴史と中国』http://kanazawa45.wordpress.com/記事目次(下)」(2011年10月21日付)、「『歴史と中国』2010年度記事目次」(2011年10月22日付)、「2011年度記事目次」(2011年12月31日付)、「2012年度記事目次」(2012年12月31日付)、「2013年度記事目次」(2013年12月31日付)、「2014年度記事目次」(2014年12月31日付)、「2015年度記事目次」(2015年12月31日付)です。

では、丁酉年がよいお年で。

01.01 鶴岡八幡宮初詣

01.24 冬の久保田城―歴史雑感〔23〕―

02.25 松島の五大堂

02.26 宮城蔵王の樹氷

02.27 山形蔵王の樹氷

03.03 大倉山公園の梅花

03.28 綱島古墳―歴史雑感〔24〕―

04.01 綱島公園の桜

04,22 しとどの窟―歴史雑感〔25〕―

05.10 石橋山合戦における北条時政の逃走経路(その1)―歴史雑感〔26〕―

05.25 石橋山合戦における北条時政の逃走経路(その2)―歴史雑感〔26〕―

06.12 師岡貝塚―歴史雑感〔27〕―

07.15 都江堰―成都雑感〔157〕―

07.17 達古氷河―四川雑感〔19〕―

07.20 武蔵野文化協会創立100周年記念大会

07.23 黄河九曲第一湾―四川雑感〔20〕―

07.25 花湖―四川雑感〔21〕―

07.28 黄龍2016―四川雑感〔22〕―

08.02 九寨溝2016―四川雑感〔23〕―

08.07 藏迷―四川雑感〔24〕―

08.08 松潘城―四川雑感〔25〕―

08.18 阿壩藏族羌族自治州の高原の花々―四川雑感〔26〕―

09.10 石橋山合戦における北条時政の逃走経路(その3)―歴史雑感〔26〕―

09.20 石橋山合戦における北条時政の逃走経路(その4)―歴史雑感〔26〕―

10.06 石橋山合戦における北条時政の逃走経路(その5)―歴史雑感〔26〕―

10.22 西安交通大学日語系2期生30周年同窓会

10.31 漢陽陵博物館―中国雑感〔20〕―

11.02 清高宗乾隆皇帝特別展(成都博物館)―中国雑感〔21〕―

11.16 成都博物館―成都雑感〔157〕―

12.01 紅葉の箱根登山鉄道早川鉄橋

12.02 2017年の中国の祝日―中国雑感〔21〕―

12.25 横浜市開港記念会館―歴史雑感〔27〕-

12.31 2016年度記事目次

(2016.12.31)

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横浜市開港記念会館―歴史雑感〔27〕―

2016年12月25日 09時06分58秒 | 日本史(近世・近代)

2016年12月23日(金)、横浜市開港記念会館(神奈川県横浜市中区本町1-6)に行ってきました。本会館は1914(大正3)年9月に着工され、1917(大正6)年7月1日に開港記念日に合わせて開館しました。関東大震災で被害を受けましたが、その後の補修で今日まで横浜の近代建築の一つとして保存・利用されてきました。そして、1989(平成元)年9月2日に重要文化財に指定されました。本会館は建築面積1536.93m²・延床面積4426m²、煉瓦造(一部RC、SRC造)、地上2階建+塔屋5階建、地下1階建です。見学時間は10~16時で、休館日は第4月曜日(祝日の場合は翌日)です。最寄り駅は地下鉄みなとみらい線日本大通り駅(徒歩1分)です。

写真1は、国道133号(日本大通り)から見た会館全景です。正面中央の高くそびえるのが時計塔です。

写真2は、2階ホールのステンドグラス全景です。

写真3は、2階の特別室(貴賓室)で、室内を復元したものです。

写真4は、2階階段の所にある「黒船ポーハタン号」ステンドグラスです。本船は1854(嘉永7)年の黒船来航時のペリー提督乗艦です。

最後の写真5は、講堂(421席+補助席60席)です。講堂・会議室は有料利用です。

なお、フォトアルバム「横浜市開港記念会館」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngsgmoBWN6yn6YInf5Aです。横浜市開港記念会館のURLはhttp://www.city.yokohama.lg.jp/naka/kaikou/です。

(2016.12.25)

