ギターマンには、かなわない。(live&radio and more!!)

斎藤誠さん応援サイト「ギターマンにはかなわない。」の姉妹ブログ。
ライブ、ラジオのことが中心です!!

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アル・グリーンの巻

2004年01月11日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆アル・グリーン最新作「I can't stop 」リリースに寄せての巻(2004年1月11日)
 

ハイ、やってまいりました。
ワタクシ、斎藤誠の小さな小さな胸を鷲掴みにして離さない映画や音楽の数々、
毎週毎週皆様にご紹介させていただいております。
カフェララル、オーナーズルーム、オーナーおすすめの一品「私のお願い」でございます。

さあ今週は音楽でございますけれども、音楽といってもソウルミュージックの本物、大御所の登場でございます。
しかも最新作!

しかしね、大御所アーティストの新譜っていうとね、僕ね、いつも構えちゃうところがあってね。
それは何かっていうとね、実際聴いてみると、
僕らが親しんできたあの人のその頃の音楽とね、そのサウンドと全然違っちゃっててね、
アレンジが最近の薄っぺらい感じになってたりとかね、、へんなはやりものの楽器使ってたりなんかして、、、
よくあるんですよ、そういうの。
本人の意向でやってるというよりはですね、本人にはそういうそのオリジナル的な意欲はもうなくて、、
周りの人がいいようにいじっちゃってるっていう感じがあって。
そういうのを聴くと「違うだろ、ソレ!!」って言いたくなるんですけども。
そういう多くの苦い経験からですね、今回のこの人の新譜にも、最初ちょっと躊躇したんですけどもね。
ところが!!1曲聴いたところで、

「ひぇーーっ」

て、、

古い言葉でいう

「ひぇーーっ!!」

もっと古い言葉でいう

「ドッカーン!!」(笑)

・・・ワタクシ、もう悪うございましたとね、ステレオの前でひれ伏した最高の1枚!!
いや、ホントですよ。あのー、両手を絨毯について謝ったんですから(・・・・うそ(笑)。)!

さあ、その今日の一品、これです。
アル・グリーンの最新作「I can't stop」のご紹介です。

以前このコーナーでですね、アーティスト「アル・グリーン」を紹介したこともあるし、
生唄コーナーで「Let's stay together」とか「傷心の日々(How Can You Mend A Broken Heart )」とか唄ったことあるんですね、僕。
だから、僕の最も好きなソウルシンガーであるということはですね、皆さん知ってるかもしれませんけれども、とにかく好きなんですよ。
何がそんなにいいかっていうとね、最高にエモーショナルでセクシーな唄い方、これもさることながら、
何と言っても、僕の場合ね、この人の作り上げる独特なサウンドのファンでね。
あのサウンドと唄のコンビがあってはじめて、世界に唯一無二のある・グリーンサウンドになるんですよ。それが大好き!!

この人、ギターで曲作るみたいでね、ちょっと独特なんです。
ちょっとロックっぽいというかね、まあうまく伝わるかわかんないですけども、ちょっとロックっぽい。
多分、ギター弾きながらその独特なコード進行を作っていったんだろうてのがわかる、、、
その辺が、ワタシちょっとギターも弾いてますから、、、この小さな小さな胸を鷲掴みにして離さないんですけどね。

だからっていうとあれですけど、僕のアルバムを聴くと、
必ずサイトーマコトのアルバム1枚に1曲弱

「なんだよコレ、アル・グリーンじゃねえか!!」

っていう曲が入っているわけなんですけども。

ま、愛しているんだから、仕方ないでしょ。

これはいいことにして下さい。

そして今回のアルバム「I can't stop」。
何が凄いかっていうとですね、彼の全盛期、つまり70年代初頭のスタッフがですね、
あの当時のスタジオに集結して、
中でも、その全てを構築していたプロデューサー兼アレンジャー、ウィリー・ミッチェル、、この人当年とって75歳!!
この人が、かつての盟友のためにですね、病気をおして立ち上がり、かつてのレコーディングメンバーを集めちゃってですね、、凄いことですよ、コレ!もうすごいお歳ですよ。

アル・グリーンとウィリー・ミッチェル、、なんと18年ぶりのコラボレーション。
あの2人がね、タッグを組めば、全ては最強ですね。
ええ、それはわかっていたんですけども。
聴いてみて、ここまど嬉しいことをやってくれたとはね・・・

つまり、嘘が全くないというか、、あの頃の音なんですよ!!・・・これ、新譜ですよ?
この2人に完全なる新しいオリジナル作りの意欲ってのがあるからですね。
その気合いが音に満ち溢れているし、勿論僕らの期待も裏切らないしね。

加えてジャケットアートワークも、最高でございまして。
今や、アル・グリーンていうとね、国民的歌手だし牧師さんでもあるから、、かなりキラキラしたものになるかなーと思ってたんですけども、全くその逆。
いかにもソウルのアルバムのジャケットって感じのね、モノトーンな渋い感じで。
スタジオで楽しそうにレコーディングしてる写真とかも写っててね、、
なんか60年代の新人ソウル歌手のビジュアルみたいで・・・いいじゃないですか!!そんなとこまで!

多分この盟友アル・グリーンとウィリー・ミッチェル。
57歳と75歳が再会してですね、また同じ場所で同じ笑顔で・・・もう一度男同士の仕事をして、
ホントに楽しかったんだと思いますね。
ええ、2人のそうした熱い思いがこのアルバムにぎっしり詰まっています。

だから、かつてのサウンドを知らない人にも絶対元気の出てくる音楽なので、皆様におすすめします。
是非是非聴いて下さい!

ワタシのお願い!

というわけで、このアルバム、久々に泣き上戸のカフェララルオーナー「泣き指数」ですけども、
アルバム1曲めのタイトルチューン「I can't stop」に10点満点の9点!!
もう泣くぜ!これは!
ついでにね、今日は「懐かしいぜ指数」10点満点の10点!!
これぞ男のソウルってもんです。

というわけで、「私のお願い」。
先月リリースされたアル・グリーンの最新作「I can't stop」をご紹介しました。

それではその中から1曲、
「これぞ我らのアル・グリーン!いつもありがとう!」というサウンドを聴いていただきましょう。
あなたに贈るオーナーおすすめのナイスソング!
この帰ってきた「メンフィス・ハイサウンド」はもう止められません!!
アル・グリーン「I can't stop」!!

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マイケル・マクドナルドのカバーアルバム「モータウン」

2003年07月23日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆マイケル・マクドナルドのカバーアルバム「モータウン」(と、カバーアルバムの面白さ)の巻(2003年7月13日)
 
はいはいーー。やって参りました、ワタクシ斎藤誠の小さな小さな胸を鷲掴みにして離さない映画や音楽の数々、毎週毎週皆様にご紹介させていただいておりまーす♪
カフェララル・オーナーズルーム、オーナーお薦めの一品、「私のお願い」のコーナーでございます。

本日は一枚のカバーアルバム。これのご紹介なんですけど。

昨今、この音楽業界はですね、内外ともに、昔の名曲の再評価というか、いろいろとそういうものが盛んでございます。
カバー曲或いは、カバーアルバムといったものが次々とリリースされてることは、皆様もよくご存知だと思います。
しかし、その内容はみんないいのか?って話になると、、、、まあいろいろあるワケで。

そんな中ですね、私、斎藤のアイドルとも言える歌手が、何と!!昔懐かしいR&B、モータウンソングのカバーに挑戦でございます。
もう、アルバムをリリースしたので、今日はそのお話をいたしましょう。

本日の「私のお願い」、7月9日発売になったばかりの、マイケル・マクドナルドのニューアルバム、その名も「モータウン」ご紹介します。

(ここで、MMさまの曲が流れる。)

来たー!! 太い声だなあ!!

まあ、よく考えたらね、この人マイケル・マクドナルドの曲だって随分カバーされてますよ。
今ね、車のコマーシャルでテレビからしょっちゅう流れてる、マット・ビアンコ・バージョンの「What a fool believes」(ちょっと誠さん、イントロ部分を軽く唄う。)。
たぶんこないだ、マイケル・マクドナルド来日してた時に、自分のいるホテルで見たんじゃないかなあ。
あのテレビのコマーシャルね。どうなんでしょう?
あとね、彼の場合は、彼のサウンド自体が結構ループサンプルとして、いろいろなところに使われて、Hip Hopの人たちが結構盛んに利用しているところもありますから、彼自身がいろいろなところからもてはやされてるわけなんですけども。

でもやっぱり、この番組お聴きの皆さんが覚えているのはですね、今年3月9日のリザーブシートですよ、マイケルさんお越しいただきました。
もう、今思い出しても斎藤ね、夢か誠か!!って感じですよ。ホントにちょっと信じられない出来事だったんですよ。
だってね、エフヨコの雑然としたロビーがあるんですけど、そこのソファーに、あのドゥービーブラザースの、あのグラミー歌手のマイケル・マクドナルドがですよ、ちょこんと座って出番待ってんですから!!
(香苗さん:みんな、びっくりしてましたもんねー、目丸くして。)
あれあれー??、あの人ひょっとしてー?みたいなね。
もう、ホント1回ここでほっぺたつねってみたいくらい、なんですけども。

しかもあの時は、僕のギター一本で「You belong to me」をデュエットしたなんてねえ。普通じゃありえませんよ。
その後、誰に言っても信用してくれませんからね。そのたびにその時の、僕の録音したMDを聴かせて「あ、ホントだ!!」って言ってもらうっていうねえ、そういう順序があるんですけども。
例によって、その辺のあたりはですね、僕のホームページに長々と感想文として書いてありますので、よかったら覗いてみて下さい。

さあ、とにかくですね、その時の3月9日のカフェララルご来店の際に、まだちゃんとしたCD盤にはなってなかったけども、今回のアルバムその名も「モータウン」、ダイジェスト盤を持ってきてくれたんですけども、そいつが遂にリリースされたということでございます。

とにかく一聴して、まず感じるのはね、最近のマイケル・マクドナルド、歌い方の凄まじいほどのエモーショナルっぷり。すんごい!!

