絶対的幸福と相対的幸福(幸福の近道&回り道)

絶対的幸福とは何だろう?相対的幸福とどこが違うのだろう?
どんなことがあっても、何があっても幸福に生きるには?

No.88 推薦本「戦略の本質」日経文庫¥900:あれこれ1

2009年07月28日 17時03分32秒 | Weblog
No.88 推薦本「戦略の本質」日経文庫¥900:あれこれ1



 この本は、 なぜ日本軍は敗北を避けられなかったのかを研究した「失敗の本質--日本軍の組織的研究」1984年発刊の続編です。

 私はこの本の「まえがき」における以下6点に惹かれ、リスクマネジメントにおいて、直感的に絶対必要なものと判断し、夢中になって読みました。

 なんとこの本完成までに20年もかかっています。
 ぜひ読んでみてください。

 しばらく思いついたとき、このブログでこの本の要約なりコメントを発信していこうかと思っています。




戦略の本質が最も顕在化するのは逆転現象。


流行している戦略論は分析的な戦略策定終始していた。その結果戦略を実践する人間の顔が見えなくなっていた。この点を克服。


戦略とは、本質を洞察しそれを実践すること。
認識と実践を組織的に統合すること。


戦略を左右し、逆転を生み出す鍵はリーダーの信念や資質にある。


リーダーには、徹底的な理想主義的リアリズムが必要とされる。


戦略の本質を直視し、対話を通じて真理をつくっていく社会のあり方にも関係してくる。

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No.87 誕生日の驚きのプレゼント:商売のヒントあり

2009年02月26日 10時52分42秒 | Weblog
誕生日

某大手中古自動車販売会社から昨年の購入記念で私の誕生日に素敵
なプレゼントがきました。

 冒頭 あなただけの誕生カレンダーですという案内。

 そして Happy Birthday ! Yoji 02月21日の写真カレンダー

2月から始まって、来年の1月で終わるカレンダーです。

さらに驚いたことに、毎月の写真の中に私の名前 YJOJI
が写真の中で合成されて挿入されている。

 これにはびっくりしました。
 どうして創ったんだろう?
 何かソフトがあるのかしら?
 あればそのソフトが欲しいものだ・・・とも思いました。

早速お礼の電話を送り主にしました。

 へたな誕生日プレゼントを数千円で贈るなら、この方が「感動」
を与える価値ありと思いました。
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No.86 「BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画) と金融危機」

2009年01月30日 15時00分59秒 | Weblog
「BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画) と金融危機」

 「BCPと金融危機との関連性は何だろう?」。

  BCPとは「大災害や大事故があっても、守るべきものは何か、
それが失われるとどのような影響があるのか、これらの分析に基
づく経営戦略」のことです。

 詳細は私の個人WEB
 http://jisin.info/bcp.aspx
 を参照ください。

 私は昨年秋依頼米国のサブプライム・ローン問題から端を発した、
世界同時進行の金融危機に対して、BCPとの関連性が気になっていま
した。

 こう思っているときタイミング良く、リスク対策.COMというBCP専
門の雑誌(2ヶ月に1回発行 http://risk-t.com/)の1月25日号
をめくっていたら丁度、私の疑問答えてくれる特集記事がありました。

 タイトルは「”派遣切り”はBCPの姿か?」、そしてもう一つ緊急
対談「BCPは金融危機に通用しないのか」の二つです。

 「”派遣切り”はBCPの姿か?」を要約すると以下になります。

要約A
「自動車メーカーらが800人もの災害支援部隊を送って関連会社や
地域の復興を助けた中越沖地震が、古き良き時代に思える」

 尾崎・筆者:注
 2007年のこの地震のときの応援されたリケンの事業管理室長で
ある 藤井 多加志 さんが、2008年10月9日 東京ビッグサ
イト・危機管理展における特別セミナー「被災企業がつくる最強のBC
P〜リケンの挑戦から学ぶポイント」の演題で、被害額について以下の
ように述べています。

 復旧費用:被害額=「15億円」(リケン2007年10月発表
                 の被害額)
内訳:
機械及びその他 1億円
棚卸資産    2億円
復旧費用   12億円

しかし、リケン事業管理室長 藤井 多加志 さんの発言
「とりあえず15億円と発表したが、本当の被害総額は分らない」→?

