「真理の御霊」

最後の審判(次元上昇)を超えるため、1999年よりひふみともこさんに下されている神示をお伝えします

神から人へ ◎社会から脱落することについて◎

2017年03月15日 | 神から人へ


神から人へ、人から神へ。

さらに大きな輪となりて、広がりゆけよ。結ばれゆけよ。

さにて本日何を問いたき。




(社会から脱落していく人達が社会に復帰するために

必要なことは何なのかです)


今の世の中、不条理なり。社会に真の少なき世なり。

なれば、社会に戻らざるとも、人の修行は可能ならん。

人の世界に紛れし真理を、汚れし真を見つけ磨けよ。

己の魂、昇華のための、一つの道を見極めるべし。

人にはそれぞれ生き方あらん。

別の道を進みても、求めるものこそ一つなれ、

社会にあるかあらざるか、そにて変わることのなし。

なれば、社会に背を向けるとも、そにて己を卑しめるなく、

己の尊さ、生の恵み、生き得ることにまずは感謝を。

神と人との縁さえつながば、後は神にまかさばよからん。

無駄なあがきは力の消耗。真実真理と離れるばかり。

ただに進めよ、己の道を。今あるものにまず感謝。

今ある意味を読み取れよ。

神は人を救いたく、それを祈りてなすことなれば、

余計な詮索、疑い持たず、ただに信じて生きるべし。




(己の道とは、どのような道でしょうか)

人にはそれぞれみ役あり。

そのみ役こそを務めるために、降ろされ、生まれし現世なり。

最後に残るが神との縁なり。

なれば、神との縁を結びて、人の幸福、昇華を祈り、

後は心を安らかにせよ。




(でも人間は社会の中で生きるものであり、社会の中でしか生きられない

のではないでしょうか。そうであれば、社会とのつながりを持ち、自分の

存在を見つけたいと、願わずにいられないものではないでしょうか)


そは間違いならず。正しき考え。なれどそこにも過ちあり。

人の作りし社会とは、必ず正しきものにはあらず。

矛盾や不正、汚濁にまみれし、かえりて害の多きが今の世。

なれば、己を苦しめてまで、何ゆえ社会に生きんとするや。

まずは神と人との縁を、つながりこそを第一とせよ。




(でも、世間と孤立し、宗教のみ、神事ばかりに関わっていて、

人の修行は充分なのですか)


そはまた愚問の極みなり。

なぜとあらば、世間とは、神の住む場所になし。

人が世間に何年住もうと、神と縁のなきままにては、

何の修行となるものかは。

むしろ世間に外れにしても、神を信じて敬虔に、

己の生を問うことこそ、やがては真理と近づきゆかん。

なれど忘れてならざるは、人との関わり、助け合い。

たとえ世間は離れるとも、人との縁は切ることなかれよ。

人の幸せ祈ること、人との出会いに感謝すること。

そもまたこの世を生きる意味なり。




(社会に復帰することにこだわる必要はないということでしょうか)

さなり。大切なことは、生き方のみ。

人との付き合い、交わり通じて、己の御魂を磨くこと。

なれば、社会の妄想に儚き幻想、囚われるなよ。

己を費やし、汚してまでも社会に迷う必要なし。

そを知ることにて、救われるべし。

心の苦悩、焦燥、煩悶、全ては無駄な、修行の妨げ。

明るく楽しく、曇りなく、ただに感謝を忘るなかれよ。

神は共にありてあるもの。共に悲しみ、見守らるもの。

己独りの苦しみに、囚われゆくも執着ならん。

我執に曇り、光も失う、哀れな魂となるなかれ。

それのみ願う神を思えよ。




神を忘れし心こそ、迷いに堕ちぬる始めなり。

さにて本日、これにて終わらん。

人は常に神に問うべし。さにて答えを見つけるべし。

聞こえぬ時は尋ねればよし。人に尋ねて、探せばよからん。

さらに問いを問いたきならば、再び問えよ。いかなることも。

神との問答、対話を重ね、正しき道を歩みてゆかれよ。

さにて。





神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋
ひふみともこさんHP http://wa-hifumi.info/

大神神社 狭井神社 三輪山の巫女 
「三輪の祈り・ひふみの祈り」

http://kukurihime.blog.jp/



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きいて!きいて!
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