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2017年の中国の祝日―中国雑感〔21〕―

2016年12月02日 20時03分24秒 | 

明年の祝日(休日)に関して、2016年12月1日、国務院の通知「国務院弁公庁関于2016年部分節假日安排的通知」が国務院公式サイトにアップされ公表されました。国務院の通知原文は次のページです。

http://www.gov.cn/zhengce/content/2016-12/01/content_5141603.htm

また、カレンダー表示(「図解:国務院弁公庁関于2016年部分節假日安排的通知」)は、

http://www.gov.cn/xinwen/2016-12/01/content_5141612.htm

です。これによる明年(2017年)の休日は次の通りで、これに基づいて、中国の公的機関は休日を実行します。民間もこれを基準に休日を組みます。つまり、明年の休日日程が定まったわけです。

 

一 元旦(1月1日)

1月1日(日)~2日(月)を休日。

二 春節(旧暦元旦 1月28日) 法定休日(旧暦正月1日~1月3日)

1月27日(金)~2月2日(木)の7日間を休日。

1月22日(日)〔27日・金〕、2月4日(土)〔1日・木〕振替出勤日。

三 清明節(4月4日)

4月2日(日)~4日(火)の3日間を休日。

4月1日(土)〔3日・月〕振替出勤日。

四 労働節(5月1日)

4月29日(土)~5月1日(月の3日間を休日。

五 端午節(旧暦5月5日 5月30日)

5月28日(日)~30日(火)の3日間を休日。

27日(土)〔29日・月〕振替出勤日。

六 国慶節(10月1日) 法定休日(10月1日~3日)

  中秋節(旧暦8月15日 10月4日)

10月1日(日)~8日(日)の8日間休日。

9月30日(土)〔6日・金〕振替出勤日。

(2016.12.02)


国务院办公厅关于2017年

部分节假日安排的通知

国办发明电〔2016〕17号

各省、自治区、直辖市人民政府,国务院各部委、各直属机构:

经国务院批准,现将2017年元旦、春节、清明节、劳动节、端午节、中秋节和国庆节放假调休日期的具体安排通知如下。

一、元旦:1月1日放假,1月2日(星期一)补休。

二、春节:1月27日至2月2日放假调休,共7天。1月22日(星期日)、2月4日(星期六)上班。

三、清明节:4月2日至4日放假调休,共3天。4月1日(星期六)上班。

四、劳动节:5月1日放假,与周末连休。

五、端午节:5月28日至30日放假调休,共3天。5月27日(星期六)上班。

六、中秋节、国庆节:10月1日至8日放假调休,共8天。9月30日(星期六)上班。

节假日期间,各地区、各部门要妥善安排好值班和安全、保卫等工作,遇有重大突发事件,要按规定及时报告并妥善处置,确保人民群众祥和平安度过节日假期。

国务院办公厅

2016年12月1日

(21016年12月1日発布)

 


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紅葉の箱根登山鉄道早川橋梁

2016年12月01日 15時30分53秒 | 観光(日本)

2016年11月30日(水)午前、箱根塔ノ沢温泉の先にある箱根登山鉄道早川橋梁(出山鉄橋)に行きました。その時の写真をお見せします。写真1は、下ってきたモハ2形の2両編成です。

写真2は、3000形「アレグラ号」を先頭に上ってきたものです。まだ紅葉は満開ではありませんが、色づいています。

(2016.12.01)

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成都博物館―成都雑感〔157〕―

2016年11月16日 16時25分47秒 | 観光(成都)

 

2016年10月20日(木)午前、本年6月11日に開館した成都博物館に行きました。所在地は青羊区小河街1号、すなわち天府広場西側です。開館時間は9時~17時(月曜休館日)で、入場無料です。入口左側の参観票受取所で旅券提示の上で、参観票を受取ります(自動参観票発行機は旅券読み取り非対応のため利用不可)。バック類などは預けます。本博物館は、成都市出土品を基本として、1階が臨時展示、2階が古代篇:先秦~南北朝、3階が古代篇:隋~清、4階が近世篇と民俗篇、5階が皮影庁と木偶庁、6階が観景長廊、となっています。交通アクセスは地下鉄1・2号線天府広場站(駅)下車J出口(西)から博物館東門へです。バスは西御河站(南門西)下車が13・30・43・47・64・78路、天府広場東站が16・45・53・61・64路です。

 

