真珠湾演説を聞いて感じる空しさ

今朝メシを食いながらのテレビは突然臨時ニュース的にチャンネルが変わり、ハワイでの安倍首相の演説が放送された。食事中の聴取であったために聞きもらしたり、正確さにミスがあったかも知れないが、感想を記しておきたい。
 
安倍さんの演説は、冒頭ハワイ真珠湾に停泊していた軍艦アリゾナの乗組員の多くが犠牲になったことをいう。「幸せな暮らしが消えてしまった」というような形容だった。このカテゴリーに属する話が長く続く。これを聞いたアメリカ人、例えば犠牲になったアリゾナ乗務員の遺族たちはどう思っただろうか。犠牲になったのはなぜなのか、と憤りを感じなかったろうか。つまり安倍演説では、誰がこの戦禍を引き起こしたか、という「主語」がないのである。この真珠湾から始まる太平洋戦争はどういういきさつを経て誰が起こしたのか、この責任の主体は誰なのか、を不問にしながら、戦争の悲惨さを言っても空しい思いしかしないのではないだろうか。
 
和解を何度も強調した、アメリカの寛容さも強調していた。戦後の日本人の生活の苦しみをアメリカは救ってくれたという趣旨の話もした。それはそれで分かる。
しかし戦争の体験から日本は平和憲法をつくり世界にこの理念をアピールしてきたことを言わない。ただ平和国家を作り得たことを言うが、この根本理念は「過去幾多の試練に堪え」て勝ち取られたものだ。このことを抜きにして、ただ平和が長く続いたことを誇っても、やはり空しい。

総じて安倍演説はいい単語を並べても、過去の日本が犯した世界平和への挑戦の主体であったという「主語」がないのである。
 
山で遭難した人を悼む演説を想起した。
 
あれだけ平和国家をいう安倍さんが心から今の憲法を変えようとしていることはどうつながるのか。
また日本は過去の十五年戦争で最も多くの人びとを犠牲に追い込んだ中国や朝鮮、東南アジア各地に対しても「慰霊」の行動を行うのだろうか。慰霊の前に反省と総括をはっきりさせて欲しいとそれぞれの国の人びとは言うだろう。
 
日米の同盟関係の素晴らしさを言う。しかし沖縄県民の希望を踏みにじるという昨今の日米の動きはどうなるのか。戦争の共犯の同盟ということになるのか。
 
安倍さんの真珠湾演説を聞いた感想だ。
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