朝の光(聖書の言葉)

わたしの読んだ聖書の言葉と,最近の日記。
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イエスの生涯 降誕から再臨まで

2017-01-03 21:12:07 | 聖書

 

イエスの生涯

 

 

 

 

 

降誕

 

 

「御使いは彼らに言った。

『恐れることはありません。

今,私はこの民全体のための

すばらしい喜びを知らせに来たのです。

きょうダビデの町で,あなたがたのために,

救い主がお生まれになりました。

この方こそ主キリストです。』」

(ルカ2:10,11)

 

 

「救い主」には,人はだれもなれません。

 

ただ,神のみが,「救い主」になれるのです。

 

「救い主」であるイエス・キリストは,

わたしたちのあらゆる困難からの解放者,

助け主,救済者なのです。

 

 

 

 

 

イエス,洗礼を受ける

 

(マタイ3:13-17)

「さて,イエスは,

ヨハネからバプテスマを受けるために,

ガリラヤからヨルダンにお着きになり,

ヨハネのところに来られた。

しかし,ヨハネはイエスにそうさせまいとして,言った。

「私こそ,

あなたからバプテスマを受けるはずですのに,

あなたが,

私のところにおいでになるのですか。」

ところが,イエスは答えて言われた。

「今はそうさせてもらいたい。

このようにして,

すべての正しいことを実行するのは,

わたしたちにふさわしいのです。」

そこで,ヨハネは承知した。

こうして,イエスはバプテスマを受けて,

すぐに水から上がられた。

すると,天が開け,

神の御霊が鳩のように下って,

自分の上に来られるのをご覧になった。

また,天からこう告げる声が聞こえた。

「これは,わたしの愛する子,

わたしはこれを喜ぶ。」

 

 

イエスは,神の最も愛する神の子です。

 

初めから,すなわち聖霊が降ることによって生きる人です。

 

神の霊に満たされ,神に喜ばれる人間です。

 

 

人々と共に,イエスが洗礼を受けることは,

キリストの仕事に就かれます。

 

イエスの仕事とは,人々と共に召命,義認,聖化となることです。

 

ゴルゴダの十字架の業は,

イエスの洗礼のときすでになされたのです。

 

 

 

 

 

 

ガリラヤでの宣教

 

 

(マルコ1:14)

「ヨハネが捕らえられて後,

イエスはガリラヤに行き,

神の福音を宣べて言われた。

『時が満ち,神の国は近くなった。

悔い改めて福音を信じなさい。』」

 

 

神の国はイエスが現れるまでは,

ただの予告でした。

 

イエスが来られたとき,

神の国は実際に来たのです。

 

 

 

 

 

 

主の祈り

 

 

「私たちの日ごとの糧を

きょうもお与えください。」

(マタイ6:11)

 

 

私たちの心を煩わされることなく,

ただ今日,私たちに必要なものを,

神から受けることが出来るように祈るのです。

 

 

 

 

自分の敵を愛しなさい。

(マタイ5:43,44)

 

 

イエス・キリストはつぎのように言います。

 

「『自分の隣人を愛し,

自分の敵を憎め』と言われたのを,

あなたがたは聞いています。

しかし,わたしはあなたがたに言います。

自分の敵を愛し,

迫害する者のために祈りなさい。」

 

 

 

パウロは,

 

イエス・キリストに倣う者となるように言います。

 

「愛されている子どもらしく,

神にならう者となりなさい。」

(エペソ5:1)

 

 

 

 

中風の者のいやし

 

(マタイ9:1-8)

イエスは舟に乗って湖を渡り,

自分の町に帰られた。

すると,人々が中風の人を床に寝かせたままで,

みもとに運んで来た。

イエスは彼らの信仰を見て,中風の人に,

「子よ。しっかりしなさい。

あなたの罪は赦された」と言われた。

すると,律法学者たちは,心の中で,

「この人は神をけがしている」と言った。

イエスは彼らの心の思いを知って言われた。

「なぜ,心の中で悪いことを考えているのか。

『あなたの罪は赦された』と言うのと,

『起きて歩け』と言うのと,どちらがやさしいか。

人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを,

あなたがたに知らせるために。」

こう言って,それから中風の人に,

「起きなさい。寝床をたたんで,

家に帰りなさい」と言われた。

すると,彼は起きて家に帰った。

群衆はそれを見て恐ろしくなり,

こんな権威を人にお与えになった神をあがめた。

 

