私の記憶を辿りながら

私にとって、今年は一つの区切りになると考え
過去から現在までを辿りながら、自分史として綴るブログです。

結婚式

2017-07-29 23:02:31 | 日記

入社して一年が過ぎて、まだ一人前と言う訳ではありませんが、重要な仕事も任されるようにもなりました。ただ、課長の嫌味だけが鬱陶しくて、何度か言い返そうと思いもしましたが、新入社員でもあるしその辺りはグッと堪えてきました。

そんな中で、美咲が大学を卒業して就職をすると、結婚式の話が美咲の両親や私の母からも出る様になりました。それで、ジューン・ブライドを狙った訳では有りませんけれど、一応、六月に決まりました。

結婚式は、和式か洋式の何れかを決めるのに、美咲の両親、親戚、私の母と弟、妹、それぞれに意見が有って、当事者の私達は蚊帳の外でした。

結局は美咲がウェディング・ドレスが着たいと言い、自然と洋式で決まりました。仲人は私が恩人と認めた大学時代にお世話になった、教授夫妻にやって貰う事にしました。教授は最初から断り続けましたけれど、私の押しの一手でようやく引き受けてくれました。

そして結婚式当日、私が呼んだのは樋浦君は勿論の事、樋浦君の恋人玲子さんやバンドの仲間たちに加え、会社からは、私の所属する班の主任や仲間たち、他の班からも仲良くしている人も呼びました。それに親戚も。

美咲の方は、彼女の友人を始め親戚。父親の会社の同僚、その上に専務までも参加する事になりました。総勢150人程が出席すると言う大掛かり結婚式になってしまいました。本音を言えばもう少し出席の人数は少なく、ささやかな式にするつもりでした。

私の方の友人代表スピーチは樋浦君がやってくれました。彼には私の痛い所も良い所も全部知られていますので、ちょっとドキドキしながらスピーチを聞いていましたけれど、当たり障りのないスピーチで助かりました。彼がスピーチを終え席に戻る際に私を見てニヤリとした時は、冷や汗が出ました。バンドの連中も何を言い出すか分からず、特にA子さんは注意人物だっただっけに、A子さんのスピーチの時は、ずっと下を向いていましたけれど、痛い所を突くことなくスピーチを終えたのでホッとしました。

恙なく式も順調に進み、そして花嫁から両親への言葉の時は、もう美咲は泣きまくって言葉に詰まる詰まる、仕方なく私が手紙の代読をする事に、そういう私も母への言葉に詰まりそうになりながら、何とか言葉を送る事が出来ました。

披露宴は3時間程度でしたけれど、帰り際に出席してくれた人たちに、良い結婚式でしたよ、と、言われて胸を撫で下ろす事が出来ました。

新婚旅行はハワイと、美咲の親父さんが手配してくれていました。

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