千代田法律・会計事務所 弁護士上條義昭

千代田法律・会計事務所 弁護士上條義昭日記

市民感覚を持った裁判官の出現の期待=法曹一元の必要性

2017-03-19 22:05:36 | 政治・行政

弁護士の経験が無い職業裁判官は、普段、市民との接触による情報源を意識的に回避するため、座学を情報源となり、市民感覚欠如の判決を書いてしまうことになります。

司法官僚化した裁判官は、一般市民の常識が分からず、あるいは分かろうとしない独善的姿勢から、市民の目線で見たら「非常識」であるのに、裁判官の考え方となってしまう不合理な一事例を紹介します。 

夫婦が協議離婚するときに、母親が未成年の子の親権者となり、引き取る子の養育費の支払いの確実さを高めるために、子が20歳になるまで毎月一定金額の養育費を支払う内容の公正証書を作ることは、普通にあることです。

同時に、父親は母親の下で育てられる実子との面会交流する内容も公正証書に記載されること、普通です。 

ところで、夫婦が離婚後、夫婦ともそれぞれ新たな配偶者と再婚することは予想されることであり、その場合に、母親の連れ子と新しい配偶者(母親の再婚相手の男性)と養子縁組をすることも良くあることです。

母親の連れ子と新しい配偶者(再婚相手の男性)と養子縁組した場合、未成年の子に対する主たる扶養義務者は実母及び養子縁組した配偶者になり、実父の未成年の子に対する扶養義務は第2次的になる(養親と実母の資力では、養子である未成年者の生活保持が出来ないときに生ずる)のが普通です。

 私の最近扱った事案は、離婚した妻から、実父に「再婚するので、子(男子二人)との面会を控えて欲しい。」という申出があり、「その代わり、養育費の支払いは不要」という趣旨の口頭の合意が出来、それ以降、父親は二人の実子との面会も諦めて取りやめ、実子二人の養育費の支払いもしなくなりました。

その口頭の合意をしてから5年半位経過して、その間、定期的な面会も無くなり、養育費の支払いも合意どおりに行わないで来たのですが、長男がトラブルを起こしたことを端緒に呼び出しを受け、児童相談所で実父と実母がぱったり再開し、また、長男が実父を頼りにするようになって以降、実母は、過去の養育費の請求をし出しました。そして、支払わないならば離婚時に作った公正証書を使って過去の未払い分につき、実父に財産を差し押さえると脅かしてきました。

養父と全ての面で性があわない長男は、養父と一緒に生活を始めてから、トラブル続きで、家出をする等の状態となりました。 

実父は、二人の実子との面会が出来なくなってしばらくして再婚し、自宅を購入する等新しい家庭を築いて今に至っているところ、突然、実子の件で呼び出されたことを端緒に、過去滞納したと主張する未払い養育費、今後の養育費を請求受け、予想外の事態が起きてしまい、経済的にも厳しくなりかねない事態に遭遇してしまいました。 

この事案で「過去の養育費の支払い義務」があるのかどうか、すなわち「養育費の免除の合意」が認められるか否かが大きな争点になりました。

 実父側は、実母が再婚し、実母から「子と会わないで貰いたい」という話があり、そのことを実行する代わり、実父の養育費支払いをしない約束が出来たことや、実子と養父が養子縁組をしていること等の間接事実の積み重ね、更には長男の証言もさせて、「養育費の免除の合意」を立証しました。

公正証書で「養育費支払いの合意」が出来たにしても、その後に、その合意を変える合意が新たに認定出来たら、それが「口頭の合意」であっても「有効」と見るのが市民の目線であり、市民感覚を持った判断であることです。

相手(実母)を疑って「文章化」しておけば万全ですが、そこまで相手に対し疑いを持たないで、相手の話を信じて行動するのが日本における市民の考え方です。実父は、養育費の支払いを止めると同時に二人の子供と会うことも止めているにですから。 

しかし、驚くことに、市民と接することを意識的に避け、座学が主たる情報源である裁判官は、「公正証書で養育費支払いの合意をした以上、公正証書かそれと同じ種類の手続をとって養育費の免除の合意」しないと「合意の効力」が認められない、という考えでした。 

市民の目線で見る場合、養育費支払いの合意を公正証書でしていても、その後に、「支払わないで良い」という合意が認定できたら、そのまま合意を有効と認めても支障ないことです。それが市民の常識の筈で、それだけで信じては駄目で、「相手を疑って同様の文書まで作らない限り、免除の合意は有効にならない。」という考えは、市民の目線(感覚)を越えているものです。

  母親が、再婚し、連れ子が再婚相手と養子縁組する関係で、実父に「実子と会うのを止めて欲しい。」とお願いした事実があったとき、市民の目線で見たときには、そのまま「合意が出来た」と認めてよく、更に、実父に「その合意を、公正証書で作ること」あるいは「裁判所の書類で作ること」まで要求するのは、市民感覚として酷なことです。 

 ここに、「市民の目線から乖離した官僚裁判官の目線」「一般社会常識から乖離した裁判が出来てしまう現実」を見ることになります。 

  座学のみの偏った情報源に頼るために、市民感覚が分からず、あくまでも理屈優先した判断(座学に起因する情報源の片寄り)になってしまっている。それがために、当事者(一般社会人)の納得を得られなくしている一例です。 

事実認定において、裁判官に市民感覚の無いことが、裁判所に対する不信感を生みしている例は沢山あります。

これは、「裁判官は居酒屋に行くな。」として社会から隔離を求める政策が初めてとられた昭和40年代後半以降の司法行政の誤りで、各裁判官が自由に考え、自由闊達に議論することを嫌う最高裁事務総局の「司法権の独立」を阻害する人事政策の弊害、最高裁事務総局に逆らわない「従順さ」を求めている結果であるといえます。

最高裁事務総局の求める裁判の職に就く人間は「型にはめられた官僚裁判官の育成」であリます。  憲法の期待する「良心を持った勇気ある裁判官」ではなく、権威に「従順な性格」の「事件処理の職人」としての裁判官の育成です。 

「事件処理の職人」としての裁判官は、その目線が最高裁事務総局に向けられており、「裁判の当事者の納得」には無関心であり、「良心の基づく勇気ある判断」など到底期待できず、その結果、被害者となるのは、社会的弱者である一般国民です。 

日本の今の裁判所は、社会的弱者を守ってくれる最後の砦としての役割は余り期待できません。期待した人は、失望するだけです。

市民感覚の豊富な弁護士から裁判官を選ぶ法曹一元制度は、裁判の場に行くと弱者となる多くの市民のために必要不可欠なことです。

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