私の記憶を辿りながら

私にとって、今年は一つの区切りになると考え
現在から過去を辿りながら、自分史として綴るブログです。

毎日が映画「スタンド・バイ・ミー」のような日々

2017-06-14 21:29:55 | 日記

私が生まれたのは、宮崎県の四方を山に囲まれた某村と最初の記事に書きました。

今回の記事はそんな故郷でどんな体験をしてきたか、そんな事を書いてみましょう。

四方を山に囲まれているだけに四季を肌で感じる事が出来ました。

それだけに自然の恩恵を沢山受けていました。たとえば、わらび、ゼンマイ、筍、椎茸、野いちご、アケビ、山桃、柿などそれこそ取り放題でした。

ただ山桃だけは、各集落ごとのグループの縄張りがありました。どこかのグループが山桃の木を先に見つけると、そのグループの物になります。

もし、他のグループが他のグループの縄張りにある山桃に手を出せば、グループ同士の大喧嘩に発展しかねません。

そんな時には、互いのリーダー同士が話し合い喧嘩を避ける様に持っていくのです。こうして私達はルールと言うものを学んでゆくのです。

更に、遊びと言えば、缶けりや戦争ごっこに、蜂の巣取り。そして巣の中から幼虫を取り出して食べていました。ミルクの様な味がしてこれが結構美味しいんですね。今では食べられるかどうか微妙ですね。

そして、探検と称して戦時中に掘られた防空壕に入って、何処まで掘られているか確かめにも行きました。ところが、十メートルも進まないうちに、大きなムカデやゲジゲジ、それに図鑑でも見た事も無い虫がまるで湧いて出てくるかの様の足に絡み付いてきて、得体のしれない恐怖で大声で叫びながら、無我夢中で防空壕から飛び出しました。初めて背筋が凍るという状態を体験した次第いです。

こんな事はまだ序の口で、誰も登った事のない山に登り、誰も登った事がないから道がないし、それに獣道も無い。だから通ってきた所を忘れてしまうと、間違いなく山の中をさまよう事になります。そうです、私達は通って来た所を忘れ完全に迷ってしまい、ただ闇雲に山を下って行きました。その内に稲妻と雷に豪雨。闇雲に下っている時、一筋の光が見えました。そう谷川を見つかったのです。後はその谷川を下って行くだけ、そして谷川を下り降りると川に出てそこに道がありました。今考えると、遭難して死んでたかも知れません。自然の怖さもついでに体験したのです。

もうこの時は、家に帰りつくと安心したせいか疲れがどっと出て爆睡。

こんな事を懲りずに繰り返しながら、身を以て色んなことを身に付けてきました。但し映画「スタンド・バイ・ミー」のように、死体こそ出てきませんでしたけどね。

でも、本当に面白い日々でした。

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