仙台地裁の裁判員裁判で死刑判決の少年被告人、控訴に同意

2010-12-06 | 裁判員裁判/被害者参加/強制起訴

関連:仙台地裁の裁判員裁判で死刑判決の少年被告人 控訴審初公判は11月1日

〈来栖の独白〉
 報道によれば
 宮城県石巻市の民家で2月、3人を死傷させたとして殺人罪などに問われ、仙台地裁の裁判員裁判で、死刑を言い渡された元解体工少年(19)の弁護人は6日、「少年が死刑を受け入れて死ぬことだけが償いではなく、生きて被害者に謝罪の気持ちを持ち続けることも一つの方法という気持ちになったようだ、控訴に同意した」
 と語ったという。
 よかった。死刑判決は間違っている。時間をかけねばならない。人は変わるものだ。少年被告人に、既にその兆しが見えている。問題は、この社会が、我々が、彼らを如何に受け入れてゆけるかということだ。人は、不信の中、たった一人では更生できない。更生の鍵は彼にではなく、この社会に、我々のほうに、ある。
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少年事件:石巻3人殺傷事件/名古屋アベック殺人事件:更生可能性の鍵は社会の側に 2010-11-24
 宮城県石巻市の3人殺傷事件(被害死者2名)で殺人罪などに問われ、少年事件の裁判員裁判で初めて死刑を求刑された少年(19)に対する判決が11月25日、仙台地裁で言い渡される。
 事件の概要について、毎日新聞報道記事(2010/11/24)から抜粋。
 “少年は2月、復縁を迫っていた元交際相手の女性(18)宅に押し入り、女性の姉(当時20歳)や友人(同18歳)を刺殺、居合わせた男性(21)も刺して重傷を負わせ、女性を車で連れ去った--などとされる。
 公判で検察側は、復縁を阻む姉らを全員殺そうと考え、ためらわず刺したとして「身勝手な動機が際立つ」などと非難。今回と同じく「被告が事件時18歳で死者2人」だった光市母子殺害事件(99年)に言及し「殺人未遂の1人が加わる本件は同じか、それ以上に悪質。少年という事情も全く意味を持たない。更生の可能性は皆無」と主張した。被害者参加人や女性も「極刑を望みます」と述べた。
 一方、弁護側は「全員を殺すつもりなどなく刺した時はパニック状態」と反論。「不遇な生い立ちで愛情を十分受けられなかった」と成育歴に触れ、少年院送致など保護処分が相当で「深く反省しており更生の可能性がある」と極刑回避を求めた。
 少年も最終意見陳述で「厳しく処罰してください」と述べた

 裁判員裁判の死刑求刑は4例目で、少年被告に対する死刑求刑は初。評議は22、24日、判決当日の25日の3日間行われる。
 本稿では、①裁判員裁判の拙速性、②被害者参加制度、③更生について、事例を参考に考えてみたい。
①裁判員裁判の拙速性について
 1998年、少年グループ(1名は成人)が男女2名を殺害するという「名古屋アベック殺人事件」があった。1審名古屋地裁は死刑、2審(1996年12月16日)は無期懲役判決であった。
 名古屋高裁刑事2部 松本光雄裁判長は、量刑理由を次のように言っている。〈A=主犯とされた被告少年〉
Aが本件各犯行において首謀者的地位にあったことは明らかで、本件各犯行の動機、態様、結果等、とくに、被害者両名に対する殺人等の犯行は、遊び感覚で安易に犯した強盗致傷等の発覚を恐れる余り、なんら落ち度のない被害者両名を拉致し、長時間連れ回したあげく、次々と殺害した上、遺体を三重県の山中に埋めたもので、犯行の動機に酌むべきものはまったく見当たらず、抵抗の気配すら見せない被害者らを絞殺した犯行の態様も残虐であり、当時十九~二〇歳と将来のある二人の人命を奪った結果の重大性はいうまでもなく、遺族の被害者感情には今なおきわめて厳しいものがあるなどの事情に照らすと、Aに対しては極刑をもって臨むべきであるとの見解には相当の根拠がある。
 しかしながら、犯行時一九歳であったAについては、その生活歴や前歴等を検討すると、原判決のように「犯罪性が根深い」と断定することには疑問があり、矯正の可能性がのこされていること、本件が、精神的に未成熟な当時一七歳から二〇歳の青少年による、無軌道で、場当たり的な一連の集団犯罪で、Aにしても当初から被害者の殺害を確定的に決意し、共犯者らとの深い謀議に基づき、綿密な計画の下に実行したものではないこと、人の生命に対する畏敬の念を持たず、平然と殺害を重ねたものと評価するには若干の疑義があること、さらに、六年余りに及ぶ控訴審の公判でも、人の生命の尊さ、犯行の重大性、一審の死刑判決の重みを再認識して、反省の度を深めていることなどの事情が認められる。
 以上のような諸事情を総合すると死刑が究極の刑罰であり、各裁判所が、重大事件について、死刑の適用をきわめて情状が悪い場合に限定し、その是非を厳正かつ慎重に検討している現況にかんがみれば、Aに対しては、矯正による罪の償いを長期にわたり続けさせる余地があり、原判決を破棄して無期懲役に処するのが相当である。

