朝の光(聖書の言葉)

わたしの読んだ聖書の言葉と,最近の日記。
占い,易,まじない,偶像崇拝はやめましょう。

聖書の言葉 (マタイ他)

2017-01-03 21:32:02 | 聖書

聖書の言葉 (マタイ福音書他)


聖書のことばは,

私たちには理解できません。

理性を越えているからです。

ただ,笑えるだけかもしれません。

あるいは,

驚きかもしれません。

聖霊が働くと,

意味が分かるようになるのです。









(マタイ13:10,13)

「弟子たちが近寄って来て,

イエスに言った。

『なぜ,

彼らにたとえでお話しになったのですか。』



わたしが彼らにたとえで話すのは,

彼らは見てはいるが見ず,

聞いてはいるが聞かず,

また,

悟ることもしないからです。」








創造


(ヨブ38:1-5)

「主はあらしの中から

ヨブに答えて仰せられた。

知識もなく言い分を述べて,

摂理を暗くするこの者はだれか。

さあ,

あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。

わたしはあなたに尋ねる。

わたしに示せ。

わたしが地の基を定めたとき,

あなたはどこにいたのか。

あなたに悟ることができるなら,

告げてみよ。

あなたは知っているか。

だれがその大きさを定め,

だれが測りなわをその上に張ったかを。」



(ヨブ42:1-6)

「ヨブは主に答えて言った。

あなたには,すべてができること,

あなたは,

どんな計画も成し遂げられることを,

私は知りました。

知識もなくて,

摂理をおおい隠した者は,

だれでしょう。

まことに,私は,

自分で悟りえないことを告げました。

自分でも知りえない不思議を。

どうか聞いてください。

私が申し上げます。

私はあなたにお尋ねします。

私にお示しください。

私はあなたのうわさを耳で聞いていました。

しかし,今,この目であなたを見ました。

それで私は自分をさげすみ,

ちりと灰の中で悔い改めます。」



ヨブは神を信じていた,よい人でした。

試練のなかで,迷いが出てきます。

創造の神に出会ったとき,ヨブは驚きます。










イエスの降誕


「御使いが言った。

『こわがることはない。マリヤ。

あなたは神から恵みを受けたのです。

ご覧なさい。あなたはみごもって,

男の子を産みます。

名をイエスとつけなさい。

その子はすぐれた者となり,

いと高き方の子と呼ばれます。

また,神である主は

彼にその父ダビデの王位を

お与えになります。

彼はとこしえにヤコブの家を治め,

その国は終わることがありません。』」

(ルカ1:30-33)


マリヤの驚きは大変なものでした。

この驚きは,喜びとなります。

これは,

起こりえない笑うべき話かもしれません。

(アブラハムの妻のサラは笑いました。)

この後,マリヤは次のように,

主を讃美します。




(ルカ1:46-48)

「マリヤは言った。

『わがたましいは主をあがめ,

わが霊は,

わが救い主なる神を喜びたたえます。

主はこの卑しいはしために

目を留めてくださったからです。

ほんとうに,これから後,

どの時代の人々も,

私をしあわせ者と思うでしょう。』」



(ルカ1:26-38)

ところで,その六か月目に,

御使いガブリエルが,

神から遣わされて

ガリラヤのナザレという町の

ひとりの処女のところに来た。

この処女は,

ダビデの家系のヨセフという人の

いいなずけで,

名をマリヤといった。

御使いは,はいって来ると,

マリヤに言った。

「おめでとう,恵まれた方。

主があなたとともにおられます。」

しかし,マリヤはこのことばに,

ひどくとまどって,

これはいったい

何のあいさつかと考え込んだ。

すると御使いが言った。

「こわがることはない。マリヤ。

あなたは神から恵みを受けたのです。

ご覧なさい。

あなたはみごもって,

男の子を産みます。

名をイエスとつけなさい。

その子はすぐれた者となり,

いと高き方の子と呼ばれます。

また,神である主は彼に

その父ダビデの王位をお与えになります。

彼はとこしえにヤコブの家を治め,

その国は終わることがありません。」

そこで,マリヤは御使いに言った。

「どうしてそのようなことになりえましょう。

私はまだ男の人を知りませんのに。」

御使いは答えて言った。

「聖霊があなたの上に臨み,

いと高き方の力があなたをおおいます。

それゆえ,生まれる者は,

聖なる者,神の子と呼ばれます。

ご覧なさい。

あなたの親類のエリサベツも,

あの年になって男の子を宿しています。

不妊の女といわれていた人なのに,

今はもう六か月です。

神にとって不可能なことは一つもありません。」

マリヤは言った。

「ほんとうに,私は主のはしためです。

どうぞ,あなたのおことばどおり

この身になりますように。」

こうして御使いは彼女から去って行った。









驚き


(ルカ5:8,9)

