植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

北陸地域 いしかわ観光特使研修会・交流会レポート!

2017-03-26 04:21:30 | 日記


金沢・いしかわイベントレポート(No.972)

◇北陸地域 いしかわ観光特使研修会・交流会レポート!

3月23日(木)ホテル金沢において北陸地域 いしかわ観光特使研修会・交流会が開催された。

第一部研修会は棗(なつめ)左登志石川県観光戦略推進部長があいさつし、桑原計彦氏が「まいどさん」、他地域の交流などの報告した。その後、㈱ぐるなびより石川県の食と観光情報ウエブサイトへの「クチコミ」投稿の説明をした。

■写真は研修会であいさつする棗(なつめ)左登志部長





■写真は交流会であいさつする谷本知事



第2部交流会では、谷本正憲石川県知事があいさつし「北陸新幹線効果は2年目でも衰えず、兼六園、21世紀美術館をはじめ観光スポットの入場者数は増えており、特に兼六園の外国人入場者数も順調で。
またクルーズ船の金沢港寄港数では15年30本から16年54本になり、19年には海の女王クリーンエリザベスが寄港出来るように金沢港の埠頭整備を行うことにしました。」と話した。25日に埠頭着工式をニュースで放映していた。

■写真は交流会乾杯の音頭する小澤日銀支店長



■写真は日本酒で乾杯



■写真は谷本知事と



小澤浩太郎日銀金沢支店長の音頭で日本酒を乾杯した。途中で4名の活動報告、今後の抱負の発表があり、大野健一伊藤忠商事株式会社北陸支店長の中締めでお開きとなった。

■写真は大友楼の大友社長と

□エアリーフローラとは?

"優雅な春の女神"という意味が込められた名前の「エアリーフローラ」は、2012年12月にデビューした石川県オリジナル品種のフリージアです。現在は12色になっている。

○エアリーフローラホームページ



■写真は12種類になったエアリーフローラ



■写真は鶴賀加賀友禅大使代表と

「のとてまり」と「能登牛」はおいしかった!!

□のとてまりとは?

のとてまりは原木シイタケ「のと115」のうち、かさの直径が8センチ以上、肉厚3センチ以上、かさの巻き込み1センチ以上のもので、肉厚で歯応えがあり、豊かな風味が特長だ。このうち特に形状が優れた品がプレミアムとなる。
昨年末の(6個入り)初せりで15万円!過去最高。

○のとてまりホームページ

□能登牛とは?

「能登牛(のとうし)」は、平成23年6月、世界農業遺産に認定された、能登の美しい自然や素朴な風土によって丹誠込めて育てられています。能登牛のルーツは、一般的には、寛永3年(1627年)に加賀藩の三代藩主前田利常が、能登半島の外浦一帯に製塩業を推進、その製塩や薪炭を搬出する際に活躍した役牛を繁殖したのが始まりとされています。

○能登牛ホームページ



■写真はのとてまりと能登牛



■写真はテレ金ちゃんの「ぶんぶんボール」と



■写真はデザート



■写真は会場のホテル金沢

(完)

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市民講座「文化都市金沢」と「観光都市金沢」を受講!

2017-03-24 05:37:07 | 日記


金沢・いしかわイベントレポート(No.971)

◇市民講座「文化都市金沢」と「観光都市金沢」を受講!

3月18日(土)長谷川孝徳教授の北陸大学市民講座「文化都市金沢」と「観光都市金沢」を北陸大学太陽が丘キャンパス2号棟で受講しました。

昨年のインバウンド(日本への海外旅行者)、アウトバンド(海外への日本旅行者)収支は初めて黒字になった。日本への旅行者数が初めて2,000万人を突破した。



■写真は長谷川教授



□文化都市とは?
地域文化への誇りが基盤であり、その表現としての町並みや都市景観を整備しその基盤の上にさらに質の高い創造的な地域社会を展開することを目指している都市。
歴史・文化・芸術の場の創造と再生を目標とする都市。