理由
a:どういう壊れ方をしたか今となっては、分らない。
 自動車メーカーが来て、あっという間に直してしまったから。

b:部品が壊れて一部買ったという値段なら分るが、人件費や宿泊代、
 交通費も一切(応援部隊)から請求されていないので・・・

c:それに、お客様の事業を止めて迷惑をかけたのに、そういう請求
 もない。


一方2004年の新潟中越地震における「三洋半導体製造:小千谷
市」の被災によるグループ全体の被害総額は?

約500億円。

 上記から分りますように、まさに何百億円とかかったかもしれない
損害に対して、メーカーを主体した応援部隊から請求はこなかったと
いう事実が2007年あった。

 しかし、数年も経っていないの2009年の秋からの傾向を受けて
同じ支援自動車メーカーの状況として「”派遣切り”はBCPの姿か?」
の記事を掲載せざるを得ないという趣旨となっています。
 
 以上 尾崎・筆者:注終わり


要約B
「ある専門化は”自動車メーカーは本当のBCPを発動した”と表現する。
不測な事態に対し重要業務を継続するのがBCPとするならば、地震に限
らず、今回の金融危機も災害と同じというのだ。

 しかし、BCPの究極な姿が、首切りやリストラだとしたら、経営者以
外に誰がそのようなものに協力するというのか。

 人間をリソース(経営資源)という言葉で片付けてしまていいのか」

 尾崎・筆者:注
 まさに筆者の言われるとおりと私は思いました。
 リケンにたいする自動車メーカーの対応と昨今の金融危機における減
産によるリストラ関連のマスコミ報道とは、対極の相を現しています。

 
要約C
「それでも地震大国である日本が、世界に対して信頼を得ていくために
はBCPは何より有効な手段であろう。

 ようやく盛り上がってきたBCPの火を消さないためには、防災とBCPが
今一度歩み寄り、人命尊重、人間第一を理念とした日本型BCPの構築を
急ぐべいではないだろうか」

 尾崎・筆者:注
 この意見に、私も賛成です、人間第一を考えず、ただ資本の論理のみ
で走ってしまったら、不良品率のアップ→リコール製品のアップ→回収
・補償費用のアップになるのでは?と私は危惧しています。

 BCP策定コンサルを依頼されて現在実践している私は、BCP策定コンサ
ルを依頼された場合「人間第一の経営理念」があるかどうかを必ずチェ
ックすることを基本においています。

 心のこもった経営理念があるかどうか、それが浸透しているかどうか
で大災害や危機が発生したとき、十分に対応できるBCPかどうかが試され
ると、私は思っています。

 次回は「対談「BCPは金融危機に通用しないのか」についてコメントを
述べる予定です。



 歓乃喜 師弟 No.86(01/30 2009)

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No.85 「ゆずり葉の詩」

2009年01月22日 16時57分56秒 | Weblog
No.85 「ゆずり葉の詩」

子供たちよ  これはゆずり葉の木です。 このゆずり葉は
新しい葉ができると 入り代わって古い葉が 落ちてしまうのです
こんなに厚い葉  こんなに大きい葉でも  新しい葉が出来ると
無造作に落ちる  新しい葉に いのちをゆずって

子供たちよ お前たちは 何をほしがらないでも 
すべてのものが お前たちに ゆずられるのです
太陽のめぐるかぎり  ゆずられるものは絶えません

かがやける大都会も そっくりお前たちが ゆずり受けるのです
読みきれないほどの書物も  幸福なる子供たちよ
お前たちの手は まだ小さいけれど

世のお父さん、お母さんたちは 何一つ持ってゆかない
みんなお前たちに ゆずってゆくために いのちあるもの、
よいもの、美しいものを 一生懸命に造っています

今、お前たちは 気が付かないけれど ひとりでに 命は延びる
鳥のようにうたい 花のように笑っている間に 気が付いてきます
そしたら 子供たちよ  もう一度 ゆずり葉の木の下に立って
ゆずり葉を 見るときがくるでしょう   
           ― 『ゆずり葉』 河合酔茗 作 ―

 この詩にであったとき。
私にとっての「ゆずり葉」は何だろうか?と考えてしまった。
創業した私の会社?
新築した家と土地?

