▼ギャルゲーが社会を積極的に描かない理由。恋愛の最大の敵は社会。
ギャルゲーが積極的に社会を描かないのは、社会を描くことを放棄したからである。
それは、恋愛にとって社会は最大の敵だから。
例えばロミオとジュリエットなんかがわかりやすいけれど。
社会が出てくると『恋愛 VS 社会』の話になってしまって
恋愛だけについて集中的に語れなくなってしまう。
つまり恋愛がメインとする『相思相愛になるまでの話』ではなく
『相思相愛をみんなに認めてもらうために社会的なしがらみと戦う話』になるってこと。
近親相姦モノだって、近親であるという社会的な状況と戦うようになるのは一応相思相愛になってからだしね。
障害が多いほど恋愛が燃えあがるのは、恋愛(相手と相思相愛になれるだろうか)をメインで楽しんでるわけじゃなくて、恋愛によって生じる社会との摩擦を楽しんでるからってわけ。
恋に恋しているのではなく、恋愛と社会が戦ってることに恋してるわけ。
生徒が教師へ抱く恋が卒業をすると共に冷めてしまうしまうのもこのあたりに理由がある。
恋愛モノに社会を出そうとすると、相思相愛問題がある程度解決してないといけない。
ロミオとジュリエットみたいに相思相愛になってないからでないと、社会と戦えるほどの恋愛力が無いので、あっさり社会に負けて恋愛話が終わってしまう。
▼ギャルゲの主人公がトリックスターである理由。
あと、受ける萌え要素として、弱い美少女を強い主人公が守ってあげる(ヘタレじゃない勇敢な主人公が女の子を守る)って話も社会がメインで出てくると難しくなる。
社会がメインで出てくると、社会から自分と彼女を守らなきゃいけないため、女の子だけじゃなくて自分すら弱者になってしまう。
女の子を社会から守る強い男の子を作る為には、主人公が社会の勝者であるか
もしくは主人公が社会のルールを無視してるようないわゆるアナーキーな人間しか方法が無い。
社会にある程度勝ってないと、恋愛の話じゃなくて、恋愛を完遂するために社会に勝つ話になるから。
社会の勝者ってのは会社の社長とか、歴戦の戦士みたいにいろんな苦労や経験を重ねて成功を掴み取ったオジサンくらいしかいない。
ヌキゲーの主人公で経験を積んである種のエキスパートになったオジサンが出てくるのは、このあたりにあるのかも。
となると、女の子を守る少年を書くためには、社会のルールの外に居るいわばトリックスターしかないってわけ。
だから、ギャルゲに出てくる主人公ってのは言動や態度がおかしい事が多いってわけ。もしくは普通の人と違った社会の見方をしているわけだ。
あと、主人公の行動がマトモでもプータロー大学生とか、社会からある種はなれた存在になってるわけ。
それ以外で主役張らせるとしたらオジサンになっちゃうから。
▼物語が恋愛に突き崩される理由。
モノーキー 愛はワケもわからず殴られる頬と同じように唐突であるべきだ
上の話に繋がるけれど、愛が唐突である理由ってのは。
緻密な設定という社会的な構成要素を恋愛ってのはぶち壊しちゃうからだと思ったりする。
つまり、緻密な物語という社会構造に恋愛が打ち勝ってしまうと、物語構造が崩れてしまって形が変わっちゃうってのかな。
美味しんぼで、海原雄山が丸くなってしまったように。
今まで組んだ設定が台無しになって、大きな変化を必要とするようになる。
結婚すると生活環境ががらっと変わっちゃうのと同じようなもんかもしれない。
暴力によって平和な日々が一変して、復讐や魔王討伐の物語が始まってしまうように
恋愛によっても人間の関係性ってのが変わってしまうのかもしれない。
ギャルゲーが積極的に社会を描かないのは、社会を描くことを放棄したからである。
それは、恋愛にとって社会は最大の敵だから。
例えばロミオとジュリエットなんかがわかりやすいけれど。
社会が出てくると『恋愛 VS 社会』の話になってしまって
恋愛だけについて集中的に語れなくなってしまう。
つまり恋愛がメインとする『相思相愛になるまでの話』ではなく
『相思相愛をみんなに認めてもらうために社会的なしがらみと戦う話』になるってこと。
近親相姦モノだって、近親であるという社会的な状況と戦うようになるのは一応相思相愛になってからだしね。
障害が多いほど恋愛が燃えあがるのは、恋愛(相手と相思相愛になれるだろうか)をメインで楽しんでるわけじゃなくて、恋愛によって生じる社会との摩擦を楽しんでるからってわけ。
恋に恋しているのではなく、恋愛と社会が戦ってることに恋してるわけ。
生徒が教師へ抱く恋が卒業をすると共に冷めてしまうしまうのもこのあたりに理由がある。
恋愛モノに社会を出そうとすると、相思相愛問題がある程度解決してないといけない。
ロミオとジュリエットみたいに相思相愛になってないからでないと、社会と戦えるほどの恋愛力が無いので、あっさり社会に負けて恋愛話が終わってしまう。
▼ギャルゲの主人公がトリックスターである理由。
あと、受ける萌え要素として、弱い美少女を強い主人公が守ってあげる(ヘタレじゃない勇敢な主人公が女の子を守る)って話も社会がメインで出てくると難しくなる。
社会がメインで出てくると、社会から自分と彼女を守らなきゃいけないため、女の子だけじゃなくて自分すら弱者になってしまう。
女の子を社会から守る強い男の子を作る為には、主人公が社会の勝者であるか
もしくは主人公が社会のルールを無視してるようないわゆるアナーキーな人間しか方法が無い。
社会にある程度勝ってないと、恋愛の話じゃなくて、恋愛を完遂するために社会に勝つ話になるから。
社会の勝者ってのは会社の社長とか、歴戦の戦士みたいにいろんな苦労や経験を重ねて成功を掴み取ったオジサンくらいしかいない。
ヌキゲーの主人公で経験を積んである種のエキスパートになったオジサンが出てくるのは、このあたりにあるのかも。
となると、女の子を守る少年を書くためには、社会のルールの外に居るいわばトリックスターしかないってわけ。
だから、ギャルゲに出てくる主人公ってのは言動や態度がおかしい事が多いってわけ。もしくは普通の人と違った社会の見方をしているわけだ。
あと、主人公の行動がマトモでもプータロー大学生とか、社会からある種はなれた存在になってるわけ。
それ以外で主役張らせるとしたらオジサンになっちゃうから。
▼物語が恋愛に突き崩される理由。
モノーキー 愛はワケもわからず殴られる頬と同じように唐突であるべきだ
上の話に繋がるけれど、愛が唐突である理由ってのは。
緻密な設定という社会的な構成要素を恋愛ってのはぶち壊しちゃうからだと思ったりする。
つまり、緻密な物語という社会構造に恋愛が打ち勝ってしまうと、物語構造が崩れてしまって形が変わっちゃうってのかな。
美味しんぼで、海原雄山が丸くなってしまったように。
今まで組んだ設定が台無しになって、大きな変化を必要とするようになる。
結婚すると生活環境ががらっと変わっちゃうのと同じようなもんかもしれない。
暴力によって平和な日々が一変して、復讐や魔王討伐の物語が始まってしまうように
恋愛によっても人間の関係性ってのが変わってしまうのかもしれない。