□観光都市とは?
観光による産業が主である都市をさす。観光地と利都市が合わさったもので、都市の中に観光施設があるか、もしくは観光地の中に都市がある。
「観光地」という言葉があるようにこれは観光を行う上で目的とする場所のことであり、地理学的に都市ではない。



□文化資源とは?
ある時代の社会と文化を知るための手がかりとなる貴重な資料の総体である。これを文化資料体と呼ぶ。文化資料体には博物館や資料庫にに収まりきれない建物や都市のの景観、あるいは伝統的な芸能や祭礼など、有形無形のものが含まれる。

わがが国の多くの都市は城下町を基礎に発展してきたものであり、城郭建築や大名によりり作れれた名庭、特別名勝などにも指定され、都市の興味対象兼客間としての役割を担っている。

金沢は第二次世界大戦の戦火にも合わず全国的にも稀な文化資源が残る「文化都市」であり、これをさらに磨きをかけ、建造物の保存や再生、自然景観、食文化、芸能などを継承し、文化資源から観光資源として活用しなければならない。

■写真は北陸大学太陽が丘キャンパス

□北陸大学市民講座ページ


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兼六園の梅2017 ⑥

2017-03-22 04:22:20 | 日記


金沢の観光スポットレポート その635(No.972)

◇兼六園の梅2017 ⑥

梅林の中で一番多い品種は白加賀で例年は2月下旬から3月上旬であるが、今年は1月10日頃から開花し、昨年並みの早さで、地球温暖化が梅の開花に大きく変化している。

白加賀の過去5年間の開花を見ると、昨年は1月8日、2015年は2月23日、2014年は2月25日、2013年は3月7日、2012年は3月6日だった。
(北国新聞よりの情報)



14)麻耶紅(まやこう)

梅(ウメ)はバラ科サクラ属の落葉小高木である。 中国原産で、日本へは古代に渡来 した。 摩耶紅(マヤコウ)はその栽培品種の1つである。 樹高は3メートルから6メートル くらいである。葉は楕円形で、互い違いに生える。
摩耶紅兼六園に13本ある。





■写真は麻耶紅(3/19)

兼六園の梅の中でも花が大きく、多く咲くので見栄えがあり、梅園には4本ある。19日が満開でした。





■写真は麻耶紅(3/8)



15)野梅(やばい)

野梅から変化した原種に近い梅。中国から渡来した梅の子孫と言われる。枝は細く、花も葉も比較的小さい。花や葉も小ぶりだが、とてもよい香りがする。

■写真は野梅(3/19)









■写真は野梅(3/24)



番外)紅八重枝垂(べにやえしだれ)

昨年までは咲いていたが、今年は残念ながら枯れてしまい伐採された。



■写真は紅八重枝垂(2016/3/15)



■写真は紅八重枝垂伐採株

(つづく)

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ホテル金沢 金沢市堀川新町

2017-03-20 04:11:49 | 日記


金沢のグルメレポート その34(No.970)

◇ホテル金沢 金沢市堀川新町(金沢駅前)

2月5日(日)石川県ウオーキング協会の新年互礼会がホテル金沢で開催された。
料理の内容、味、価格も大変良かったのでレポートします。

















□ホテル金沢ホームページ

(つづく)

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兼六園「海石塔しだれ桜」後継木植栽!

2017-03-18 04:15:33 | 日記


金沢の観光スポットレポート その634(No.969)

◇兼六園「海石塔しだれ桜」後継木植栽!

枯死のため伐採された特別名木「海石塔しだれ桜」の後継木が3月10日に植栽された。後継木は昨年6月に伐採された原木の孫にあたり4月上旬から中旬に開花の見込み。

後継木は樹齢約20年、高さ6.5メートル、幹回り40センチで、海石しだれ桜の種子から育成されたとされる「喜多家のしだれ桜」(かほく市天然記念物)の種子かれ育った。
(北国新聞より)



■写真は2代目海石塔しだれ桜



■写真は先代は左にあった



□海石塔しだれ桜原木

枝垂れ桜はエドヒガンザクラの変種で、兼六園には7本ある。このの中で一番の老木であり、一番の大木は、瓢池に浮ぶ島に立つ枝垂れ桜であった。植栽の時期は明確でないが、明治5年(1872)から27年(1894)の間に植えられたものと考えられていた。

■写真は先代海石塔しだれ桜(2015.4.8撮影)

(撮影:2017.3.12)

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第5回金沢の景観を考える市民会議が開催!!

