神威のうつ病闘病記

物心がついてからの人生の振り返りとこれから。

は~る~のおがわはさらさら~♬

2017-03-20 22:56:47 | 日記
春眠 暁を覚えず。意味は、【春の夜は心地よいので、朝になったことにも気づかず眠り込んでしまうということ。】

唐代の詩人、孟浩然(もうこうねん)の詩。

案外、違う意味に取ってしまう様な詩ですね。

自分の場合は、朝のまどろみや二度寝の気持ち良さと、布団から出たくない意味で取ってました(笑)

久々の更新での書き出しが、少し心から何かが放たれたような感じで、心地良いです。

療養施設に入っていました。少し人里離れた。。。

うつが酷くて、全てにおいて何もできない状態でした。(支えてくれた皆様に感謝します)

死ぬ事は怖くない。全ての人間は一つだけ命を与えられている。何もなければ天寿を全うする物。

普通に生きていれば特段に意識する事もなく、日々が過ぎる。

命あっての物種。間違っているとは思わない。けれど、違和感は拭えない。あの日、あの時。

時間を戻せるならば、戻してみたい。自分は今生かされている。そんな気が心を覆う。

絶望はしていない。生きている以上色々考える。そもそも生きるって何なんだ???

一体いつから人生がつまらなくなったんだろう。楽しい事なんて、面白い事なんて、何もない。

かといって悲哀に暮れているわけでもない。ただ毎日が苦痛だ。わかっている。世の中の流れについて行く事ができず、

振り向くことさえ叶わず、翻弄された結果が今の自分だ。誰も悪くはない。それもわかってる。

宗教的な考えは嫌いだ。否定はしないけれども。ただ、自分の価値観を人に押し付けるのは間違ってる。

自分で自分を洗脳している自分がいる。自分教か(笑)

輪廻転生できるのなら、誰も踏み込んだ事のない場所で、一日一回日の当たる所で、ひっそりと咲く花。

虫さえ寄らない小さな花。色は赤がいいかな。それを永遠に繰り返せれば。

現実。

飲酒運転の車に追突され、向こうから裁判を提起され、反訴し、近ゝ和解案が出るとの事。

平成26年2月26日の事故なので3年以上かかったがそろそろ終わりそう。

やっぱり判決までは中々辿り着くのは難しいようで、先般、自分が出した陳述書で判事の心証がどこまで

汲み取れているかが鍵。飲酒運転は故意で、事故は過失だそうで。裁判が長引いたのは、向こうの

損保が、診察記録を取り寄せた時に、こっちに鬱と言う既往を見つけたため。まぁ難癖付けるのは向こうの

仕事で、それに対して一つづつ立証させて行くのがこちらの作業で。前にも書いたんだけど、

ホントに、全員ボンクラ。過失に争いの無い交通事故裁判は長くても1年以内に終わるのが普通らしくて。

賠償金も大した金額ではないのに。。。鬱の悪化原因の一つが何とか終わりそう。言葉を悪くして言うと、

”酒飲んで追突して怪我させて逃げてなんでお前らが裁判起こすんだ?ふざけんじゃね~よ”です。

で、最終的に和解。弁護士曰く、(ここで和解を蹴ると、今年中には終わらないかも)と言われた。

裁判も形式化が顕著で、期日にはもう何をすべきかがわかっていると言うやり方。双方の主張も言葉の

やり取りなら数時間で終わる様な案件が、3年を超すなんて。ヤダヤダ(笑)

今月29日が期日で、双方が和解を受け入れれば終了。ボンクラ判事に判決文書かせたかったなぁ~。

続きはまた。

春眠不覺曉 處處聞啼鳥 
夜來風雨聲 花落知多少  孟浩然




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