「これを見たシモン・ペテロは,

イエスの足もとにひれ伏して,

『主よ。私のような者から離れてください。

私は,罪深い人間ですから。』と言った。

それは,大漁のため,

彼もいっしょにいたみなの者も,

ひどく驚いたからである。」


ペテロは漁師でした。

このときイエスはペテロより

はるかに優れた漁師となりました。

ペテロはイエスと出会い,

イエスが神の子であり,

自分の罪を知りました。









奇跡を行うイエス,

湖の上を歩くペテロ


(マタイ14:29-33)

イエスは『来なさい。』と言われた。

そこで,ペテロは舟から出て,

水の上を歩いてイエスのほうに行った。

ところが,風を見て,こわくなり,

沈みかけたので叫び出し,

『主よ。助けてください。』と言った。

そこで,イエスはすぐに手を伸ばして,

彼をつかんで言われた。

『信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。』

そして,ふたりが舟に乗り移ると,

風がやんだ。

そこで,舟の中にいた者たちは,

イエスを拝んで,

『確かにあなたは神の子です。』と言った。」



正直に言って,

ペテロはオッチョコチョイでした。

神はペテロを用いました。

そして,ペテロは後に,イエスを宣べ伝え,

イエスの業を引きつぐ者とされました。









「わが魂を」 (新聖歌276)

1 

わが魂を 愛するイエスよ

波は逆巻き 風吹き荒れて

沈むばかりの この身を守り

天の港に 導き給え

      


われには他の 隠れ家あらず

頼る方なき この魂を

委ねまつれば 御慈(みいつく)しみ

翼の陰に 守らせたまえ








イエスの愛


「イエスは涙を流された。」

(ヨハネ11:35)


イエス・キリストはラザロの死を聞いて,

涙を流されました。

奇蹟が起きるまでは,

人々はイエスを心の中で笑っていたでしょう。


(ヨハネ11:38-44)

「そこでイエスは,

またも心のうちに憤りを覚えながら,

墓に来られた。

墓はほら穴であって,

石がそこに立てかけてあった。

イエスは言われた。

「その石を取りのけなさい。」

死んだ人の姉妹マルタは言った。

「主よ。もう臭くなっておりましょう。

四日になりますから。」

イエスは彼女に言われた。

「もしあなたが信じるなら,

あなたは神の栄光を見る,

とわたしは言ったではありませんか。」

そこで,彼らは石を取りのけた。

イエスは目を上げて,言われた。

「父よ。わたしの願いを

聞いてくださったことを感謝いたします。

わたしは,

あなたがいつもわたしの願いを

聞いてくださることを知っておりました。

しかしわたしは,回りにいる群衆のために,

この人々が,

あなたがわたしをお遣わしになったことを

信じるようになるために,

こう申したのです。」

そして,イエスはそう言われると,

大声で叫ばれた。

「ラザロよ。出て来なさい。」

すると,死んでいた人が,

手と足を長い布で巻かれたままで出て来た。

彼の顔は布切れで包まれていた。

イエスは彼らに言われた。

「ほどいてやって,帰らせなさい。」








十字架, 二人の犯罪人


(ルカ23:39-43)

十字架にかけられていた

犯罪人のひとりは

イエスに悪口を言い,

「あなたはキリストではないか。

自分と私たちを救え。」と言った。

ところが,もうひとりのほうが答えて,

彼をたしなめて言った。

「おまえは神をも恐れないのか。

おまえも同じ刑罰を受けているではないか。

われわれは,自分のしたことの報いを

受けているのだからあたりまえだ。

だがこの方は,

悪いことは何もしなかったのだ。」

そして言った。

「イエスさま。

あなたの御国の位にお着きになるときには,

私を思い出してください。」

イエスは,彼に言われた。

「まことに,あなたに告げます。

あなたはきょう,

わたしとともにパラダイスにいます。」



「犯罪人のひとり」は,

イエスが愚かな人(ばか)に見えたでしょう。


「もうひとりのほう」の犯罪人にとって,

イエスは,驚きであったのでしょう。

そして,安堵に代わったでしょう。


この犯罪人は

「きょう,イエス・キリストとともに,

パラダイスにいる」

というイエスのことばを聞いたのです。


イエス・キリストの十字架の

業の意味を知った

初めの者であったかもしれません。


イエスのことばに

わたしたちの救いもあります。

ここには,

わたしたちの喜びがあるのです。









埋葬


(ヨハネ19:38-42)