10何年か前に、対談したことあるんですけども、その時に僕が「声が随分太くて、ワイルドになってきましたね」て、いった質問したんですよ。そしたら、彼がね「それはきっと、たぶん日頃ライブをやり続けてるからでしょう」という答えが返ってきたのをよく覚えてますけども。

今回は、マーヴィン・ゲイとか、スティービー・ワンダーのその時のオリジナルのkeyそのまま唄った曲も多いみたいで。
例のあの「焼き芋を頬張ったまま歌唱法」^^がですよ、更に発展して、かなりのハイトーン、シャウトも辞せずガンガン行ってます。
今回ね、意気込みがすごいですよ、彼。
で、それから古き佳き時代のモータウンへの尊敬の念てのかなあ。
プロデュースが「もう来ないといわれながら、またあっさりと来日が決まってしまったエリック・クラプトン」のプロデュースでおなじみのサイモン・クライミーでございますよ。

で、収録曲としてはですね、スティービー、マーヴィンの他に、テンプテーションズ、ダイアナ・ロスそれからシュープリームス勿論ですね、、のカバーなんかが入ってます。
でね、とにかく原曲が有名な曲であろうが、何にしようがですね、、、出来上がったものが全てマイケル・マクドナルド印(じるし)。マイケル・マクドナルド・ミュージックなんですよ。

カバーってのは、原曲との比較を迫られることは必至でございまして、それも覚悟の上でチャレンジするわけですけども、もうね、中にはやっぱホラ、、何か違うなあーコレ、、原曲のがいいなあってのもあるんですよ。
でも、この人の場合は、完全に彼のロックになってます。
彼が80年代初頭にドゥービー・ブラザースを辞めてから始めた、彼独特の都会的なコンテンポラリーな音楽、そのものにこれがなってるんですよね。

中には知らない曲もありましたけども、知らない曲になってくると、完全にマイケル・マクドナルドのオリジナルだろうって感じで聴いてました、僕。

やっぱりね、昔の佳い音楽へのリスペクトは勿論のこと、その持ち前の個性でもってね、完全に自分のものにしてますね。
自分の世界です。完全に脱帽でございます。

さー、えー実はですね、ここで斎藤、個人的な大変ハッピーなお知らせがございます。

実はですね、只今私もカバーアルバムの制作に入っております。(拍手~ぱちぱちぱち、)

そしてそこには全くの新曲、オリジナル曲も1曲収録される予定でございまして。
新曲を含む全12~13曲のフルアルバムになると思います。大事なお知らせですよ!
20周年記念企画、これの切り札として、渋公のライブの前にリリースを目指すということでね、スタジオで毎日いい汗をかいてます。
コレ、是非皆さん期待して下さい。私のお願い!!

というわけで、本日はカバーアルバムの面白さのお話、マイケル・マクドナルドの
ニューアルバム「モータウン」をご紹介いたしました。

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スティーブ・ウィンウッドの巻

2003年07月20日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆スティーブ・ウィンウッド、6年ぶりの新作リリースの巻(2003年7月20日)
 
ハイー、やってまいりました。
遅れをとるところでしたー、今。違うこと考えてました、私は(笑)。

ここのところね、連日のレコーディングで、もうこの辺でそろそろへたりそうな感じなんですよ、ホントならね、いつもなら。
なぜか元気な「音楽バカ」、斎藤です。・・・何か知らないんですけどね・・・。いつかね、ガタっと来る時があるかもしれませんがー。

そんなね、私の小さな小さな胸を鷲掴みにして離さない映画や音楽の数々、毎週毎週皆様にご紹介させていただいております、カフェララル・オーナーズルーム、オーナーお薦めの一品、私のお願い・・でございますけども。

さて、香苗ちゃん。ロックやポップスのサウンドで最もシンプルなバンド形態というと、何人組ですか?
(香苗さん、、「4人!」とお答え。)
・・・と、思うでしょ?
ポリスとか、3人だから。3人・・・・て、すぐ答えてくれるかなって用意してたんですけども、4人て言われてびっくりしましたーー!(笑)

実はね、今回僕のレコーディングも限りなくシンプルで、3人で録った曲が多いんですけども、この番組でよく聴けるハワイのジャック・ジョンソンなんてのも、あれも3人で録ってますけど。
とにかく、3人くらいだと、何もかも剥き出しになった感じになるんですよ。
物凄く生々しく聴こえてくるから、そのアーティストのいろんなものが直に伝わってくるわけですよね。

さ、今日の私のお願いは究極のシンプルサウンドでもって、6年ぶりに新譜「About Time」(7/16)をリリースした、天才ロックアーティスト、間違いなくですよ!!スティーブ・ウィンウッドのご紹介です。

これはね、斎藤、久々に驚きましたよ。

とにかく剥き出しの赤裸々なサウンドですよ。

このアルバムね、殆ど3人で録ってます。でも、普通3人と言えば、ドラムとベースとギター、或いはドラムとベースとキーボードってことになるんですけども、、、

違うのよ、コレが。ベースがいないんだってば!!

ドラムとギターとハモンドオルガンです。
で、思い出したんですよ、このスティーブ・ウィンウッドって人はですね、60年代に既に神童と呼ばれていて。
だって15歳の時に、スペンサーデイビスグループでデビューして、、もうヒットガンガンとばしてた時代から、既にオルガン弾いて、ボーカルとってたんです。
皆さんもハモンドオルガンて楽器、見たことあるでしょうか?
足元にもペダル鍵盤がついていて、ここで足でベース音を弾くわけですね。
つまりこの人は、足でベースを弾きながら、手でコードとメロディを弾いて、その上で唄を唄ってるんですね。
いやね、そういう人は多分この世界には沢山いるんでしょうけども、このアルバムを聴いてまずびっくりしたのは、その三位一体な感じのしなやかさっていうかね、、、、あまりにも見事でね。
普通に聴くとね、ベースにギターが入ってる4人組の音に聴こえるんですよ。
その位、ベースのペダルがね、ロックしてて、彼の呼吸にぴったり合ってて、カッコいいんですね。

皆さん、もう一度、スティーブ・ウィンウッドという人の偉大な足跡をおさらいしてみますね。

さっきのスペンサーデイビスグループを離れて、トラフィックというバンドを67年に組みます。
で、その後にエリック・クラプトンさんに誘われて、伝説のドリームチームバンド、ブラインドフェイスに、ここに参加するわけですけども。
僕もよく唄う、Presence of the Lordとか、Can't find my way home なんて名曲を残しながら、「あ゛ーもったいない!」あっという間に解散ですよ。
で、そして70年代には、第二期トラフィックで活躍した後、ソロに転向。ここからがまた凄い。
ますます、その個性を剥き出しにしてきてね、と言っても決してゴリゴリしたものではなく、何かとってもこうメロウな感じね。
印象的なイントロのメロディをシンセサイザーで弾いて、そんなサウンドがちょっとねAORっぽくもあり、時代にマッチしていたんですね。

いよいよ80年代後半になって、Back in the high life againとかね、Higher Loveとかね、、チャカ・カーンとかとデュエットしたやつ。
それからRoll with itとかね、出すシングル軒並み大ヒットです。

でも、この人エライのはね、こんな栄光のキャリアがあるにもかかわらず、それに胡座をかいたりしないでですね、常にいろんな人とセッションしてね、リリースはあくまで自分のペース。
商業的義務としてではないところで、音楽を作ってきたんですねー。

で、そして今回の6年ぶりの新譜なワケですよ。

これは、大人のロックですよ。はっきり言って。
テクノロジーとか頼ることなくて、殆ど一発録り。
現在55歳のスティーブ・ウィンウッドのそのありのままが収録されています。
ちょっと、ジャムバンド的な要素も強くてね。6分以上の曲が5曲もあります。
中には、11分27秒なんて物凄い大作もあるんですけども、全く衰えることを知らないクリエイティビティっていうんですか、ホントに斎藤、この人には頭が下がります。

さ、このスティーブ・ウィンウッドですけど、今年の苗場にいらっしゃいます。フジロック7月27日のグリーンステージということです。
もう、このアルバムのサウンドを生で、しかも野外で聴けたら間違いなく涙が出るでしょう。
ハイ、こちらの方も皆さんご期待下さい。

しかしね、天才というのは、いるとこにはいるもんですね!!
しかも、この人に関してはまだまだ目が離せない天才。素晴らしい音楽です。皆さんも是非聴いてみて下さい。
私のお願い!!

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スティーリー・ダンの巻

2003年06月29日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆スティーリー・ダンの巻(2003年6月29日)
 
ハイ、やってまいりました。
ワタクシ斎藤誠の小さな小さな胸を鷲掴みにして離さない、映画や音楽の数々を毎週毎週皆様に紹介させていただいております、カフェララルオーナーズルーム、オーナーオススメの一品「私のお願い」でございます。

さて、突然ですけれども、世の中どこにもですね偏屈なオヤジあるいは頑固オヤジってのがいますけどもね。
変わり者だけど、1本スジが通っている、芯が通ってると「確かに奴はたいした男だ」と、こういうことを言わせてしまう凄い奴。
どこの世界にもいるでしょうけども、特に、私どもの音楽の世界、ここにはそういう輩が多いんですよ!! 
確かに「場」の空気とか、あんま読めなかったりするんですけども、1度ピアノの前に座ったら誰もがひれ伏すようなオーラでもって、美しいメロディを奏でたりね。
つまり逆に言えばですね、偏屈な頑固オヤジだからこそ、他の仕事じゃなくてこんな「個性勝負」!!みたいな商売やってるワケですけども。

それにしてもこの2人。異常でございます、、、
今日紹介する、ロック界きっての尊敬される屈折した頑固者、偏屈な2人組。
頑固×2ですからね、まさに奇跡です。

そうです!
結成31年の筋金入りバンド、その名もスティーリー・ダン。
本日の「私のお願い」は、彼らの最盛期の最高傑作!!
もうロック史に燦然と輝く超名盤「Aja」のご紹介です。

いやあ、遂に先日新譜が出まして「everything must go」てやつね。
3年ぶりってことで、音楽関係者みんな驚きました。
「3年も待たせやがって」てんじゃないですよ。
その逆です。3年でまた新しいのが出ること自体みんな夢にも思ってなかったです。

だってね、前作までは僕達20年待ったんですから。20年ですよ!!
新作につきましては、雑誌BRIOの方で私の連載の音楽コラムで紹介していますんで、見てやって下さいね。
何てったってね、今月号(2003年8月号)のBRIOはですね、マイケル・マクドナルドさんとの対談が遂に載りましたから。
こちらの方も是非読んで下さい。私のお願い!・・・・って終っちゃいけないんですけど(笑)。

話は戻りまして、スティーリー・ダン。
ドゥービー(ブラザース)に入る前に、マイケル・マクドナルドが在籍したバンドですよ。
その20年前の1980年にリリースしたのが、今日紹介する「Aja」と同じくらい大事な名盤「Gaucho」っていうやつだったんですよ。
これも、皆さん機会があったら聴いて下さい。最高です!