2017-03-16 04:53:32 | 日記


金沢・いしかわイベントレポート(No.968)

◇第5回金沢の景観を考える市民会議が開催!!

2月25日(土)金沢歌劇座2階大集会室で「第5回金沢の景観を考える市民会議」~川筋景観の魅力を考えよう~が開催された。

第1部は金沢市景観サポーター・景観みまもり隊による「金沢市景観サポーター活動報告」が行われ、金沢市内街中の石段や石垣、高度成長期の建物、街の中の自然、現代建築物と街並み、樹木のある街並み、金沢らしい景観を支える看板の項目で調査が行われ、6名による発表があった。



■写真は景観サポーター、景観みまもりたい発表者



第2部は「橋梁証明による風情のある川筋景観形成」と題した、近田玲子照明デザイナーの講演会。近田氏は近田玲子デザイン事務所代表で住宅から都市に至る幅広い分野で、多くの建築照明、環境照明をてがける。都市環境照明では金沢城公園や2000年の九州・沖縄サミット首里城の景観照明等。建築照明では東京芸術劇場改修、九州国立博物館等を担当した。



また、最近では金沢市の浅野川の天神橋、梅の橋、浅野川大橋、中野橋の4橋の景観照明に取り組んでいる。近田氏は三島由紀夫や徳田秋声、泉鏡花の小説に出てくる情景や歴史的な経緯を語り、イメージパスの基づく実験、測定データなど紹介して今年度中には天神橋と浅野川の完成を予定している。完成したらレポートします。

■写真は近田氏の講演



第3部はパネルディスカッション「川筋景観の魅力を考える」をコーディネータに川崎寧史金沢工業大学教授、パネリストに近田玲子氏、小林吏彦金沢大学講師、小間井隆幸金沢片町まちづくり会議前会長、川端すぎな金沢景観みまもりたい4氏による各分野からのディスカッションが行われた。

■写真はパネルディスカッション

(完)

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兼六園の梅2017 ⑤

2017-03-15 04:25:06 | 日記


金沢の観光スポットレポート その633(No.967)

◇兼六園の梅2017 ⑤

梅林の中で一番多い品種は白加賀で例年は2月下旬から3月上旬であるが、今年は1月10日頃から開花し、昨年並みの早さで、地球温暖化が梅の開花に大きく変化している。

白加賀の過去5年間の開花を見ると、昨年は1月8日、2015年は2月23日、2014年は2月25日、2013年は3月7日、2012年は3月6日だった。
(北国新聞よりの情報)



12)緑萼枝垂(りょくがくしだれ)

中輪で八重咲き。花弁の先に細かな波を打つ。萼が緑色のため黄白色に見える。







■写真は緑萼枝垂(3/8、12)



13)紅枝垂(べにしだれ)

園内には2本ある。







■写真は紅枝垂(3/8、12)



14)小梅(こうめ)

園内には1本しかなく、かなり弱ってきている。





■写真は小梅(3/12)

(つづく)

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兼六園 夕顔亭 屋根の葺き替完了

2017-03-13 04:33:03 | 日記


金沢の観光スポットレポート その632(No.966)

◇兼六園 夕顔亭 屋根の葺き替完了

昨年秋より工事していた、夕顔亭屋根葺きが完成した。茅葺きと板葺があり見事な工事である。

■写真は夕顔亭(中島より撮影)



□夕顔亭(ゆうがおてい)