 この詩に対峙したとき、こんなものはなんだか色褪せてしまう、
とふと思った。

創業した会社の経営理念に基づく人間観と人間的な社風。
私という人生を後ろ姿でみてくれた子どもへのメッセジーになり
うる確固たる人間哲学。

 その国でしか通用しない人間哲学でなく、
 その時代でしか通用しない人間哲学でなく、
 全世界規模であり永遠の人間哲学。

 これらが、
日常のさりげない会話のなかに、
日々のさりげない行動のなかに、
「ゆずり葉」として残せたらどんなに素晴らしいだろう。

 そう思った瞬間、私はたった今からの言動をさりげなく、やわら
かく「確固たる人間哲学」にもとづくものにしたいと思った。


 歓乃喜 師弟 No.85(01/22 2009)

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No.84 究極のリスクマネジメント:日本国家の命運は?

2009年01月08日 13時11分26秒 | Weblog
No.84 究極のリスクマネジメント:日本国家の命運は?

「誰も知らない震災対策:放射能で首都圏消滅」という書籍を著者
である知人から贈呈されました。

 著者は古長谷(こながや)稔さん。出版社は三五館(¥1200+税)。

 表紙には「”日本沈没”は小説だったが、本書は現在進行形の
”日本壊滅”のノンフィクションです。誰一人として、この現実か
ら逃れられない!」との文言。

 書籍の帯には「あっ、東海地震だ!そして、そのあとさらに恐ろ
しい事態が・・・ 首都圏はたったの6〜8時間後、放射能に汚染
されてしまう! あなたに備えはありますか?それより、あなたは
どこまで知っていますか? すべてを報告し、すべてに答えた本」
との文言。

 書籍の裏帯には「まさか?と思って暮らしている、あなたへーー
衝撃の内部告発1ー「耐震捏造・・・」浜岡原発設計者
「完全なごまかしです。当時は地震といっても横揺れだけしか考え
ておらず、縦揺れは無視していました。”耐震設計”として明らか
に不十分でした」

衝撃の内部告発2ー「欠陥コンクリート骨材を納めた」業者
「納入する(原発の)コンクリート骨材が粗悪なため、国指定の検
査機関から”有害”と認定されてしまいました。そのため”データ
ー改ざん””証明書偽造”を行い、”無害”と”偽装”して納入を
続行しました」

衝撃の内部告発3ー「地震の前からヒビ割れている」原発技術者
「原発はもともと地震のあるところに原発を建てないアメリカ製な
ので、地震対策が詳細に検討されていない」アメリカをはじめ原発
大国は、そもそも地震が起こりそうな場所には原発をつくらないの
です。

地震学者の証言1ー「浜岡原発は止めるべきです」
「(浜岡のように)巨大地震の発生が最も懸念されているところに
原発を設置するのは、世界の常識からすれば異常です」と前・地震
予知連会長の茂木清夫博士

地震学者の証言2ー「地震学的に見ると、いろいろ疑問点がある」
「放射能と震度7の大地震が重なって、住民の避難や救出ができる
のか。・・・各分野の研究者が集まって、”原発震災”の詳しいシ
ナリオを分析して欲しい」と石橋克彦神戸大学教授

 上記のような記述


 工業高等専門学校電子制御工学科を経て大学の工学部を卒業され
た著者の古長谷さんは、衆議院議員の公設秘書時代に浜岡原発の実
情と原発震災の危機を知って、多分危機感から「秘書の仕事どころ
ではない。この危機を首都圏の人々に伝えなければ」という使命感
を持たれ、秘書を辞め、2004年に「原発震災を防ぐ全国署名連
絡会」を立ち上げられらたかと思います。

 この著書の目的は、「東海地震が起こり浜岡原発が被害を受ける
と、浜岡原発の爆発が起こり、この原発から約200km風下に、世
界一人口密度が高い日本の首都圏が高濃度の放射能に襲われる。
 そうなれば首都圏は誰も住めない”死の都市”と化す。その時「
円」の価値は?ガン患者になると予想される人数は192万人から
835万人になる」という恐ろしいできごとを防ぐことです。

 昨年ありえないことが起こりました、世界中の経済知識人が予想
も予知もできなかったことが起こり、2009年世界同時に金融・
経済問題が、生じています。

 リスクマネジメントにおいては「ありえないことでもヒントをも
らった、気づきを与えてもらった以上は考えてみる」というのが基
本です

 古長谷さんのいわれることも、「やはりあり得るかも・・・」と
まず思い、この著書を手にすることが「日本国家を救うリスクマネ
ジメントになるのでは?」と私は読了後感じました。