さて「Aja」ですけども、彼らの7枚目です。
77年にリリースされたんですけども、77年といえば!!!
ワタクシ斎藤が、くしくも大学に入学した年でございまして、見るもの聞くもの全てが新鮮でね。
もう、出会いもたくさんございました。
あの今年25周年の我が国最大のロックバンド、デビュー1年とちょっと前の桑田さんたちに出会ったのもこの年でございました。

あのね、いいですか!!!
当時ロックをやる大学生の全員が聴いていたアルバム、それが「Aja」です。
ほんとですよー。嘘じゃありません。
「Aja」を聴いていない奴は、ウチの学校の正門通ってこれなかったんですから。
それぐらいみんな興味が集中してたんですよ。今考えてみれば、理由はいっぱいあったんです。

まず、この当時はオーソドックスなロックがそろそろ元気がなくなってきてて。
それでクロスオーバーってんですか。
つまり「ジャンル超え」の時代になってきていて。だからJazzとかR&Bとか、早くから融合していたこのスティーリー・ダンに時代に方が追いついてきたといえますね。
それからジャケットアート。
こだわってましたね。
当時、日本で唯一世界に名がとどろいていたスーパーモデル山口小夜子さん、彼女が写っています。
赤と黒と白の色彩。日本のアルバムの方には色彩の「彩」、彩(いろど)るという文字が描いてありましたね。
シンプルで無駄のないデザイン。
まさにスティーリー・ダンの音そのものっていうアートだったんですけども。

しかし。
何より話題の中心だったのは、バンドにしてバンドでないという形態です。
これが、ものすごい人の興味をひいたわけですよ。
「なんだ、そんなのよくあるじゃないか」
とおっしゃる方もいらっしゃると思います。

いいえ、違います!!
当時は、そんなバンド他にいなかったし、いたとしてもプロデューサーが全部仕切って全部作っちゃって、アーティストは後で唄を唄いにくるだけ、みたいなそういう場合はありましたけども。
この2人は、その正反対です。
2人がずっとスタジオに篭って・・・
何ヶ月どころじゃないなー、、たとえば1つの間奏の部分を、何人ものプレーヤーに弾かしてみて、録るだけ録ってドンドン「ボツ」にしてくんですよ、、、、ヤナ感じでしょう(苦笑)。
実際LAのミュージシャンで「奴らのスタジオだけは、呼ばれたくねえっ」って言ってるやつに会ったことありますからね。
もう納得いくまで何ヶ月も何年でもトコトンやるわけですよ(笑)。コワイですねえ、、、。恐ろしいですねえ、、、、。

しかし、そこまでテッテーしてやった完成した内容が僕らの想像をはるかに超えるような芸術品だったっていうんですから、何も言えません。
もう無駄をいっさい削ぎ落とした究極のサウンドと、難解で皮肉な歌詞なんですけども、今やもうその辺もおなじみになってしまった彼らのこのスタイル。
もう最初にそういうのを完成させたのがこのアルパム「Aja」でございます。
収録されてる曲、どの曲もとにかく素晴らしい!!
奇跡だと思いますね。

ロックやポップの歴史には振り返ると、たびたび奇跡的な作品がありますよね。
ビートルズの「アビーロード」とか、キャロル・キングの「タペストリー」とか。
そのアーティストの絶頂期の一番いいときの素晴らしい記録。こういうのがたまに出るんですよ。
まさに「Aja」が然りでございます。
こういうことあるんですね。だから音楽は楽しいんですね。

皆さん音楽を楽しみましょうね。私のお願い!
ご静聴ありがとうございました(笑)。

というわけで、これは久々にいっちゃいますよ!
泣き上戸、カフェララル・オーナー泣き指数10点満点!!!
・・・ということで、今日はスティーリー・ダンの最高傑作、1977年の「Aja」をご紹介しました。

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斎藤誠の“重大発表付きフルスロットル・活火山ライブ”」@吉祥寺S.P.C.レポ

2003年05月25日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆「斎藤誠の“重大発表付きフルスロットル・活火山ライブ”」
@吉祥寺S.P.C.レポ(2003年5月25日)
 
ハイ、やってまいりました!!
私、斎藤誠の小さな小さな胸を鷲掴みにして離さない映画や音楽の数々を、毎週毎週皆様に紹介させていただいております。
カフェララル・オーナーズルーム、オーナーおすすめの一品、「私のお願い!!」でございます。

 さて先日ですけど、5月21日東京の吉祥寺のライブハウス・スターパインズカフェにおきまして、タイトル「斎藤誠の“重大発表付きフルスロットル・活火山ライブ”」、派手にやらさせていただきました。
いやあ、やはりライブというものはね、やはりスゴイもんです。
20年以上やってますけれども、この日は特にね、会場全体の一体感というんですかね、そういうのを実感しまして。僕にとっても非常に特別なステージとなりました。
何でかというと、まあいろいろとあるんですけども「何でこんなに音楽が楽しいのか」とか、それから「何でこんなにライブというやつは、他の自分の人生の中で格別なのか」というのを実感したんですよ、唄いながら。そのあたりをですね、ライブレポとともに掘り下げてみたいと思いますよー。

 それではさっそく今週の「私のお願い」、フルスロットルで参りましょう♪

 今回はですね、そのイケイケ気味のタイトルが示す通りですね、勢いにノッてガンガンとばして一息ついたりしないという、そういう内容でございましたけども、曲も斎藤20代に書いた、チョイと青臭いな曲が満載でございまして。
アコースティック一切ナシ、バラードと言えるバラードもナシ、もう会場がオールスタンディングだったっていうこともあるんで、とにかくお客さんはもうカラダを動かしてノッてもらう、そういうラインナップだったんですよ。
 
 ところがですね、今月アタマの連休から、例の風邪っぴきがいつになってもワタシ治んなくってですねー。ちょっとした危機感を感じながらライブ当日を迎えたんです、実を言うと。
当日もライブ直前までトイレに行ったり来たりでね、パワーがちょっと気になったりもしたんですよ。
でも、ライブ自体は全然心配じゃないんですね。それはどうしてかというと答えは2つ!!非常に簡単なんです!

 1つはですね、僕には「例のバンド」(!!)がいるということでございまして。「それはそれは凄いバンド」(!!)という、ああいうバンドと一緒ですからね。ステージに上がっちゃいさえすれば、いつものように自分のペースが掴めるってわかってるんですね。もう、6人のメンバーは、15年以上も一緒だから誰がどんな調子か、どんな感じかなんて全部わかるんですね。
とはいえ、さすがに当日の体調については彼らに黙ってたんですけども。でもとにかくですね、僕を含めてこの仲間、音楽というものを通じて信頼しきっているから全く安心でした。

 そしてもう1つはですね、見に来てくれているお客さんへの信頼感です。・・・僕からの、ね。
何かねえ、思うんですけども、去年の春のツアーぐらいから、ファンの皆さんのその応援のベクトルというか、皆さんのあったかい気持ちのパワーというのが、ドーン!!と1つになって僕自身をすごく理解してくれてる感じ。それが実感できることがしばしばあるようになって。今では、もう申し訳ないぐらい皆さんの笑顔あっての自分になってるんですね。
だから、ステージでちゃんと音楽を、音楽の楽しささえ伝えていさえすれば、きっとみんな喜んでくれると確信ができるんだよね。
 それから更にこの番組を通して、新しい顔がいっぱい入ってきてくれて。この番組では僕も香苗ちゃんもですね、殆ど「素」でしゃべってるでしょ?で、大好きな音楽もドンドン紹介しているから、ライブの僕を見ても何の違和感もないんじゃないかなと思うんですよ。それもホントにありがたいなあって思いました。

 まあ、今回のステージは20年間のいろんな曲を唄ったんですけども。若い頃書いた純粋な歌詞を唄いながら、自分でね、何か胸が熱くなっちゃってねー。それで、もっと自分に素直な・・・更に自分に素直な自分らしいことをこれから唄おう!!なんてそういうふうに思いました。
 
 誰でもそうだと思うんですけども、今の立場だけに追われて、そもそもの自分を見失いそうになることってあるでしょう?
忙しかったりしてね。いろんなことがあったりして。で、僕はね、特にそういうことが多いんですよ。そういうのに負けそうになることが多いんです。
だけど、カフェララルのリザーブシートで出会ったアーティストの皆さんの、真摯な姿勢によく心打たれたりなんかして「自分をもっと信じなきゃあ」って思うんですよ。今日も思いました。ケイト・ブロウさん、ありがとう!!(この日のゲストでいらっしゃいました。)

 さて、この21日のライブ、メインイベントというのが、タイトルにもついている「重大発表」ということでございまして。
これは3曲唄い終わったところで、早めに発表してしまいました。
その内容は、ワタクシ斎藤誠!20周年の締めとして記念ライブを、、実に1985年7月以来(笑)渋谷公会堂でやります!!!
時は今年10月4日、土曜日ということなんですが、皆さん是非是非いらして下さいね。これも私のお願い!!

 21日ライブは、アンコールで平松ヤッチ―(平松八千代さん)も飛び入りしてくれたりなんかして、大盛り上がりでございました。ああいうのを会場が1つになったって言うんでしょうね。

 そしてもう1つ嬉しかったのはですね、全て唄い終わった後、この番組で僕がギター1本で唄った、オールマンブラザーズバンドの「Melissa」という曲を、弾き語りのやつ、これを会場に流したんですよ。
僕ね、その時楽屋に戻って汗も拭けないような放心状態でいたら・・・です。
その唄のテープが終ったところで、あったかい拍手が聴こえてきたんですね、楽屋まで!!・・・最高に嬉しかったですねー、これは!!
終演後のBGMの僕の唄まで、聴き終わってくれるところまで聴いてくれて・・・・!!!。それがわかった瞬間、斎藤感激しました!!音楽は素晴らしいです!!

 というわけで、結局また「音楽サイコ―!!!」って話になってしまいましたけども。でもホントだものね、これはね!!

 斎藤誠、10月4日の渋公に向けて、更に楽しい音楽を見つけて参ります。
皆さんも、もっともっと音楽で幸せになって下さいね。「私のお願い」でした。

追記** で、この後オリジナルバージョン「Melissa」が流れました。。

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誠さんが大好きな・・・マウンテンの巻

2003年04月20日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆マウンテンの巻(根本要氏と共に♪)(2003年4月20日)
 
斎藤 誠(以下、誠といたします^^) ハイ、やってまいりました。私、斎藤誠の小さな小さな胸を鷲掴みにして離さない映画や音楽の数々、毎週毎週皆様に紹介させていただいておりますけれども。
カフェララル・オーナーズルーム、オーナーオススメの一品、「私のお願い」ということですが、、、
今日は、私をここで喋らすよりもですね、ロック漫談家として高名な・・・

根本 要(以下、要といたします^^) (大爆笑!)

誠 根本要センセーに来ていただいておりますので・・・・

要 いいなー、ロック漫談っていいねえ。

誠 いや、こないだそう思ったの。こないだのライブの時に。

要 ロック漫談て新しい! ロック漫談家てメモしちゃおうかなあ。

誠 メモしてるメモしてる!!