 

イエスは,まず次のように言います。

 

「子よ。しっかりしなさい。

あなたの罪は赦された。」

 

そして,次のように言います。

 

「起きなさい。

寝床をたたんで,家に帰りなさい。」

 

人の子(イエス・キリスト)の自由な力,

深い憐みにより,

中風の人に,まず罪の赦しをなし,

つぎに癒しをなされました。

 

 

 

○ 

ゆるす

 

(マタイ18:21,22)

「そのとき,ペテロがみもとに来て言った。

『主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合,

何度まで赦すべきでしょうか。

七度まででしょうか。』

 イエスは言われた。

『七度まで,などとはわたしは言いません。

七度を七十倍するまでと言います。』」

 

 

イエス・キリストを信じるなら,

私たちの罪は神によって赦されます。

 

わたしたちが赦されるのは,

神の業であり,神の奇跡です。

 

私たちは神に赦されることによって,

人の罪をも赦すことが出来るようになります。

 

 

 

 

永遠のいのち

 

「神は,実に,

そのひとり子をお与えになったほどに,

世を愛された。

それは御子を信じる者が,

ひとりとして滅びることなく,

永遠のいのちを持つためである。」

(ヨハネ3:16)

 

 

イエス・キリストを信じるなら,

 

イエス・キリストに私たちは結ばれ,

永遠のいのちを得ることが出来ます。

 

 

 

 

聖餐式

 

(ルカ22:17-19)

「そしてイエスは,

杯を取り,感謝をささげて後,言われた。

『これを取って,互いに分けて飲みなさい。

 あなたがたに言いますが,

今から,神の国が来る時までは,

わたしはもはや,

ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。』

 それから,パンを取り,感謝をささげてから,

裂いて,弟子たちに与えて言われた。

『これは,あなたがたのために与える,

わたしのからだです。

わたしを覚えてこれを行いなさい。』」

 

 

聖餐式とは,イエス・キリストが,

わたしたちの中にいてくださるという約束です。

 

神であるイエス・キリストが

私たちのために命をささげてくださり,

私たちが神のように聖くされ,

高められる,その根源なるお方であるというしるしです。

 

私たちが主イエスによって,

「わたしたちは生きる」ことになるというしるしです。

 

また,主が一人であり,

わたしたちにとって一つのからだであるように,

一つのパンから食べ,一つの杯から飲むのです。

 

 

 

 

十字架 - イエスと共なる犯罪人

 

 

「ほかにもふたりの犯罪人が,

イエスとともに死刑にされるために,

引かれて行った。

『どくろ』と呼ばれている所に来ると,

そこで彼らは,

イエスと犯罪人とを十字架につけた。

犯罪人のひとりは右に,ひとりは左に。

そのとき,イエスはこう言われた。

「父よ。彼らをお赦しください。

彼らは,

何をしているのか自分でわからないのです。」

彼らは,くじを引いて,

イエスの着物を分けた。

(ルカ23:32,34)

 

 

「イエスと共なる犯罪人」とは,

最初のキリスト者といえるかもしれません。

 

 

神は,イエス・キリストによって,ご自身を世に引き渡されまし,

それによって,世の人々をご自身と和解させられました。

 

 

イエス・キリストは,私たちのために苦しみ,

十字架につけられ,死んで,葬られ,しかもよみがえりました。

 

その同じ生ける救い主自らが,今,私たちの中に来てくださり,

わたしたちの心と良心に語りかけ,

神の愛に導かれるようにしてくださっています。

 

 

 

 

復活

 

(ルカ24:7)

「人の子は必ず罪人らの手に引き渡され,

十字架につけられ,

三日目によみがえらなければならない,

と言われたでしょう。」

 

 

主の降誕のときと同じように,天使の言葉です。

 

天使は大切な出来事を宣言する仕事を持っているようです。

 

 

 

 

 

昇天

 