 今回の連載下記WEBにも掲載しています。
http://jisin.info/genpatu.aspx
「仙台 リスクマネジメント」

  歓乃喜 師弟 No.84(01/08 2009)

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No.83  災害ボランティア・明日に向かって

2008年11月23日 10時14分21秒 | Weblog
No.83  災害ボランティア・明日に向かって

 前回(11月22日No.82)紹介したのテレビ番組はNHKの「カ
ンゴロンゴ」でした。(平幹二朗さんが様々な社会問題をゲストを迎
えて解決するという番組です)

 今回の「災害発生 その時NPOが出きること」というテーマ
のパネルディスカッションに参加できたのは、私にとってはかなり
の収穫でした。

 なぜなら私自身が仙台市災害ボランティア・コーデネーターに登
録はしているものの、説明会と訓練に2回しか参加してませんし、
実際の震災後の復旧ボランティアに一度も参加した経験がなかった
からです。

 実践経験があり、しかも災害ボランティア経験において、黒澤司
さんというコーデネーターと、浦野愛さん、北川進さん、大庭浩徳
さんというパネラーというメンバー全員が、人間の「絆」という「
テーマ」において、ぶれることのない共通点がありましたのが、良
かったのではないでしょうか。主催者の方の人選の良さに感謝しま
す。

 それゆえ私にとってはコーデネーターやパネラーの方々の発言が
すべて私の身に沁みるものでした。

 浦野さんの、「当初は災害ボランティアということで現地にいっ
ても、イメージがつかめなくて、またきっかけがなくてなかなか参
加できなかった。しかしイメージやきっかけのことは時間をかけて、
信頼をつくりあげていけば、改善できます。このような工夫の結果、
被災者の方たちがやっと押し黙っていた言葉をやっと発信してくれ
た、ということがあります」という発言。

 大庭さんの、「側にいてオロオロしている人間が大切です。被災
後、被災地のある場所を借り切って、被災者の主婦たちに主婦業か
らの解放日があってもいいのではないか、ということで1週間に1
度のカレーの日をつくりました」という発言。

 黒澤さんの、「2004年に台風が異常に10個も発生しました。
そして新潟県小千谷市では大地震がありました。しかし実際に小千
谷市で死亡者が多かったのは台風でもなく、地震でもなく豪雪です。

 一口に災害による死亡者といっても大地震だけではないです。5
0戸あった部落が地震によって3戸壊れましたが、その後の豪雪に
よって25個壊れ、そのまま地震があって以来、25戸の世帯は村
に帰れなくなった。

 また仮設住宅が都市なので、やむなく村から移転という状況が生
まれていますが、お年寄りにとって村ではボケても生き残れますが、
都市では生き残れないということもあります。このようなことも考
えてください」という発言。

 北川さんの。「災害という、こういう時だからこそ皆で助け合っ
てもいいのではないでしょうか。行政だけに頼るのではなく全員で
一歩を歩みましょうよ。そして災害時におけるミッションとは、自
分のやりたいことだけでなく、社会に求められていることです」と
いう発言。

 以上3氏の言葉に私に私は賛同です。

 今回は仙台市で行われたセミナーでいたが、やはり近況を伝える
という意味で農村部の大庭さんの体験談が中心となりました。この
ことを考慮して最後に黒澤さんから、農村部だけでなく都市型災害
について、以下の発言がありました。

「やはり仙台市という都市型災害について、阪神大震災と同様に、
都市型には都市型特有の問題があります。

 1福祉施設が集中していること。
 2建物のアスベスト被害の可能性が大であること。
 3兵庫県明石であったような急な混雑による死傷者事件の発生可
  能性があること。
 4勤務時間中に起こった大地震の場合、自宅に帰ろうとしないほ
  うが全体的に安全な場合もあること」

