「真理の御霊」

最後の審判(次元上昇)を超えるため、1999年よりひふみともこさんに下されている神示をお伝えします

神から人へ ◎神と先祖・祭りの意味とやり方について◎

2017年05月20日 | 神から人へ


神から人へ。人から神へ、教えて伝えて永き年月、

経て来しを、少しの成長、進歩もなかれど、

いくつの困難、風雪を経て、今に至りぬ、辿り着きぬる。

さにて本日何を問うらん。





(祭りについてお教えください)


では教えん。祭りの意味と、そのやり方を。

祭りというも幾つかのあり。神を祭るも祭りなり。

人を祝うも祀りなる。なれど正しき祭りとは、

神に捧げる感謝報恩。先祖に供える供物奉納。

いずれも今ある生を歓び、そを伝えんとするが始まり。

なれどあやまち、誤るもあり。

ひとつは先祖の魂のみを、 高く祀りて崇め(あがめ)ん

ばかりの、本末転倒、誤りなり。先祖も大切。

ご縁にあれど、最も敬い、尊ぶべきは、

まずは己の守護神、守護霊。そに守らるるを感謝すべし。

先祖も守護神、守護霊に守られおるなり。導かるるなり。

なれば己の守護神に、感謝を捧げて後に祀れよ、

己の先祖や親族は最も大事な守護神なれど、そもまた

ス神に導かれ、守護することを許さるなれば、

全ての感謝の大本は、すべてがス神に続くべきなり。

なれど本神、己の先祖も、ス神のご守護を賜ることを、

よく知り、わきまえおるならば、先祖の祀りも、

あやまちならず。




(守護神様を知ることはできないと伺いましたが、

どうお祭りすればよいでしょうか。)


そはまた、もっとも、当然なり。なれど、己の氏神あるらん。

そを祭るのも、祭りとなるらん。





(氏神様とは、自分の家の近くの神社の神様でしょうか)


さなり。そが最も近き、神にあるなり。





(守護神様と、守護霊様は、別々にお祭りするべきでしょうか)


さなり。霊と神は異なるものなり。

神は祭りて、捧げるべきなれ、霊を祀るは必要なければ、

先祖祀りで事足るらん。





(守護神様の祭壇を作ることは必要でしょうか。)

そもまた、難き問いなるかな。神を祭るに祭壇要らぬ。

神社参詣、そにて充分。

己の家に祭壇作るは、古き風習、人知の行い。

そにて祀るも意味なき行い。神はそこに降り立たぬなり。

神への感謝と奉納は、神社の参詣怠らぬべし。





(どのように参詣すればよいでしょうか)

新年はじめの挨拶と、己の祈願成就の際の、感謝御礼、

節目の挨拶。折々に、家内安全、健康なれば、

回を定めず詣るがよけれ。

くだらぬ囚われ(とらわれ)義務にあらねば、

己の心の表れなり。無理に詣るも、神は歓ばず。

何も打ち捨て、はせ参じるを、神は愛でなん。喜ばん。

人の真の行いなれば、日がな一 日、働きし後、

眠りにつく前、神に向かい、感謝唱うも、祭りとなるらん。

立派な祭壇、高額ご供養、そもまた意味なし、無駄なこと。

真の想いのこもらぬ供養は、かえりて徒(あだ)なり、

汚れ(けがれ)なり。

身にふさわしき奉納を、捧げて楽しく祭るが正し。

神と共にて生きるを喜び、共に行積む心も新たに、

さらなる感謝と帰依の心で、ただひたすらに真摯に生きよ。

その想いさえ保てるならば、祭りと等しき尊き行い。

月に一度の祭りも大事。なれど毎日、一年全てが、

本来祭りの日となるべし。さにて祭りの意味と方法、

心得ておくべし。忘れるべからず。







神の声を伝える人
ひふみともこさん著書 「神誥記」より抜粋
ひふみともこさんHP http://wa-hifumi.info/

大神神社 狭井神社 三輪山の巫女「真理の御霊」  
http://plaza.rakuten.co.jp/poohsanmama/

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