メキシコの隅っこ
メキシコの遺跡や動物、植物、人や風景などを写真で紹介してます
 



 少年と黒猫がどうなったか、それを話すか。

 ある日、この町から消えた。少年がやってきた南の丘へ
歩いていくのを見たと言う者もいる。そうではなくて、北
の山地へ向かったと言う者もいる。それから、天に昇って
いったと言う者もいる。

 消える前の日の夕暮、少年は東の外れの橋に立って河を
見下ろしていた。これは山から帰ってきた猟師三人連れの
話で、まず間違いないとされている。欄干に黒猫が座って、
同じように河を見下ろしていた。魚でも狙っているのかと、
猟師たちは笑いながら横を通り過ぎた。

「釣りをするにはそこからじゃ高すぎるぞ」とひとりが声
をかけた。

 少年の答えは、誰にも意味がわからなかった。

「うん、でももう間に合わなくなるから」

 結局それが、この町の人間が聞いた少年の最後の言葉だ
った。

 少年が消えてから、ずいぶん長いあいだ皆は寄ると触る
と、この言葉の謎解きに熱中した。けれども、今まで誰ひ
とり、皆が納得できる解答を出した者はいない。

 それにな、解答できたとしても少年は戻らない。きっと
な。

 だけど、少年はこの町にいろいろな逸話を残していって
くれたんだ。日が経つごとに、本当にあった話と、誰かが
脚色した話、作り出した話などが入り混じってしまって、
どこまでが本当かわからなくなってしまっているがな。

 ああ、またそのうち話してやろう。まだ、いろいろな話
があるから。

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終わりです〜。
読んでくださった皆さん、ありがとうございました〜。

ラストの一行は嘘っぱちです。
いかにも「もう飽きました〜」て感じの終わり方でごめんなさい。
いや、飽きたんですけどね

さて〜。明日からは通常運転に戻りますか〜。
ええと。
大々的に(?)宣言した代物、まだ半分も行ってないですけどぎゃうん!

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 爺さんは写真を集めるのが趣味だったんだな。そう、少
年が住みついた小屋の、幽霊爺さんだ。子供たちや、興味
を惹かれた若衆たちが夜中にこっそりと小屋に忍び寄って、
爺さんがしゃべっているのを盗み聞きしたんだと。

 写真を集めていたのはもちろん生きているあいだ、それ
もおそらくはうんと若いころのことで、死んでからは集め
た写真を眺めるしかなかったんだろうな。少年が来てから
というもの、毎晩のようにモノクロームの絵葉書写真を見
せてはしゃべり続けたそうだ。

 写真は、一枚の例外なく人物を撮ったものばかりで、端
がよれよれになった古いものや、比較的保存状態のいいも
の、しかしどれも誰がどこで撮ったのかさっぱりわからな
いものだから、爺さん、適当な話をでっち上げては得意げ
に少年に話して聞かせた。黒猫までが行儀よく前足をそろ
えて座って、話を聞いていた。

「ええか、これはな、お前が想像もつかんくらい遠い遠い、
砂漠の国に生きとる人間だ。そこは砂だらけでな、だから
肌を見ろ、お前よりそんなに歳いってるわけでもないのに、
風と砂に晒されて風化しとろうが。だが、目だけは澄んど
るだろ。まっすぐとな。こいつはワシが思うに、砂漠の国
の王子だったんだな。隣の国に滅ぼされて家族兄弟殺され
て、ひとり国の再建を胸に潜めとる悲運の王子、そうだ、
それに違いない」

 こんな調子で、どんな襤褸を着た人間でも爺さんの口に
かかったら有名人だの高貴の血筋だの世紀の天才だのに変
身する。そしてありえないほど波乱万丈の人生を送るのだ。

「というわけでな、この王子は今でもどこかの国で……。
ああ、これこれ、こっちを見ろ。これはな……」

 最初は面白半分怖さ半分で覗き見していた者たちも、生
前の爺さんを知っている人間はその饒舌な豹変振りに呆れ
顔で首を振り、幽霊を怖がっていた子供たちは爺さんの話
にすっかり惹き込まれてしまった。立て付けの悪い雨戸の
隙間から覗いていたはずが、いつのまにか玄関から覗き込
み、上がりこみ、爺さんを囲んで座り込み、そのうちには
自分たちで話を大きくしたり逸らしたり、憤慨した爺さん
に間違いを訂正されたり、賑やかなことだった。

