神奈川絵美の「えみごのみ」

歌声サロンの夜は更けて その2

クラブの客には、有名企業の偉い人がたくさんいた。
赤坂に縁のある…と言えば、ここに書かずとも
2、3社はピンとくるのではないだろうか。
もっとも、バブル期という時代背景、そして料亭の常連ということからも、
外資系はほとんど見かけず、国内の大手ばかりだった。
たまに若い人がいるなあと思ったら、政治家の秘書官だったり。

クラブのママとしての最も重要な仕事は、
ライバル会社の重役同士がかちあわないようにすることだ、と、
今になって思う。
向こうも心得たもので、たいてい来店前に電話が入っていたようだけど。



私がピアノを弾いていた、のべ1年ちょっとの間で
何を一番学んだかといえば、「粋」と「無粋」だろうか。
TVドラマに出てくるシーンのような、
「ドンペリ入りましたぁ!」「ドンペリ、ド・ン・ペ・リ!」みたいな
安っぽいお祭り騒ぎなど、一切ないところだった。
客は何か一言だけ発して、1本何十万もするボトルを入れる。
そうするとママがすっと傍にきて、手をとり目を見つめ何か囁く。
そんなシーンを私は譜面台に映し、ドキドキしながら見ていた。
一方、ママを独り占めしようとしてだだをこねたり、
チャージを気にするような輩は、陰で「あの人無粋ねえ」と一蹴される。

かといって、私に粋な作法が身に付いたのかといえば
そんなことはぜんぜんなく。
客が主催するパーティへ、ママに連れられていっても、
周りと会話するでもなく、目の前の美味しそうな料理をぱくぱく食べてばかりで、
後になってひどくたしなめられたこともあった。

接客する女性たちも、裏ではいろいろ…人間関係など…あったのかも知れないが
「水に流す」ことが上手い人たちばかりだった。
彼女たちは決して、足跡を残さず、爪すら見せない。




さて、
クラブでピアノを…という場合、どんな曲がイメージされるのだろうか。
ユウリママがつけた唯一の注文は
「演歌以外」ということだった。
「うちをカラオケスナックにするつもりはないの」
お客にも「カラオケはないから、歌いたかったら他に行って」ぴしゃりと言っていた。
雇われたピアノ弾きは3人いて、みなほぼ同年代。
他の2人は音大の学生だ。
だから、今でもレストランやホテルで流れるような
軽めのクラシックや外国の映画音楽、ポピュラーソングが多かった。
フォーレの「シチリアーノ」とか、サティの「おまえが欲しい」とか、
そんな音楽。

私はといえば、なにぶん「現役」とは言い難いので、
軽めといえどクラシックはなかなか弾けず、
中学高校時流行ったポール・モーリアやリチャード・クレイダーマン、
また「ミスティ」「煙が目にしみる」「ムーンリバー」といった
ジャズや映画音楽のバラードがメインのレパートリーだった。
難易度でいえば、上手い子なら小学生だって弾ける譜面だったが、
それでもそれなりに、お客さんはBGMとして愉しんでくれていたようだ。
もともと20席程度の小さな場所。
自然に拍手が起こることもあったし、演奏後に「いいねえ、上手いねえ」などと
声をかけてくれる人もいた。

そんなある日、何かのきっかけで私がドイツ語を学んでいることを聞いた
ある男性客が、
「ぜひ弾いてくれないか」とある曲をリクエストしてきた。
その曲とは…。


(続く)


              ※画像はいずれも、本文とは関係ありません

コメント一覧

神奈川絵美
れいこさんへ
こんにちは コメントお寄せくださいまして、ありがとうございます

>モノクロのドイツ映画の曲
おおー素晴らしい、それです、それ(たぶん)。この後更新しますね。
ただ、私自身は可憐でも何でもないです~たった一度の人生なら、O.ヘップバーンみたいな容姿に生まれてみたかったわ
神奈川絵美
凛花さんへ♪
こんにちは 東京JAZZ素晴らしかったですよ~特にアル・ジャロウ。70歳とは思えない艶のある声で、テイク5やビートルズのナンバー、オリジナルなどを歌いまくり、会場ノリノリでした うちの夫は彼のことを「歌う明石家さんま」と称していますが、ホント、寝ているとき以外はいつも歌っているんじゃないかと思わせるほどのバイタリティ、ショーマンシップに溢れていました。

ロバータ・フラックも貫録のステージ。のっけから「やさしく歌って」「Feel like makin' love」で沸かせました。私の10~20代の青春の歌です…。彼女は73歳ですって、ひゃー

>ディートリッヒ繋がりでしょうか
おお、ご名答です! この後更新しますね~。

メトロポリタンの食べ放題ってまだあるのでしょうか…懐かしいです
れいこ
愛読してます
モノクロのドイツ映画の曲かなと想像します。今も可憐な雰囲気の絵美さんに似合うと、勝手に類推してますが。
凛花
絵美さん
おはようございます。
JAZZはいかがでしたか?(^-^