瓢池の東岸にある茶室。時雨亭、内橋亭、舟之御亭とならぶ蓮池庭四亭の一つ。11代藩主治脩が、宝暦の大火(1759)で焼失した蓮池庭を復興すべく、翠滝とともに安永3年(1774)に建てたもので、その地に往時のまま残る園内唯一の建物である。三畳台目、下座床、相伴席をもつ形式で、京都・藪内家の茶室「燕庵」とほぼ同じであることから、その写しともいわれている。蹲口がなく、障子2枚からなる貴人口がある。小間でありながら翠滝の景観を楽しむ開放的な茶室だ。

夕顔亭の名は、床の袖壁に夕顔(瓢箪)の透かし彫りがあるからで、これは後世の呼び名である。当時は「中嶋の茶屋」「瀧見の御亭」とも称されていた。もとは池の中に浮かぶ島に建てられていたが、明治に入って一部埋め立てられ、現在は陸続きとなっている。





■写真は藁葺き



■写真は板葺き



□伯牙断琴の手水鉢(はくがだんきんのちょうずばち)

伯牙断琴の手水鉢がつくられた経緯には面白いエピソードが残っている。ある日、五代藩主、前田綱紀(つなのり)が、後藤程乗を呼び、「そなたは金工の名人であるが、石は彫れんだろ?」と言われ、「金が彫れて石が彫れないわけがない」と、彫って見せたのが、伯牙断琴の手水鉢だと言われている。

■写真は伯牙断琴の手水鉢



■写真は海石塔と翠滝



■写真は瓢池と夕顔亭

撮影:2017.3.8

(完)

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兼六園の梅2017 ④

2017-03-12 04:36:59 | 日記


金沢の観光スポットレポート その631(No.965)

◇兼六園の梅2017 ④

梅林の中で一番多い品種は白加賀で例年は2月下旬から3月上旬であるが、今年は1月10日頃から開花し、昨年並みの早さで、地球温暖化が梅の開花に大きく変化している。

白加賀の過去5年間の開花を見ると、昨年は1月8日、2015年は2月23日、2014年は2月25日、2013年は3月7日、2012年は3月6日だった。(北国新聞よりの情報)



9)鶯宿(おうしゅく)

果実は中くらいで豊産性、梅酒に向く。樹勢は強い。同じ名称で八重のものは花梅。





■写真は鴬宿(2/25、3/8)



10)道知辺(みちしるべ)



中国原産で、日本へは古代に渡来の園芸品種。樹高は3メートルから6メートル。葉は楕円形で、互い違いに生える。豊後系の紅い一重咲きの大輪(花径30ミリから40ミリ)で、開花時は淡い紅色で、咲き進むと濃い紅色になる。





■写真は道知辺(2/17、3/8)



11)鹿児島紅(かごしまべに)

紅梅系 紅梅性八重、中輪で、花弁には波が無く平たく見える。雄しべの数が多く色も紅色。樹勢は弱い。





■写真は鹿児島紅(2/25、3/8)

(つづく)

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兼六園の梅2017 ③

2017-03-10 05:42:23 | 日記


金沢の観光スポットレポート その630(No.964)

◇兼六園の梅2017 ③

梅林の中で一番多い品種は白加賀で例年は2月下旬から3月上旬であるが、今年は1月10日頃から開花し、昨年並みの早さで、地球温暖化が梅の開花に大きく変化している。

白加賀の過去5年間の開花を見ると、昨年は1月8日、2015年は2月23日、2014年は2月25日、2013年は3月7日、2012年は3月6日だった。
(北国新聞よりの情報)

6)玉梅(たまうめ)







■写真は玉梅(2/4-9)



7)緑愕(りょくがく)

緑愕は随身坂料金所手前(金沢神社近く)にあり、無料地区にある。





■写真は緑愕(2/17-25)



8)枝垂(しだれ)







■写真は枝垂(2/25-3/12)



■写真は梅林舟之御亭付近(2/18)

(つづく)

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兼六園の梅2017 ②

2017-03-09 04:31:28 | 日記


金沢の観光スポットレポート その629(No.963)

