時遊人~La liberte de l'esprit~

自由翼 心はいつも自由でありたい by 椋柊

RISTORANTE フクムラ in 京都富小路通

2011-10-31 | ご馳走さま~♪
錦市場から四条通りに出た小生は
富小路四条上ル路地で
RISTORANTE フクムラなる看板と遭遇

に従って
超細っこい道なき道のその奥にある
リストランテへ…

忍者のように恐る恐る
扉のガラスから店内を覘くも
お客がいない…
カウンター内にいるムッシュも
何だか厳つい感じ…

ど~しよ~


取り敢えず
他のお店も数件見て周ったものの
結局
リターン フクムラ

メニュー見たら
結構良いお値段でした


ですが
折角ですしね

ディナーコースおまかせ料理(5,300-)お願いしました

まずは
アンティパスト 2種

                  



次は
本日のパスタ料理 2種

                  



でもって
セコンドビアット

                  



ドルチェミスト&カフェ





白のグラスワイン



 RISTORANTE フクムラ 


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季節の変わり目に祟り目

2011-10-30 | 徒然
                                            北野天満宮
寒暖の差が激しく
体調を崩される方も多かろうと思います

私ごとですが
例に漏れることなく
昨夜から

鼻…
扁桃腺…

ズバリ
本人の不注意

小生
髪を洗いざらしのまま放置すると
確実に風邪を引きます

解っていたんですけど
やってしまいました

皆様方
くれぐれもお気をつけ下さい




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居眠り磐音江戸双紙 帰着準備号 ~橋の上~ 34

2011-10-30 | 読書
明和六年
関前藩主福坂実高の参勤上番に従い
二十四歳にして
初めて江戸の地に立った坂崎磐音は
佐々木道場入門を控えたある日
両国橋で厄介事に巻き込まれる

剣術家への
第一歩を踏み出す
若き日の磐音を描いた
書き下ろし中編小説「橋の上」


坂崎磐音ら一行の江戸帰還を前に
遡ること十年余?
初々しい
若かりし頃の坂崎磐音に出会いました

関前に帰郷した途端
国家老・宍戸文六の陰謀によって
幼馴染みであり義兄弟となる筈だった
河出慎之輔と小林琴平を失うことに…
そして
最愛の女性・小林奈緒との別れ
そんな事も露知らず…

この段階では
剣の腕も人としても
未熟な磐音ではありますが
純粋無垢
義理と人情に厚い彼のキャラクターは
ほぼこの段階で確立していたっぽい

この段階から本編が始まっても
小生は
坂崎磐音に惚れたと思います

それにしても
関前に帰還し陰謀に人生を苛まれ
居眠り磐音 江戸双紙 全37巻にも及ぶ
壮大な人生(運命)が
始まるわけです!!

38巻発売の前に
改めて
「陽炎ノ辻」第一巻から
読み直してみよう!?
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眠れぬ雪獅子 15

2011-10-29 | 舞台
黒い帽子の踊り

それは
チベットに伝わる悪霊を鎮める祈りの舞いであったが
9世紀
仏教を弾圧した暴虐王ラン・ダルマを暗殺するために
僧侶のラルンが
踊り手の一人に扮し
忍び寄ったことで伝説の踊りとなり
ラルンは王を殺して
自ら眠りを殺した男となった

王を殺し
それでも尚
生き延びてしまったラルン…

一方
ラルンの弟は
文字の持つ力の弱さに打ちひしがれ
来世では
自ら暗殺者となり
正義をまっとうすると
その命を閉じた

時は流れ

1951年
東チベットの古都チャムド

寺院の前に捨てられていたテンジンは
僧侶となって仏に仕えると言う道を拒み
旅芸人となって世界中を旅していた

一方
詩人となる都を離れていたドルジェは
父をチャムドの王に殺され
その復讐を果たそうと
筆を捨て剣を手に
密かに都に舞い戻っていた

そんな二人が
運命的な出会いを果たす

収穫祭で披露される踊り子に紛れ
王を殺害しようと
ドルジェは
テンジンに踊りを教えて欲しいと頼む

その踊りとは
悪霊を鎮める祈りの舞い

乞われるままに
踊りの手ほどきをするテンジン
行く手に待ち受ける大きな黒い影と
その影に翻弄される二人の運命も知らぬまま…

チベットの人々の心に根付く
ターラ菩薩の光が二人を正しき道へと導くのか…


正直
前半 爆睡しそうになりました
ですが
話が見えてくると
なかなか…

9世紀に存在した僧侶ラルンと弟は
20世紀の時代
テンジンとドルジェとして
輪廻転生しておりました
はじめは
ドルジェがラルン
テンジンが弟の転生後の姿かと思っておりましたが
ドルジェが弟で
ラルンがテンジンでした
と申し上げても
舞台をご覧頂いていない方には
???ですね

