モノーキー

悪いのは医者と軍隊だよ。鈴がうたう日。

※俺が書いた部分は著作権放棄してるけど誰も使わないか。

設定は無限だが、選び取った複数の設定から進行する話の筋には有限個の正解しかない

2009-11-21 10:05:18 | 日記
 記号だの素材だのイデアだの呼ばれるものは、逆に言えばたくさんのケーススタディから導き出されたプロトタイプ(共通項)ともいえる。

 最近は、当たり前の事を意味不明な文章で書いていることが多い。



▼ギフテッドは「記号(外見とか)と魔法(天才とか金持ち)」が合成された物

 女装男子や猫耳を切った猫耳族とか。生得的な記号を消すには大きな理由(物語=消化酵素みたいの)がいる。
 民話限定のフォルマリズムからもう一歩すすめると
 記号に初期設定された条件を考える事から創作が始まる(ってかお話の筋まできまる)

・猫耳は民族性を持つか否か(たとえば、猫耳であるだけで迫害される、とか。ただのデザインとして保留するか)

 友情、努力、勝利、苦悩でも、主人公が持っている記号や身分によってプリセットされている条件がちがう

 迫害の象徴の猫耳を切って普通の人間に社会に溶け込んだ人なら復習劇かもしれないし、迫害を恐れてビクビク生きているだけかもしれない。
 復習劇なら、友情条件が同じ志を持つモノとの団結っていうのが条件の一つに入るだろうけど、それが密告フラグになるから、深い友情を作れないとかなら、それはその人間の性格の設定を連鎖的に作る事になる。

 猫耳は自分で切ったのか、ソイツに復讐させようとしている誰かに切られたのかで、自分の意思による復讐なのか、誰かの意思によって化せられた行動なのか、誰かの意思を自分の意思と取り違えているのか、と要素がかなり絞られる。

 記号を選択した途端に無限にあった可能性は数個の選択肢として提示される。
 こうかんがえると創作には自由性の制限が多い。
 逆に設定は自由に考えられるが、設定から生まれるストーリーには多くの制限がある。



▼普通の人が設定(アイディア)を考えるだけで終わる理由。

 アイディアを動かすのに制約がありすぎるからだ。
 なぜ、普通の人は設定で止まるかといえば、設定は自由自在で選択性が無限だが
 そこから選び取らせた設定の集合であるお話というのは設定に大きく制限を受け、平仄や辻褄を合わせようとすると自由に作れなくなるため、モチベーションが下がって放棄される。

 誰かが作った設定に沿うのは楽に見えるが、その設定の歴史を頭に叩きこまないとそれらしい話が作れないため、難儀ではある



▼センス=素材(能力や設定)に初期設定された行動や目的を多く読み取る能力

 読み手は神の視点を持つ作者ほど賢くない、だから素材に初期設定された目的の説明としてのフラグや伏線(前フリ)がいる。

 猫耳を切り取った猫耳人間って素材だけで、コレは復讐劇だ。ってわからないから迫害された過去を挿入する。
 迫害されていた時に救われたエピソードがあれば、復讐劇は遂げられずハッピーエンドになるかもという兆しが提示され、読み手は目的を持って読みすすめるかもしれない。
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