私の記憶を辿りながら

私にとって、今年は一つの区切りになると考え
過去から現在までを辿りながら、自分史として綴るブログです。

私と両親と2人の義姉さんたち

2017-06-13 22:41:05 | 日記

 

私が生まれたのは、宮崎県の四方を山に囲まれた某村(現在は統合され某市に)の某家を本家に持つ分家の長男として生まれました。

家業は農家で、私が生まれた時代はまだ家督を長男が継ぐ者と言う習わしが色濃く残っていました。だからか私は結構大事に育てられました。

私の両親は、父も母も今で言うバツイチで、二人とも其々子供を一人連れての再婚でした。言わば子連れ再婚なんです。それも偶然か父と母の連れ子は女の子でした。

父の娘は真理子(仮名)母の連れ子は美子(仮名)しかし、動いう訳か美子義姉さんは母と一緒に暮らす事を許されず、母の両親の元に預けられたのです。

母は自分の子供を育てられられず、ましてや血の繋がらない子供を育てなければならない、これがどれほど辛かったか、私には分かろう筈も有りません。

しかし、皮肉な事に血の繋がらない真理子義姉さんは、母に懐き母の作った弁当を学校で良く自慢していたそうです。

そんな環境の中で私が生まれたのです。

そして、私が五歳位だったでしょうか、美子義姉さんが我が家で一緒に暮らす事になりました。

美子義姉さんとは初めて会ったにも関わらず、なんのわだかまりも無く、よく一緒に遊んで貰いながら、お風呂にも一緒に入っては大騒ぎして怒られたのを記憶しています。

でも、ある日の夜父と姑(父の母)が一緒になって母と大喧嘩して、母は美子義姉さんを連れて実家へと飛び出して行きました。

それから暫くして、父は間に人を介して母を説得し我が家へと連れて帰ってきましたが、何故か美子義姉さんは一緒でありませんでした。

このことが私と美子義姉さんの心に暗い影を落とす事になったのです・・・

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