遥かなる山の息吹

人生の節目に始めた山登り。山行日記、日常の生活など徒然なるままに・・・・。

「魔冬」の雲取山

2012年02月05日 | 2012山行記
シルエットで浮かぶ石尾根越しに輝く都心部の夜景。

右に東京タワー。左にスカイツリー。


“自然界では、「美」と「危」は表裏一体。

危険なほど、妖しい美しさを秘めており、人はそれに引き寄せられます。

故に事故が多発する・・・・・。”2008年12月雲取山山行記より引用

4年前に危惧した事が、不幸にも現実となってしまった。







日時:2012/01/27(金)〜01/28(土) 初日 晴れ時々曇り 二日目 雪(山頂)のち晴れ

行先:秩父多摩国立公園 雲取山 標高2017.1M

計画:01/27 AM06:05武蔵浦和発→AM08:02奥多摩着

AM08:35奥多摩発→AM09:15鴨沢着

AM09:30鴨沢発→堂所→ブナ坂→雲取山避難小屋PM17:25着

01/28 AM06:50雲取山避難小屋→AM10:30鴨沢着






 

2012年の初登山は今回で6回目となる雲取山にしました。



バス停下の奥多摩湖は凍結していました。

 

小袖の登山口付近にも積雪があり。



登山口に入ってもそれが続きます。

 

新設された表示板には東京マラソンの焼印がありました。

水場の水はチョロチョロでしたが、まだ凍結はしていませんでした。



稜線付近は曇っている様子。



堂所まで来ました。



ここでお昼休憩で、パンを食べました。

過去の通過タイムと比較して、30分強遅れています。



七ッ小屋下の分岐。

ここで1時間程の遅れ。

バテバテ感がある訳でもないのですが、

何故かピッチが上がりません。



七ッ石は巻いて、ブナ坂の分岐。

ここでも1時間強の遅れ。



飛龍山方面。



奥多摩小屋にも1時間強の遅れ。

水場に水を汲みに行きますが、水が凍結しています。

しかも順番待ちで、チョロチョロ滴り落ちる水を2L補給するのに15分程かかります。

ここで40分程のロス。



小雲取への急登から石尾根方面。

 

標高を上げるに従って、富士山が姿を現しました。



時刻はPM05:00。

まもなく陽が沈みます。





アーベンロートに染まる富士山。



やっと避難小屋が見えて来ました。



PM05:30暗くなる寸前に避難小屋に着きました。



外気温は氷点下11℃。

 

