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3月17日、彼岸の入り。お日柄も申し分なし。わが医局期待の若手「たっけー」が生涯の伴侶を得て、お隣福井県で晴れ舞台です。
こちらもまた5月に挙式を控えた、もう一人の若手有望株の運転する車に、大の男4人が学生の小旅行のように同乗し式場へ向かいます。車中での会話は放送コードに触れるため割愛(というか、書けない)しますが、おのずと恋愛観、結婚観さらには人生観と、酒も入らぬうちから議論が白熱し、あっという間に到着です。ただしこの間、今日はどんな形のドレス、どんな色のタキシード、お色直しは何回で、最後はやっぱり新婦の手紙かな?といった類の会話はゼロ。これは男4人が10人、20人でも、おそらく同じはず。
定刻、心地よい緊張感と共に挙式が始まりました。ずいぶんと絵になる二人です。式は粛々と進行し、途中で讃美歌を歌います。私も今から6年前、自分の結婚式で歌いました。讃美歌493番だそうです。
しかし、出だしの歌詞が「いつくしみ深き」ではなく「いつくしみ深い」となっていて、メロディーは全く同じですが、何か自分のときと歌詞が違うような気しました。あとで調べてみると(こういうのいちいち調べるところ、偉いでしょ?)、「いつくしみ深き」が312番、そして讃美歌493番「いつくしみ深い」の方は、歌詞を現代風にアレンジした21世紀版だそうです。自分とたっけーとの間に、世代の境界線が引かれているような気がいたしました。
その後の披露宴での模様や、のろけ話(苦労話?)は、近々本人から投稿していただきましょうか(投稿する前に異動かな?)。
一言だけ書かせていただくと、21世紀ver.の讃美歌のように現代的で、二人で作り上げた感溢れる素晴らしい披露宴でした。「タダのものは一切ない」すなわち各種の演出はもとより、何気なく置いてある紙切れのひとつひとつまで「全て有料・別料金」というのが鉄則の披露宴において、我々参列者への気遣いや配慮(当然金もかかる)が随所にみられました。参列者のことをしっかり考えながら二人のために行われたセレモニー、という表現がふさわしいですね。
そんなお二人も、今頃は新婚旅行でイタリアを周遊しているはずですが、詳しいことは知りません。なぜなら、イタリアの何処へ行くか、どんなホテルに泊まるか、肝心なことは何も聞いていないので。
しかし、飛行機に乗るまでのことは多少把握していますよ。空港は関空、国内の交通手段は鉄道で、グリーン車ではなく普通車のようです。使うところは使うが、抑えるところは抑える。いいですね。利用する空港、普通車、自分のときと全く同じで、親近感を抱きます。
旅行から帰ったら、夢から覚めたかのようにあっという間に現実に引き戻されますが、良いこととそうでないこと、様々な経験が刻み込まれて仕事する男の顔になっていくものです。どうか夫婦仲睦まじく(別にここを強調するつもりはありませんけど・・・)、医師としても研鑽を積んで、今まで以上に白衣の似合うイケメン医師に成長してくださいね。純白のタキシードが様になるたっけーに、白衣が似合わないわけないですから。
彼岸の中日、桜前線北上の便りが待ち遠しいこれからの時期。新婚旅行帰りの彼の白衣に薄いピンク色が掛かって見えそうな予感、そしてそんな「予感」に本格的な春の訪れを感じる「くりぼう」からの投稿(祝辞)でした。
先日けたたましいサイレンが聞こえたので、アパートの窓から道路を見ましたところ、まずは救急車がやってまいりました。そしてさらに後方からパトカーがこれもサイレンを鳴らしつつやってまいりました。どちらが優先か気になるところでしたが、アパートの目の前でパトカーが救急車を猛スピードで追い抜いていったという結果でした。
米国では交通事情がかなり日本と異なるため、運転するにあたり半年ほどは特に気をつけなければならないと感じました「担当者1」です。多くの交差点で赤でも右折可能だったりします。日本が見習うべきだと感じたのは歩行者への気遣いで、信号なし横断歩道で歩行者が待っているとほとんどの車は止まってくれます。一般道の制限速度(片側一車線の田舎道)が時速55マイルというところも結構ありますし、逆に高速道路でも時速55マイルだったりします。高速道路に進入するときに助走路がないことにもはじめは驚きます。基本的に高速道路は無料ですが、幹線だったりするとごくごく低料金の通行料を支払います。
高速道路無料化(時に米国は無料だということが引き合いに出されていましたが)を反故にした政権がありましたが、日本の高速道路の構造から考えて、それはもともと無理な話である可能性がわかりました。米国では中央分離帯がない(上下車線の間隔をあけて段差をつけて草を植えている)。ガードレールがない。電光掲示板がほとんどない。土地がいくらでもある。地形が山がちでない。街灯(光)がない。SAの頻度が少ない。路面の状態が悪い、等々。日本の高速道路は(値段の高さは別として)お金を取っている分、設備や整備が圧倒的に優れていると言えるのです。
日本の何かの現状を変えようとしている時(もちろん医療に関しても!)の常套句「米国では〜であるので・・」という言葉にはたいてい大きな落とし穴があり、しっかりと背景を理解する必要があるとあらためて認識しています。
どうも,こんにちは.