環さんのコメントでふと連想したのですが…もしかしてディートリッヒ繋がりでしょうか…(違っていたらごめんなさい)。

>池袋のメトロポリタンのスイーツ食べ放題
わぁ、懐かしいです(^^)
神奈川絵美
環さんへ
初めまして 拙ブログにお越しくださり、また、コメントをお寄せくださいましてありがとうございます。
同郷ですかぁ~嬉しいです。この夏、暑過ぎて帰省できませんでした…。

>戦争と関係のあるあの曲
おお、素晴らしい推理力。たぶんお互いの心にある曲は一緒かも知れません。
明日アップしますので、答え合わせしてみてくださいね。

洋楽がお好きとのこと、環さんはジャズ系にはご興味ありませんか? 実は今日明日と連続で(!)東京JAZZに行ってくるものですから…。
アル・ジャロウやマーカス・ミラー、渡辺香津美等々を観てきます。

またよかったらお気軽にコメントくださいませ。ありがとうございました
初めまして。
着物も音楽の記事も羨望の眼差しで
いつも拝見させていただいております。
絵美さんと同郷で多分少し年下?の
着物と洋楽が好きな環(たまき)と申します。
曲名はもしかしたら、戦争と関係のあるあの曲?と思いながら、次の記事UPを楽しみにしております。



神奈川絵美
Mrs.bordeauxさんへ♪
こんにちは おお、ちょっとしたチャット状態かも
いえいえ、私も食べ歩きしていましたよ~。当時は、池袋のメトロポリタンのスイーツ食べ放題が人気だったのです。色気もなく食べまくっていました。。。今は無理だわあ、血糖値上がりそう
合コンは、うちの大学は人気がなくて…いいなあ、もっと経験してみたかったです

ピアノ弾きといっても、当時バブルだったせいかどうかわかりませんが、そんなに高度な技術も求められず、ゆるーいバイトでした。ちょっとだけジャズのテンションコードとかを知っていたので、それっぽく(大人っぽく)弾けたくらいで…。
神奈川絵美
かんなママさんへ♪
こんにちは 「粋と無粋」…そうなんですよね。まあ日常の慌ただしい生活の中では、そうもいっていられないことも多々あるのですが…。

結局は、「粋であること」って、共有している時間をお互い気持ちよく過ごすための気遣いなのかなあ、とも思います。まあこういう世界って、「夢」を見させるためにある、とも言いますしね。もっとも、当時19歳の私はまったくの子どもで、気も利かず(今もですが)そういうことはピンとこなかったなあ…。
神奈川絵美
風楽先生へ
こんにちは! ご無沙汰しております。この時期のエピソード、実はほかにもいろいろあるんです…記憶だけだと内容が薄いままなので、取材すればもっと厚くなるんですが…。
残暑厳しい折ですので、お体に気をつけてお過ごしくださいませ。
Mrs.bordeaux
スゴイですねぇ
http://mrsbordeaux.at.webry.info/
絵美さん
ピアノ弾きのアルバイトをしていたなんて
尊敬しちゃいまっす。
若い頃に絵美様が大人の世界に触れていたことをとても羨ましく思います。私なんて学生時代は合コンやケーキ食べ歩きを謳歌していていましたから
神奈川絵美
はつきさんへ★
こんにちは おお、アルフィーもムーディで良い曲ですよね。ヒントはタイトルの「歌声サロン」。「歓喜の歌」のようなノリに近いです。でも、はつきさん(私もなんですが)の年代だと当てるのは少し難しいかも…。
かんなママ
なかなかできない経験でしたね
今の着物への思いは、きっと、その頃感じた良いイメージもプラスされているのでしょうね。
「粋と無粋」をわきまえることは、普通の生活でも大切だな~と思いました。それにママさん達は、相手の目を見ながらお礼の言葉をすべて述べてから、頭を下げるらしいですね。私も今はそうしています。
ドイツの曲?はて、何でしょう?
続編楽しみに待ちたいと思います。
風楽
続きが気になる。
http://windwalker.blog.bai.ne.jp/
久しぶりに訪れてみたら、気になる、気になる、この続き・・・。このお話し、そのまま、小説にしてみては?この続きをもっと読んでみたい気がします。
はつき
気になります
http://blog.goo.ne.jp/asochan0930
もしかしてアルフィー?ベルリンの壁をうたった曲がありましたよね。あ、でもドイツの曲か・・・「歓喜の歌」とか?
神奈川絵美
りらさんへ♪
こんにちは そうそう、その路線なのですが、プラス「この時代(世代)ならでは」の要素が…大ヒントかな

りら
なんだろう??
ドイツ語が出てくるということは、ドイツの曲なんですよねぇ・・・・
歌詞のある曲なんでしょうか?
っくーー!思い浮かぶのは高校時代に歌った「菩提樹」だの「流浪の民」だのあまりにもポピュラーな物ばっかりですわ。
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