2階の最初の展示は「九天開出―成都―先秦時期的成都」です。古蜀文化の最古、宝墩文化(BC2500~1700年「蚕叢」「柏灌」、龍山文化)からです。陶瓶等の陶器や石矛等の石器が展示されています。次いで、三星堆文化(BC1700~1200年「魚鳧」、夏晩期~商後期)、です。ここでは玉壁等の玉器、銅人頭像等の銅器が展示されています。そして、金沙・十二橋文化(BC1200~500年「杜于=望帝」、商後期~春秋後期)、と続きます。ここでは陶器、石器、玉壁等の玉器、銅龍形紐蓋等の銅器が展示されています。写真1は、その獣頭双耳銅罍です。

 

 

さらに、晩期蜀文化(BC500~316年「鼈霊=叢帝(開明)」、春秋晩期~戦国期)と続きます。写真2は、成都市商業街船棺葬遺跡(戦国期)出土の船棺です。

 

 

次の展示は「西蜀―秦漢至南北朝時期的成都」です。まずは前漢・後漢期です。石辟邪座等の石像からはじまり、陶台等の陶器、「蜀都工官」銅盆等の銅器、鉄工具等の鉄器と続きます。写真3は、陶俳優俑(後漢)です。

 

 

展示は三国・南北朝期となります。陶器・瓦・石像・仏像・等の各種の出土品が展示されています。写真4は、陶俑・金戒指(成漢)です。金戒指を各種の陶俑が囲んでいます。

 

 

3階となると、最初は「喧然名都会―隋唐五代宋元時期的成都」です。まず、隋・唐期です。蜀錦・唐三彩・仏像・彩陶俑等が展示されています。写真5は、青銅千手観音坐像(唐)です。

 

 

宋・元期では茶具・磁器・銀器・貨幣等が展示されています。写真6は、定窯白瓷孩児枕(北宋)です。

 

 

次は「丹楼西晩輝―明清時期的成都」です。陶磁器・金銀器・貨幣等が展示されています。写真7は、彩釉陶将軍俑(明)です。

 

 

4階に上がると、まず「近世篇」です。すなわち、中華民国から「成都解放」までです。成都の近代化・解放に力を尽くした成都人関係展示品を主に、写真やジオラマ展示となっています。次いで、「民俗篇」です。ここは民国時代の風俗を主としてジオラマ展示をしています。最後の写真8は、白酒の名産地として知られる四川人の宴会の様子をジオラマにした壩壩宴です。なお、時間の関係で5階の「皮影庁」(影絵)と「木偶庁」は参観を省略したため、紹介はありません。

 

 

フォトアルバム「成都・成都博物館」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngsdC1U1j874TnKBCfwです。また、「成都博物館」サイトはhttp://www.cdmuseum.com/です。

 

(2016.11.16)

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清高宗乾隆皇帝特別展(成都博物館)―中国雑感〔21〕―

2016年11月02日 18時31分45秒 | 観光(中国)

2016年10月20日(木)午前、本年6月にオープンした成都博物館に参観に行きました。ちょうど「清高宗乾隆皇帝特展」(2016年9月15日~11月15日)を1階で行なっていたので、まずこれの代表的な展示品(故宮博物館蔵)をお見せします。

写真1は、「乾隆帝朝服像」軸です。隣には「考儀純皇后朝服像」軸も展示しています。

写真2は、金珠承円杯です。

写真3は、碧玉龍紐「古稀天子之宝」(左)と碧玉龍紐「八徴耄念之宝」(右)です。康熙帝の古稀と八十の誕生を祝ったものです。

写真4は、乾隆帝「新春万寿山二首」詩頁(乾隆37年・1772年作)です。乾隆帝の自筆です。乾隆帝「読論語」頁以下の自筆も展示されています。

写真5は、銅鍍金測炮象限儀です。大砲用の発射角測定器具です。このコーナーには百中槍等の武具が展示されています。

写真6は、青玉填金百寿字蓋碗です。このコーナーには祭紅彩瓶等の瓷器や白套玻璃玉壺春瓶等のガラス器も展示されています。

写真7は、粉彩螃蟹百果盤です。

最後の写真8は、白玉碧玉圍棋子です。

以上の他、皇帝朝服、鐘(置時計)等も展示されています。なお、フォトアルバム「清高宗乾隆皇帝特別展(成都博物館)」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngscpvs22v6b0J4fQLQです。

(2016.11.02)

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漢陽陵博物館―中国雑感〔20〕―

2016年10月31日 19時46分20秒 | 観光(中国)