要 いーねえ(感嘆)。

誠 でね、やぱせっかくですから、同い年の私たちが、70年代のオイシイロックを聴いて来た私たちが、いろんなものを紹介しないのは罪だと・・・。

要 うん、そうだー。

誠 そういうことでございまして、今日は、電話連絡したらですね「これにしよう!」と、いうふうに決まったアルバムがあります。
ハイ、言わしていただきますけども、1971年にリリースされたマウンテンの・・・マウンテン・・・みんな知ってるかなあ? 4枚目のアルバム「Flowers of evil」邦題が「悪の華」これをご紹介します!!

***************************

(曲が流れる。)

誠 来ましたよー、、根本さん、どうします!

要 もうこれね、片面がライブ、B面がライブでね。A面がスタジオ録音だよね。
このスタジオ録音がですね、ただのロックバンドじゃないんですよ。
 
誠 なんでなんで?

要 これは、フェリックス・パパラルディという音楽プロデューサ―が・・・まあクリームを育てた人ですよ。彼がですね、クラシックの知識を持ってるが故にですね、非常に・・・格調高いロックが繰り広げられてるんですよ。

誠 クリームは3人だったけど、ここは4人にしよう!

要 キーボーディストが入っていることで、より音楽が広がっていくんです。

誠 フェリックス・パパラルディ、ベース
レズリー・ウエスト、ギター、この人が大きい、、、ねえ。
それで、コーキー・レイング、この人がユベントス(イタリアの名門サッカーチーム^^)のあれに似てるんだ!誰だっけ・・・Del Pieroにちょっと似てるんですけども。
それからスティーブ・ナイトというキーボード。4人組だったんですけどもね。

要 スティーブ・ナイトは、殆ど弾かせてもらえないんだけどね。

誠 そうそうそうそう。あんまし音が聴こえてないですけどね。
ところが、この「悪の華」ってのがね・・・・僕はその前に、71年ぐらいに正式にビートルズが解散しちゃって「僕は何を聴けばいいんだろう」って思ってた時だったわけ。

要 ふーん。

誠 その時にね、FMをちょっとひねったらですね、このB面が聴こえてきた。「何だこれは!!」と。「コレじゃない、オレは!!」と。

要 むちゃくちゃむかっこいいよね。

誠 本当にそう思って・・・なんつったってB面2曲しか入っておりません。「幻想の世界」という曲・・・「幻想の世界」、曲といっても組曲ですね。20何分あるんです。

要 そうなんです。もう、インプロビゼーションが大半ね。20何分あるんです。

誠 インプロビゼーションって何ですか?

要 インプロビゼーションってのは、要するに適当なことをやるんですよ、みんなでね。

誠 目で合図してね。ステージ上だから何が起こるかわからないわけですよ。

要 途中でベースが抜けちゃったりとかするんですけど、それでもドラムとギターがガンガンソロやりながら・・・で、テーマがフッと出てくると、また今度はそのテーマでみんなが演奏し始めたりする。

誠 そうそう、終わりが決まってないの。そういう頃の時代の話ですからね。だからもう、ホント僕らはこれを聴いて「あ、ライブってのは、何時間やってもいーんだ!」

要 そうなんですよ!その前にクリームの「Wheels of fire」っていう・・・「(邦題)素晴らしき世界」ってアルバム。これも1曲1曲が長かったんですけども、このマウンテンはキーボードがいるっていうことも含めてですね、展開がいいんですよ。

誠 そうだよね。

要 ライブの展開が。

誠 うんうんうん。まるで考えたかのように。だけど、アドリブだから考えてないんだけれども。特にその中でも、このヒトたちはライブアルバムが多いんですけれども。この邦題「悪の華」というのはスタジオも楽しめるし、ライブも楽しめるってことで、もうホンットにおいしいアルバムですねー。

要 しかもですね、当時のアナログ盤にとっては、非常に珍しくですね、収録時間が長かったんです。

誠 そうかそうか。

要 このライブアルバムの方は30分くらい入ってるでしょ、B面は。普通は20分ぐらいで終っちゃうんですよね、片面がアナログ盤の場合。これはね、確か27,8分あった。

誠 そうだそうだ。そうするとね音が小さくなるからね、B面にきたら音を上げてくださいって但し書きが書いてあったね。そういう時代のやつでした。

要 このライブアルバムでいうと、まあ制作費もかかんないよね。ライブの曲入れるだけだから。ユートピアのライブとかもやっぱりね、30分以上入ってましたから、B面が。

誠 そうだっけ、・・・・しかし、気がついてみるとよく喋んなあ、俺たちは。

要 いやいやいや、、しょうがないよー。

誠 楽しいものに対してはねー。
だけどよく考えてみると、ずーっと今日番組の途中から来ていただいた根本要さんがですね、マウンテンの話とともに今日去っていくという、、、

要 (笑)。いいじゃないですか!

誠 どうしたの、この番組は!!

要 これが僕が音楽を語る・・・ロック漫談の粋ですよ。

誠 ポロッと言ってしまったんですけども、いいですか?そのロック漫談ての。

要 ハイ、、

誠 そうですか。
というわけで、是非機会があったらば・・・機会があれば!ですよ。このハードロックの原点ともいえる、マウンテンの「Flowers of evil」皆さん聴いていただきたいと思います。
「私のお願い」!ということで、今日は「悪の華」というアルバム、マウンテンをご紹介しました。
それでは、根本さんとはこれを聴きながらお別れです。

要 僕のリクエストですけれども。これは「バニシング・ポイント」のテーマソングにもなってましたけどもね、ライブでお届けしましょう!!「ミシシッピ―・クイーン」!

誠 根本要さん、今日はありがとうございました!!

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ジョーン・オズボーン、カバーアルバムをリリースの巻

2002年12月22日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
はい、やってまいりました。
ここで再び登場(・・・生放送出演は、お休み中のため。)の私、サイトーマコトでございます。
Mr.AOR!! ・・・言っとかないとね。
もう、ここんとこずっとロックンローラーになっていますからねっ!!(注・ちょうどこの時期は、桑田佳祐さんのソロツアーにギタリストとして参加している最中でした。)

私の小さな小さな胸を鷲掴みにして離さなかった、映画や音楽の数々を皆様にご紹介させていただいております。
カフェララル、オーナーズルーム、オーナーおすすめの一品、「私のお願い」。

今日は、白人女性アーティストのお話でございます。

~(中略)~

60年代から70年代にかけての、ソウルミュージックとかロックをカバーしたニューアルバム「How Sweet It Is」をリリースしたばかりのジョーン・オズボーンのご紹介です。

あのね、今年はね、国内でも去年に引き続き、いわゆるカバーアルバムリリースが非常に華やかでございましたけれどもね。
僕自身も、先輩・原由子さんの「東京タムレ」をプロデュースさせていただいたりとか・・・
秋には、所属事務所のアロハプロダクションズのアーティスト勢揃いの邦楽カバーアルバム、ビリーバンバンの「さよならをするために」を唄わせてもらいました。
とっても幸せな1年でございましたけれどもね・・・、

でも、考えてみればね、このカバーって作業。
古き佳き唄でしょ、佳き音楽・・・これの見直し、あるいは発掘といったまあそういった意義みたいなものも確かにあるけれども、
実はね、それ自体ね、かなりね、大それたチャレンジなわけでね。

「元がそんないい曲ならば・・・そいつをいじくるからには・・・相当覚悟ってものが、オマエ、あるんだろうなっ!!」

てことになると思うんですよ。
単なる原曲へのリスペクトじゃダメだと思うんですね。
聴いた人が「なるほど!!コイツが、こういうやり方もいいねえ」って思うものを作らなきゃダメでしょ?

でですね、今回のジョーン・オズボーンのアルバム「How Sweet It Is」!!
これがね、今言った「こりゃあ、こういうものもいいやー!」てやつなんですよ。
それどころかね、単なるカバーアルバムという役割を超えてですね、ジョーン・オズボーンのね、代表アルバムになるんじゃないかなと、言い切ってしまいたいくらいの勢い。

何が素晴らしいってね、「唄」なんですよ。
あのね、この人は95年のシングル「One of us」。
これ・・・大ヒットしすぎてね、、日本人でも当時そっくりな曲が幾つか出て来ましたけども(内緒)。
まあね、そのくらいヒットして勢いがあったんだけど、その後がどうも静かになっちゃった。静かーにね。
この番組でもね、一昨年前に出たアルバムの中から、1曲かけさせていただきましたけどもね、確かにちょっと地味なんですよ。

で、その後に今回出たこのリリース!
なんと今回は、純粋な歌手のアルバムでした。
ええ、私ね、目から鱗がボロボロ・・・と。
自分はね、この人の声、ノド・・・唄が大好きだったんだって気がついたんですよ、アタシ。
これだ!これを待ってたんだってね、なんて魅力的なノドなんだ!!

つまりですね、言わしていただきます。
猫も杓子も、シンガーソングライターでなくてもいいだろうと・・・私は思うんですよ。

5年ぐらい前からね、特に女性ソロアーティストって言うと、自分の心の中身とかね、痛み、苦しみ、悲しみ・・・こういったものを全部吐露するようなスタイルが主流になってきたでしょ。
当然自分で歌詞も全部書いてね。
多分そのバックにはアラニス・モリセットとか色んなアーティストの成功があったからだと思うんですけども。
それは私も大好きですよ、よく聴きます。歌詞とか見ながら聴きます。
でも、そういうのばっかりじゃなくて、単純にね、素敵な歌声、ノド・・・そういうものがあっていいじゃないかって思うわけです。

昔で言えば、フリートウッドマックのクリスティーン・マクビー・・キーボード弾きながら唄ってるオバサン、、、とかね、ボニー・レイットとかね、
ああいう声自体に圧倒的に魅力のある人・・・そういう人がね、もっとどんどん出て欲しいって思ってたんです。
そしたらこれが出てきた!

しかしそれにしてもね、この人のね、歌い手としての器の大きさ!!これを思い知りましたよ、今回。
ただのロックおねえちゃんじゃないです。
唄の持つね、郷愁感ていうのかなあ、哀愁があるんですよ、淡々としていて、ちょっと枯れていて。
何よりね、圧倒的にあったかいんですね。
やっぱりこの寒いシーズンにですね、よくぞリリースししたくれたって思うんですけども。
皆さんも是非この「歌手 ジョーン・オズボーン」の世界に浸ってみてください。
とにかくね、先入観なしに、カバーアルバムだっていう意識さえなく聴けると思います。
部屋を暖かくしてですね、是非彼女の気持ちいい唄声を聴いてみて下さい。

私のお願い!!

というわけで、今日は先月11月21日にリリースされた、ジョーン・オズボーンのニューアルバム「How Sweet It Is」をご紹介しました。

それでは、このアルバムから・・・
もう原曲のマーヴィン・ゲイも、有名なジェームズ・テイラーのバージョンも忘れちゃうほど素敵です。
あなたに贈るオーナーおすすめのナイスソング、ジョーン・オズボーンの「How Sweet It Is」!!!