 これらの諸問題も、これからの仙台市における大地震災害(宮城
県沖地震あるいは長町ー利府活断層直下型地震)にたいして、考慮
すべきと思いました。

 第2部はグループ討論(7名前後のグループ・先着50名参加)
によるワークショップでした。

 パネルディスカッションを受けて「災害時やその後の復興期に私た
ちは何ができるのか、具体的に考えアイデアを出し合う」というテー
マが与えられました。

 限られた時間で有効な討論をするために、発言においては、
1自分の立場を明確にする。
2発言テーマの記入シートに記述した以外のものは喋らない。
3これは自分にとっても一番大切だから絶対に発表したいものを絞
 り込んで準備しておく。
 
 という以上3つのルールを最初に与えられました。主催者側のこ
のルール設定は、初対面同士が限られた時間内にワークショップす
るに当たっては、素晴らしい方法でした。この方法は自分の会社に
や他の団体でのグループ討論に活用できると思いました。

 私たちのグループの中に栄養士をされている主婦の方がいました。
その方は「災害ボランティアに登録して参加するために、初めて自
動車運転免許書の取得に挑戦されて見事免許をとりました」と発言
されていました。

 このような素晴らしい方が私には仙台市や宮城県にはまだまだ多
数いるのでは、という期待感を感じさせてくれたのが、私にとって
このワークションプにおいて、最大の収穫でした。


 (今回で災害ボランティア連載終了します。
  No.79〜No.83 連載 5回 お読みいただいた方に感謝します。
  今後私のブログのほうもよろしくお願いします。)



 今回の連載下記WEBにも掲載しています。
http://jisin.info/bola6.aspx
「仙台 リスクマネジメント」

  歓乃喜 師弟 No.83(11/23 2008)

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No.82 災害・復興から「かいこう」へ

2008年11月22日 11時04分05秒 | Weblog
No.82 災害・復興から「かいこう」へ

 今朝のNHK番組を偶然みていたところ、「マンションを買うべ
きか、マンションの本当の価値は?」というテーマでした。ドラマ
仕立ての番組でしたが、そこで強調していたのは、マンションの場
合修繕費用が新築で購入してから12年後、24年後、36年後と
かかることを、きちんと計算しなさい、ローンの支払いだけを考え
てはいけませんよ、ということでした。

 また24年後はその前の1・5倍、36年後はその前の1・5倍
かかるようだからその計算も、というアドバイスでしたが、その時
一番重要なのはマンションの住民同士の仲の良さ、ということでし
た。
 
 住民同士がすれ違っても全く関係のない者同士だったら、修繕費
用のことでトラブルが生じやすい、また近所同士の付き合いがない
ので気楽に転売されて移転されてしまう。その事例として地方のマ
ンションを取材した模様が映し出されていました。

 かなり古いマンションなのですが、修繕をしていないという悪循
環のため、現在では半数の方しか居住してなくて、この世帯数では
とても修繕など無理という結論にいたったマンションの現状とそこ
に住んでいる方のインタビューでした。

 この番組の結論「マンションの価値は円よりも縁」。

 これは災害の時にもいえます。「共助」=「ご近所仲間・人間と
しての縁を大切にして人間関係の絆を紡ぎだす」という発想と実践
がないと、災害の時はもちろん、永住の住みかとしての機能も果た
せなくなる環境をもつくってしまうのではないか?という示唆のあ
る番組でした。

 さて「災害発生 その時NPOが出きること」というテーマのパ
ネルディスカッションに戻ります。パネラーとして唯一行政側から
の参加で、宮城県社会福祉協議会に勤務されている北川進さん。

 北川さんの冒頭の発言、「社会福祉協議会が中心となって、災害
ボランティア・コーデネーター制度が発足して活動していますが、
皆さん、これだけが正当なボランティア制度ではありませんよ。

 この制度だけでは、行政としては災害・被災者の方々の声をひろう
ことは無理だと分っています。私たち行政側としては行政特有の狭
い視野から脱皮したいのです。

 行政としては様々な自主的なボランティアの皆さんと連携して、災
害・被災者の方々の声を積極的に聴いていかないと、かえって危険性
をはらむこともあるんです。

 現在のところ社会福祉協議会はまだ皆様方との連携がへたな部分が
たくさんあります、ぜひ皆さん自主的に協力お願いします」

 この発言を聞いたとき、私は「ほう!このようなもの分りのいい方
が行政にもいるんだ。私も仙台市の災害ボランティア・コーデネータ
ーに登録していて良かった」と素直に喜べました。