「そのあとで,

イエスの弟子ではあったが

ユダヤ人を恐れてそのことを隠していた

アリマタヤのヨセフが,

イエスのからだを取りかたづけたいと

ピラトに願った。

それで,ピラトは許可を与えた。

そこで彼は来て,

イエスのからだを取り降ろした。

前に,夜イエスのところに来たニコデモも,

没薬とアロエを混ぜ合わせたものを

およそ三十キログラムばかり持って,

やって来た。

そこで,彼らはイエスのからだを取り,

ユダヤ人の埋葬の習慣に従って,

それを香料といっしょに亜麻布で巻いた。

イエスが十字架につけられた場所に園があって,

そこには,まだだれも葬られたことのない

新しい墓があった。

その日がユダヤ人の備え日であったため,

墓が近かったので,

彼らはイエスをそこに納めた。」


ヨセフ,ニコデモ,マグダラのマリヤが,

イエス・キリストの埋葬に立ち会いました。

この3人がいたということは驚きです。

この人たち一人一人は,

いわゆる12使徒ではありませんでした。

ヨセフ,ニコデモは信仰をこのときまで,

現していなかったのかもしれません。

マグダラのマリヤは

7つの悪霊から救っていただいていました。

(ルカ8:2)



(マタイ27:57―66)

「夕方になって,

アリマタヤの金持ちでヨセフという人が来た。

彼もイエスの弟子になっていた。

この人はピラトのところに行って,

イエスのからだの下げ渡しを願った。

そこで,ピラトは,渡すように命じた。

ヨセフはそれを取り降ろして,

きれいな亜麻布に包み,

岩を掘って造った自分の新しい墓に納めた。

墓の入口には大きな石をころがしかけて帰った。

そこにはマグダラのマリヤと

ほかのマリヤとが墓のほうを向いてすわっていた。

さて,次の日,すなわち備えの日の翌日,

祭司長,パリサイ人たちは

ピラトのところに集まって,

こう言った。

「閣下。あの,人をだます男がまだ生きていたとき,

『自分は三日の後によみがえる。』

と言っていたのを思い出しました。

ですから,三日目まで

墓の番をするように命じてください。

そうでないと,弟子たちが来て,

彼を盗み出して,

『死人の中からよみがえった。』

と民衆に言うかもしれません。

そうなると,この惑わしのほうが,

前のばあいより,

もっとひどいことになります。」

ピラトは「番兵を出してやるから,

行ってできるだけの番をさせるがよい。」

と彼らに言った。

そこで,彼らは行って,

石に封印をし,番兵が墓の番をした。








復活,トマスの驚き


「トマスは答えてイエスに言った。

『私の主。私の神。』」

(ヨハネ20:28)


イエス・キリストの復活を一番驚いたのは,

トマスかもしれません。

このセリフは,歌舞伎のようです。

シェークスピアを越えているでしょう。


(ヨハネ20:26-29)

八日後に,弟子たちはまた室内におり,

トマスも彼らといっしょにいた。

戸が閉じられていたが,

イエスが来て,彼らの中に立って

「平安があなたがたにあるように。」

と言われた。

それからトマスに言われた。

「あなたの指をここにつけて,

わたしの手を見なさい。

手を伸ばして,

わたしのわきに差し入れなさい。

信じない者にならないで,

信じる者になりなさい。」

トマスは答えてイエスに言った。

「私の主。私の神。」

イエスは彼に言われた。

「あなたはわたしを見たから信じたのですか。

見ずに信じる者は幸いです。」







復活のイエスに出会ったとき,

ペテロは海に飛び込観ました。

なんで,ここで海に飛び込むのでしょう。

いまの精神の世界では,

ペテロはどこかに障害が

あるといわれるでしょう。



(ヨハネ21:4-7)

夜が明けそめたとき,

イエスは岸べに立たれた。

けれども弟子たちには,

それがイエスであることがわからなかった。

イエスは彼らに言われた。

「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」

彼らは答えた。「はい。ありません。」

イエスは彼らに言われた。

「舟の右側に網をおろしなさい。

そうすれば,とれます。」

そこで,彼らは網をおろした。

すると,おびただしい魚のために,

網を引き上げることができなかった。

そこで,

イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。

「主です。」

すると,シモン・ペテロは,主であると聞いて,

裸だったので,上着をまとって,湖に飛び込んだ。









聖霊


「風はその思いのままに吹き,

あなたはその音を聞くが,

それがどこから来てどこへ行くかを知らない。

御霊によって生まれる者もみな,

そのとおりです。」

(ヨハネ3:8)