~管理人の追記~
オンエアのお話を聴いた少し後に、私もアルバムをさっそくgetして来ました。
1度目よりは、2度目、、2度目よりは3度目、、じわじわじわじわココロに染み入るかのような唄だと思いました。
噛めば噛むほど、、っていう言い方ありますけど、まさにそんな感じ。

買った当時は、そんなにヘビーローテーションというほどでもなかったのですが、
2004年に観た映画「永遠のモータウン」でも、インタビューシーンやライブシーンに出演されていたこともあり、
また改めて何度も何度も聴き直しをしています。
はっきりいいましょう、、、私もこれすごく好きです、ホントに!!

他でもお話をされていたような記憶がありましたが、ここでも誠さんの「カバー」に対する考え方というものが語られていますよね。

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ポール・マッカートニーの巻

2002年11月24日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
ハイ!やってまいりましたー。
ここで再び登場のサイトウマコトでございます!(注:この時、誠さんは録音で登場されていた)
こんばんはー!
そのサイトウの小さな小さな胸をワシヅカミにした、映画や音楽の数々、皆様に紹介させていただいております。カフェララル・オーナーズルーム、オーナーおすすめの一品「私のお願い」!

というわけで、今日は音楽ですよ、音楽!

さあ、香苗ちゃん!香苗ちゃんは、世界で一番ですよ、「アンタは大したお方だ!」と思えるアーティストって誰ですかっ?
(サイトーマコトーっ、と、とっさに答える香苗さん)
ありがとうっ!(・・・小さいな、小さいなあと、呟く誠さん。)

ボクはですね、もうね、小学生の時からこの人たちなんです。ていうか、この人です。
今日はその人のライブのお話でございます。
そうです、今日の「私のお願い」。世界最大のミュージシャン、史上最大のソングライター。
ポール・マッカートニーの日本公演の感想などお喋りさせていただきます。

これで最後と謳われた、ポール・マッカートニーのジャパンツアーでございましたけどもね、東京ドームと大阪ドームね。
その全行程が終ったようですので、もうネタバレの心配はないですね。だから、喋らせていただきましょう、サイトウ! 喋っちゃうよー。
もうね、この人ぐらいになるとね、ファン会報とか専門誌とかでですね、今回のツアーのセットリスト、、、曲順ね、全部出てるんですよ。
来る前から出てたんです。公表されてMCのすみずみまで紹介されてましたけども、なるべくそういうものは見ないようにして、東京ドームに挑みました。

11/11の東京ドーム、初日ですね、これね。
会場にはね、ホントたくさんのビッグアーティストがかけつけてましたね。
例えば、あのー・・・天童よしみさん、いらっしゃいましたね。ものすごく目立ちましたねー。
うちの先輩よりも、はっきり言って目立っておりましたけれども。
そしてコンサート自体はですね、前日の日米野球の取替えもあって多少押しましたけれども、ちゃんと始まりました。

ポール・マッカートニー・イン・コンサート・ドライビング・ジャパン!

さあ、まずね、ポール・マッカートニー本人が出てきて1曲唄う前にね、20分以上ね、オープニングショーっていうのがあったんですよ。
もうねえ、言っちゃいますけど、ボク、今回のコンサートもう最高だったんですよ!今までの3回の来日の中でね、一番素敵だったと思います、ボク。

で、その理由の50%がポールが出てくる前の1大ショー!オープニングショー。これにあるんですよ。
あのね、幸運なことに今回ボクはアリーナ席だったんですけども、客電が落ちて(客電というのは、お客さんところの電気ね)暫くすると、アリーナ席のお客さんが、スタンドの方を指さしてね「何だあれは?」ってやってるわけ。
そっちの方をこっちは見るわけじゃないすか。そうすると何かね、スタンドの中程に真っ赤なね、中世ヨーロッパのドレスを身にまとった女性がですね、それこそお人形さんみたいにね、微妙に動いているんですよ。
何だ?って気がつくと、あそこにもここにもって感じでドンドン増えていって、その人たちが演技をしながらステージに向かってゆっくりゆっくり歩いてくるんですよね。
で、次第にそれが世界各国のコスチュームになってきて、もうたっくさんの人数になってきて、どんどん盛り上げていくんですよ。

あのね、例えば例としては昔ね、フランスの冬季オリンピック、アルベールヴィル大会っていうのがありましたけども、あそこのね、開会式、皆さん覚えていますかね?
ヨーロッパ人ならではの、アーティスティックなセンスで、不思議な国に迷い込んだような、サーカス小屋に入っちゃったような、そんなね。
一緒に行ったベースの角田(俊介)とかね、片山(敦夫)とかはですね、「随分このショー引っぱるなあ」って怒ってましたけども。
とにかくね、僕はこれに興奮しまくってですね、「ポールさん、まだまだ出なくていいよ。これでもっと盛り上げて、いいところで出てきて!」なんて思ったくらいですね。

そしてこの驚くべき演出でもって、最高潮になったところで、御大、ポールの登場でございます。
そっから約30曲。
もうライブ中には、演出一切無し。さっき全部やっちゃったからね。
1曲やっちゃあお喋りして、弾き語りしちゃあまたお喋り。陽気なオッサンでございました。

もはやね、ビートルズ2人になっちゃったでしょ。当然のようにですね、亡くした友達へのトリビュートもありました。
ジョン(レノン)、ジョージ(ハリソン)、リンダ(マッカートニー)ね。
彼らへのエピソードも含めながら、どんどんどんどん曲をやっていくんですけどね。

大事なのはね、この人が今60歳で、40年前と変わらないロックンロールをしてることだと思うんですよ。
大事なのは、見てるボクたちは、ついついね、22年前に亡くなったジョンと並べてですね、相変わらず2人の才能についてですね、酒の席で論じ合ったりしてるでしょ?
ポールがいいんだ、ジョンの方が才能があるんだなんつって。

でもね、このポール・マッカートニーという人は、今、現役なんですよ。その凄さ!
みんなね、今、彼が60歳という年齢を忘れちゃって見てるの、ステージを。
で、今回新しくなったバンドだってね、たった4人なんですよ。4人のメンバー。で、みんな若いの。
その若いメンバーと一緒になってベース弾いてますからね。
しかも、演奏する曲は知ってる曲ばかりでしょ。いい曲ばっかり。どうしましょって感じでね。

そういえば、ボク、90年の初来日の時に、ステージに向かってね、気持ちですけども、
「ありがとう、ありがとうポール!」て、心の中で叫んでおりました。
「あなたがいたから、音楽が好きになったんです!」
「あなたがいたから、今、ボクは唄を唄ってギターを弾いてるんです、ありがとう!」なんつってね。
「サージェントペパーズ」がなければ、今頃私は何をしていたんだろう!と、
ソロアルバムの「ラム」がなければ、今ごろ何をやってたんだ!と。

いかにこの人にサイトウは、長年やられてきたかということを実感するわけでございますけどもね。

今回のライブ、アメリカツアーの模様が収められたDVDが、12月に出るようです。絶対買います!
皆さんも、この1ロックンローラーの、長い長い偉大な歴史のほんの1ページ。
DVDなんかで覗いてみてはいかがでしょう。

私のお願い!

泣き指数満点の10点!
というわけで、今夜は、先日行われたポール・マッカートニー・イン・コンサート・ドライビング・ジャパンをご紹介しました。

・・・・いやあ、、音楽ってのはホントにいいもんすね、、、(少しだけ晴男風♪)

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ポール・サイモンの巻

2002年10月27日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
はい、やって参りましたー。
ワタクシ、サイトウマコトの小さな小さな胸をワシヅカミにした映画や音楽の数々、皆様にご紹介させていただいてるコーナー、カフェララル・オーナーズルーム、オーナーおすすめの一品、、私のお願いでゴザイマス。

はい、毎度ですね、再びここで登場させていただいておりますけれども。(注:こことリザーブシートは、録音によるご出演でした)
いやあ、香苗ちゃん。この時期になると、必ず思い出しちゃう街があるんです。
今を去ること、17年前。ロングコートの襟を立てて駆け下りた地下鉄の階段、効き過ぎるアパートのスチーム。
(New York・・・とここで小声で香苗さんが言う。と、誠さんが・・・・イヤ、まだ早いと返す、、、^^)
街が雪に覆われてるホワイトクリスマス。半年間お世話になった思い出の街、ニューヨークシティでございます。

あのね、この半年間に作った私の曲がですね、その後「Change it」という私のアルバムに収められるわけなんですけどもね。
その間ね、僕ね、胸ん中にずっと居続けた、僕の胸の中に居たニューヨーカーってのがいるんですよ。
それがですね、ポール・サイモンっいうおじさんなんですけども。
今日はね、サイトウ、最大の敬意を持ってですね、ポール・サイモンについて語らせていただきます。

ポール・サイモン、皆さん名前を聞いたことがあると思うんですけども、アメリカのミュージックシーンの重鎮とも言えるんでしょうかね。特にね、NYの音楽を語る時には欠かせない人だと思うんですよ。60年代にアート・ガーファンクルというシンガーと2人で、サイモン&ガーファンクルやってました。
名曲多いですよ。「サウンド・オブ・サイレンス」でしょ、「ミセス・ロビンソン」でしょ、「明日に架ける橋」と。みんなこの人の曲なんですから。ねー。
でもこっから話すとね、この時間内に終りそうもないんで、今日はソロになってからのポール・サイモンの話です。

えーとね、いかにもね、ちょっとインテリでございまして、ユーモアのある小粋なユダヤ系ニューヨーカーって感じなんですけれどもね。
言ってみりゃね、何だろな、ミュージシャン版のウッディ・アレンて感じね。
決して聴くもののね、魂を揺るがすみたいなね、そんな音楽ではないです。
何かね、「気がきいているよなー、この言葉のセンス!」とかね、あとはね「そうそう、おっしゃる通り、恋なんて結構トボけたドラマですよ」みたいなね、そんなことを思わせてくれる、そう思わせてくれながらも、やっぱり胸がきゅんとくるようなアプローチね。・・・・その辺もちょっとやっぱ、ウッディ・アレンに似てるなー。

50ways to leave your lover、、これ邦題が「恋人と別れる50の方法」なんて粋な曲がありますねえ。それから「Still Crazy After All These Years」なんて、コレも最高です!

