絵本から児童書へ進む時

数年前から、子どもが絵本から児童書に進む時のサポートが必要だという方向に風向きが変わってきたと思います。いつもやっている集団相手の絵本読みはやっぱり絵本紙芝居だし、イベント的読み聞かせはその場限りの楽しみに終わってしまう。絵本は道具ですから、その子のニーズと届ける側との、人としての永遠の対話が続いていけばいいんであって、本に直接つなげる王道ではないということが分かってきたのではないでしょうか。もちろん王道(本流)の他に、支流、傍流など、たくさんの伏流があっての王道であるはずですが。

 NPO法人語り手たちの会の機関誌で、おはなし会のあとにブックトークがセットされていることがわかり、やっぱりそういうことが必要なんだろうなと思いました。ずいぶん昔のことですが、愛知県立図書館に一人で行ったことがあり、その時に、おはなし会の綴りを見て、おはなし会の中にブックトークがはめ込まれていることに気付きました。プログラムをブログに書きました。Sとあるのが「本の紹介」です。前半後半と分けるのでなく、トークが間に入っているプログラムです。参加者も大変多く、子どもの目線に立った語り方(トーク)がされているのでしょう、無理なくやっておられるように見えました。(余談ですが、この図書館はディズニー紙芝居も 引き出し風の書架に入って普通に楽しむことができる館でした)
 
 さて、新潟市の図書館でこれをやろうとしても、小さい子ばかりでブックトークなどあんまり現実味がない。また、司書がやるブックトークを何度か聞いたことがあるのですが、気持ちはわかるけど子どもには相手にされないだろう紋切型トークで、暗唱型語りのように立て板に水のような上手でスキのないトークでした。これがおはなし会の途中に入ったら、やだろうね。

 そしてその紹介する本ですが、じゃあ例えばと、図書館のリーフレット「この本、おすすめ!」その2を見てみます。やっぱりありました『イギリスとアイルランドの昔話』石井桃子/編・訳(福音館書店)。これについた説明を読むと、「味わい深い訳文は、読んでもらうことでより子どもの心に響きます」とあります。
  けれど「味わい深い訳文」とあるのは、完全に読書慣れした大人目線でして、もともとそういう立場で選んだリーフレットなのでしょうが、そういう本を紹介すると子どもに嫌われるだろうね、というのが私の考えです。
 2年前か、読書推進の講演会に脇明子さんが来られて、行くのが面倒なので家で「岡山子どもの本の会」のサイトを見たり著書を読んだりして、「こりゃーだめだ」と思ったこともブログに書きました。ご著書の内容も、希望的観測による美しい物語だし、HPに出てくる講師すべてが大人の女性ばかり。本を読むのはその辺にちょろちょろしている子どもなのにね。これでは、ボランティアがいくら頑張っても、また単発でイベントをしても、本が どんどん生身の子どもから離れていくように思います。
 「家庭文庫関係の講師の割合が多くて偏っている」と私が言った時も、「偏っていない」という返事で、図書館は「自分たちは間違っていない」という、新潟日報と同じ姿勢でした。

 私は、子どもにも本を選ぶ権利がある、と思います。リーフレットにも、子ども自身が選んだ本をリストに入れるべきではないでしょうか。一過性の本であっても、今の子どもに支持されているのなら、図書館もボランティアもそこから学ぶ必要があるという気がします。数年も同じ本である必要はないでしょうから、もっとカジュアルなリーフレットで、常に更新されるような、そんなスタイルがいいと思います。ブックトークもそういった本を大人が子どもに立ち返って紹介するとか、もっと異文化が交流したほうがいいんじゃないかなと思います。

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