なぜ不登校問題が大きなテーマにならないのか

今日と明日、札幌学院大学を会場として北海道臨床教育学会第7大会が開催される。この「自由研究部会」で不登校問題をテーマとして発表した。
テーマにつづくサブテーマは「不登校問題と関わって25年間たつのだが、常々感じていることは、教育界のいわば本道にいるといっていい人たちはなぜ不登校問題を真っ正面から取り組まないのか」。

今、不登校の児童生徒は微増している。そして文科省もこれについて、ほとんど私たちと軌を一にする見解を示しているといえる。文科省の見解の要旨は次の引用で参照いただきたい。(「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」平28.9.14)。
「不登校児童生徒への支援は,『学校に登校する』という結果のみを目標にするのではなく,児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて,社会的に自立することを目指す必要があること。また,児童生徒によっては,不登校の時期が休養や自分を見つめ直す等の積極的な意味を持つことがある一方で,学業の遅れや進路選択上の不利益や社会的自立へのリスクが存在することに留意すること」。

私の主要な関心事項は、増え続ける不登校児童生徒が今日の教育の諸問題を真剣に「告発」しているにもかかわらず、教育学会も教育組合も必ずしも真剣に(真摯に)問題提起していないのではないか、ということだ。もちろんそれはどうした不登校生を学校に戻すか、ということではない。それは文科省もただ学校復帰をいうことではないと言っていることからいうまでもない。

分科会の参加者も30名前後いただろうか。学生、小中高大の教師たちと多様。しかし分科会の時間が1時間だったので議論も「消化不良」の感が否めなかった。
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