神戸俊平とサバンナの話をしよう

アフリカ・ケニヤ在住36年、獣医師・神戸俊平のひとりごと

サイの行動

2006-08-20 04:59:40 | Weblog

「ナクルを訪れた際シロサイが10頭程集まっていたのですが・・・サイは単独行動するものだと思っていたので、何をしていたのか、不思議?」というメールをいただきましたが、

7月16日水鳥調査でナクルへ行きシロサイを見てきました。南ア輸入のシロサイはナクル湖で繁殖に成功し、湖畔にはまるでいくつかのシロサイ家族がゴロゴロとくつろいでいます。木陰で休むバッファローの群れの中に入っていく家族もいました。成獣オスも混じって家族行動していました。

7月10日にッサボのクロサイの生息数調査に行きましたが、ここでは単独行動、親子行動して家族行動はしていませんでした。とても神経質そうに鼻息をブファ、ブスィと発しては、突然走り去るのです。

シロサイとクロサイの行動が違うのはどうしてだかわかりません。草食シロサイはどこかおっとり行動型で木枝食クロサイは猪突猛進型に見受けられます。


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チーターと黒サイ

2006-08-16 06:40:47 | Weblog
線虫を嘔吐したチーターは、寒い日々で震えていましたが、げんきです。KWS(ケニヤ野生動物公社)獣医とJICA大木獣医が寄生虫用アイボメックを皮下注して快調です。

ッサボ国立公園サイ保護区で満月の夜黒サイ調査を進めています。水場で徹夜の見張りで、耳の切れ目で個体識別する作業ですが、黒サイのほか、象、ライオン、フクロウが水場に現れ、象のお腹の蠕動運動の音が良く聞こえるのです。黒サイは約70頭生息するそうですが、夜も臆病な連中です。鼻息荒く威嚇するもののとっさに走り去るのです。でも象の夜の行動は昼間とくらべのんびりし、子供象は横になって寝ます。

シンガで離脱しナイロビに飛んできた獣医学生は、黒サイ調査、モンバサでマンバビレッジ(ワニ)をみて無事にPボートに乗船できました。
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チーターの嘔吐

2006-08-10 10:32:32 | Weblog
アフリカ、ケニヤの首都ナイロビがどうして寒いのか?と聞かれました。赤道直下といっても南半球南緯2度ですが、サバンナ地帯で標高1600メートルあり、気温が下がります。

動物孤児院のチータ(メス)が、10日前ですが、嘔吐された泡に線虫が含まれ吐きました。長さ4−5センチの虫体で一回の嘔吐に数匹含まれ、昼中ですが3度吐きました。



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寒いナイロビ

2006-08-09 10:32:09 | Weblog
現在、ナイロビは寒い日々が続いています。雨が降るごとに暖かくなっていきますが、モンバサ辺りの人々は上がって来たがりません。
先日、山口大学獣医学部の学生がピースボートをシンガで降りナイロビまで飛んできました。昨日、彼は満月下の黒サイ調査に出かけました。

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乾季の真っ最中

2006-02-13 20:51:26 | Weblog
ただいま東アフリカは乾季の最中です。旱魃による被害が発生し、人々も野生動物も息絶え絶えです。
2月上旬にザンビアでマラリア会議に参加してきましたが、タンザニア国をひとつ隔てた南部アフリカでは緑がいっぱいでした。ザンビアとケニアの上空を写真に撮りましたので、比較してください。
06年2月13日
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野生動物・ケニヤからタイへ移送