「怨念と暗黒の使徒」と申します.お初になります.
こうみえても趣味は,「オヤジ狩り」と「ホームベーカリーでパン作り」です.えへっ.
さて,この季節になると世間に流れまくる「春よ,来い(松任谷由実)」ですが,もの悲しい曲が年度末3月をよく表しているなあ,といつも感心しています.
昨年は311震災とその後の原発事故で,通常とは全く違う新学期を迎えていましたが,今年は少しでも以前のような「ハル」が戻ってくれますでしょうか?
「世界が平和でありますように...」
こんばんは、愛と光の使徒です。
3日間にわたるTVM研究会も無事に終わったようで、関係者の皆様方どうもお疲れ様でした。
さて今日3月11日は当然ながらテレビも新聞も震災の話題が一番取り上げられていますね。
あれからもう一年がたったのだと時の流れの速さを感じずにはいられません。
昨年の震災の際にバイト先のオペ場更衣室で他の先生方と信じられない光景をテレビで見ていたのが昨日のことのように思い出されます。
時の流れが速く感じる一つの大きな要因は復興の遅さではないでしょうか。
各方面の努力もあり復興に向かっているのは間違いないでしょうが、テレビで報道されている光景にはいまだ通常の生活からは程遠い被災の深い爪痕が残っています。
阪神淡路大震災の時のような復興からは程遠く感じられます。
阪神淡路大震災との一番の違いは原発事故が絡んでいることで、放射性汚染物質の瓦礫の山が復興を遅らせている一つの大きな原因でしょう。
受け入れ先がないまま現在まで来ており、根本的に解決していないためなかなか前に進んでいない状況だと思います。
喜んで受け入れるというところは当然ないわけで、かといって平等に痛み分けということも現実にはできないわけです。
本気で復興を進めるためには後世に悪名を残すほどの思い切った行動が必要なのではないでしょうか。みなが納得出来る方法というのはもはや選択肢にないように思います。
それでは今、我々にできることは何でしょうか。
復興が完了するまで常に忘れずに心に留めておかなくてはいけないことだと再認識した一日でした。
先日牛丼屋で晩飯を食べていると、知っている曲が流れてきました。卒業式の定番、「旅立ちの日に」です。卒業シーズンを迎えたこの時期、私「くりぼう」より5〜6歳あるいはそれ以上若い世代、いわば「R30世代」の方にとって、小中学校時代を懐かしむ思い出の一曲という方も多いでしょう。私の学童期にはまだこの曲は作曲されていませんでしたので現役で歌ったことはありませんが、この手の歌が好きな私にとっては、たとえ腹が減って牛丼を頬張っているときであっても、箸を休めて聴き入ってしまう名曲であります。
しかし私にとっての卒業式の歌といえば、何と言っても「仰げば尊し」と「巣立ちの歌」であり、体育館の澄み切った空気に響き渡った歌声は一生モノの記憶です。ただ最近は、この「仰げば尊し」も時代にそぐわないとの理由で敬遠されることが多いようで、地元の地方紙の記事によると、現在は中学校で2割程度、小学校ではわずか数%程度の学校でしか歌われていないそうです。
「仰げば尊し」のように、まあ平たく言えば「先生ありがとうございました」という内容を歌うことに何の抵抗も疑問も感じなかった我々の世代ですが、これが敬遠される理由の一つには、教師自身が師、すなわち自分らへの感謝を生徒に歌わせているという構図そのものがおかしい、という理屈があるのでしょう。そういう歌なんだから別にいいじゃないのと思いますし、何とも味気ない話ではありますが、現代はそんなことすら言われそうな時代ですので、これはもう仕方ありません。
もうひとつの考えが、かつて何の疑問もなく「ありがたい」とされた行為が、現代においては「ありがたくない」行為、下手すると越権行為やパワハラといった迷惑行為にさえ解釈されかねないという、これもまた寂しい話ではありますが、現代の風潮によるものだということです。
「旅立ちの日に」は、ある公立中学校の教員が作詞・作曲したものです(作詞者と作曲者は異なります)。教員が自ら作詞したものですので、「先生ありがとうございました」的な詞が含まれないのはある意味当然で、この名曲に対して穿った見方をするつもりはありません。
しかし、最近の卒業式で好んで歌われるこれ以外の曲についても、やはり「先生ありがとう」と歌われているものは皆無に等しく、そこに作詞者の思惑があるのかどうか分かりませんが、「先生ありがとう」というフレーズそのものが稀有で「在り難い」存在となってしまったというのは皮肉な話です。