 

(使徒1:9-11)

「こう言ってから,

イエスは彼らが見ている間に上げられ,

雲に包まれて,見えなくなられた。

イエスが上って行かれるとき,

弟子たちは天を見つめていた。

すると,見よ,白い衣を着た人がふたり,

彼らのそばに立っていた。

そして,こう言った。

『ガリラヤの人たち。

なぜ天を見上げて立っているのですか。

あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは,

天に上って行かれるのを

あなたがたが見たときと同じ有様で,

またおいでになります。』」

 

 

主の昇天に出会うなら,

エリシャがエリヤの昇天を見たように,

多くの恵みを受けます。

 

主を仰ぎ見るなら,わたしたちの顔は輝くのです。

 

 

 

「わがたましいよ。主をほめたたえよ。

主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

主は,あなたのすべての咎を赦し,

あなたのすべての病をいやし,

あなたのいのちを穴から贖い,

あなたに,恵みとあわれみとの冠をかぶらせ,

あなたの一生を良いもので満たされる。

あなたの若さは,わしのように,新しくなる。」

(詩編103:2-4)

 

 

 

 

ペンテコステ(聖霊降臨)

 

 

「また,炎のような分かれた舌が現れて,

ひとりひとりの上にとどまった。

すると,みなが聖霊に満たされ,

御霊が話させてくださるとおりに,

他国のことばで話しだした。」

(使徒2:3,4)

 

 

聖霊は,イエス・キリストの言葉・行為を指し示し,

その意味を教えてくださいます。

 

この聖なる霊のおられるとき,

わたしたちは自由があります。

 

 

(2コリント3:17)

「主の霊は,あらゆるほかの霊と違って,

よみがえって私たちの人間の中に

生きておられるイエス・キリストが

なす御業に他ならない。」

 

 

 

 

「父なる神の右に座し」

 

「わたしがあなたがたに命じておいた

すべてのことを守るように,

彼らを教えなさい。

見よ。わたしは,世の終わりまで,

いつも,あなたがたとともにいます。」

(マタイ28:20)

 

 

「神は,

その全能の力をキリストのうちに働かせて,

キリストを死者の中からよみがえらせ,

天上においてご自分の右の座に着かせて,

すべての支配,権威,権力,主権の上に,

また,今の世ばかりでなく,

次に来る世においてもとなえられる,

すべての名の上に高く置かれました。」

(エペソ1:20,21)

 

 

イエス・キリストは,十字架にかけられ,

 

復活し,昇天し「父なる神の右に座します。」

 

このイエス・キリストは,

わたしたちの救い主であり,

友となってくださっています。

 

イエス・キリストは,わたしたちを愛し,

そして,一切の権限が与えられています。

 

 

 

イエス・キリストは,

「神の右」にいるということは,

わたしたちと共にいてくださるということでもあります。

 

なぜなら,神はどこにでもいらっしゃるからです。

 

 

 

イエス・キリストはイエス・キリストを信じるわたしたちの交わりの中にいます。

 

そして,信じる者の心のうちにイエス・キリストは,いてくださいます。

 

 

 

イエス・キリストは,復活し,神の右に座し,

全世界のために,わたしたちと共にいてくださいます。

 

 

 

 

人の子が来る(再臨)

 

 

「人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて

天の雲に乗って来るのを見るのです。」

(マタイ24:30)

 

 

「そのとき,人々は,

人の子が力と輝かしい栄光を帯びて

雲に乗って来るのを見るのです。

これらのことが起こり始めたなら,

からだをまっすぐにし,

頭を上に上げなさい。

贖いが近づいたのです。」

(ルカ21:27-28)

 

 

イエス・キリストの再臨は,

わたしたちの最も大きな希望です。

 

 

(1ヨハネ3:2,3)

「愛する者たち。

私たちは,今すでに神の子どもです。

後の状態はまだ明らかにされていません。

しかし,キリストが現れたなら,

私たちはキリストに似た者となることがわかっています。

なぜならそのとき,

私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。

キリストに対するこの望みをいだく者はみな,

キリストが清くあられるように,

自分を清くします。」

 

 

 

2016.12.19

 

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