2016年10月17日(月)午前、漢陽陵博物館を参観しました。西安市北郊外の渭河北岸台地上には、初代高祖劉邦の長陵以下、7つの皇帝陵が東西に並んでいます。景帝陽陵はその最も東にあります。前漢第6代皇帝景帝劉啓(BC188~141)の陵園を1990年代に発掘調査したのを基盤に、本博物館はその遺跡の保存・展示を行なっているものです。2003年5月1日に本博物館は「陽陵南闕門遺址」展示をもって開館し、以後さらに展示を広げて現在に至ります。外藏坑遺址保護展示庁・南闕門遺址保護展示庁・宗廟遺址・考古陳列館からなり、この順で参観するのがいいでしょう。開館時間は8時半~19時(3~11月)・8時半~17時半(12~2月)、入場料90元(3~11月)・65元(12~2月)です。西安市内からの交通は市内バスの遊4路(市図書館発 運行時間8時30分・10時20分・12時・13時40分・15時20分・17時 2元)で終点の漢陽陵博物館下車です。市図書館へは地下鉄2号線市図書館站(駅)下車(C・D出口)か火車站西発の市内バス266路(2元)がいいでしょう。

今回は時間的関係もあり南闕門遺址保護展示庁と外藏坑遺址保護展示庁の参観のみです。何れも名の通り発掘した遺跡をそのまま保存・展示している展示館です。まず、南闕門遺址保護展示庁からです。皇帝陵封土は塀で取り囲まれて、東西南北にそれぞれ門建築が設けられていました。もちろん南門が正門で、この遺址が南闕門遺址で、これに保護の建物を建設して保護・展示したのが本展示庁です。最初の写真1は、南の入口から入って、西側の遺址へと行き、ここから撮った門道及び東側遺址です。手前右の空間は外塾で、手前左側は内塾です。

写真2は、奥へと延びる主闕台です。中央に見える穴は柱跡です。

写真3は、副闕台で、先端が垣墻です。奥の主闕台中央に見えるのは木柱遺存です。闕台の回りの平面部が回廊で、さらにその外側の石を敷き詰めたところが散水です。

写真4は、東側遺址の副闕台です。西側のそれとは遺存状態が異なります。

次いで、外藏坑遺址保護展示庁です。外藏は陵封土の四周に81座設置されていました。本展示庁は東北10座の外藏坑上に地下建築を建設して保護・展示したものです。写真5は、18号坑で、ご覧のように人俑陶が置かれています。前漢の人俑は秦に比較して小型となっていますが、量的には劣りません。また、裸なのは衣類が腐食して残っていないからです。他の坑の中には動物俑(豚など)や壺等各種のものが置かれています。

写真6は、木車馬遺址です。これに見るように、木車馬とこれに随う人俑も出土しており、木車馬と随員の列の復元展示もあります。

最後の写真7は、1997年9月、南闕門遺址を発掘中に参観した時、陵頂上から南闕門遺址を俯瞰撮影したものです。なお、その奥に見える道路は西安咸陽国際空港(1991年開港)への専用道です。現在は本博物館へのアクセス道ともなっています。

なお、フォトアルバム「西安・漢陽陵博物館」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngscN3PgH3jEoeapifQです。また『漢陽陵国家考古遺址公園』公式サイトはhttp://www.hylae.com/です。

(2016.10.31)

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西安交通大学日語系2期生30周年同窓会

2016年10月22日 09時55分48秒 | 教育

2016年10月15・16日、西安交通大学日語系2期生(1986年入学・1990年卒業)が、西安に集い入学30周年の同窓会を開きました。中国各地および遠くカナダ・アメリカから12名(全15名 女10名・男5名、出席女4名・男4名)の卒業生が母校に集いました。私は14日から18日まで滞在しました。

写真1は、15日(土)午前、西花園で行われた記念植樹です。青楓10本を植樹しました。

次いで、校内を巡ります。写真2は、その一つ旧図書館前の広場の地面に描かれた中国全土地図上で、各自の居住地に立ったものです。ただ、遠く海外からの卒業生は居住地に立てないため、出身地に立ちます。

午後は外国語学院で日語系師生交流会を開きました。写真3は、最初の趙剛教授の挨拶のところです。隣が顧明耀教授です。

写真4は、外国語学院前での記念撮影です。

翌16日(日)午前、まず交代正門での記念写真です。写真5が、そうです。それから、市内に出て、回民街で昼食して、解散となりました。

(2016.10.22)

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