そういうね、朴訥とした彼のイメージ作りっていうのがあって、それを手伝っているのが、何と言いましても、この人ね、ルックスです。あんましカッコよくないです。ハイ、ご存知の方いると思いますけどね、そこら辺によくいます、こういう人は。パッと見のね、「華」がないんですよね。

えーとね、映画ファンの方はね、チェビー・チェイスって言う人いますでしょ?あのヒトを背低くした感じ。
実際ね、80年代の名盤「グレースランド」ってのがありますけども、こん中のシングル「You can call me Al」、この曲のビデオの中でかな、チェビー・チェイスと2人共演してるんですよ。その2人が出てきてね、チェビー・チェイスがね、なんと!ずっとクチぱくで唄っちゃうの。本人はですね、ポール・サイモン本人はなぜかね、居心地悪そうに隣でコンガを叩きながら、最後まで唄えないって内容でね。これも実に彼らしいんですけどもね。

さて。その粋なおっちゃんポール・サイモン、70年代に素晴らしいミュージシャンたちと出会っています。
ドラムのスティーブ・ガッド、ピアノのリチャード・ティ、そしてギターのエリック・ゲイルといった面々なんですけどもね。
この人たちとのセッションが非常に話題を呼びました。やがてこの凄腕セッションメン(達)はですね、「スタッフ」というユニットでアルバムデビューをして大当たり。
もうねえ、当時フュージョンバンド代表になっちゃいましたから。この人たちは。
で、もうね、当時僕は大学生だったんですけども、大学生みんなコレ聴いてました。スタッフ。
で、スタッフの初来日公演ってのがあって、これに行かなかった斎藤青年・・・・みんなにバカにされたもんねえ!
「オマエ、昨日行かなかった?コレは一生の不覚だな」とか言われながら。私、どちらかというとクルセイダーズ派だったもんでね、、、、どうも失礼しました。

さて、あのね、彼の主演映画ってのがあります。
ワン・トリック・ポニーっていうんですけどもね。
この映画の内容ってのが、売れないバンドの一員としてクルマでツアーを続ける男の話でございまして。
さっきのスティーブ・ガッドとか、リチャード・ティとかが、ちゃんと演技してるんですよ。
それだけでも見る価値十分なんで。
・・・・もうこれ、内容かなりイケてますよ!
でね、例えばね、こんなシーンあります、これ面白いですよ。

シンプルなバンドサウンドでレコーディングしてるんですけども、、、、この登場人物たちが。
プロデューサーがしゃしゃり出てきて「これじゃ売れないな」って、重厚なオーケストラをダビングしちゃうんですよ。納得いかないのに。
で、それに納得できないポール・サイモンはですね、夜中スタジオの倉庫に忍び込んで、マスターテープを持ち出してですね、マンハッタンの裏道に捨てちゃう(笑)。
もうっ、拍手~~~っ!って感じですよ。
ハイ、サイトウ同じ音楽屋としてですね、胸がスカッ!としますね、こういうのはね。

でもね、ここにも実は深い意味があって、かつてサイモン&ガーファンクル時代の最大のヒット「明日に架ける橋」。あの曲、すんごいストリングサウンドなんですけどもね。
この人、あんまり気に入ってなかったんだって、アレ。
そういう事実がホントにありまして、、、、それへの皮肉が込められてるんですね!
いーぞいーぞ!って感じですけど。

さあ、とにかく、今こそこの人のアルバムを聴いて下さい。
どれも素晴らしいんですけれども、75年の「時の流れに」というアルバム、このあたりがね、僕は大好きです。
アコースティックギターの名手でもあるポール・サイモンですけども、是非、この歌声に浸ってみて下さい。

私のお願い!


~chiyの補足~
この後に、1990年くらいに収録されたNYライブの「Still Crazy After All These Years」が流れました。とてもドラマチックでした。
お客さんにとっても、やはりおなじみの曲でなんでしょう。
当然「待ってました!」という気持ちもあったんでしょうね。
皆さん、一緒に唄ってるんですよねえ、、、ちょっと感動的、、、じんとしました。

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フィービー・スノウの巻

2002年08月11日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
ハイ、明るいよー。もうR&R HERO聴いちゃったら、私は。(この前にR&R heroがかかりました。)

やってまいりました。
さあ、みんなこの連日の暑さでさっきのメールの人もね、言ってましたけども、長時間エアコンに当たってるでしょ? 体に悪いっちゅうのー。汗がかけなくなっちゃいますからね。冷房病になっちゃう。
だけどね、それと同時にね、私なんかね、エアコンあんまりかけてるとね、たとえばホテルの部屋とか車ん中でも、今度は乾燥してきちゃって、ノドが痛くなるんですよ。
コレはイカンっ。何がイカンかというとですね、AOR歌手としてノドは大事にしなきゃいけませんよ。(・・・・ここ、笑って欲しいトコだったんですけども、、まーいーです、、)
そこで必要とされるのが、やぱ水分補給でございます。外に居る時は勿論、乾燥した場所でも、皆さんですね、是非ちびちびと水分をちょっとずつ摂りましょう。

カフェララル・オーナーズルーム・オーナーおススメの一品、私のお願いでございますけども。
ワタクシ、毎週毎週ね、斎藤誠の小さな胸をワシヅカミにした、素敵な映画や音楽の数々を皆様にご紹介してるコーナーでございますけどもね。・・・・ちょっと早いかな?(口調が・・・立て板に水^^?)
今日はですね、この真夏に一番欲しい一服の清涼剤というかですね、熱射地獄の中に見つけた小さなオアシス・・・・そんな感じの実に涼しい音楽をご紹介いたしましょう。
全てのアコースティックアルバムの中でですね、ワタクシ、斎藤誠が一番大好きで、一番お世話になってきた一枚。
1974年7月1日リリースの「フィービー・スノウ」これをご紹介します。

(BGMかかる。)
・・・・来ました。このギターの音どうですか!
あのね、ご存知ない方もたくさんいらっしゃるかと思いますけどもね、女性です。
アコースティックギターを弾きながら唄います。
で、声に聴いてわかると思いますけども、独特なビブラートがございます。ha,ha,ha・・・ていうやつね。
でね、彼女のデビューアルバムに当たるのが、このその名も「フィービー・スノウ」というアルバムなんですけどね。

僕がね、このアルバムに出会ったのが1976年ですね、えーとね、名門代々木ゼミナールという学校に通ってる頃でございまして。
所謂、浪人というやつでしたんですけども。
当時ね、東京都町田市というところに住んでたんですね。で、まじめにね、図書館などに行ってですね、歴史の年号とか、作者の名前とかそういうのを丸暗記する空しい日々。
・・・・こういうのを送ってたんですけども、その図書館の帰りにですね、寄り道するレコード屋。これがねえ、浪人サイトウの唯一の楽しみでございました。

そして見つけたそのアルバムが、町田の「S楽器店」で、衝動買いしたそのアルバムこそ、このサイトウに真面目にアコースティックギターをやらせるキッカケになったという、いわば命の恩人アルバムだったんでございますねえ。
これがフィービー・スノウでございます。
まあね、それまではサイトウね、ロック一色ですからね。ホント、もうバカな青年でございます。
ええ、よく知りもしないくせにね。アコースティックなジェームス・テーラーは軟弱だって言ったりして。

もう、それはともかくですね、このアルバム、全編を通してね、彼女のナイーブさと、それを支える確かなギターワークね。
これがね、ガッチリ伝わってきてね、なんかね、素直な気持ちになんだなあ。
エコーが心地よくかかっていて、で、彼女の涼しい歌声をですね、更にね優しく届けてくれんの。
うん、確かね、当時買ったLPのライナーノーツに書いてあったんですけどもね、この人ね、中学か高校のときにある男子生徒に片思いをするんですね。
で、自分のルックスにあまり自信がなかったもんだから、言い出せないわけですよ。その気持ちを。
で、なんとか自分をアピールしなきゃと思って練習しだしたのがギター。
で、結局ね、彼にはふられちゃったんだけども、唄とギターが残って、その後の自分を支えてくれた、みたいなそんなストーリーが書いてあったんですけども。

このデビュー当時のね、フィーピー・スノウがですね、かの有名なアメリカのテレビショウ、あの「サタデーナイトライブ」ていう、あれに出たのを見たことがあるんですけどもね。
もうほんっとに初々しくてね。バリバリに緊張していてね、心あらずみたいな感じだったんですよ。
ところが、そんな感じの彼女の唄がまたいいんです。所謂ひけらかしがないんです。全くないの。純粋なんです。
ね、とっても静かなアルバムですよ、これは。落ち着きます。

(流れてる曲に対して)
ね、これ前かけたことありますけども、「Poetry Man」(詩人)という曲ですけどもね。
ま、今考えれば「癒し」というやつだったのかもしれませんね。ええ。当時そんな言葉使いませんでしたけども。

またね、話戻りますけどもね。
町田の図書館に通ってたおかげかどうかわかんないですけどもね。
翌年、無事大学の門を私はくぐりましてですね、入った音楽サークルが「ベターデイズ」。
ええ、デビュー前のサザンオールスターズがいらっしゃったんでございましてですね。
関口さんともそこで会ったんですけども(この日のリザーブシートのゲストがサザンの関口和之氏でした。)、

そんな頃ね、何のきっかけか忘れましたけどもね、原さんにね、原由子さんにこのアルバムをお貸ししたんですよ。
その時のね、原さんの感想忘れもしません。何て言ったかっていうとですね、

「もうあんまりよくって、聞かないと眠れなくなっちゃったよう」(と、原さん口調を真似する誠さん。)

・・・・似てなかったスかあ?

ハイ、そんな素敵な1枚でございます。
ハイ、確かにね、声にあの独特なビブラートがあるから苦手っていう人もいるかもしれませんけどもね。
あと、今日お話してるのは彼女のファースト「フィービー・スノウ」ってアルバムですけれども、このデビューアルバムだけが、こういうナイーブなトーンで、セカンド、サードと、どんどん強い女性、あの、、オネエサン、、、あのオバサン、、、あのあの強い女性になっていきます。
ええ、90年代にね実際、グローブ座ってところで僕は来日ステージを見たことがあんですけどもね。
もうその時は既に、ロックンロール、ゴスペルおばちゃんになっておりましたけどもね、で、驚いちゃったんですけども。
とにかくこのファーストが素晴らしいです。
皆さん、サイトウに騙されたと思って、是非聴いて下さい。私のお願い! ということでございます。

さて、例によって泣き上戸カフェララルオーナー、泣き指数は10点満点の9点というところでしょうか。
もう相当いい点でございます。

是非、このアルパムでですね、涼やかにこの夏を乗り切って下さい。
というわけで、今日は「フィービー・スノウ」1974年のファーストアルバム・・・メガネの横顔で彼女が唄っているイラストのジャケットですけどね、「フィービー・スノウ」をご紹介しました。

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オールマン・ブラザーズ・バンドの巻

2002年07月14日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
ハイ、やってまいりました。

いきなりサイトウ、真面目な話をしますけれども。
ここのところね、内外のプロモビデオを見ていて何か足りない、何だろうと考えたことがやっと判明いたしました。
それはかつてのロックにね、不可欠とされた男臭さの魅力。これでございます。
今日はこの話をしましょう!
斎藤誠の小さな胸をわしづかみにした映画や音楽の数々、皆様に紹介させていただいてます。
カフェララル・オーナーズルーム・オーナーお勧めの一品、私のお願い!

