最後の審判(次元上昇・霊性進化)の情報

近づく物質次元の終わり、「最後の審判・次元上昇・霊性進化」を超えるため、ひふみともこさんに下ろされた神示をお伝えします。

神から人へ ◎うつ状態・うつ病について◎

2016年03月30日 | 神から人へ




(鬱状態になぜなるのか、また、どうすれば、鬱状態を

治せるのかお教え下さい)


神の答えは一つなり。まずは心に感謝を持てよ。

苦しき境遇、環境なれども、人はそこにて明るく生きて、

神に感謝し、満足見出せ。鬱病なるも、もとは一つよ。

神への不満や、生への不満、人と比べて満たされず、

常に不足を感じる心。

ひとつの不満も心に巣食い、いつかは大きく、むしばみゆかん。

その根を断ちて、努力して、神の与えし課題を行い、

全てを己の糧とせよ。

成長のためのひとつの課題。苦しき悩みもその一つ。

与えし恵みと気づきなば、心も癒され、開かれなん。




内へと向かう暗き心を、外へと開きて、光を受けよ。

この世に満ちてあふれし光を、心に体に魂に、

身にいっぱい照らされて、神の慈愛に包まれて、

守られ生きるを思い描けよ。この世に生きる全てが修業。

目の前にある困難全てを、ただ黙々と、平静に、

一日一日大事に生きて、無駄な時間を残す事無く、

感謝の心で一日送れよ。無駄な時間は本来なきもの。

その日の課題を充分なせば、何も残らず、満たさる理。

満ち足り、歓び、静かにつましく、小さき幸を、祝い感謝し、

神のみ手にて導かれ、目に見えずとも、誘われ、

素直に従い、惑うなかれよ。




惑い迷いて、心を乱し、脇目をふらば、遅れゆくのみ。

時の流れに遅れを取りて、今を失い、悔いを残さん。

今瞬間を捉えて生きよ。そこには何のためらいもなし。

今瞬間を失うなかれ。見逃し、つまずき、後戻りせん。

ことばの意味に込められし、神の願いはただ一つ。

人の豊かな人生を全ての人が送ることのみ。




不平不満の溢れし世なり。

悩みや愚痴の蔓延し、潤いゆとりのなき世なり。

なれど、地球の片隅にて、神を讃える尊きことばを、

感謝の思いに輝く光を、神は探して願いを託さん。

全ては神の意のままなれど、人に任せる神を思えよ。

神の苛立ち、焦りを忍べよ。

神の望まる理想の世界を、汚れぬ世界の実現を、

人の努力を精進を、日々に祈りて待ちわびし、

永きの苦労に思いを馳せよ。



事象の暗き側面のみに、目を奪われて神意を忘るな。

病気も事故も災害も全てが気づきの機会と悟れよ。

理屈は要らず、弁解も、神の前には無駄なこと。

神は瞬時に全てを見破り、裏の裏まで見抜き通す。

なれば神の御前には、人は素直に全てを投げ出し、

己の罪を悔い詫びるのみ。

それさえなせぬ不逞の者には、神は厳しく諌めを下し、

改悛悔悟のことばを待たん。

己を認め、罪を詫び、いたらぬ己の未熟さを、

再び鍛えて禊がれんと、自ら求める心に変わり、

苦しき行をも厭わぬほどの、真の悔悟に至るまで、

厳しき問いに己を責めん。神の慈愛は厳しくもあり。

なかなか治せぬ心の汚れを、体に見せて、正さんとさる。

人の全ての過ちを、地震や噴火、洪水にて、

正す機会を与えて待つなり。




なれば、神の御心を、正しく読みて、間違うなかれ。

勝手な解釈、誤りは、必ず正され、直されん。

神の祈りに添うものならば、幾多の困難あれど、

やがては叶い、実現せん。全ては禊ぎと修行のためなり。

そを見極めて、信を高めよ。




(なぜ鬱病のような苦しみがあるのでしょうか、また、

どうすればそうした病気を治せるでしょうか。)