 1988年の事件であるから、当然裁判員裁判ではなかった。そのため、松本裁判長も言うように控訴審だけでも“六年余りに及”んで、生活歴や前歴、犯罪性等、精密に審理がなされている。公判を通して考える中で、最初は投げやりだった被告少年に、裁判長の認めるような変化が見られるようになった。
 ここに私は、裁判員に配慮して極めて短期間で審理し量刑まで宣告して終わろうとする裁判員制度に危機感を抱かないではいられない。
 刑事司法は、国民参加や裁判員の貴重な経験のためにあるのではないだろう。犯罪を抑止することと同時に、罪を犯した人の改善更生を実現するためにある。
 犯罪の因ってくる所(被告人の生活歴や前歴、動機等)を精査してゆくことは、犯罪抑止の第一歩になると私は考える。犯罪の因ってくるところを探索追及せず、犯罪者を排除するだけでは、犯罪の元を絶つ(社会を変えてゆく)ことは不可能ではないだろうか。
②被害者参加制度について
 公判における被害者陳述は、裁判員に圧倒的な影響力をもつ。被害者の鮮烈な悲しみ、苦悩といった切実な訴えの前に、被告人について客観的に審理できる人間(裁判員)が、果たしてどれほどいるだろう。
 名古屋アベック殺人事件や光市事件で弁護人を務めた安田好弘氏は、次のように言う。
 “一つ理解していただきたいんですが、裁判員裁判が始まると言われていますが、実はそうではないのです。新しく始まるのは、裁判員・被害者参加裁判なのです。今までの裁判は、検察官、被告人・弁護人、裁判所という3当事者の構造でやってきましたし、建前上は、検察官と被告人・弁護人は対等、裁判所は中立とされてきました。しかし新しくスタートするのは、裁判所に裁判員が加わるだけでなく、検察官のところに独立した当事者として被害者が加わります。裁判員は裁判所の内部の問題ですので力関係に変化をもたらさないのですが、被害者の参加は検察官がダブルになるわけですから検察官の力がより強くなったと言っていいと思います。(中略)
 裁判員裁判を考える時に、裁く側ではなくて裁かれる側から裁判員裁判をもう一遍捉えてみる必要があると思うんです。被告人にとって裁判員というのは同僚ですね。同僚の前に引きずり出されるわけです。同僚の目で弾劾されるわけです。さらにそこには被害者遺族ないし被害者がいるわけです。そして、被害者遺族、被害者から鋭い目で見られるだけでなく、激しい質問を受けるわけです。そして、被害者遺族から要求つまり刑を突きつけられるわけです。被告人にとっては裁判は大変厳しい場、拷問の場にならざるを得ないわけです。法廷では、おそらく被告人は弁解することもできなくなるだろうと思います。弁解をしようものなら、被害者から厳しい反対尋問を受けるわけです。そして、さらにもっと厳しいことが起こると思います。被害者遺族は、情状証人に対しても尋問できますから、情状証人はおそらく法廷に出てきてくれないだろうと思うんです。ですから、結局被告人は自分一人だけでなおかつ沈黙したままで裁判を迎える。1日や3日で裁判が終わるわけですから、被告人にとって裁判を理解する前に裁判は終わってしまうんだろうと思います。まさに裁判は被告人にとって悪夢であるわけです。おそらく1審でほとんどの被告人は、上訴するつまり控訴することをしなくなるだろうと思います。裁判そのものに絶望し、裁判という苦痛から何としても免れるということになるのではないかと思うわけです。
 ”
③更生について
 2006年、監獄法の改正で、11月、岡山刑務所から白濱重人弁護士に手紙が届いた。差出人は「名古屋アベック殺人事件」の主犯格の無期懲役者(元少年)。白濱さんは2審の途中まで元少年の弁護を担当していた。次のように書かれている。
 “おそらく、突然、この私からのお便りが届いてさぞかしおどろかれていることでしょう。沢山の方々のおかげで与えて頂いたこの命の重さをしっかりとかみしめて、一日一日を大切に毎日その日一日を精一杯前向きに生きています。決して私を見捨てることなく、最後まで私と真剣に向き合って下さった白濱先生の存在は、当時の私には本当にとても大きかったです。私が生きていることのありがたさや素晴らしさを感じ、生きることの大切さを知れば知る程、被害者の方に対する申し訳なさは強まる一方で(中略)決して色あせることはありません。
 89年6月、元少年への判決は死刑だった。このころ、元少年は「別に死刑になってもいい」と自暴自棄になっていた。「君なら頑張って生きて償っていくことができる」と励ますと、「自信がない」と答えた。白濱さんは言葉を強めた。「自信はこれからついてくる」。
 この少年に被害者のことを考えさせるようにし、人間らしい真っ当な道を歩むようにさせたのは、白浜さんたち弁護団ばかりではなかった。母親も、そうだった。(「名古屋アベック殺人事件◇心に刺さった、母の言葉」)
 “元少年の母(62)は、接見禁止が解け、初めて名古屋少年鑑別所で対面した時の様子を「未成年だから、すぐ帰れるという態度で、アッケラカンとしていた」と振り返る。
 そして、89年6月の名古屋地裁判決は死刑。「反省しているとは思えぬ態度が散見された」と、裁判長は厳しく批判した。
 「もうダメだと思う。交通事故にでも遭ったと思って、おれのことはあきらめてくれ」。判決後、面会に来た母に、元少年は、投げやりな言葉をぶつけた。
 「ばかなこと言うんじゃない。もしお前が死刑になるというなら、悪いけど、こっちが先に死なせてもらう」。肉体的にも精神的にもボロボロ。それでも苦しさに耐えるのは、お前が生きているから--。母の言葉が、突き刺さった。
 <この時に私は初めて、本当の意味で被害者の方やご遺族の方のお気持ちというものを(略)自分なりにいろいろと考えることが出来たのです> 元少年が友人にあてた手紙である。