 北川さんの発言には「やはり公助よりも共助」という発想があるも
のと思えました。コーデネーター役の黒澤からは、「お役所の方にし
てはとても前進的な方」と紹介があっての発言でしたが、北川さん自
身、宮城県北部連続地震、新潟県中越沖地震、岩手・宮城内陸地震な
ど被災地での支援に多数かかわってきたゆえの実感からの発言でもあ
ったと、私は思いました。

 同じように被災地支援の活動体験を通して黒澤さんは、「新潟中越
地震の長岡市において、市民の方が明治維新のときの戊辰戦争、太平
洋戦争における空襲、長岡市はすべて廃墟となったが、歴史的にみて
当時の市民たちはこの災害を全てバネとして、以前よりも良くすると
いうことをしてきた。だから今回の地震においても、一つのチャンス
と、とらえ復興を目指すのでなく、前より良くする”かいこう(恢弘)”
=事業や制度などを押し広めること。おしひろめること。ひろく大き
くすること)しようと宣言された」という話を聞いたとき、私は感動
しました。

 「恢弘(カイコウ)」!

 自助・公助・共助このすべてが人間という絆の確かさを確認しあい
ながらベストな組み合わせを、あきらめることなく考え、実践するこ
とから「恢弘」が始まります。

 災害救援において「物資やお金だけでなく、人間としての縁を活か
しきって、絆にもっていく」ことが大切です。



 今回の連載下記WEBにも掲載していきます。
http://jisin.info/bola5.aspx
「仙台 リスクマネジメント」

  歓乃喜 師弟 No.82(11/22 2008)

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No.81 絆・災害においては共助(つながり)が一番大切

2008年11月19日 17時43分39秒 | Weblog
No.81 絆・災害においては共助(つながり)が一番大切

 前号(11月18日号)で、「自助では自分たちでできる範囲で災害
に対してあらかじめ対策をうっておくことや、災害時に備えたもの
で自力で災害に打ち勝つことですが、自力だけでは限界があります。
やはり”絆”を基にした共助が必要です」と述べました。

 この私の持論を裏付けるように黒澤さんが、「都市型災害の特徴
として、阪神大震災においては、地震による死亡者が約6,200名、地
震後地震が原因で死亡された方が約200名となった。重要なのはあれ
だけの災害にもかかわらず被災しながらも生存者として救助されて
生き残ったという人々がいる、ということです。

 おおざっぱな統計数字ですが、救助による生存者の約95%が共助
(ご近所の方や災害ボランティアの方々)による手助けであり、約
5%が消防署の救援隊とか自衛隊という公助によるものという事実
が大切です」と話してくれました。

 共助について、私自身のご近所付き合いを紹介します。5年半前、
私は現在の地に引越しをしました。幸い5世帯分ある土地の中で一
番最初に自宅を構えましたので、その後約8ヶ月をかけて順番に自
宅が建っていき、4世帯の方が引越しされました。

 町内会ではこの5世帯が一つの班となり、初代町内会班長に私が
なりました。我が家では天気の良い日は駐車場の車を2台分を移動
して、そこでバーベキューを時々します。すると同じ班内の子ども
たち(3世帯)が珍しがって寄って食べていきます。近所の方と仲
良くしたいという、私の願いと、「共助計画」を成就する目的もあ
りましたが・・・。

 そのようなことから自然とご両親たちも集まり、小さな子どもの
いない同じ班内のご家庭も全員が参加ということになり、班内の楽
しみな行事となりました。天気の悪い日や冬の季節はクリスマス会
やら新年会を各家庭持ち回りとなり、班内全員(2世代、3世代家
庭もあります)が仲良くなっています。

 私自身がリスクマネジメント関係の仕事をしているので、自然と、
災害時における協力関係(共助)の話もできる雰囲気になっており、
男親同士の会話にも話題として出てくるようになりました。

 全世帯が同じ班に引越ししてから4年半〜5年近く経ちましたが、
ご近所が集まるたびに、「引越し場所や近所づきあいまでは引越し
前に選べないので、ここに引越しできて本当に良かった、安心でき
る」と班内全員の皆さんがいってくれます。

