植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

前田利常公の足跡を訪ねて ⑦多太神社

2017-02-24 04:18:40 | 日記


小松市の観光スポットレポート(No.955)

◇前田利常公の足跡を訪ねて ⑦多太神社

10)多太神社(八幡宮)

遥か昔、武烈天皇5年(503年)の時に創建されたと伝えられている歴史ある多太神社。
ここには、とある伝説の兜が奉納されている。国指定重要文化財(旧国宝)で、斎藤実盛の兜である。

■写真は多太神社鳥居



時代は平安末期、源平合戦のまっ最中。兜の持ち主だった斎藤実盛は、平家の武将として戦っていた。倶利伽羅峠の合戦で敗れ、加賀の篠原で再び陣を取り戦ったが、木曾義仲軍の前に総崩れとなった。そんな中、実盛は老体であったが踏みとどまって奮闘し討ち死にした。

その後、義仲がその首を池で洗わせると、墨で塗った黒い髪がみるみる白くなり、幼い頃に命を救ってくれた実盛の首だとわかった。義仲は人目もはばからず涙したという。

実盛は出陣前からここを最期の地と覚悟を決めており、老いを侮られないようにと白髪を黒く染めて出陣したのだ。時に実盛73歳の老齢だったという。

■写真は斉藤実盛の兜



後に、義仲が戦勝祈願のお礼と実盛の供養のために、多太神社に兜を奉納したのである。この兜にまつわる実盛と義仲の話は「平家物語」巻第七に「実盛」として語られている。

■写真は斉藤実盛像



それからずっと後の元禄2年(1689年)、松尾芭蕉が「奥の細道」の途中にこの地を訪れた。兜を見た芭蕉は実盛を偲び句を詠んだ

「むざんやな 甲の下の きりぎりす」

■写真は芭蕉像



境内には句碑が建っている。その句碑のそばに「松尾神社」という神社があるが、これは松尾芭蕉とは関係ないので「俳句がうまくなりますように…」などとお参りしてもご利益は期待できない…。ちなみに松尾さんはお酒の神様です。

(資料:まるごと・こまつ・旅ナビホームページより)

■写真は芭蕉句碑「むざんやな 兜の下の きりぎりす」

住所:石川県小松市上本折町72

□多太神社紹介ページ





■写真は芭蕉句碑「あなむざん 兜の下の きりぎりす」と看板





■写真は拝殿

(つづく)
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