王を殺害したラルンは
仏の教えを破り
それが正しかったのか悩みます
これからどう生きればいいのか
何を支えとして生きればいいのか
仏の教えを乞います

一方
ラルンの弟は
兄の行いが仏のためであり
正しいことだと主張
都中にこれまでの経緯を書いた文章を張り出し
歴史にラルンの名を残そうとします
がしかし
権力の前に文字は何の力もなく
真実がいとも簡単に捻じ曲げられ
闇に葬られると言う事実を突きつけられ
失意のまま命を落とす

それぞれの念が
時空を越え
現代のチベットに生きる二人の男
テンジンとドルジェとして転生

ドルジェの暴走を
かつて眠りを殺した男として生きた
ラルンことテンジンがどう止めるのか!

(暴虐な王が治める)こんな酷い都なのに
人々は去ろうとしないのです
それは
ここが自分たちの生まれた国だから!
この国を愛しているからです


その言葉に
観客の涙腺が一気に緩みました

人間が自ら作った鎖は
人間の力で打ち破る事が出来る

命と鎖の果てにある末来を信じよう
未来は定められたものではない!
末来は自らの力で作るもの

例え
思いが叶わずとも
思い続けることで‘思い’は引き継がれていく

無駄だと思っても
諦めずにれば
いつか思いは届く


ラルンとテンジンの台詞
ひとつひとつが
ズシっと心に響くのでありました

ハムラビ法典推進派と致しましては
ちと心がチクチクする舞台でした
確かに
暴力では何も解決しない
憎しみは憎しみを生むだけ!

誰かが
何処かで
その連鎖を断ち切らなければならない

理性で理解していても
感情がそれを許さない

人が生きていく限り
絶えず付きまとう課題!?

難しい…
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修学院離宮

2011-10-28 | 日常からの脱出!?
午後から
思いっきり降られました

雨ニモ負ケズ
風ニモ負ケズ

雨が
浸透圧で
徐々に靴の中に滲入してくるのを感じながら
傘差しつつデジカメ持って
ひたすら
修学院離宮の敷地内を散策すること

90分



何と長閑な風景なんざんしょ
修学院離宮

10世紀後半
修学院と言う寺が建立されたのが始まり
南北朝時代以降この寺は廃絶したが
地名は修学院村として残る
桂離宮から遅れる事30余年
明暦元年から2年(1655~1656)にかけて
後水尾上皇によって造営工事が起こされ
万治2年(1659)に完成した山荘


                  

総面積54万5千㎡
想像つきません


昭和39年(1964)上・中・下の各離宮の間に展開する
8万㎡に及ぶ水田畑地を国が買い上げ
付属農地とし
周囲の環境保持の備えを万全にし
今日に至っている

そ~です

かつて仙洞御所から
京都五山の山々が望めたそうですが
今では
高いビルが立ち並び…
それどころか
御所から
それらのビルを見れないように
木々を伐採せず目隠しとしているのとは
大違いですね





島の形を
泳ぐ龍の姿に見立てたとも言われている‘浴龍池’
人工的に作られた池ですから…

上離宮にある
隣雲亭からの景観は
そりゃ~お見事でございます

因みに
上離宮と下離宮との標高差は40m近くあるそうです

ちょいと療養を兼ねて

京都御所から
ここまで来たのよね~

優雅…


                  

こちらも皇室用財産(国有財産)として
宮内庁が管理している訳ですが
皇室の面々及び
海外の国賓・公賓の方々がお見えになることは
殆ど無いそうです

今年は
秋篠宮親王が来たくらいだそうです

如何せん
警備がもの凄~く大変らしく
京都の○○としても
「行きたい!」
とリクエストして欲しくないエリアらしい

   

傘を差しながらの庭散策は大変でしたが
来ただけのことはありました
紅葉真っ盛りの頃は
さぞ美しかろう…

後世に残していきたい文化遺産です
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