暖まる鍋を食べて、FMラジオを聴いていました。



この夜は時折雪が舞う中、夜景がとても綺麗でした。



翌朝は雪。



小雲取で天候が回復し、朝日が顔を出しました。







大菩薩越しに富士山も見えました。



何時ものブナ坂の分岐板での撮影。



帰りはほぼコースタイム通りに下山し、

氷川ステーションでカツ丼(700円)を食べて帰りました。








あとがき




1/28(日)早朝

奥多摩ヘリポートより遺体を収容する東京消防庁のレスキューヘリ。
 
不幸にも昨日、小雲取直下で疲労と低体温症で動けなくなった男性が、

奥多摩小屋へ収容されたが、心肺蘇生の甲斐も無く亡くなられた。

偶然にも一行と居合わせた当日の状況は以下の通り。


一行は会社の仲間内の8名グループで、

当日、鴨沢から入り、山頂経由で雲取山荘1泊する予定であった。

私自身もそのグループの数名が、奥多摩小屋付近から先行する後を登っていたし、

その中の1名の女性とは会話をしながら避難小屋が見える処まで同行した。

日没頃、避難小屋から先着していたリーダーらしき人が下りて来て、

同行の女性に避難小屋で待機しておくように言い残して遅れている数名を迎えに。

避難小屋でしばらく同行の女性は待機をしていたが、

グループの男性1名が代わりに残り、山荘に下山。

その後、私が食後に夜景を撮っていると(PM07:00)、

遅れていた男性と女性の2名が到着し、

「山荘はどちらの方向ですか?」と私に聞く。

残っていた避難小屋の男性と話をして、山荘に向かって下山。

当日の避難小屋は私を含め4名。

PM08:00頃、その中の1名の方が、まだ到着していない2名を案じ捜索を提案。

当時の気象条件は避難小屋前の寒暖計で気温氷点下12℃。

雪が舞う状態。

私は飲酒もしていたし、ましてや遭難しているかもしれない人を救助する体力も残っていなかったので、

このまま救助に参加すれば二次遭難の危険があったので止むなく断る。

結局、提案をした人は単独で救助に向かう。

PM09:00頃、避難小屋で待機していた男性は迎えに来た人と下山。

単独救助に行った男性は戻らず。

救助を断った自分と、

単独で救助に向かわせた自分を責めながら、まんじりともせず夜を明かした。

翌朝、救助に向かった男性の身を案じながら下山途中、

小雲取と奥多摩小屋の中間地点辺りで救助に行った男性と遭遇。

昨晩は奥多摩小屋で夜を明かしたとの事。

昨日の状況を聞くと、

小雲取直下で男性2名を発見。

その時点で1名は意識が無く、奥多摩小屋に運び込んで心臓マッサージを行うも蘇生せず。

以上が当日の状況である。

まさか自分が山岳遭難の場面に直面し、

それがましてや雲取山で・・・。

疲労困ぱいした状態で奥多摩小屋を通過し、何故山頂を目指したのか?。

しかし考えてみると、当日の私にもその危険は十分にあった。。



                         ◆◇◆過去4年間のコースタイム◇◆◇

               年 月 日    鴨沢  小袖  堂所  七ツ石小屋下  ブナ坂   奥多摩小屋  山頂
               2008/03/26  09:30  10:00  11:00   12:05       13:05     13:40
               2008/12/16  09:30  10:00  11:20   12:00    七ツ石経由   14:00     15:10
               2009/01/20  09:30  10:00  11:20   12:00       12:50     13:30    15:00
               2010/01/19  09:30  10:00  11:30   12:20    七ツ石経由   14:10     15:45
               2012/01/27  09:30  10:10  12:00   13:10       14:15     15:00    17:25 


時系列に過去4年間のコースタイムを記載した。

年を重ねる毎に、着実に山頂到着時刻が遅くなっている。

特に今回は日没してからの到着になった。

日没後の行動は避けなければいけない事であり、

ましてや冬山ではあってはならない事。

なぜそうなってしまったのか?。

原因を考えてみたい。

1.年齢と共に訪れる体力の衰え。
  
◇日常生活の中でも実感している。

2.反比例して増えるザックの重量。

◇一眼レフ、三脚、ツェルトで3キロ増。

3.気象条件及びコースコンディション。

◇先週の降雪で登山口より積雪あり。

◇但し、トレースはあり良く踏まれて、

コースコンディションは良。


今回のザック重量は登山口で23キロ。

奥多摩小屋からは水がプラスされて25キロ。

体力をオーバーしたザック重量になっていたのは明らかで、

しかも日没の早い冬場の気象条件を考えれば、

奥多摩小屋15:00の時点で幕営を判断すべきであった。

いや、もっと言うと今回は過去2回の時系列コースタイムもデータとして持参していたし、

七ツ石小屋下の分岐で、

このままのペースだと避難小屋到着をPM05:00と予想もしていた。

なのに何故?。

理由は、避難小屋からの夜景をどうしてもカメラに収めたかったのと、

翌朝、御来光を仰ぎたかったという単純な理由だった。

故に、「美」と「危」は表裏一体なのだろう。

改めて山の美しさと恐ろしさを思い知らされた山行であった。






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キーワード
心臓マッサージ スカイツリー 東京タワー
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2 コメント

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はじめまして。 (さとか)
2012-02-15 23:02:27
雲取山について調べていたらこちらのブログにたどり着きました。そして28日早朝にヘリで収容されたのは私の父です。父がこの日に見ていた風景、見たかった風景を探していたので、こちらのブログで拝見させていただくことができよかったです。画像と文章を読んで父への悔しい気持ちと周りの方への感謝の気持ちでいっぱいになり思わずコメントさせていただきました。今後の登山もケガ事故等の危険に気を付けて、美しい自然を感じてくださいね。
急にこんなコメントごめんなさい。そしてありがとうございました。

PS.父の影響で私も山や自然が大好きです(^ ^)
さとか様へ (kamisama)
2012-02-16 21:29:53
コメントありがとうございます。
さとか様をはじめ御家族の皆様には、心よりお悔やみ申し上げます。
私自身、今回で雲取山には6回目の登山になりましたが、
改めて自然の美しさに潜む別の一面を見たような気がします。
御家族の皆様に対し何をコメントすべきか、言葉がみつかりません。
今回は不幸にも残念なことになりましたが、
1日も早く大好きな山と自然に行ける日が来る事を祈念しております。

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