神奈川絵美の「えみごのみ」

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庭、女性、憩いのひととき -オルセーのナビ派展-

2017-02-13 21:46:20 | 美術展・工芸展レポート
以前にも書いたことがあるような気がするが

寝室には代表的なナビ派の画家、
ピエール・ボナールの絵のポスターが
もう20年もかけてある。

タイトルは「窓」。
懐かしくなって、画集を引っ張り出してきた。

1997年、渋谷の文化村ミュージアムにて。

今回の、三菱一号館美術館での展示では

会場入り口の「挨拶」で、
ナビ派を、近代美術史における一大ムーブメントであるが如く
紹介していたが、

私の記憶では、今から30余年前-高校から大学にかけて-は
印象派の“おまけ”、“ついで”のような扱いだった、と思う。

ナビ派の意味も、当時はヘブライ語の語源通り「預言者」とだけあり、
それは正しいのだけれど
今回の展示ではそんなナビ派のダークサイドと言えなくもない
密教や哲学、象徴に依ったスタイルは会場の最後の方に押しやられ
(しかも「裏側の世界」だって!)

ナビ派の中心人物の一人、モーリス・ドニが唱えた
「一定の秩序の下に集められた色彩で覆われた平坦な表面」という
極めて理論的な説明が前面に出ていた。

時代が変わると、美術の扱われ方もずいぶん、変わるものだなあ…。

それが正直な感想だ。

---------------

ナビ派に限らないが、
一つの様式や流派、芸術運動を作品たちを通して俯瞰するとき、
それらが軌道にのり隆盛を極めた時代よりも、
それらが産声を上げたころの、当事者ですら「何だかよくわからない」
みたいな時代の方が、面白いなあと最近になって思えるようになってきた。

今回の展示で言えば、
1.まず、ナビ派の種をまいたポール・ゴーギャン、

彼が心を寄せていたジャポニズムはボナールに影響を与え、
ナビ派の核の一つに。

2.それを忠実に育てたポール・セリュジエ、

ナビ派結成の引き金になったとされている作品で、
私も今回の展示でもっとも、衝撃を受けた。
1888年にして、フォービズムも、パウル・クレーの象徴主義も
先取りしているのでは! と……(これは私個人の感想です)。

セリュジエの作品をもう一つ。

こちらは浮世絵の影響を受けていて、
雨足や女性の服など多分に装飾的。

3.そして、理論を与え一つの派として一人立ちさせた
モーリス・ドニ。
残念ながら画像がないのだけど、
ドニは、妻のマルトと出会った直後から
かなり作風が変わっていて、(可愛らしいなあ)クスリとさせられます。
これから展示をご覧になる方は、注目してみてくださいね。

番外編として

エデュアール・ヴュイアールもすごい!
この「八角形の自画像」は、フォービズムを15年先取りしていると
評されている。
一方、女性の優しい姿形が絵付けされた磁器の皿など
デザインの観点からも、素晴らしいなと思う作品も展示。

ナビ派は、浮世絵の影響からか、
テキスタイルの描写が細かくて

“日本かぶれのナビ”と呼ばれたボナールは
この中央の女性たちのように、服の柄をかなり
目立つように描いている。

この「黄昏」という作品は
印象派が好む主題-庭、女性-を取り上げているものの、
描き方は装飾的で、印象派のそれとは違う。

というような解説があったので、
帰宅してから比較してみた。



一番上がエデュアール・マネ。
超有名な「草上の昼食」。何故、庭に裸婦なのかは謎…
なのだけど、このセンセーショナルさが印象派を文字通り、
印象づけるのに奏効した。

中央がジョルジュ・スーラ。
「グランドジャット島の日曜日の午後」。
これも超有名。
スーラは後期印象派(点描画)の中心人物で、
一つの色を光のプリズムによる多色の集まりとして
理論化した人。
(だったかな。記憶があいまいですみません)

そして一番下が、ピエール・ボナールの「黄昏」。
服もそうですが、草木の表現も装飾的で、
ぜんぜん違いますよね。

ボナールは実はちょっと異色で、
もともとナビ派として中心的な存在だったのに、
20世紀に入ってから、原点回帰というのか、
印象派の影響を受けて作風が変わっていった人。
印象派自体は、以前にも書いたけれど、20世紀に入ると
だんだん規模が小さくなり、1930年くらいで美術史からは
消えてしまう。
それを衰退といっては失礼だけれど、まあ、だんだん
フェイドアウトしていくその中に、ボナールがいた、というわけ。

ナビ派にいるときは
「お前ちょっと日本かぶれしすぎじゃない?」と仲間にからかわれ
印象派と蜜月なときは
フォービズム、キュビズム、シュールレアリスムといった
前衛芸術の誕生を横目で見ながら、
「空中に放り出されたような感覚に襲われた」ともらし、

何だか、ちょっと、不器用な感が否めないけれど

でも、そんな経緯があったからこそ
印象派~後期印象派の遺産を正統に忠実に受け継ぎ、
後世へ伝えることができたし、自身も名を残すことができたのでは、と
私は思う。
今回は書ききれなかったけれど
マラルメとの接点、ドビュッシーとの時代的クロスオーバー、
そして、アンティミストと呼ばれる親密性、など
ピエール・ボナールをキーに、語る価値のあるトピックスはまだまだある。
実はとても器用で、視野の広い人だったのではあるまいか。


肝心のナビ派展については、
やや尻切れとんぼなレポ内容になってしまいましたが
展示は5月21日までのロングランなので、
ご興味のある方はぜひ、足を運んでみてくださいね。
公式ページはコチラ
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2 コメント

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Unknown (セージグリーン)
2017-02-14 08:40:00
マメに美術館に足を運ばれる絵美様のフットワークと詳細なレポには、いつも驚嘆と感謝です。

ナビ派はファブリックだと思っていた私は、後方の
マネ、スーラとの比較で膝を打ちましたわ。

友人と中年太りを嘆き合っていた頃、
「私、ボナールになった」
「私はルノワールよー」
「私はもっとヒドい、ドラクロワよ」
などと、、、超顰蹙ものですね←メッ
こちらの美術館の館長は当時の文部省の
在外研究員として、オルセー美術館の開館準備委員を務められましたので、思い入れの深い展示だと思います。
セージグリーンさんへ (神奈川絵美)
2017-02-14 10:45:01
こんにちは
>オルセー美術館の開館準備委員
まあ! そうだったのですね。
素晴らしいご経歴ですね。
会場入り口の「挨拶」で、今回の展示への
熱意、力の入れ様が十分、伝わってきました。
本文にも書いたとおり、
20-30年前とはまったく、打ち出し方が違うので
それだけ日本の「美術を観る眼」が成熟してきた
のかな、とも思っていましたが、
その背景には、こうしたオーソリティの長年の
ご活動があるからこそ、ですよね。

>「私、ボナールになった」
>「私はルノワールよー」
あははー、面白いです
私だったら、ティツィアーノとか(笑)
フラゴナールとかの豊満色白美人がいいかなー。
ゴヤの巨人級にはなりたくないですよね

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