イエス・キリストはニコデモの質問に

的確に答えてくださいました。

聖霊によって生きるものは,

風のようだといっているのでしょうか。

風はあいまいであるので,

学者には受けないでしょう。



「風がやってきた。」 (児玉 嘉彦)

青い海を

なでて 風が

そこに希望を

まいてゆく

だから光に

波は 輝く

涙が頬を

ぬらすときさえ



(ヨハネ3:1-8)

「さて,パリサイ人の中に

ニコデモという人がいた。

ユダヤ人の指導者であった。

この人が,夜,イエスのもとに来て言った。

『先生。私たちは,

あなたが神のもとから来られた

教師であることを知っています。

神がともにおられるのでなければ,

あなたがなさるこのようなしるしは,

だれも行なうことができません。』

イエスは答えて言われた。

「まことに,まことに,あなたに告げます。

人は,新しく生まれなければ,

神の国を見ることはできません。」

ニコデモは言った。

『人は,老年になっていて,

どのようにして生まれることが

できるのですか。

もう一度,

母の胎にはいって

生まれることができましょうか。』

イエスは答えられた。

『まことに,まことに,あなたに告げます。

人は,水と御霊によって生まれなければ,

神の国にはいることができません。

肉によって生まれた者は肉です。

御霊によって生まれた者は霊です。

あなたがたは

新しく生まれなければならない,

とわたしが言ったことを

不思議に思ってはなりません。

風はその思いのままに吹き,

あなたはその音を聞くが,

それがどこから来て

どこへ行くかを知らない。

御霊によって生まれる者もみな,

そのとおりです。』」










聖霊降る


(使徒行伝2:12,13)

「人々はみな,驚き惑って,

互いに「いったいこれはどうしたことか。」

と言った。

しかし,ほかに

『彼らは甘いぶどう酒に酔っているのだ。』

と言ってあざける者たちもいた。」


(使徒行伝2:41)

「そこで,彼のことばを受け入れた者は,

バプテスマを受けた。

その日,三千人ほどが弟子に加えられた。」











罪の赦し


「もし私たちが

キリストとともに死んだのであれば,

キリストとともに生きることにもなる,

と信じます。」

(ローマ6:8)


自分に死にキリストに生きるとは,

イエスを信じるということと同じです。

しかし,イエスを信じない,

宗教学者神学者には,

全く理解できない言葉です。


(ローマ6:6-11)

「私たちの古い人が

キリストとともに十字架につけられたのは,

罪のからだが滅びて,

私たちがもはやこれからは

罪の奴隷でなくなるためであることを,

私たちは知っています。

死んでしまった者は,

罪から解放されているのです。

もし私たちがキリストとともに

死んだのであれば,

キリストとともに

生きることにもなる,と信じます。

キリストは死者の中からよみがえって,

もはや死ぬことはなく,

死はもはやキリストを支配しないことを,

私たちは知っています。

なぜなら,キリストが死なれたのは,

ただ一度罪に対して死なれたのであり,

キリストが生きておられるのは,

神に対して生きておられるのだからです。

このように,あなたがたも,

自分は罪に対しては死んだ者であり,

神に対しては

キリスト・イエスにあって生きた者だと,

思いなさい。」












身体のよみがえり


(1コリント15:42-44)

「死者の復活もこれと同じです。

朽ちるもので蒔かれ,

朽ちないものによみがえらされ,

卑しいもので蒔かれ,

栄光あるものによみがえらされ,

弱いもので蒔かれ,

強いものによみがえらされ,

血肉のからだで蒔かれ,

御霊に属するからだに

よみがえらされるのです。

血肉のからだがあるのですから,

御霊のからだもあるのです。」



復活の体を問う者がいました。

パウロは見事に聞きました。

パウロはこの言葉をどこから得たのでしょう。


次の歌は,

信じない者にとっては,

幼稚園で歌う歌です。

信じる者にとっては,

他にない素晴らしい歌です。



「球根の中には」 (新聖歌575)

1 球根の中には 花が秘められ,
  さなぎの中から いのちはばたく。
  寒い冬の中 春はめざめる。
  その日,その時を ただ神が知る。

2 沈黙はやがて 歌に変えられ,
  深い闇の中 夜明け近づく。
  過ぎ去った時が 未来を拓(ひら)く。
  その日,その時を ただ神が知る。

3 いのちの終わりは いのちの始め。
  おそれは信仰に,死は復活に,
  ついに変えられる 永遠の朝。
  その日,その時を ただ神が知る。








とこしえのいのち


「イエスは答えて言われた。

『この水を飲む者はだれでも,

また渇きます。

しかし,

わたしが与える水を飲む者はだれでも,

決して渇くことがありません。

わたしが与える水は,

その人のうちで泉となり,

永遠のいのちへの水がわき出ます。』

女はイエスに言った。

「先生。私が渇くことがなく,

もうここまでくみに来なくてもよいように,

その水を私に下さい。」

(ヨハネ4:13-15)



