神の御心のままに

文字、会話、夢などを通した真理

みんな一番良くなる

2016年10月17日 | 日記
過去の事象に対して、「良い」「悪い」と自分の記憶に従って誰かと話すと、議論のリングに上がってバトルとなる。
そこには「創造的価値」が無い。
それらの過去の出来事に対して、「自作自演」の自覚に基づいて、これからの「自作自演」を如何に創造していくか、という事が唯一の価値だ。


誰かさんの考え方は、誰かさん自身のものであって、それ以上でもそれ以下でもない。
その思想は誰かさん自身の人生を「自作自演」しているだけのことであって、それ以上でもそれ以下でもない。
それを見たり聞いたりしている人達も、どのように解釈しようが、その人の人生を自作自演しているのであって、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、それだけのこと。


大切な事は、自分自身が、その瞬間どのように考えどのように解釈するか、ということによって、自らの人生を自作自演することになる。
それ以上でもそれ以下でもないということだ。
そこが大切。
だから、自分がしたい事、なりたい世界をその瞬間に創造すればいい。



「妄想するな」との忠言だが。
全ての人々は「現に妄想している」という事実を認識する必要がある。
「妄想する」ことはけっして「良い事」でも「悪い事」でもない。
全ての人間の創造の原動力は、「妄想=創造」にあることを知らねばならない。


しかし、「妄想=創造」に対する概念のレベルはなかなか理解ができないだろう。
理解できない人に、理解を望むのは無理と言うものだ。
時期がある。


ここで、教訓として受け止めるべき事は、「人間にとっての〝妄想〟」という行為を正しく理解するという事だろう。
「妄想するな」と忠言して、自分は恰も「妄想していない」ということを吹聴しているようだが、実は全ての人間の最大の仕事は「妄想」にあるという事実を知らねばならない。
「人間は誤解するものだ」という事実を知らねばならない。
「誤解する」「妄想する」ことによって、「迷い」が生じ、「創造が始まる」と言っても過言ではない。


勿論「妄想」も色々あって、ただ単なる「不正確な現象理解」も妄想だが、「現象あり」「物質有り」「時空あり」も妄想だ。
さらに、現象世界には未だ現れていない、実相世界の素晴らしい世界を「夢見る」ことも「妄想」と言える。
それら全ての「妄想」を理解した上で、「妄想するな」という言葉を使わねばならない。


そういう理解がおぼつかないのが現状の相手に対しては、そのこと自体をこちらが理解しなければ、全く同じリ
ングでバトルを演じる危険性と可能性がある。
それが自分にとって、最も大切なポイントだ。
自分自身がどのようなレベルに位置しているかを知る・・・ということだ。


◎ ◎ ◎ ◎ ◎


一人一人が自作自演でそれ自体は良い悪いじゃない。
だから、同じ土俵に乗る必要も無いし、他人に口出しする事じゃない。
相手と自分のレベルが違うのだから、こちらが何を言っても理解出来ない。
結局、「自分が何をするのか」。
自分のやりたい事を、する事だけをやって行けば良い。
人は関係ない。


ただ、ブーメランで結局は自分が嫌な思いをするだろう・・という事に、なんとなく気持ちが複雑。
でも、そのことが良い事なんだ。
自分の仕打ちが自分に返って来て、それで自分を知って味わって、自己嫌悪で自分を嫌いになったりすることで、初めてそれまでの自分を変える事が出来る。
だから、それ自体が良い事で祝福すべき事で「よかったね」ってことなんだ。


みんな一番良くなるよね。



<2016/10/10 メール・会話>
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