 そして、少年はその輪の中に座ってにこにことみんなの
話を聞いているだけだったのだが、その場にいた者たちが
言うには、モノクロームの古ぼけた写真からときおりじん
わりと色がにじみ出て、中には写っている人物が動くこと
もあったということだ。みんなが持ち寄った蝋燭の影が揺
れて重なって、そう見えただけだと言う者もいるがな。


(註:この写真は、H. Böllの本『Wanderer, kommst du nach Spa..』
 dtv出版の表紙から取ったプロの作品です。
 パソの壁紙に使おうとスキャンしました。
 勝手に拝借してごめんなさい)


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 ホットドッグ屋は結果として得をしたが、ウサギ屋の姐
御の場合はどうだったかな。その経緯はこうだ。

 少年がウサギ屋の前を通りかかって、檻に入っているウ
サギを見たとたん顔色を変えた。ポケットをひっくり返し、
たぶんホットドッグ屋が返したお金だろう、あるだけのお
金をつかみ出すと、ウサギ屋の姐御に差し出した。

 姐御のその商売は、まあちょっとした小遣い稼ぎで、ウ
サギ一羽が丸パン一個買える値段だった。だから、少年が
出した小銭を姐御が数えて、檻からつかみ出したウサギは
四羽いた。耳からぶら下げられた真っ白のや茶色のや黒い
のやを、少年は大事そうに両腕に抱えて、姐御に礼も言わ
ずに走り出した。

 一緒にいた子供たちは、何事かとあとをついて走ってい
った。少年は町外れの草原まで走っていくと、抱いていた
ウサギたちをそっと地面に下ろした。今まで檻の中しか知
らなかったウサギたちは、きょとんとしてその辺を嗅いで
回っている。

 少年はその様子をしばらくじっと見てから、いきなり大
きな声をあげて両手両足振り回して踊り狂った。ウサギた
ちは驚いて飛び跳ね、草のあいだに消えていった。子供た
ちも、そのあとを歓声で追った。

 少年と子供たちは、またウサギ屋のところへ戻った。檻
の前に立って、その中で右往左往しているウサギたちを無
言で眺める少年と子供たちに、姐御はすっかり神経質にな
ってしまって、膝をさんざん揺すったあと、とうとう大き
な声を出した。

「なんだっていうのさ、お前さんたち! よだれ垂らして
ウサギを眺めるより他に、することがないのかい? さっ
きの四羽でもまだ腹がくちくならないのかい?」

「さっきのは草原に逃がしたよ」

 ガキ大将が代わって姐御に言ったものだから、姐御、い
っそう腹を立ててしまった。

「逃がした? 逃がしたってまた、どうしてなんだい? 
あたしのウサギに、どんな不満があるのか言ってもらおう
じゃないの!」

 子供たちだって訳なんかわからないものだから、少年を
見つめる。それで、姐御も少年をにらみつける。少年は、
いつもと違ってなんだか泣きそうな顔で姐御を見ていたが、
ようやく細い声で答えた。

「だって、ウサギを檻に入れておくなんて、変だ。ねえ、
このウサギ全部買うにはいくらいるの?」

 姐御、目を剥いた。それからいろいろと少年を問い詰め
てみると、ウサギを檻の中に見るのが耐えられないらしい。

「ねえ、あんた、どこから来たのか知らないけど。ニワト
リ食べないのかい?」

「食べる」

「豚は?」

「食べる」

「牛も食べるだろ?」

 少年は頷く。

「ウサギも食べるだろ?」

 少年、無言で首を振る。両目に涙がいっぱいにあふれる。
姐御はすっかり参ってしまった。周りの子供たちも、しん
として深刻な雰囲気で少年を取り囲んでいる。それからガ
キ大将が真っ先にポケットを探った。他の子供もそれに倣
う。そうしてかき集めた子供たちのわずかな小遣いを差し
出されて、姐御のほうが泣き出しそうになってしまった。

「そりゃあさ、そりゃ、お金払って買ってくれたウサギを
そのあとどうしようと、それはあんたたちの勝手だけど、
だけどね……」

 そのとき、家の中から姐御の母親が出てきた。

「ねえ、お前。そりゃあたまにはウサギ料理も悪くはないよ。
だけどこんなにいっぱい檻に入れて置いていても、売れるの
はほんのわずかだろ。ウサギの餌代のほうがどうかすりゃ嵩
むくらいなんだ。もういい加減その商売は諦めたらどうかし
らねえ」