2005-12-09 03:57:36 | Weblog
ケニヤ・キバキ大統領が日本へ行く途中でタイへ寄った際、タクシン首相と「野生動物を送りましょう!」と話し合ったので、今その問題でもめています。昨日{December 7, 2005}の新内閣発表でも就任した大臣が本件について述べたことが新聞記事(*The Nation* (Nairobi))になっているので再送します。
*Two Critical Issues Await New Minister*
By Nation Reporter
Nairobi
The modalities of handing over the Amboseli game reserve and transfer of
175 wild animals to a zoo in Thailand will have to be addressed
immediately a new minister for Tourism and Wildlife is appointed.
The permanent secretary in the ministry, Ms Rebecca Nabutola, said the
> process of transfer of both the animals and the management of Amboseli
> to the local community had not started.
>
> Ms Nabutola, who spoke during the signing of a Sh14 million funding
> agreement to two Rift Valley groups by the EU's Tourism Trust Fund, said
> the transfer of the animals will have to wait until technical teams in
> both countries work out ways of moving them.
>
> She said: "The process of transfer of both the animals and the
> management of mboseli to the local community has not started. The two
> issues will have to wait until I brief the minister who will be posted
> to the ministry."
> The animals will be transferred in batches to assess the response of the first batch to the conditions at the Chiang Mia night zoo being promoted by Thai Prime Minister Thaskin Shinawatra in his village.
The controversial deal to export the animals was signed last month
> despite protests from local and international animal conservation groups.
 President Kibaki and Mr Shinawatra witnessed the signing of a memorandum of understanding which will see Kenya exchange 175 animals to Thailand for an estimated Sh80 million. The money is expected to be used in the management of elephants.
> Yesterday, the PS said once the procedures were worked out, the minister had to give his approval because the agreement was signed at the ministerial level.
 The same case will apply to the handing over of the Amboseli reserve.
  Amboseli was downgraded to a game reserve and handed over to Narok
> county council through a gazette notice by a former minister, Mr Morris Dzoro, as the clamour for a Yes vote in the recently concluded referendum reached its peak.
 Since then, county council officials have failed to wrestle the control of the park from the Kenya Wildlife Service who claim they must first get a directive from the parent ministry.

この記事は2件の問題について、キリマンジャロふもとのアンボセリ国立公園が政府管理から地方自治体管理に移行する件と173頭の野生動物がタイへ運ばれる件について述べられています。
NGO・環境・自然保護団体等から
1)モンバサからインド洋の輸送に耐えられるか?
2)サバンナの動物がチェンマイ動物園の飼育下に耐えられるか?
について、反対運動になっています。



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 「アフリカの獣医をしてきて考えたこと」

2005-12-05 13:00:19 | Weblog
 「アフリカの獣医をしてきて考えたこと」
子供の頃からアフリカへ行ってゾウやライオンを治療したい、野生動物の保護活動したい、と思っていました。日本国内で獣医を3年間務めてからケニヤへ来ました。まず、アフリカで動物がどのような環境で暮らしているのかをみたくて、北は地中海、南は喜望峰まで縦断しました。アフリカ大陸にはそれぞれ広大なサバンナ、湿地帯、砂漠が続きそこで生き物が様々な生活していました。ナイル川源流の大湿地帯はパピルスが生い茂り巨大なワニが口を開けていました。特にコンゴのジャングルはうまく説明できませんが、「地球の田舎」的で去りがたく、バンブーテ族(ピグミー)としばらく一緒に生活し、彼らから赤ん坊チンパンジィを貰い一緒にジャングルを歩き回りました。この赤ん坊チンプ・キキをつれてコンゴからケニヤ・ナイロビへ帰り、ナイロビ動物孤児院へ預けました。動物孤児院には密猟者に親を殺された赤ん坊動物や置き去りにされた動物がたくさん収容されていました。ナイロビ(ケニヤの首都)に落ち着き、ここで収容されている野生動物の治療のお手伝いを始めました。日本では経験できない様々な野生動物の治療や症例を経験することができました。そこで日本人獣医師としてアフリカ的な知識不足を痛感し、改めてナイロビ大学獣医学部の大学院で勉強することにしました。アフリカ大陸の抱える獣医学的問題を習いました。たとえば熱帯性伝染病などは日本では知られていないどころか、まだ解明されていない病気も発生していました。大学獣医学部の学部長はマサイ族で、彼らの牧畜生活にも興味持つようになりました。マサイ戦士はこの時代に槍を持って肉食獣から家畜を守って生活を続け、理解しがたい程誇り高いのです。でも勇敢だった戦士を卒業すると普通のオジサンになって牛を飼うのです。家畜にはツエツエバエによる伝染病が蔓延していました。
とにかく、大学では英語で論文を書くときは大変苦労しましたが、卒業ができて、ケニヤの獣医師資格が与えられました。まずナイロビ市内で開業する傍ら、動物孤児院に通いボランティア活動として、ライオンの捕獲治療、ゾウの移動、リカオン(ハンティング・ドッグ)の移動など、とても面白い活動を続けることができました。このような活動を通して、アフリカ大陸には野生動物が無数にいることはないことがわかってきました。田舎のある村へ行った時のこと、大きな木の下で市場が開かれて、たくさんの人たちが野菜や果物を持って集まっていました。ところが人々がひいていきました。「やれやれ、困ったな!」とおばさんが広げていた売り物をまとめて引越し。どうしたのかな?と見渡すと大きなゾウが市場に向かってきて、大きな木になっている実を食べにきたのです。ゾウは食べ終わると、ノッシノッシと歩き去っていき、市場は再び賑わい出しました。
このような人間と野生動物との共存の光景は30-40年も前のことです。その後、象牙が売れることからたくさんのゾウが殺されました。象牙の商取引が禁止されても密猟・密輸は後を絶ちません。そして今でも象牙に限らず毛皮・角・肉のために密猟者が横行し、アフリカから密輸が盛んに行われています。局所的な野生動物の激減が進行しています。
東アフリカでは、サバンナ(草原)生活している野生動物を見に来る、「サファリ」が観光産業となり、この観光客によってもたらされる観光利益が野生動物の保護、環境保全に還元されていることも学ばされました。
先週はトラックの荷台に乗ってケニヤのサバンナからエチオピアへサファリしてきました。ゾウの家族、シマウマ、キリンが草を食べていました。草木の減った半砂漠にもハゲわしが舞い、ジャッカルが歩き回り、ネズミの穴を狙っていました。
アフリカ大陸でも人口増加し開発・経済発展が進められ、野生動物の生息地域が狭められています。これらの野生動物の問題を考えるのにも獣医的知識だけでは解決できない現実もありました。でもアフリカ大陸の環境が人間や野生動物を大きく包んでいるように思えました。