 数年かかるかもしれませんが、このような行事を通じての共助の
可能性を手作りしながら、ご近所との絆を良くしていくということ
は大切かと思います。

 私の住む仙台市における消防車の台数は人口100万人の都市に
もかかわらず、わずか86台です。

 私は予約を入れて取材をしに仙台市消防局防災安全部を訪問しま
した。

 そのときの私の質問は、「この台数では、近くかなり高い確率で
宮城県沖地震(マグニチュード(M)7〜8)としきりに地元の報
道ニュースでいっているんですから、少ないのでは?」という内容
でした。

 回答は「残念ながら、予算の都合上、宮城県沖地震に備えての完
璧な消防車台数をそろえることはできません。

 1軒の自宅を消化するのに、消防車は3台必要です。ちょっとし
たビルを消化するのに10台は必要です。

 宮城県沖地震がきたら延焼拡大しやすい場所に消防車を集中しま
すので、そうでない地域の方はあまり期待しないでください」とい
うことでした。やはり予算の関係上行政としては「多数のために少
数の犠牲はやむなし」という苦しい決断をせざるをえないのだ、と
感じました。

 まさに公助には限界があります。自助だけでも無理なものがあり
ます。自助と公助を前提としながらも、共助(近所同士の助け合い
と災害ボランティアの力)が一番大切と私は思います。

(明日・明後日は行事があるためお休みします。11月22日から
連載を再開します)

 今回の連載下記WEBにも掲載していきます。
http://jisin.info/bola4.aspx
「仙台 リスクマネジメント」

  歓乃喜 師弟 No.81(11/19 2008)

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No.80  絆・災害を超えて

2008年11月18日 17時14分42秒 | Weblog
No.80 絆・災害を超えて

 大場浩徳(くりこま耕英震災復興の会の会長)さんの発言を受け
て、コーデネーターの黒澤司さんは、「栗原市は3年前市町村合併
を行ったので、その影響も出ているのではないか?合併によって行
政の管轄が広域になり、小さい単位の市町村であれば、目配りがき
いていたのに、広域になったので目配りが弱くなったところがでた
のではないか?」と発言されました。

 さらに「極端なことを言えば米国の9.11事件のように、多数を守
るためには、乗客もろともハイジャクされた飛行機を追撃・爆破し
なければ、という冷徹な選択肢を考えざるを得ないとか、選んだ選
択肢の実行決断を迫られるところが、行政にはある。

 多数の法則で少数が無視されないような自主的な対策も必要であ
る。

 災害ボランティアNPOと被災者とのかかわり合いを通じて、目
配りが届かなかった被災者が、行政の方に問いかけができるような
ことができた事例もある。また行政だけだったら漠然としたままで
あったのが、災害ボランティアNPOのおかげで前向きなことが考
えられるようになった事例もある」と述べられました。

 レスキューヤード事務局長の浦野愛さんの「救援ボランティアと
いえど、頭だけで、ひとりよがりで、被災者にとっての必要な物、
必要なことを考えない。あくまで自分は”よそ者”という立場をふ
まえて、とにかく懸命に被災者たち皆さんの声をじっくり聞きたい」
という発言に、私は新鮮な感動を覚えました。

 災害ボランティアという人間そして被災者という人間同士はあく
まで対等な立場で平等であり、「人間としての絆」づくりが一番最
初に大切なのではないだろうか?という気づきを私に与えてくれま
した。

 さらに、「被災したとき、何をどこに、どの人に頼めるか分るネ
ットワークを作ることが必要。また被災直後に必要なことと、中長
期に必要なことがある。中長期的に必要な事例として、1−元気を
つけるメッセージの届出(学童たちから被災者の方々に応援メッセ
ージの貼り付け等)、2−踊り、歌、映画、花、七夕祭り、映画等
文化的なこと、があってもいいのではないか」という浦野さんの意
見に私は賛同。

 昨日11/17のニュース番組で、四川大地震6ヵ月後の様子が放映
されていましたが、その中で子どもたちの楽器演奏による被災地
訪問が写しだされていました。まさにこのようなことも必要だと
感じさせるものでした。

 「地域の歴史や文化は街が復興しなければ、廃れてしまう。農村
部も同じ」と補足発言を黒澤さんがされ、そのとき「くりこま応援
の会通信・山にカエル!」(発行者:ハートネットふくしま&とち
ぎボランティアネットワーク)の紹介がありました。

