「真理の御霊」

最後の審判(次元上昇)を超えるため、1999年よりひふみともこさんに下されている神示をお伝えします

神から人へ ◎古事記と日本書紀について◎

2017年04月27日 | 神から人へ


神から人へ、人から神へ。

祈りのことばも、人の思いも、必ず実現し、

やがては神の休まる国に、神の集まる世とならん。

さにて本日何を問うや。




(記紀の奥義をお教え下さい)

さにても答えに答えがたし。問いの真の意味はいかに。

神代の世界のあやまてる記録の中にも真はあり。

真の歴史を伝えずとも、人は心し学ぶべし。

神代のあやまち、間違いを、人は学びて直すべし。

過去の出来事、事象にも、人の心の糧となる、

今世の学ぶべき、多くの教えは残るもの。

なれど、細かい史実には、こだわることこそ、迷いの素なり。

人の知りたき全てのことを、知りて何の役に立つ。

かえりてますます欲望目覚め、好奇心のみ募るもの。

人には、身丈に見合う、ことのみ知れば、それでよし。




多くの知識は邪魔なもの。かえりて今を生きる邪魔なり。

今こそ生きて悔いを残さず、明日に備えて今日を終われよ。

それさえなせれば、それにてよからん。

奥義というも、人それぞれに、己の器に見合いしもののみ。

全ての人に共通の、奥義はなければ問うも無駄。

己を磨き、己を深め、読み取る意味を深めればよし。

奥義は人から与えられ、他から頂くものにはあらず。

自ら求め、生きるものには、自然に生まれ、芽生えるものなり。

なれば、外に求める者は、我がまま勝手の怠惰の者なり。

求める思いは改めて、与える思いに変わるべし。

与えることこそ最も多くを手に入れるための最善の道。

無欲無心を範とすべし。




今に満たされ、豊かな者は、

己の内の神の恵みに、何の不足も不満もなし。

さなりて初めて神は人に、次なる教えも与え行かん。

さなりしまでに己を鍛え、静穏の境地で動じるなかれ。

器の小さき者ほど、小さき嵐にうろたえるもの。

器を浄め、静寂を、心の声に耳傾けよ。

教えは己の内より生まれ、己の生に力を与えん。

外から得られるものに頼らず、まずは己を見極めよ。

己を見つめ、省みよ。それのみでよし。

それさえ難し。高き教えも意味もなし。

器にあふれてこぼれゆかん。

神は人に見合いしことを、必要なだけ与えるもの。

今ある教えに満たされて、それさえ日々に行えばよし。

さにて本日、生きる根源、最も大事のことを教えし。

記紀の奥義もそのことならん。今ある位置を過つなかれ。

地に足を付け、根を張れよ。

浮草の如漂いて、流さる生に実りなし。

本日これにて教えを終わらん。さらなる精進、教えを祈らん。

さにて。





神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋




※記紀(きき)とは、古事記と日本書紀の総称。

古事記の「記」と日本書紀の「紀」を併せて「記紀」という。

奈良時代に編纂された日本の神話、古代の歴史を伝える

重要な歴史書。序盤は神話そのものであり、執筆年代に

近づくにつれ歴史書としての性格が強くなる。



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