今日は男の世界!・・・・だよ(笑)。香苗ちゃん!

もうねー、本日はですね、ロック史上もっとも重要なアルバムを紹介します。
ハイ、ライブアルバムです。
1971年リリース、The Allman Brothers Band at Filmore East!

(ここで、BGM変わる)
うわー、来たっ。もう嬉しいっ。あのねーー、嬉しい! もうホント嬉しいっ。
最近アレでしょ? ロックっつってもね、バンドにちょっとルックスのいいのがいたりですね、逆にね体ガンガン鍛えて美しかったり、あるいはアタマの中過去のデータ満載で研究派だったり、宅録派だったりとか、、まあいろんなのが・・・いいと思いますよ、みんな。
しかしね、いわゆるロックの黎明期、ね、最初の頃に最も多かったタイプ! つまりね、ダラダラした男臭さの魅力、これが1つもありません。
日本でいえば唯一奥田民生さんぐらいすかねえ。
70年代なんかね、もうね、ルックスがですね、いいとむしろアダになって認められないロックが沢山あったぐらいスからね。

前置きはこれぐらいにしてですね、オールマン・ブラザーズ・バンド。
その名の通りギターのデュアン・オールマンと、ボーカル/オルガンのグレッグ・オールマン兄弟。これが中心でございます。
ちなみにね、エリック・クラプトンの「Layla」という曲がありますけども、あれで弾きまくってるのがこのお兄ちゃんの方の、デュアン・オールマンの方ですよ、ハイ。

アメリカ南部のジョージア州メイコン出身のこのバンドでございますけどもね。
70年代当時、「サザンロック」というジャンルを築いてしまったぐらい。すごいっ! 
で、その演奏スタイルがね、非常に重要です、ハイ。・・・・あとで言いますけどもね。

ちなみにね、ウチの先輩のサザンオールスターズはですね、決してサザンロックということではないですけれども、70年代当時ね、サザンロックを聴いていないロックファンなんていなかったんですから。だからいいんです。そういうのは。
ハイ、AORって名前だってね、曖昧なんでしょ? 曖昧なんでしょって、他人のことにしちゃいますけどもっ。

まずね、僕はですね、このバンド、ツインドラムスっていうのをね、このバンドで初めて聴きました。それからツインギター。
ドゥービー・ブラザースというグループがこの後、この形態をとることになるんですけどもね。
メンバー全員、肩以上まで髪を伸ばして、そしてブーツにジーンズ。
でもって、ライブの殆どがジャムセッションです。
・・・ジャムセッション、つまり曲の中身が何も決まってなくて、ステージ上でイマジネーションをドンドン広げてっちゃって、発展させてプレイしちゃうという。
1曲が20分以上なんて、ザラでございます。
あのね、つまりね、全て「ライブ在りき」なわけですよ。
現在ではね、まずCDを作っちゃってから、リリースして、それからライブのために練習したりしますけども、これホントはアベコベですからね。
ハイ、そもそも太古の昔、録音なんかなかった時代はですね、音楽イコールライブだったわけで、順番はあくまでライブが先だったわけです。で、このバンドはホント、ライブバンドです。

ちなみに、スタジオバージョンが5分程度のWhipping Postという曲があるんです。
これ、よく僕もライブでやりますけども、この曲、このバンドはライブで23分もやってます! どうだっ! すんごいっ!

このねー、6人のむさい男たちが観客を見もせずにですね、黙々と演奏します。ハイ。
あまりにも長い髪の毛でですね、どんな顔をしてるかも見えませんっ(笑)。
70年代前半までですね、NYにあった名門ロックコンサート専門ホール、フィルモアイーストでの録音でございます、これ。

で、ジャケットも最高! 
あのね、会場の外に積み上げられた楽器ケースの山の前でリラックスしている、くつろぐメンバーの顔が写ってるんですよ。これがいいんだあ。
僕ね、5月の神戸のライブでそれを真似してですね、そのジャケットを真似してステージの上にケースを積み上げて、その前で演奏したりしましたけどもね。それぐらい好きなジャケット。
そして、その裏を見るとですね、同じシチュエーションで、今度はローディたちがですね、缶ビールを片手にオモテのメンバーと同じくらいカッコよく写ってるんですよ。
ホント、ローディってのは昔からカッコいい職業でねえ。私、心から彼らを尊敬してますけどもね。

このオールマンブラザーズ・バンド、1990年頃来日した時ですね、ワタシ、なんとラッキーなことに楽屋にお邪魔しちゃった!っての。
うあーー(叫)!! いましたよ、ホンモノが!! カラダにたっぷり模様が入った人たちが。
ホント、ワタシびびっちゃってですね、殆どお話ができなかったんですけどもね。
リーダーのグレッグ・オールマンに慣れない英語で
「あなたの曲を、フランク・ザッパさんがカバーしていますよね」
って言ったら、ヤな顔されちゃって、がっくし!でございました。そんなコト言うな!って顔されました。

えー、まあとにかくですね、サイトウ、子供のように興奮したのを覚えております。
というわけで、皆さんもこのダラダラした男臭さを是非味わってください。
デジタルリマスター版が出てますので、こちらの方お勧めでございます。私のお願い!

さ、例によって泣き上戸カフェララル・オーナー泣き指数10点満点の9点。
何もいじられていない、正しいロックのカタチがここにあります。

えー、今日はロック史に燦然と輝く名盤中の名盤「The Allman Brothers Band at Filmore East」をご紹介しました。

~chiyの補足~

お話にあったWhipping Post、誠さんご自身のライブで聴いたことがありますが、、、
ほんっとに、ほんっとにカッコいいです。
またきっとやってくださると思いますが、、いつか聴いてみて下さい、まだの方は、是非に!

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桑田佳祐の巻

2002年06月23日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆桑田佳祐の巻(2002年6月23日)
 
やってまいりましたー!

私の感動を皆様にお分けするコーナー、サイトウマコトの小さな小さな胸をワシヅカミにした、素敵な音楽や映画の数々、皆様にご紹介させていただいております。
カフェララル・オーナーズルーム、オーナーお勧めの一品、私のお願い!

物事に一つ一つにですね、香苗ちゃん!感動しましょう!!
何事にもね、斜に構えたりしちゃダメです。今こそ、そこにある目の前の感動を見落としたらいけません。
本日、ムネワシヅカミの一品として紹介するのは、そういう音楽です。

1978年にデビュー。偉大なるバンドを長年率いて、そして常にトップを走り続ける。
ハイ、紛れもない天才だと思いますね。
長いキャリアの中、なんと今週更に大きなチャレンジを挑むというロックシンガーでございます。

桑田佳祐さんですね!

・・・・大丈夫か、サイトー、、、いくぞー、、、!(ご自分で気合いを入れている、、、)

今日の「私のお願い」ですけれども、僕が感じる桑田さんの魅力について、ほんのちょっと喋りたいと思います。
・・・・センパイ、、、やりますね。

今週ですね、サザンの桑田さんのシングル「東京」がリリースになりますけどもね、その曲を含めたニューアルバムのレコーディングってやつに、サイトウ呼んでもらいました。
桑田さんのレコーディングにアルバム単位で参加するのは、実に初めてのことだったんですけども、今回のセッションは、ほんとにすごいシンプルなバンド形態でもってですね、バンドでスタジオに入っちゃう。
それでレコーディングは、せーの!!で録音して、、、こういうタイプは、桑田さんにとっても、久しぶりなことだったようなんですね。

片山敦夫、角田俊介、河村カースケ、小田原豊、僕、そして桑田さんという顔ぶれでどんどんセッションしていっちゃう。
そういうカタチでもって、桑田さんのアイデアが原形のままに次々と記録されていくという。
で、メンバーは現場の桑田さんの唄とギターを聞いて、それに呼吸を合わしていくもんだから、プレイもね、どんどん唄に接近していって、、、なんかこう、時には唄を刺激したりなんかして。で、曲が徐々に変化して出来上がっていくという。

これね、オレ、思うんだけど、最も理想的なロックの作り方、ロックのカタチだと言うふうに思うんですよ。
たとえばね、私メのレコーディングなんかですね、プレーヤー全員分のパート譜をですね、オタマジャクシで真っ黒にして、「これでもかー!」ってくらい、いろんなこと、キメゴトを書いてですね、、、
で、しかも事前にデモテープ作ってメンバーに聴いておいてもらってから、スタジオ入りするくらいでね。
気がちっちゃいんですよ、私は!

そういう窮屈なレコーディングじゃないんですよ、桑田さんのは。
メンバーの自由が試される、っていうかね、桑田さんの唄にのめりこんで演奏が出来る。
そして、時々桑田さんから驚くような、目が覚めるようなアイデアが飛び出してくるんです。
それに向かって、ムードが一気にのぼりつめるというね。たとえばね、思いもよらなかったようなヒラメキとかね。
そういうところ、昔からあのヒト変わってないです。
あとね、誰も予想していなかったような、魅力的なコトバをね、ポンっ!というんですよ。
それまでちょっと停滞していたようなスタジオが、いきなり1つになってしまったり、圧倒的なユーモアでもってバンドを1つにしてしまったりとか、そういう魅力があるんです。
うまく言えませんけども。

青山学院大学の学食で初めて会ったのが、もう四半世紀前なんですけども、もう25年のお付き合いでございます。
「今宵あなたに」という曲とかね「別れ話は最後に」「茅ヶ崎に背を向けて」なんてあたりをやっていた、アマチュア時代のサザンオールスターズでございますけどもね。
これらの当時のタイトルを見ていただけでも、もう既にデビュー前から革新的だったということがわかると思うんですよ。
まるでコピーライティングみたいでしょ?

で、まあボクなんかにはわからないことだけども。
想像で言うと、桑田さんというヒトは、今ね自分の大きなキャリアの中で、今自分が何をすべきかということを、これをね、しっかり考えてるヒトだと思うんですよ。

生意気なこと言ってんなー、サイトーっ、大丈夫かオイ、、(またも自分を激励、、、)

ええと、そいでね、それに向かう自分の姿勢はね、すごく厳しくてね、で、チャレンジを忘れない。
「東京」という音楽形態ね、これをね、今、世に送り出すということは、とても大事な自分自身のタイミングだというふうに決断したと思うんですよ。
その決断こそね、ボクはね、桑田さんらしいなと、桑田さんが好きだなと思うところなんですけどもね。
絶対守りの態勢に入らないで、それどころか自分で仕掛けていく姿勢。
で、大事なのは、その仕掛ける新しいアクションも今回は「東京」という曲ですけれどもね、それ自体が決してツクリモノなんかじゃなくて、桑田さんならではの音楽ルーツからにじみ出てきた作品であるということ。
ね、そしてそれを大勢のヒトがそのうち口ずさむぞと言うことですよ。・・・・これは素晴らしい!!