 姐御は檻の中のウサギたちの黒い目を見た。それから、少
年の黒い大きな目を見た。よしっ、と叫ぶと、檻を台から下
ろして、子供たちの前に置いた。

「さあ、もう全部いらないよ。好きにしておくれ」

 姐御、本当は泣きそうだった。けれども子供たちは大声を
上げて檻に取りつき、数人で工夫して抱えあげる。中でウサ
ギたちがすっかり慌てて飛び跳ねた。

 草原へ檻ごとウサギを持っていこうとする子供たちを姐御
が見送っていると、シャツの裾を引っ張る手があった。見る
と、少年がウサギと同じ目で姐御を見上げていた。

「よしとくれよ。そんなもの見に行く気はないよ」

 姐御は言ったが、声は意思に反して弱かった。少年がもう
一度裾を引くと、姐御は諦めたようについて歩き出した。

 草原を、白いウサギ、茶色いウサギ、灰色のウサギ、黒い
ウサギ、入り乱れて走っていく様子はなかなか壮観だったそ
うだ。姐御も子供たちと一緒になって大声あげてウサギを草
原に追い立てたそうだ。



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 ホットドッグ屋の親父は、吝嗇で有名だった。ハム屋の
作るソーセージは大きさがあんまり揃っていなくて数ミリ
の長短があるのが気に食わず、買いに行くたびにハム屋に
ぶつぶつと文句を言う。ハム屋はあの通り穏やかで無口な
たちだから、何を言われてもにこにことしているだけで、
だからってソーセージの長さが揃うわけでもなかったんだ
がな。

 そしてホットドッグ屋の親父ときたら、その数ミリの長
さをそろえるために端っこを切り落とすんだ。その端を集
めて、ちょうど一本分になったのでこしらえたホットドッ
グを毎日一個、自分で食べる。おまけにケチャップや酢漬
けのきゅうりまで自分できっちりの分量しか入れない。客
がもうちょい頼むと言っても頑として譲らない。まったく
頑固だが、しかし目分量の確かさだけは定評があったので、
ある意味公平だと、誰も表立って文句は言わなかった。

 その親父が、少年にただでホットドッグを一個恵んでや
ったなどという噂が広まった。少年が町へやってきた初め
ての朝だったらしいな、屋台を出していた親父がこっちを
じっと見ている少年に気が付いて、なんだお前、と問い掛
けたら、そのあと少年の笑い顔にふらふらと催眠術にでも
かかったように、いつもの手際でその日最初のホットドッ
グを作って差し出していたというんだな。

 親父はひげ面を真っ赤にしてその噂を否定して回ってい
た。なんでも、払うと思って食べさせたら食い逃げされた、
というのが親父の主張だ。だが、じゃあどうして少年をと
っ捕まえてお巡りのマドロウのところへ連れて行くなり何
なりしなかったのか、と問い詰められると、赤い顔を赤黒
くして黙り込むんだ。変だろう?

 まあそれでも、町の大半の連中はだからって親父にただ
にしろなどと無理難題を吹っかけたりはしなかったんだが、
ラミソンの牧場の若い連中が三人ほど連れ立って、悪ふざ
けで親父を困らせてやろうと押しかけた。

 ちょうど昼時で、けっこうな人数が集まって屋台の周り
でホットドッグを食べていた。なんだかんだ言っても親父
のホットドッグはうまかったしな。この町で唯一のホット
ドッグだからというだけじゃない。そこへやってきた三人
の若衆は、例の噂話を持ち出して、俺たちにも負けろと親
父に迫った。

 周りのやつらも、適当なところでなだめに入るつもりは
あったんだろうが、ちょいと好奇心で成り行きを見守って
いる感じだった。親父はまた例のごとく顔を真っ赤にして、
あれはそういう事情じゃなかったんだと繰り返す。しかし、
じゃあどういう事情だったんだと問われると答えない。答
えられない。けれども断固として負けられんと言う。

 そこへ、三人衆の膝を掻き分けるようにして少年が顔を
出した。汚れた片手をホットドッグ屋の親父に差し出す。

「おじさん、これ、約束のお代ね。今さっき、あそこのう
ちで」と少年は振り向いて通りの角の家を指し、

「お婆さんちの抜けない大根を抜くのを手伝ったんだ。こ
れでようやく金額が揃ったから、走ってきたの。遅くなっ
てごめんなさい」

 三人衆はいささか居心地が悪くなったが、それでもひと
りが食い下がった。

「じゃあ、親父、俺にもツケにしてくれよ。それならいい
だろう? 必ず払うんだからさ」

 親父は、少年から受け取った小銭を握り締めたまま、そ
の顔をじっと見つめた。それから、その小銭を少年に押し
付けるようにして返すと、大声でみんなに言ったんだ。

「ちくしょう、一生に一度だけ、町中のみんなにおごって
やる。ただし、ひとり一回だぞ! わかったらてめえらさ
っさと食いやがれ! それから他の連中にもとっとと食い
に来るように言うんだ。今日中ぽっきり、二度とこんなこ
た、しねえからな!」