イエス・キリストと

サマリヤの女との会話です。

この出来事が

現在起きたらどう対応するでしょうか。

イエスのこの出来事を

良く聞いてください。

そして,

いまのわたしたちの状況を見てください。

わたしたちの周りにも

この女に似た女はいつもいます。

わたしたちは,

なるべく離れていようとします。

しかし,イエスは真実を

この女を通して教えるのです。

愚かな人をとおして,

かしこい人を教える方法は,

この世の教え方の全く反対です。








再臨


(ルカ17:34,35)

「あなたがたに言いますが,

その夜,同じ寝台で男がふたり寝ていると,

ひとりは取られ,

他のひとりは残されます。

女がふたりいっしょに臼をひいていると,

ひとりは取られ,

他のひとりは残されます。」



パリサイ派の人々が

神の国はいつ来るのかの質問に

答えたものです。


(ルカ21:25-27)

「そして,日と月と星には,

前兆が現われ,

地上では,諸国の民が,

海と波が荒れどよめくために

不安に陥って悩み,

人々は,その住むすべての所を

襲おうとしていることを予想して,

恐ろしさのあまり気を失います。

天の万象が揺り動かされるからです。

そのとき,人々は,

人の子が力と輝かしい栄光を帯びて

雲に乗って来るのを見るのです。」








昇天


(ルカ24:50-53)

「それから,イエスは,

彼らをベタニヤまで連れて行き,

手を上げて祝福された。

そして祝福しながら,彼らから離れて行かれた。

彼らは,非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り,

いつも宮にいて神をほめたたえていた。」



(使徒行伝1:9-11)

「こう言ってから,

イエスは彼らが見ている間に上げられ,

雲に包まれて,見えなくなられた。

イエスが上って行かれるとき,

弟子たちは天を見つめていた。

すると,見よ,白い衣を着た人がふたり,

彼らのそばに立っていた。

そして,こう言った。

『ガリラヤの人たち。

なぜ天を見上げて立っているのですか。

あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは,

天に上って行かれるのを

あなたがたが見たときと同じ有様で,

またおいでになります。』」










天国


「 見よ。

まことにわたしは

新しい天と新しい地を創造する。

先の事は思い出されず,

心に上ることもない。」

(イザヤ65:17)


はじめに造った天と地は,

アダムとイヴの罪によって,

壊れます。

イエス・キリストによる十字架の死は,

この罪を贖うものでした。

そして,イエスの再臨によって,

はじめの天と地は回復し,

完成するといいます。


(創世記3:18)

「土地は,あなたのために,

いばらとあざみを生えさせ,

あなたは,

野の草を食べなければならない。」



(ローマ8:20)

「それは,

被造物が虚無に服したのが

自分の意志ではなく,

服従させた方によるのであって,

望みがあるからです。」



(イザヤ65:17-25)

「見よ。

まことにわたしは

新しい天と新しい地を創造する。

先の事は思い出されず,

心に上ることもない。

だから,わたしの創造するものを,

いついつまでも楽しみ喜べ。

見よ。

わたしはエルサレムを創造して喜びとし,

その民を楽しみとする。

わたしはエルサレムを喜び,

わたしの民を楽しむ。

そこにはもう,

泣き声も叫び声も聞かれない。

そこにはもう,

数日しか生きない乳飲み子も,

寿命の満ちない老人もない。

百歳で死ぬ者は若かったとされ,

百歳にならないで死ぬ者は,

のろわれた者とされる。

彼らは家を建てて住み,

ぶどう畑を作って,その実を食べる。

彼らが建てて他人が住むことはなく,

彼らが植えて他人が食べることはない。

わたしの民の寿命は,

木の寿命に等しく,

わたしの選んだ者は,

自分の手で作った物を

存分に用いることができるからだ。

彼らはむだに労することもなく,

子を産んで,

突然その子が死ぬこともない。

彼らは主に祝福された者のすえであり,

その子孫たちは彼らとともにいるからだ。

彼らが呼ばないうちに,

わたしは答え,

彼らがまだ語っているうちに,

わたしは聞く。

狼と子羊は共に草をはみ,

獅子は牛のように,

わらを食べ,

蛇は,ちりをその食べ物とし,

わたしの聖なる山のどこにおいても,

そこなわれることなく,

滅ぼされることもない。」

と主は仰せられる。」



 

2015.11.11

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