では答えん。病気というは病気にあらず。

神の与えし苦しみならず。

己の御霊の行を進めて、さらに昇華の機会とせんと、

自ら求めてかかるものなり。

なれば鬱病、躁病も同じ心の裏表。

嬉しきときの昂揚と、悲しきときの沈滞と、交互に表れ、

自らの、均衡保つ必要悪。

無理に治すは誤りなり。周りの心配、気遣いあらん。

なれど先ずは自ら気付きて、己の欠けし均衡を、

先ずは保ちて、鎮めんとせよ。

そもまた今は困難ならん。己の意志には致し方なし。

なれば心を外に向け、己の心の些末な動きに、

いちいち囚われ、こだわるなかれ。心の隙に魔も入らん。

小さきことに目を奪われて、大きな真理を見失うなよ。




最も大事な修養は、心の平安保つこと。

外の世界に惑わされず、内の世界に囚われず。

神のみ見つめて、従わばよし。神を信じて、導かれよ。

己のなすべき日々の行い。それのみ打ち込み、ひたすら動けよ。

よそに目を向け、比べるなかれ。己の道のみ 歩みを進めよ。

何を憂いて悲しむなかれ。

この世に生まれし尊き命を、神に感謝し、喜べよ。

この世の短き生ある今を、時間を惜しみて、働けよ。

人への感謝も怠るなかれ。

己を生かす全てのものに、素直に感謝し、謙虚に生きよ。




患い悩みは、不満の証。神への感謝の足らざる証拠。

神への感謝に心を砕けよ。感謝できぬを先ずは悟れよ。

神への不遜、人への傲慢。よく見回して、戒めよ。

心の苦しみ葛藤は、己の内より生まれるものなり。

人への感謝と神への感謝。それさえあらば、恐るることなし。

必ず訪れ、保たれん。心の安寧、平穏は。

さにて本日、全ての人への教えなり。

なれど自ら 身近に感じて、己に向けしことばと思えよ。

さにて。






神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋
ひふみともこさんHP 神から人へ ◎「いろは」の解釈・伊勢神宮の神様◎

神から人へ、人から神へ。

己の問いたきことあらば、神に問いて、助けとされよ。神の伝えることばの

奥の、真の真理を読み取れよ。さにて本日何を問いたき。





(一つは「いろは」の解釈についてです。地獄からようやく抜け出ることが

できた霊の心境を詠んだもの、という風に解釈しては誤りでしょうか。

神が存在を許した地獄から、行を積んで抜け出たら、浅い夢のような現世

(魅力的だがいずれは終わるもの)には戻るまいと思い、現世の魅力に再び

酔うこともなかった、という解釈はいかがでしょうか。

また「有為の奥山」とは、「地獄」の意味と考えては誤りでしょうか)