ご存知のように、「ありがとう」の語源は「有り難し」。「有る」のが「難い」から、ありにくい、めったにない。そのくらい貴重なことだという意味ですね。で、かつて当たり前のように歌われた「先生ありがとう」ですが、「ありがとう」の語源からすれば、
「それをしなくても教員としての務めは一応果たしたことになるような、それくらい当たり前ではない、簡単にはできないこと」
に対する言葉と言えそうです。
具体的には何かということになりますが、そのヒントが、これもこの時期よく耳にした「ありがとうさようなら」という曲の歌詞にありました。「ありがとう・さようなら先生」の出だしで、「叱られたことさえあたたかい」と続き、先生に対する思い出は何と叱られたことだけ。
しかし、自分の小中学時代を振り返って思い出すのは、確かにおっかない担任の熱血指導ばかり。一列に並ばされて思いっきり頬を引っぱたかれ、それが耳を直撃してしばらく耳が聞こえなくなり耳鼻科に連れて行かれたことなど、今後何があっても一生忘れません。いや、忘れまい。
生徒を引っぱたくときは、頬を狙うと反射的に顔をそむけて耳に当たり鼓膜を痛めることがあるので、顎を狙うようにするとか。他の生徒は顎で済んだのに、クラスで2番目に背の低かった私は平手を頬にくらい、しかもご多分に漏れず顔をそむけて耳を直撃。現代ならヤフーのトップニュースになっていそうなこの「指導」、20年前の当時は「とてもこわい先生」という生徒間の評判以外には何の騒ぎにもなりませんでした。悪いところを叱るばかりではなく、良いところを褒めて伸ばすというのが現代の姿とすれば、もはや隔世の感があります。
ただ、事の是非はともかく、恨まれたり嫌われたりすることを厭わず、ダメもなのはダメと厳しく教えるというのは簡単にできることではありません。そういう意味においては、かつての師の「仕打ち」もまた、ありがたし。
しかし、「ありがたし」の在り難い所以は、ありがたいことを為す側のみでは成立しないことにあります。為される側にも「ありがたき」を受け入れる器が必要で、この器が著しく小さいと何をやってもありがた迷惑、ちょっと度を超すとパワハラ、下手すると警察沙汰となりかねません。ところが、繰り返しになりますが「ありがたし」は「在り難し」。そして目の前にあるものは「在り難い」とは思いにくいので、ありがたさはすぐに伝わらないことの方が多く、相手次第ではありがた迷惑〜パワハラと紙一重です。
それを承知の上で為されるからこその「ありがたさ」でもあるのですが、先ほどの病院送りの件、極端な例ではありましたが、自分の娘が同じ仕打ちにあっていたら黙ってはいられません。偉そうなことを書いている私自身も、一世代前の親とは違う哲学で以って生きており、卒業式に歌われる歌詞の変遷は生徒やその親が自然に受け入れられる価値観の変遷でもあると気付かされます。
現代において、かつての「ありがたき」を実践することはかように難しく、ならばと他人にはつい無関心になりがちで、ドラえもんに出てくるような近所のカミナリおやじは空想上の人物になってしまいました。
ただ幸いなことに、医療は目の前の患者さんを治療して治すという結果のはっきりした世界ですので、患者さんのためと思えば多少厳しく指導されてもそれに疑問を感じることはほとんどありません(私情が混じると別ですが)。教育現場とは異なり、「ありがたき」を実践することに何の迷いもいらないこと。そして、医学の内容は日々進歩しているので必ずしもそうではないですが、少なくとも医師としての生き様は先輩から教えられたとおりに後輩に教えていけばよいこと。これこそが医師の上下関係における「ありがたさ」にほかなりません。
牛丼屋で偶然聞いたBGMですが、年度末にあたり、後輩に嫌われたりうっとおしいと思われたりしないかと少々言葉を選びながらの指導になりがちな自分を省みる、良い機会にもなったのでした。
こんにちは。ヤスケです。
現在日直の最中ですが、点検のため停電中。PCRもできないため、とりあえずプログでも書こうかというところです。
まあ変わりばえのない毎日で特に報告することもないのですが・・・
来週金沢でTVM研究会があります。自分は女性泌尿器を専門にしているわけでもないのですが、TOT,TVMの手術については興味があり、雑用のあいま
でも話をきき勉強できればいいなと思います。
研究会までにハンモック理論の復習をしておきます。(勉強すれば1週間くらいは理解できた”つもり”になれるだけというのが情けないところですが・・・)
それではまた。