 みんな一瞬しんとして親父を見つめ、それから歓声を上
げた。町中の人が押しかけ熱いホットドッグを食べ、それ
からホットドッグ屋は以前にもまして売上が上がったのさ。


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 アニー婆さんのリンゴの木を知っているだろう。今日は
その話をしよう。そう、それにもあの少年が関わっている
んだ。

 少年が幽霊爺さんの小屋に住みついて何日目かのことだ
と思う。三月通りの角で、数人のガキどもが少年を取り囲
んでいた。自分より上背のある子供たちに囲まれて、少年
はにこにこと笑っていた。その足元では黒猫がうそぶくよ
うに周囲を見回して知らん顔してた。

 子供たちのほうも、まだ手を出しかねていたんだ。少年
がちっとも怖がらないし、きっかけになる言葉を引き出そ
うとあれこれ乱暴な言葉をかけても、少年が何も答えずに
ただ笑っているから、気勢があがらない。一番体が大きく
てお山の大将をやっていた子供も、少年をどう扱うべきか
決心がつかなかった。

 緊迫がいよいよ高まったとき、黒猫がふわあと大きなあ
くびをした。子供たちがそれに気を取られた一瞬、少年は
よれよれの吊りズボンのポケットからリンゴを取り出した
んだ。

 今ではこの町の人間もひとり残らずリンゴを知っている
が、当時はまだ誰も見たことがない果物だった。真っ赤に
光ってつやつやの宝石を、子供たちはあっけにとられて見
つめた。

 少年は相変わらずにこにこと笑いながら、今度は反対の
ポケットから刃渡りが親指ほどの小さなナイフを取り出し、
リンゴにしゅっと切り込みを入れた。甘酸っぱい霧が子供
たちの輪の真ん中に立ち昇った。もうそれだけで、その場
にいた子供たちは身動きできないほどに魅了されてしまっ
た。

 少年はそのきらめく赤い皮と真っ白の果肉とを一口大に
切り取ると、ナイフの先ごとお山の大将に差し出した。お
そるおそるそれを受け取る大将に、笑って頷いてみせる。

 彼がそれを口にして、みずみずしい爽やかな味にすっか
り懐柔されてしまうと、他の子供たちも我先にと手を差し
出した。そこらにいた子供たちが走り寄ってきた。少年は
小さく切り分けたリンゴを、みんなに順番に与えた。

 どうやったらたった一個のリンゴが、そこに集まった子
供たち全員に行き渡ったのかわからない。それでも、ちょ
うどみんなが一切れずつ食べ終わり、リンゴが芯だけにな
ったとき初めて少年は、少し離れた小さな家の影に隠れて
その様子を見ている女の子に気が付いた。アニー婆さんは
当時、まだ小学校にもあがらない歳だったんだよ。

 お山の大将が少年の視線の先にいるのが誰かに気付いて、
言った。

「アニーは口が利けないのさ。声が出ないんだ。だからい
つも、あんなして隠れてるんだよ」

 それは本当だった。誰も、アニーがしゃべるのを聞いた
ことはなかった。

 少年はそれを聞くと、手の中に残った芯を眺め、それを
丁寧にほぐしてアニーに近付いた。普段なら知らない人か
ら真っ先に逃げ出すアニーが、そのときは恐怖を表わしな
がらもその場にとどまった。彼女を引きとめたのが少年だ
ったのかリンゴだったのかはわからない。

 少年は、芯からほぐしだした黒い小さな種をアニーの手
に握らせた。それは七つあった。

「これを庭に植えて、毎日水遣りしてごらん。数年経った
ら大きな木になって、真っ赤なリンゴを実らせるよ」

 アニーは無言で頷いた。

 七つの種から七本のリンゴの木が育ち、そのリンゴから
さらに増えたのが、今のアニー婆さんのリンゴ樹だ。リン
ゴを食べるようになったおかげか、それとも単に内気が治
っただけか、アニーはだんだんしゃべるようになった。


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