そういう真のロック巨人(ジャイアント)桑田佳祐さんにですね、この未熟なサイトウが一緒に音楽を続けさせていただいていること自体、本当に嬉しいわけでございまして・・・・。

東京は東京ドーム、、、いろんなところを回るわけですけども、私は東京ドームとSHIBUYA-AX、両方体験しながら更に「勉強やな!」というふうに思うわけなんですけれども・・・・。

さあ、そういうわけで、今年後半暫く先輩と行動を共にします。
まずは、ロックインジャパンフェスティバル2002、8月10日ですけれども、今週チケット発売だそうです。そして、秋にはいよいよ全国5大ドームツアー。

皆さん、よろしかったらいらして下さい!! 私のお願い!

というわけで、「桑田佳祐さん」、、例によって泣き上戸カフェララルオーナー、泣き指数・・・・。

ねーーー、今日は無理です(笑)。
桑田さんにどれだけ泣けるかなんてね、そんなこと身近すぎて言えません!
もしかして聴いてるかもしんないしね、これ。
そーだ。秋のドームのステージでサイトー泣く所存でございますので、、、その時に身をもってお答えいたします!!

というわけで、今夜はウチのセンパイ、桑田佳祐さんをご紹介しました!!

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NRBQを聴きましょう!!

2002年04月14日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆NRBQを聴きましょう!!の巻(2002年4月14日)

ハイ、やってまいりました。

愛を唄って19年、夢を奏でて19年。

皆様に可愛がっていただいて、楽しい音楽人生を送らせていただいている幸せ者のMr.AOR斎藤誠の
その小さな小さな胸をまさに鷲掴みにした、
まさに音楽や映画の数々、皆様にご紹介していくコーナー。
カフェララルオーナーズルーム、オーナーおすすめの一品「私のお願い」でございますけどもね、、、

今私ね、19年なんて言いましたけども、それがどうしたってなもんですよ。
たとえばうちの先輩のバンドSASというバンドね、24年ですよ、確かね。
それからセンチメンタル・シティ・ロマンス、あれは30年近いと思いますけどね。

そこで今日皆さんにご紹介するアーティスト、バンドですけども、これに話が繋がってゆくわけですけども、
1969年のデビュー以来、その独自のスタイルを一切変えずに、実に33年間ヒット曲ゼロ!!(笑)たたーん♪(笑)
すごいって言っていいかどうかわかんないですけど、いわゆるショービジネスのメインストリートからちょっと外れた場所にいます。
しかも現在もその勢い衰えることを知らず。
まだまだ現役驀進中!!の奇跡のアメリカンバンド。

NRBQのご紹介です。

***

アメリカ中の、バーやクラブを回ってんのね。
でね、何十年も、レパートリーなんかも数え切れないに決まってるんですけども、
百戦錬磨のライブなんですよ。
確かにヒットはないけれども、彼らの曲をカバーする人は数知れず。
オールマンブラザーズバンド、ボニー・レイット、カーラ・ボノフ、ジョージアサテライツとね。

10年くらい前に、ローリングストーンズのベースのビル・ワイマンって人が抜けたんですよね。
その時に、誰にしようかって時に、あのミックとキースが揉めたんだって。
最終的には、有名なベーシスト・ダリル・ジョーンズが入ったんですけども。
その時、ホントはキースの方は、ここのバンドのジョーイ・スパンピナートっていうベーシストがいるんですけども、この人を入れたかったんですね。
何かホワーンとした、ちょっと正体不明なベースなんですけどもね。

このベースのジョーイ・スパンピナート、
それからキーボードのテリー・アダムスっていうのが中心に繰り広げられる、、
もうね、NRBQサウンドとしか言いようがない。他に例えようがない。

どんなサウンドかというとね、カテゴライズがまず難しいですね。

ポップスでしょ、ポップス+R&B+ロックンロール+ジャズ+カントリー+・・・そしてプラス特大のジョーク!

のごった煮って感じなんですよ。

つまり、なんかアメリカ(音楽)の十八番全部って感じなんですけども、
だからと言って、別に何も難しいことなんか、何もなくてね。むしろその逆で、底抜けに明るい。
そして気がつくと泣いちゃうっていうメロディ。ねーー。

私は、1996年のライブに行ったんですけれども、
2DAYS渋谷でやって、、1日目に見てきたディレクターがね、興奮してるわけ。

「サイトーくん、これ、行かなアカンで!」

・・大阪の人だったんですけども。

それで「え、そんな人知らないなー、NRBQなんて・・大体NRBQって何の略?」っつったら、
えーとなんだっけな、、、New Rhythm & Blues Quartett(注*最初オンエアでは、Quintetとおっしゃられていたようですが。)
・・・・とかいう、何かジャズっぽい名前なワケ。
だから、なんだジャズのバンドかなあっ?と。・・そうでは全然なくて。
ステージ見たらですね、ドラムとアンプとピアノとクラビネットというキーボード、それしか置いてない。
しかも、それよく見るとどっちから見てもね、見るからに現地調達のレンタル品(笑)。全然こだわってないの。
ね?それで何かもう、いきなり始まるわけ。

曲順も決まってない、なあんにも。
ドラムのやつがね「次の曲なんだーー!!」って聞いてるわけ、リーダーに。
だけど聞いてるうちに始まっちゃう。
もうそれからノンストップロックンロールショー、、だーーー!!!っといって。
どんなヒネクレ者でも、思わず笑顔になっちゃうんだよね。それが素晴らしい!!

それでね、まあとにかく気難しそうな人がいっぱい来てるわけですよ、やっぱりね。

ミュージシャンもたくさん来てました。
だけど、普段そういう難しそうなことを言いそうな人たちがみんなね、楽しすぎてね、大笑いしてね、泣いちゃうみたいな。
オレ、そういうライブは初めて体験したからね。

大事なのはですね、この人たち楽しいステージを30年やっていて、
今日もきっとアメリカのどっかのクラブで客席全員を幸せの渦に巻き込んでる、、
そういうことなんだと思うんですよね。
是非、皆さんに聴いてもらいたいと思いますけどね、

入門編としてはですね「Peek A Boo/The Best Of NRBQ 1969-1989」ていうね、
2枚組のCD出てますから、是非皆さん手にとっていただきたいと思いますけどね。
(注*ネット検索してみたところ、2005年現在廃盤という情報もありますが。)
これだけ私が話してもですね、この人たちの魅力の僅か1%も伝わってないと思いますけども。

だから是非こそ皆さん!!騙されたと思ってですね、聴いてみて下さい!できればライブで!
元気になります、楽しくてしょうがなくなります。
来日したら、何が何でも行って下さい!「私のお願い」!

というわけで、このNRBQ、泣き上戸カフェララルオーナー「胸鷲掴み指数」は10点満点の9点!!
こんなに素敵なら10でもいいくらいなんですけど、
私、興奮しとりますので、そこを差し引いて9点(管理人:・・・なんでっ(笑)?)でございます。

今夜は驚異のベテランロックバンド、アメリカの全てが詰まった奇跡のグループ
「NRBQ」をご紹介しました。

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AAA「ビートルズ特集」

2001年12月02日 | カフェララル・私のお願い(音楽編)
◆AAA「ビートルズ特集」・・・
ジョージ・ハリスンについてお話するの巻(2001年12月2日)  

これは、本来の「私のお願い」でのお話ではありません。
が、管理人が個人的にエアチェックを聴き直していて、是非書き残しておきたいと感じたものです。
番外編ということを予めご承知のうえで、目を通していただけると幸いです^^。

この日パシフィコ横浜(エフヨコのスタジオのご近所さんですね。)にて開催中のAAAに参加されているため、生放送をお休みした誠さん。
本番前の直撃電話での登場となったのですが、何の因果かこのタイミングで、
ビートルズのメンバーであったジョージ・ハリソンの訃報が届いて間もないということで、、誠さんがジョージに対する想いを語る場面がありました。

以下・・・
誠さんの生電話のお話より。

ちょうどAAAってのは、ビートルズの特集をやってるんですけども、
初日(11月30日)にジョージが亡くなってしまって・・・。
でまあ、結構私たちとしては落ち込みつつ、
でもやっぱり、音楽的な感謝をこめてですね、ステージ上で黙祷したりなんかもしてるんですけどね。
今日もね、ずっとジョージの唄を聴きながら(会場に)来たりしたんですよ。
素晴らしいんですよ。彼の存在って、わりと知られていないかもしれない。

・・・そんな話していいですか?(電話の相手の香苗さんに尋ねる誠さん。)

あのねー。1960年代から音楽の楽しさとですね、
ギターの魅力ってのをワタクシ斎藤に教えてくれたヒトなんですけども、
ビートルズの中では縁の下の力持ち的なポジションでね、ちょっと目立たない感じだったんですよ。
で、2人の天才がいるじゃないですか。ポールとジョン。
ね、どっちかっていうと、エゴの塊みたいな人たちなんですけど。
その2人に囲まれていたから、なんか出る幕がなかったんですけども、
70年代にビートルズが解散して、いち早くソロアルバムを出して、世界をアッと言わせたんですよ。
「こんな凄いオヤジだったのか!!」みたいなね。
その時、まだ27(歳)かなんかだったんですけども・・・。
4人の中で最初にソロを出して、最初にナンバーワンをとったヒト!!ね?そうなんですよ。
ジョンとかポールよりも、先に全世界で1位になったんですよ。
そういうところがやっぱりねえ・・・僕も自分と照らし合わせたりなんかして
・・・凄い人だなあって尊敬してきたんですけどもね、うん、やっぱり、ギタリストっていうこともあるし・・・

で、あと、エリック・クラプトンが今、来日中なんですよ(・・・そうでした^^)。
なんでエリック・クラプトンの話をするかっていうと、
エリック・クラプトンは彼(ジョージ)と親友関係で、元のジョージの奥さんを取り合ったりなんかもしたんですけども。
そういうエリック・クラプトンも来日中ですけども、淡々とライブを続けているようでね。
うーん、もちろんその辺に想いはいっぱいあるんでしょうけども。
プロフェッショナル・・・というところを見せているんだと思いますけどね。
私もそんな音楽関係をこれから創り上げていきたいと思うんですけど。
まだまだですけどね・・・私なんぞは(苦笑)。

~この後、誠さんからのリクエストで
「Beware Of Darkness 」(「All Things Must Pass」('71)より。)
が、オンエアされました。

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