◇兼六園の梅2017 ②

梅林の中で一番多い品種は白加賀で例年は2月下旬から3月上旬であるが、
今年は1月10日頃から開花し、昨年並みの早さで、地球温暖化が梅の開
花に大きく変化している。

白加賀の過去5年間の開花を見ると、昨年は1月8日、2015年は2月23日、
2014年は2月25日、2013年は3月7日、2012年は3月6日だった。
(北国新聞よりの情報)



3)緋の司(ひのつかさ)

紅梅系 紅梅性八重花弁はヘラ型でわずかに抱え咲き。雄
しべは長くきれいに開く。樹勢は強い。



■写真は緋の司(2/17)



4)白加賀(しろかが)

花は大輪の一重。実も大きい。樹勢は強いが花粉少なく自
家不結実性。
兼六園の梅園では本数が一番多い。

■写真は白加賀(2/1)





■写真は白加賀(2/17)



■写真は白加賀(2/25)



5)青軸(あおじく)
青軸は花梅としても、実梅としても楽しめる品種で、花色
は緑がかった白。果色は緑黄色の大粒の早生種。梅酒、梅
干、梅ジャムなどに利用できる。





■写真は青軸(2/9、3/12)

(つづく)

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兼六園の梅2017 ①

2017-03-07 05:50:06 | 日記


金沢の観光スポットレポート その628(No.962)

◇兼六園の梅2017 ①

梅林の中で一番多い品種は白加賀で例年は2月下旬から3月上旬であるが、今年は1月10日頃から開花し、昨年並みの早さで、地球温暖化が梅の開花に大きく変化している。

白加賀の過去5年間の開花を見ると、昨年は1月8日、2015年は2月23日、2014年は2月25日、2013年は3月7日、2012年は3月6日だった。(北国新聞の情報)

■写真は冬至梅(1/12)



○兼六園梅林

兼六園随身坂口近くに広がる約3000平方mの梅林。この梅林は昭和43年に明治百年記念事業として全国の名梅を集めて造成され、平成12年3月に庭園として再整備されたもで、現在は約200本の梅があり、そのうち白梅約140本、紅梅約60本、白加賀、摩耶紅梅、青軸、八重寒紅など約20数種類が咲き誇る。

番外)素心蝋梅(そしんろうばい)

毎年一番に咲く素心蝋梅は今年枯れたのか、残念ながら咲かずじまいでした。

■写真は素心蝋梅(2016/2)



1)冬至梅(とうじうめ)

冬至梅はその園芸品種の1つ。樹高は3メートルから6メートルくらいで、枝は細い。早咲きの品種。野梅系の白い一重咲きの中輪(花径20ミリから25ミリ)。









■写真は冬至梅(1/15-25)





■写真は冬至梅満開(2/9)



2)八重寒紅(やえかんこう)

野梅系 野梅性八重。中輪で花弁は波打ち、萼は濃いこげ茶色。樹勢は強い。早咲きのため正月の盆栽に向く。







■写真は八重寒紅(2/1、3/12)

(つづく)

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兼六園時雨亭屋根の葺き替え!

2017-03-05 04:16:34 | 日記


金沢の観光スポットレポート その627(No.961)

◇兼六園時雨亭屋根の葺き替え!

兼六園時雨亭長谷池側の屋根の葺き替えが、昨年8月に着手し2月1日に完了した。後残約半分も順次葺き替えられる。



○時雨亭(しぐれてい)概要

夕顔亭、内橋亭、舟之御亭とならぶ蓮池庭四亭の一つ。五代藩主綱紀が延宝4年(1676)に造った蓮池庭の別荘・蓮池御殿は、だんだん朽ちてきたことから、綱紀が亡くなった翌年の享保10年(1725)に、六代藩主吉徳によって取り壊され、規模の小さなものに建て替えられた。それが宝暦の大火(1759)でも焼け残り、補修を繰り返しながら明治の初めまで建っていたとされる。それが別名「時雨亭」だ。座敷が10畳と8畳の2つ、御囲と呼ばれる一畳台目の茶室を含めて7室からなる御亭であった。