では答えん。「いろは」の解釈。真の意味を。

「いろは」は神のことばなれば、人は人のことばにて、あれこれ意味を

探れども、真の意味はそにては解けず。さらに謎を残すのみ。

古代の人は、今と異なる言霊によりて意味を表し、言霊によりて意味を

伝えき。そこには多くの意味が込められ、それぞれの音に多くの意味が、

祈りが込められ、重なりぬれば、「いろは」 の意味も同じこと。

ただに人の浮世の儚さ、生々流転の教えにあらず。或(ある)はまた、

ただに地獄をいでし亡者の、悟りの境地を表すになし。

真の意味は深く広く、ただにこの世の繁栄を、地上の幸を願う意味なれ、

漢字を当てるは間違いの元。さらに迷いを深めるのみ。

「いろは」の言霊、組み合わさりて、地上の浄土を作らんと、神の願いを

表すものなり。人の幸せ、進歩、向上、さらなる浄化と、昇華の進み。

なれば、現世とあの世との、境の者にも救いを与え、再び再生復活せしも、

共に祝われ、安らげられなん。

現世に果たせし修行を積みて、次なるあの世に旅立つときには、必ず現世を

懐かしみ、執着残す者多し。さなる迷いを残すなと、神は祝いて禊(みそ)がんと

する。さなる思いの込められたれば、地獄を表す祝詞(のりと)にあらず。

「有為の奥山」そは現世。地獄にあらず。過(あやま)つなかれ。





現世を旅立つ者に伝えん、神の導く方を示さん。なれば、真の意味を読め。

今のことばに当てはめるなく、言霊学びて、読み解けよ。なれど先の解釈も、

全てが間違いならざれば、多少の意味は正しからん。意味を知るも大切なれど、

祝詞の意味を、役割こそ、過つことなく伝えてくれよ。

今の解釈、次元は低し。なれどそもまた致し方なし。現世の目には明らか

ならずも、あの世に帰りなば、必ず悟りて全てを知らん。なればこそ、

死にゆく者にも祈りてやれよ。必ず救われ、成仏しなん。安らぎ、満ちたり、

穏やかとなり、あの世に迷わず、戻り来ん。

迷える魂導く時も、「いろは」を謳(うた)いて聞かせてやれよ。必ず真理を

読み取りて、迷いを取りて救われなんを。





(二つ目の質問は「天照皇大神様」と「天照大神様」についてです。

「天照皇大神宮様」は「天照皇大神様」なのでしょうか。それとも「天照大神様」

なのでしょうか。また、伊勢神宮の主催神は正確には「天照皇大神様」なので

しょうか。お教え賜りたくお願い申し上げます。)

「天照皇大神」様と「天照大神」様は二人の神なり。二人の名前は似れど、

別なる二人の神々様なり。生まれ、役割、働きも、それぞれ異なる神様なるに、

人は過(あやま)ち祀るあり。 なれどそもまた人の区別よ。

全ては一つ、全体なれば、違う姿、名前にあれど、元を正さば同じ神なり。

人には分からぬ神の世界よ。優劣付けて、わからんとすな。

神格、霊格、階層、上下。神にも分からぬ人の区別よ。神はただ役割を分け、

それぞれ与えて、働かせんため、自ら別れて分身となる。

なれば、異なる役割担(にな)い、己の務めを司(つかさど)るのみ。いずれも

必要、不可欠なれば、いずれも崇(あが)め、尊ぶべし。





「天照皇大神宮」、さなる名前の神もあらん。なれどそもまた人の作りし、

与えし名にて、神にも分からず。伊勢神宮に祀られる、今ある神の名前にて、

間違いならず。過ちになし。

神はいずれの神社神宮、いずれも降りて、光を与え、この世の繁栄平和を祈らん。

神社は借りの宿りなれば、人は区別し祭れども、神の世界は区別なし。

こだわることなく降り立ちて、人の祈りを聞き届けなん。神社といえども、

神のなき、お社(やしろ)のみ のものもあり。なれば、そこにて祭らるとも、

ありてもなきの神社も多し。人は惑(まど)いてこだわるなかれ。

神の世界は神のみぞ知れ。神の名前にこだわるなかれ。

人には人に、それぞれに、必要なるが導き示さん。いくら拝(おが)みて頼めども、

その者、心に、神のなからば、虚(うつ)ろな空しき思いのみ。

神を心に持つ者ならば、まずは拝みて、感謝せよ。神の名前は関係なし。

神学、宗教、間違い多し。迷わすものにも注意せよ。

やがてはつまらぬいさかいとなり、下らぬ議論をするも愚(おろ)かし。





さにて本日、多くの疑問の一つなれども、少しの意味のみ示したり。神の教えは、

無限なり、なれば、少しのことばの奥に、無限の意味を読み取りてゆけ。少しの

ことばの片鱗に、真の真理は秘められたれば。さにてさらなる昇華を待つのみ。

さにて。





神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「続神誥記」より抜粋
ひふみともこさんHP
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大神神社 狭井神社  三輪山の巫女「真理の御霊」  
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