 現在、受刑者は毎年遺族に謝罪の手紙と謝罪金(刑務所の許可する最高限度額)を送り続け、遺族が更生委員会に受刑者の釈放を申請するまでになっている。
 私も、元少年受刑者に幾度も面会し、顔を見、言葉を聞いてきた。そこから得たものは、嘘のない、真実の心だった。犯した罪に向き合う、純一無雑な姿だった。
 石巻の事件において「更生は期待できない」と検察官は論告するが、更生可能性の鍵は、実は罪を犯した彼の側ではなく、社会(周囲の人間)が握っているのではないだろうか。
 刑事司法は、ひとたびは罪を犯した人に対しても希望を失わず、その立ち直りを期待するはずのものであった。しかし、今、大変性急に「更生は期待できない」と断じてしまう。
 更生の可能性というが、誰一人自分を信じてくれる人がいない地平では、人は更生などできぬのではないか。人間らしい信頼のなかに置かれずして、果たして人間らしく生きてゆけるだろうか。
 私の義弟は、その昔、少年事件によって少年院送致となった。6ヶ月の院生活であったが、退院後の人生は苦渋を極めた。職場において盗難事件があれば、一番に彼が疑われた。殺人事件が起きたときも、然りであった。いかに努力しても、少年院上がりのレッテルの故に信頼関係は築けなかった。彼に対し両親も世間と同様で、ただただ再犯に怯えた。人の心(信頼)を得られず、代替として物欲に走った彼は、取り返しのつかない大きな罪を犯し、死刑囚となってしまった。人の更生を阻害する要因は社会にあったのではないか、とすら私は考えてしまう。
 松原泰道師は、この世を障子に譬えて云われる(勝田事件に観る「更生」)。
 “障子の枠は、見たところ一つひとつの枠ですが、この枠をひとつくださいといって切り取ってしまったらどうなるでしょう。ばらばらになってしまいますね。ひとつの枠があるためには、前後左右の網の目のようにつながった枠があり、その中にひとつの目や枠ができている。ひとつの目や枠があるためには、まわりに無数の目や枠がなければなりません。互いに関連しあって世の中というものができている”と。
 過ちを犯した者を許したり、この社会に自由に置いたりすることの不安は、確かに強い。
 しかし、人を根こそぎ否定し排除することで希望的な社会が現れるだろうか。死刑に支えられる社会・・・何やら不確かで、安全も幸福も想像しにくい。
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実は、新しく始まるのは、裁判員・被害者参加裁判なのです=安田好弘弁護士
「日本の死刑状況について」(名古屋アベック殺人事件無期懲役者からの手紙)
「弁護士に届いた償いの手紙」 
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街の弁護士日記 SINCE1992仙台地裁の裁判員裁判で死刑判決の少年被告人、控訴に同意 2010年12月11日 (土)

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