現在、長谷池のそばにある時雨亭は、平成12年(2000)にその一部を復元したもの。茶席として休憩処として来園者に開放されている。



□時雨亭紹介ページ






(撮影:2017.2.1-2.4 )

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小松うどん(JR小松駅内)

2017-03-03 04:32:07 | 日記


石川県のグルメレポート(No.960)

□小松うどん(JR小松駅内)

1月7日小松市「前田利常公の足跡を訪ねて」のために駅近く駐車場に入れて、ウオーキングで取材、帰りに小松駅の小松うどんを食べました。

現在、観光や商用で小松を訪れる人、また都会などから里帰りする人の多くは、「小松のうどんはうまい!」と言う。



300年以上も前から小松の名物だったうどん、小松の町衆に愛され続けてきたうどんを、もっともっと知ってほしい。うどんを「まちづくり」に生かしたい! という思いが結集し、平成22年(2010)に「小松うどんつるつる創研」が誕生。加盟店を募って「小松うどん」のブランド化を進めている。

現在、えんじ色のノボリはためく加盟店は70数店舗。小松うどんの“定義” に従いながら、各店舗で工夫を凝らした味を提供している。

○箸を付けてしまってから思いだし、撮影した「きつねうどん」



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前田利常公の足跡を訪ねて ⑪奥野八幡神社

2017-03-02 04:16:50 | 日記


小松市の観光スポットレポート(No.959)

◇前田利常公の足跡を訪ねて ⑪奥野八幡神社

13)奥野八幡神社

吉野朝の忠臣結城宗広の守護神を授かった佐次右衛門が北国に下って寺井に居住。寺井の奥城に奥乃社を奉祀したのに始まる。

明治6年(1873)に奥野八幡社と改称。同39年(1906)に神饌幣帛料供進神社に指定され、同41年に同区鎮座の無格社少彦名命社、八幡社、春日社三社と合併、奥野八幡神社と改称。

■写真は鳥居



昭和6年(1931)社殿を改築するため社地を拡張したが、社殿の改築は
戦争で遅れ、同31(1956)年に奥殿を、同38年(1963)に幣殿と拝
殿をそれぞれ改築した。

社宝には寺井町指定文化財の七重の塔、九谷庄三作冨士越の竜図大皿、初代善平作神苑の鳩図陶板などがある。



□七重塔

境内に建立されている七重塔について、下記のような石碑、説明分がある。

豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄の役1592~1595)の際に前田のなにがしが持ち帰った。また加藤清正が持ち帰り前田家に贈呈したものとの両説があり、当初は二基対をなしていたとされ、1基は兼六園瓢池の「海石塔」であると言われている。
前田利常が小松城に移る際に、これを持参愛賞したが廃藩置県の結果、明治5年(1872)に一般に払い下げたのを寺井村の綿谷平蔵氏が買収し、村民挙げて運搬し、奥野八幡宮に奉納した。なお、この一部(二重)は小松城内に埋没しているとの説もある。能美市教育委員会

■写真は七重塔





■写真は拝殿



■写真は天満宮



□兼六園の海石塔

瓢池の中にある島に立つ石塔。高さ4m10cmで、虫喰いのように穴のあいた薄茶色の笠石が六重に積み重ねられている。宝珠、請花、塔軸は青戸室石、火袋は坪野石だ。

この由緒については、三代藩主前田利常がつくらせたもので、金沢城の玉泉院丸の庭園にあった13層の石塔の一部をここに移したという説と、加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰って豊臣秀吉に献上したもので、秀吉から初代藩主前田利家に下賜されたという二つの説が伝わっている。

多重塔は通常奇数段とされのにこの塔は6層になっており、下から第1・第2・第3及び第5層が低い火口の付いた火袋であるのに対し、第4・第6層は横長の火口の付いた火袋と縦長・長方形の火袋の付いた火袋が重ねられている。
(参考資料:兼六園図鑑HP、宮武利男氏資料)

■写真は兼六園の海石塔

(前田利常公の足跡を訪ねて 完)

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