私の記憶を辿りながら

私にとって、今年は一つの区切りになると考え
過去から現在までを辿りながら、自分史として綴るブログです。

友人

2017-07-16 15:24:09 | 日記

 

私が家庭教師をしていた生徒の母親と不倫関係にあると気付いた親友の樋浦君は、私の目を覚まさせ相手方と話を付け、お互いに今後一切会わないとする誓約書を私と奥さんに書かせ、この一件を終わらせてくれた。樋浦君は、この出来事を誰にも言わなかったし、美咲ちゃんには何事も無かったよ言ってくれた。樋浦君は私に ”もう何も言うな、普通にしてろ” そう私に言い聞かせてくれた。

この事が有って以来、私は樋浦君には大きな借りを作ったような気がしました。でも、この時ほど親友の有り難さが身に沁みた事はありませんでした。

何だか物凄い経験をした年を過ごして、三回生を迎えました。三回生になったばかりの時に、教授が電検二種の試験を受けてみないかと言う話を持ち込んできました。確かに自分で言うのもおこがましいのですけれど、色々私的に騒ぎを起こしてきた私ですが、それでも成績の方は上位にいました。しかしながら電検二種となれば難しすぎて、少々勉強が出来たからと言って取れるものでは有りません。教授の冗談かと思いましたが、やれば出来るの言葉を残して去っていきました。

やれば出来る、”う~ん” 考えに考えた結果、電検二種を受けてみる事にしました。教授にこの事を話すと、出来るだけ協力は惜しまないと言ってくれました。取り敢えず受験の申し込みは五月の中頃から六月の一週目辺りまで。申し込みは、教授の方から手配しておくと言われ。、私は試験の為の勉強に取り掛かる事にしました。

出席日数をクリアしながら深夜まで勉強に費やす、こんな日々を送る事になりました。でも、美咲ちゃんとのデートはなるべく欠かさないようにもしていました。

樋浦君はそうした中、日曜日など私のアパートに差し入れを持って来たり、時には勉強を手伝ってくれたりながら、支えてくれていました。バンドの連中も私が暫くバンド活動が出来ないと宣言しても、厭な顔一つ見せず納得してくれました。

道に迷いかけた私でしたが、親友の樋浦君やバンドの連中の気遣いなど思うと、本当にいい友人に恵まれたと改めて気付きました。

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