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新憲法改正の国民投票後

2005-11-24 04:29:11 | Weblog
新憲法改正の国民投票後

11月21日に新憲法改正について国民投票が行われ、翌日、開票結果が出され、否決されました。11月中は賛成バナナ派と反対オレンジ派の政治活動が過熱し、両派のラリーが週末の同日に行われ、そのラリー場が鉄道を挟んで近所だったので、暴動が心配されました。そのため、在ケニヤ日本大使館領事からは邦人緊急連絡網に頻繁に無線連絡(外務省のHPでは警告が掲載され、どの程度の渡航禁止の拘束力を持つのかは不明ですが!?)が出されました。地方ではすでに9名が死亡しており、緊迫した状況でした。21日はナイロビ・カムクンジ選挙区のスラム・プムワニの投票場へ行ってきました。このスラム(バナナ派ニャアガ議員地域で、「アフリカと神戸俊平友の会」の活動地域でもあり、)には巨大な古着市場があり、潜在的暴動発生の地域でポリスのランドローバー、2−3台がパトロールをしていましたが、場内(撮影禁止)は整然と投票が行われ、投票後は青いインク(再投票防止のため)を小指の先に塗りつけられて、投票者は出て行きました。
翌日の投票結果はバナナ派43%、オレンジ派57%で改正は否決されました。もし政府与党(セントラル州キクユ族地域)のバナナ派賛成結果が出ると騒ぐだろうと言われていましたが、オレンジ・ラリーに参加したクリスチャン、投票場の選挙管理人、ナイロビ大学の学生等と話してみましたが、誰もが「暴動発生せずに行なわれた。」と半信半疑でした。オレンジ勝利集会が行われても領事部から「近づかないように、」と連絡が流されていました。さて、この国民投票の否決結果を得て、現行の憲法が継続され、現政府への信頼が失われました。次回の総選挙2007年による次期選挙後の政府の改正が期待されることになります。
神戸俊平
11月23日05年