 浦野さんや、黒澤さん、他県のふくしま・とちぎの方のいわれる
ネットーワークとは「人間どうしの絆」なんだということを想起さ
せてくれました。

 大災害(地震・津波・大洪水等)において被災した場合、私たち
に必要なことは、自助・共助・公助です。

 自助では自分たちでできる範囲で災害に対してあらかじめ対策を
うっておくことや、災害時に備えたもので自力で災害に打ち勝つこ
とですが、自力だけでは限界があります。やはり「絆」を基にした
共助が必要です。また公助だけを宛てにして、行政に文句を言うだ
けでは真の意味では助からない、という私の持論を再認識させてく
れたパネルディスカッションでした。


 次回も続きます。
 

 こん回の連載下記WEBにも掲載していきます。
http://jisin.info/bola3.aspx
「仙台 リスクマネジメント」

  歓乃喜 師弟 No.80(11/18 2008)

バックナンバー
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メールマガジンでの配信 
http://www.mag2.com/m/0000270702.html
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No.79 「災害を超えていま、考える。いまつながる」

2008年11月17日 17時54分39秒 | Weblog
No.79 「災害を超えていま、考える。いまつながる」
セミナーに参加して・・・

 2008年11月16日・日曜日に仙台市市民活動サポートセン
ター主催の「災害を超えていま、かんがえる。いまつながる」とい
うセミナーに13時30分〜16時まで参加しました。

 私は現在、仙台市社会福祉協議会の仙台市災害ボランティア・コ
ーデネーターに登録しており、半年に1回の訓練に参加していると
いう関係上、私宛てに案内状がきたと思います。

 セミナーは第一部「災害発生 その時NPOが出きること」とい
うテーマでパネルディスカッション。
 第二部が災害時やその後の復興期間に私たちは何ができるか、と
いうテーマでのワークショップ(小グループ:6名前後:での討論
会)。

 第一部のコーデネーターはNPO災害看護支援機構顧問の黒澤司
さん。黒澤さんは、災害系重機ボランティア風組顧問もされていま
す。

 パネリストの方々は3名。

 名古屋市からこられた浦野愛さん。浦野さんはレスキューヤード
の事務局長を務め、「災害時要援護者」への支援事業を中心に活動
を行っている社会福祉士。

 岩手・宮城内陸地震で被害にあい、孤立した栗原氏耕英地区にて、
イチゴ農家を営む大庭浩徳さん。現在「くりこま耕英震災復興の会」
の会長を務めています。

 宮城県社会福祉協議会に勤務されている北川進さん。内閣府防災
ボランティア活動検討委員、災害ボランティア活動支援プロジェク
ト会議運営委員などを歴任されています。

 冒頭大庭さんの被災者としての体験談紹介。印象に残りましたの
は、「被災者として線引きのない支援をしてもらいたかった」とい
う大庭さんの以下のような発言でした。

 今年6月14日に起きた地震によって、大庭さんを始めとする被
災者の方々の生活はまさ一変。当時仮設住宅に移転された方が14
世帯、移転せず自宅にいた方が23世帯。JAの方から支援米の支
給があった時、なぜか仮設住宅の方だけに配布。

 また地震直後からの全ての情報は避難所だけに入る。避難所にい
ないと同じ被災者でも情報が入らなくて、被災者同士の「心の分断」
が始まった。

 今回の支援策が行政側だけだったら、被災者の大変な思いへの解
決は部分的になっていた。震災後仮設住宅に移られた方々にたいし
てボランティアとして新潟県から仮設住宅に住まれた経験のある方
に様々なアドバイスをもらった。そこで初めて仮設住宅には仮設住
宅なりの「住み方ルール」があるのを知った。

 現在これからくる冬に備えて、家屋が積雪で倒壊しないように、
雪囲いをしなければならないが、他地域からこられた災害ボランテ
ィアの方が応援したくても帰宅許可証がないと応援できない。しょ
うがないので、他地域の方なのに帰宅許可証を発行してもらって、
応援をしてもらっている。

 地元のNHKニュース等でつとめて、岩手・宮城内陸地震のその
後を見るようにしていましたが、このような被災者からの視点の報
道はなく、大庭さんの発言に私自身少し驚きもしました。

 大庭さんの発言に対して、支援する側の黒澤さん、浦野さん、北
川さんの発言も、私にとっては普段の報道では知ることができない、
新鮮なものがありました。

 次号において報告します。



  歓乃喜 師弟 No.79(11/17 2008)

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