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サバンナの槍

2005-11-14 18:07:02 | Weblog
サバンナの槍
東アフリカのサバンナには槍を持って牧畜生活するマサイが住んでいる。ケニヤのサバンナ・ロイタ草原に住む少年サンタはスタンダード8年生(日本では中学2年生)で英語や数学などを勉強していた。毎日早朝、牛を囲いから送りだしてから学校へ通っている。でも兄の戦士は槍を持ってサバンナに放たれている牛を守って日々をすごしていた。サンタには牛より学校の方が大事だと思っていた。
ある日、学校から帰ってくると父親から「大事な伝言だ。」とお使いを言い付かった。カンガ(ほろほろ鳥}岡を通って、その向こうに住むセルゲンという年寄りに「次の満月に戦士の儀式「エウノト」があるから出席してください。」という伝言だった。兄の戦士と一緒に槍を持ってサンタは家を出たが、時間あればそんなお使いよりは木の下で本を読んでいたかった。
サバンナのかなたに三つの小高い岡が並んでいた。キリンの頭が木の上から見えた。とげアカシアの枝の葉を食べながらこっちを見ている。木の枝を透かしてよく見るとそばに背の低い子供キリンがサンタ達を見ていた。
草むらでインパラ(中型草食獣)の群れが草を食べ、シマウマ、ヌーが岡の斜面にごま塩のように散らばっていた。たどっていく草原は少し上り坂になり第一の岡に差し掛かった。チーターの岡である。岩の陰に黄色の毛皮に黒い斑点を付けたチーターが横たわっていた。その小さな頭をひょいと持ち上げ「槍を持った厄介な連中が来たぞ。」とばかり起き上がると立ち去った。サンタにはそんなに怖くない、ハイエナに餌を横取りされる程度の肉食獣であった。
第二の岡はヒョウの岡である。いつもヒョウが坐っている大きな木の枝に姿が見えなかった。安心してすすむと、そのヒョウの頭が地面の上で見えた。前足を揃えて、今にも飛び掛ってくるような体勢で屈んでいた。マサイの槍が飛んでくるのを警戒していたのだ。
そばの木と木の間をハイエナが「油断しているとお前たちの肉でもかじっていくぞ、」と見え隠れしながらサンタたちをつけてきた。
次の第三の岡はライオンの岡である。さしかかったところで、すでにライオンが岡の斜面で寝そべっていた。黒い鬣を付けたどうどうとしたオスライオンである。こっちをぜんぜん振り向きもせず寝そべっている。無表情に歩く兄のたどる道はどんどんライオンに近くなっていく。すでにライオンを殺していている兄の戦士は、この腹いっぱいで寝そべっているライオンは襲ってくるつもりのないことを知っていた。サンタは足並みを変えずにすすんだ。おびえや不安は体の動きや歩き方に出てくる。ライオンに悟られてはマサイの意地に関わる。ところが近くなった時にライオンがのっそりと立ち上がったのだ。サンタ達と一緒に歩くようにすすんできた。そしてそばの木の幹に体をごしごしとこすりつけ始めたのだ。このライオンはサンタたちが歩いてくるのをずっと前から察知していたのだ。そして知らない素振りをしながら木の幹に体をこすり付ける行動を見せつけ、マサイの度胸を計ったのである。
家を出た時と変わらぬ調子で歩き続け、セルゲン老の家に着いた。兄の戦士はサンタがおびえずに歩いてきたことを伝えた。しわだらけの老人の顔がほころび、「ハエが飛ぶようにライオンがその辺に歩いているが、マサイ戦士は牛を盗られれば槍を持ってライオンを始末しなければならないんだぞ。」と言いつけられた。牧畜生活を送るマサイにとって大事な家畜ある。サバンナで家畜の群れに水を飲ませ、草を食わせ、肉食獣が襲ってくれば守っていかねばならない。その槍はサバンナの誇りである。儀式「エウノト」とは大きくなった戦士が槍を置いて、これから結婚が許される大事な儀式で、セルゲン老はその儀式に大切な役目を担った人だった。チーター、ヒョウ、ハイエナ、ライオンは槍を持っているからすぐには襲ってこなかった。学校の授業かサバンナの槍かサンタは迷っている。


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ナイロビから

2005-11-10 14:01:22 | Weblog
サバンナの野生動物も密猟(昔は恵を得る狩りだったが!!)密輸に晒されていますが、その貧困問題と関わっています。腹を空かせた人びとの前を、大金になる毛皮、肉、象牙が歩いていれば撃ち殺して!!

「衣食足りて規則が守られる。」です。ナイロビの推定人口200万人のうちその半数がスラムに住むといわれます。さてケニヤでは新憲法改正の投票日を11月末に控え、治安が心配されています。
9日はスラム・キコンバーの状況を回ってきましたしたが、まず、普段の日常通りでした。そばの大きな古着マーケットにも市内からたくさんの買い物客が来ていました。隣接したDO オフィス(区役所ー 県役場)には平常数のポリスが詰めていました。改正に伴う治安状況を聞くと、それぞれの答えでしたが、「ジャンバジ(悪者)でピストル持った者は最近平らげたから、大丈夫だ。」という食堂の店員もいましたが、「おおよそは平常だろう、」という答えでした。子供給食の料理おばさん、中古靴売り、お姉さん等と普段変わらぬ会話をしてきました。いつでも事が起これば散在的にさわぎだす地域住民ですが、まだ落ち着いていました。

さて邦人では、大使館領事から投票日の前後2週間は渡航勧告(どの程度の規制か??)が出ているそうです。また地方に派遣されている海外青年協力隊員は13日から月末まで移動禁止です。

11月10日
神戸俊平
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